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「ミト とか で オザシキ に でて いた ヒト だ そう です が、 クラチ さん に ひかされて から もう 7~8 ネン にも なりましょう か、 それ は オントウ な いい オクサン で、 とても ショウバイ を して いた ヒト の よう では ありません。 もっとも ミト の シゾク の オムスメゴ で でる が はやい か クラチ さん の ところ に いらっしゃる よう に なった ん だ そう です から その はず でも あります が、 ちっとも すれて いらっしゃらない で いて、 キ も おつき には なる し、 しとやか でも あり、……」
ある バン ソウカクカン の オカミ が はなし に きて ヨモヤマ の ウワサ の ツイデ に クラチ の ツマ の ヨウス を かたった その コトバ は、 はっきり と ヨウコ の ココロ に やきついて いた。 ヨウコ は それ が すぐれた ヒト で ある と きかされれば きかされる ほど ネタマシサ を ます の だった。 ジブン の メノマエ には おおきな ショウガイブツ が マックラ に たちふさがって いる の を かんじた。 ケンオ の ジョウ に かきむしられて ゼンゴ の こと も かんがえず に わかれて しまった の では あった けれども、 かりにも コイ らしい もの を かんじた キベ に たいして ヨウコ が いだく フシギ な ジョウチョ、 ――フダン は ナニゴト も なかった よう に わすれはてて は いる ものの、 おもい も よらない キッカケ に、 ふと ムネ を ひきしめて まきおこって くる フシギ な ジョウチョ、 ――イッシュ の ゼツボウテキ な ノスタルジア―― それ を ヨウコ は クラチ にも クラチ の ツマ にも よせて かんがえて みる こと の できる フコウ を もって いた。 また ジブン の うんだ コドモ に たいする シュウチャク。 それ を オトコ も オンナ も おなじ テイド に きびしく かんずる もの か どう か は しらない。 しかしながら ヨウコ ジシン の ジッカン から いう と、 なんと いって も タトエヨウ も なく その アイチャク は ふかかった。 ヨウコ は サダコ を みる と しらぬ マ に キベ に たいして コイ に ひとしい よう な つよい カンジョウ を うごかして いる の に キ が つく こと が しばしば だった。 キベ との アイチャク の ケッカ サダコ が うまれる よう に なった の では なく、 サダコ と いう もの が コノヨ に うまれでる ため に、 キベ と ヨウコ とは アイチャク の キズナ に つながれた の だ と さえ かんがえられ も した。 ヨウコ は また ジブン の チチ が どれほど ヨウコ を デキアイ して くれた か をも おもって みた。 ヨウコ の ケイケン から いう と、 リョウシン とも いなく なって しまった イマ、 シタワシサ ナツカシサ を よけい かんじさせる もの は、 かくべつ これ と いって ジョウアイ の シルシ を みせ は しなかった が、 しじゅう やわらかい メイロ で ジブン たち を みまもって くれて いた チチ の ほう だった。 それ から おもう と オトコ と いう もの も ジブン の うませた コドモ に たいして は オンナ に ゆずらぬ シュウチャク を もちうる もの に ソウイ ない。 こんな カコ の あまい カイソウ まで が イマ は ヨウコ の ココロ を むちうつ シモト と なった。 しかも クラチ の ツマ と コ とは この トウキョウ に ちゃんと すんで いる。 クラチ は マイニチ の よう に その ヒトタチ に あって いる の に ソウイ ない の だ。
おもう オトコ を どこ から どこ まで ジブン の もの に して、 ジブン の もの に した と いう ショウコ を にぎる まで は、 ココロ が せめて せめて せめぬかれる よう な レンアイ の ザンギャク な チカラ に ヨウコ は ヒル と なく ヨル と なく うちのめされた。 フネ の ナカ での ナニゴト も うちまかせきった よう な こころやすい キブン は ヒトゴト の よう に、 とおい ムカシ の こと の よう に かなしく おもいやられる ばかり だった。 どうして これほど まで に ジブン と いう もの の オチツキドコロ を みうしなって しまった の だろう。 そう おもう シタ から、 こうして は イッコク も いられない。 はやく はやく する こと だけ を して しまわなければ、 トリカエシ が つかなく なる。 どこ から どう テ を つければ いい の だ。 テキ を たおさなければ、 テキ は ジブン を たおす の だ。 なんの チュウチョ。 なんの シアン。 クラチ が さった ヒトタチ に ミレン を のこす よう ならば ジブン の コイ は イシ や カワラ と ドウヨウ だ。 ジブン の ココロ で なにもかも カコ は いっさい やきつくして みせる。 キベ も ない、 サダコ も ない。 まして キムラ も ない。 みんな すてる、 みんな わすれる。 そのかわり クラチ にも カコ と いう カコ を すっかり わすれさせず に おく もの か。 それほど の コワク の チカラ と ジョウネツ の ホノオ と が ジブン に ある か ない か みて いる が いい。 そうした イチズ な ネツイ が ミ を こがす よう に もえたった。 ヨウコ は シンブン キシャ の ライシュウ を おそれて ヤド に とじこもった まま、 ヒバチ の マエ に すわって、 クラチ の フザイ の とき は こんな モウソウ に ミ も ココロ も かきむしられて いた。 だんだん つのって くる よう な コシ の イタミ、 カタ の コリ。 そんな もの さえ ヨウコ の ココロ を ますます いらだたせた。
ことに クラチ の カエリ の おそい バン など は、 ヨウコ は ザ にも いたたまれなかった。 クラチ の イマ に なって いる 10 ジョウ の マ に いって、 そこ に クラチ の オモカゲ を すこし でも しのぼう と した。 フネ の ナカ での クラチ との たのしい オモイデ は すこしも うかんで こず に、 どんな カマエ とも ソウゾウ は できない が、 とにかく クラチ の スマイ の ある ヘヤ に、 3 ニン の ムスメ たち に とりまかれて、 うつくしい ツマ に かしずかれて サカズキ を ほして いる クラチ ばかり が ソウゾウ に うかんだ。 そこ に ぬぎすてて ある クラチ の フダンギ は ますます ヨウコ の ソウゾウ を ほしいまま に させた。 いつでも ヨウコ の ジョウネツ を ひっつかんで ゆすぶりたてる よう な クラチ トクユウ な ハダ の ニオイ、 ホウジュン な サケ や タバコ から においでる よう な その ニオイ を ヨウコ は イルイ を かきよせて、 それ に カオ を うずめながら、 マヒ して ゆく よう な キモチ で かぎ に かいだ。 その ニオイ の いちばん オク に、 チュウネン の オトコ に トクユウ な フケ の よう な フカイ な ニオイ、 タニン の で あった なら ヨウコ は ヒトタマリ も なく ハナ を おおう よう な フカイ な ニオイ を かぎつける と、 ヨウコ は ニクタイテキ にも イッシュ の トウスイ を かんじて くる の だった。 その クラチ が ツマ や ムスメ たち に とりまかれて たのしく イッセキ を すごして いる。 そう おもう と ありあわせる もの を とって ぶちこわす か、 つかんで ひきさきたい よう な ショウドウ が ワケ も なく こうじて くる の だった。
それでも クラチ が かえって くる と、 それ は ヨル おそく なって から で あって も ヨウコ は ただ コドモ の よう に コウフク だった。 それまで の フアン や ショウソウ は どこ に か いって しまって、 アクム から コウフク な セカイ に めざめた よう に コウフク だった。 ヨウコ は すぐ はしって いって クラチ の ムネ に たわいなく いだかれた。 クラチ も ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきしめた。 ヨウコ は ひろい あつい ムネ に いだかれながら、 タンチョウ な ヤドヤ の セイカツ の イチニチチュウ に おこった ササイ な こと まで を、 その ヒョウジョウ の ゆたか な、 スズ の よう な すずしい コエ で、 ジブン を たのしませて いる もの の ごとく かたった。 クラチ は クラチ で その コエ に よいしれて みえた。 フタリ の コウフク は どこ に ゼッチョウ が ある の か わからなかった。 フタリ だけ で セカイ は カンゼン だった。 ヨウコ の する こと は ヒトツヒトツ クラチ の ココロ が する よう に みえた。 クラチ の こう ありたい と おもう こと は ヨウコ が あらかじめ そう あらせて いた。 クラチ の したい と おもう こと は、 ヨウコ が ちゃんと しとげて いた。 チャワン の オキバショ まで、 キモノ の シマイドコロ まで、 クラチ は ジブン の テ で した とおり を ヨウコ が して いる の を みいだして いる よう だった。
「しかし クラチ は ツマ や ムスメ たち を どう する の だろう」
こんな こと を そんな コウフク の サイチュウ にも ヨウコ は かんがえない こと も なかった。 しかし クラチ の カオ を みる と、 そんな こと は おもう も はずかしい よう な ササイ な こと に おもわれた。 ヨウコ は クラチ の ナカ に すっかり とけこんだ ジブン を みいだす のみ だった。 サダコ まで も ギセイ に して クラチ を その サイシ から きりはなそう など いう タクラミ は あまり に ばからしい トリコシ-グロウ で ある の を おもわせられた。
「そう だ うまれて から コノカタ ワタシ が もとめて いた もの は とうとう こよう と して いる。 しかし こんな こと が こう テヂカ に あろう とは ホントウ に おもい も よらなかった。 ワタシ みたい な バカ は ない。 この コウフク の チョウジョウ が イマ だ と ダレ か おしえて くれる ヒト が あったら、 ワタシ は その シュンカン に よろこんで しぬ。 こんな コウフク を みて から クダリザカ に まで いきて いる の は いや だ。 それにしても こんな コウフク で さえ が いつかは クダリザカ に なる とき が ある の だろう か」
そんな こと を ヨウコ は コウフク に ひたりきった ユメゴコチ の ウチ に かんがえた。
ヨウコ が トウキョウ に ついて から 1 シュウカン-メ に、 ヤド の オカミ の シュウセン で、 シバ の コウヨウカン と ミチ ヒトツ へだてた タイコウエン と いう バラ センモン の ウエキヤ の ウラ に あたる 2 カイ-ダテ の イエ を かりる こと に なった。 それ は モト コウヨウカン の ジョチュウ だった ヒト が ある ゴウショウ の メカケ に なった に ついて、 その ゴウショウ と いう ヒト が たてて あてがった ヒトカマエ だった。 ソウカクカン の オカミ は その オンナ と コンイ の アイダ だった が、 オンナ に コドモ が イクニン か できて すこし テゼマ-すぎる ので ヨソ に イテン しよう か と いって いた の を ききしって いた ので、 オカミ の ほう で テキトウ な イエ を さがしだして その オンナ を うつらせ、 その アト を ヨウコ が かりる こと に とりはからって くれた の だった。 クラチ が サキ に いって ナカ の ヨウス を みて きて、 スギバヤシ の ため に すこし ヒアタリ は よく ない が、 トウブン の カクレガ と して は クッキョウ だ と いった ので、 すぐさま そこ に うつる こと に きめた の だった。 ダレ にも しれない よう に ひっこさねば ならぬ と いう ので、 ニモツ を コワケ して もちだす の にも、 オカミ は ジブン の ジョチュウ たち に まで、 それ が クラチ の ホンタク に はこばれる もの だ と いって しらせた。 ウンパンニン は すべて シバ の ほう から たのんで きた。 そして ニモツ が あらかた かたづいた ところ で、 ある ヨ おそく、 しかも びしょびしょ と フキブリ の する さむい アメカゼ の オリ を えらんで ヨウコ は ホログルマ に のった。 ヨウコ と して は それほど の ケイカイ を する には あたらない と おもった けれども、 オカミ が どうしても きかなかった。 アンゼン な ところ に おくりこむ まで は いったん おひきうけ した テマエ、 キ が すまない と いいはった。
ヨウコ が あつらえて おいた シタテオロシ の イルイ を きかえて いる と そこ に オカミ も きあわせて ヌギカエシ の セワ を みた。 エリ の アワセメ を ピン で とめながら ヨウコ が キガエ を おえて ザ に つく の を みて、 オカミ は うれしそう に モミテ を しながら、
「これ で あすこ に だいじょうぶ ついて くださり さえ すれば ワタシ は オモニ が ヒトツ おりる と もうす もの です。 しかし これから が アナタ は ゴタイテイ じゃ ございません ね。 あちら の オクサマ の こと など おもいます と、 どちら に どう オシムケ を して いい やら ワタシ には わからなく なります。 アナタ の オココロモチ も ワタシ は ミ に しみて おさっし もうします が、 どこ から みて も ヒテン の ウチドコロ の ない オクサマ の オミノウエ も ワタシ には ゴフビン で ナミダ が こぼれて しまう ん で ございます よ。 で ね、 これから の こと に ついちゃ ワタシ は こう きめました。 なんでも できます こと なら と もうしあげたい ん で ございます けれども、 ワタシ には シンソコ を おうちあけ もうしました ところ、 ドチラサマ にも ギリ が たちません から、 ハクジョウ でも キョウ かぎり この オハナシ には テ を ひかせて いただきます。 ……どうか わるく おとり に なりません よう に ね…… どうも ワタシ は こんな で いながら カイショウ が ございません で……」
そう いいながら オカミ は クチ を きった とき の うれしげ な ヨウス にも にず、 ジュバン の ソデ を ひきだす ヒマ も なく メ に ナミダ を いっぱい ためて しまって いた。 ヨウコ には それ が うらめしく も にくく も なかった。 ただ なんとなく シンミ な セツナサ が ジブン の ムネ にも こみあげて きた。
「わるく とる どころ です か。 ヨノナカ の ヒト が ヒトリ でも アナタ の よう な ココロモチ で みて くれたら、 ワタシ は その マエ に なきながら アタマ を さげて ありがとう ございます と いう こと でしょう よ。 これまで の アナタ の オココロヅクシ で ワタシ は もう ジュウブン。 また いつか ゴオンガエシ の できる こと も ありましょう。 ……それでは これ で ごめん くださいまし。 オイモウトゴ にも どうか キモノ の オレイ を くれぐれも よろしく」
すこし ナキゴエ に なって そう いいながら、 ヨウコ は オカミ と その イモウトブン に あたる と いう ヒト に レイゴコロ に おいて ゆこう と する ベイコク-セイ の フタツ の テサゲ を しまいこんだ チガイダナ を ちょっと みやって そのまま ザ を たった。
アメカゼ の ため に ヨル は にぎやか な オウライ も さすが に ヒトドオリ が たえだえ だった。 クルマ に のろう と して ソラ を みあげる と、 クモ は そう こく は かかって いない と みえて、 シンゲツ の ヒカリ が おぼろ に ソラ を あかるく して いる ナカ を アラシモヨウ の クモ が おそろしい イキオイ で はしって いた。 ヘヤ の ナカ の アタタカサ に ひきかえて、 シッケ を ジュウブン に ふくんだ カゼ は スソマエ を あおって ぞくぞく と ハダ に せまった。 ばたばた と カゼ に なぶられる マエホロ を シャフ が かけよう と して いる スキ から、 オカミ が みずみずしい マルマゲ を アメ にも カゼ にも おもう まま うたせながら、 ジョチュウ の さしかざそう と する アマガサ の カゲ に かくれよう とも せず、 ナニ か シャフ に いいきかせて いる の が ダイジ-らしく みやられた。 シャフ が カジボウ を あげよう と する とき オカミ が シュウギブクロ を その テ に わたす の が みえた。
「さようなら」
「オダイジ に」
はばかる よう に クルマ の ウチソト から コエ が かわされた。 ホロ に のしかかって くる カゼ に テイコウ しながら クルマ は ヤミ の ナカ を うごきだした。
ムカイカゼ が ウナリ を たてて ふきつけて くる と、 シャフ は おもわず クルマ を あおらせて アシ を とめる ほど だった。 この 4~5 ニチ ヒバチ の マエ ばかり に いた ヨウコ に とって は ミ を きる か と おもわれる よう な サムサ が、 あつい ヒザカケ の メ まで とおして おそって きた。 ヨウコ は さきほど オカミ の コトバ を きいた とき には さほど とも おもって いなかった が、 すこし ホド たった イマ に なって みる と、 それ が ひしひし と ミ に こたえる の を かんじだした。 ジブン は ひょっと する と あざむかれて いる、 モテアソビモノ に されて いる。 クラチ は やはり どこまでも あの サイシ と わかれる キ は ない の だ。 ただ ながい コウカイチュウ の キマグレ から、 デキゴコロ に ジブン を セイフク して みよう と くわだてた ばかり なの だ。 この コイ の イキサツ が ヨウコ から もちだされた もの で ある だけ に、 こんな ココロモチ に なって くる と、 ヨウコ は ヤ も タテ も たまらず ジブン に ヒケメ を おぼえた。 コウフク―― ジブン が ムソウ して いた コウフク が とうとう きた と ほこりが に よろこんだ その ヨロコビ は さもしい ヌカヨロコビ に すぎなかった らしい。 クラチ は フネ の ナカ で と ドウヨウ の ヨロコビ で まだ ヨウコ を よろこんで は いる。 それ に ウタガイ を いれよう ヨチ は ない。 けれども うつくしい テイセツ な ツマ と カレン な ムスメ を 3 ニン まで もって いる クラチ の ココロ が いつまで ヨウコ に ひかされて いる か、 それ を ダレ が かたりえよう、 ヨウコ の ココロ は ホロ の ナカ に ふきこむ カゼ の サムサ と ともに ひえて いった。 ヨノナカ から きれい に はなれて しまった コドク な タマシイ が たった ヒトツ そこ には みいだされる よう にも おもえた。 どこ に ウレシサ が ある、 タノシサ が ある。 ジブン は また ヒトツ の イマ まで に あじわわなかった よう な クノウ の ナカ に ミ を なげこもう と して いる の だ。 また うまうま と イタズラモノ の ウンメイ に して やられた の だ。 それにしても もう この セトギワ から ひく こと は できない。 しぬ まで…… そう だ しんで も この クルシミ に ひたりきらず に おく もの か。 ヨウコ には タノシサ が クルシサ なの か、 クルシサ が タノシサ なの か、 まったく ミサカイ が つかなく なって しまって いた。 タマシイ を シメギ に かけて その アブラ でも しぼりあげる よう な モダエ の ナカ に やむ に やまれぬ シュウチャク を みいだして われながら おどろく ばかり だった。
ふと クルマ が とまって カジボウ が おろされた ので ヨウコ は はっと ユメゴコチ から ワレ に かえった。 おそろしい フキブリ に なって いた。 シャフ が カタアシ で カジボウ を ふまえて、 カゼ で クルマ の よろめく の を ふせぎながら、 マエホロ を はずし に かかる と、 マックラ だった ゼンポウ から かすか に ヒカリ が もれて きた。 アタマ の ウエ では ざあざあ と ふりしきる アメ の ナカ に、 アラウミ の シオザイ の よう な ものすごい ヒビキ が ナニ か ヘンジ でも わいて おこりそう に きこえて いた。 ヨウコ は クルマ を でる と カゼ に ふきとばされそう に なりながら、 カミ や シンチョウ の キモノ の ぬれる の も かまわず ソラ を あおいで みた。 ウルシ を ながした よう に クモ で かたく とざされた クモ の ナカ に、 ウルシ より も いろこく むらむら と たちさわいで いる の は ふるい スギ の コダチ だった。 カダン らしい タケガキ の ナカ の カンボク の タグイ は エダサキ を チ に つけん ばかり に ふきなびいて、 カレハ が ウズ の よう に ばらばら と とびまわって いた。 ヨウコ は ワレ にも なく そこ に べったり すわりこんで しまいたく なった。
「おい はやく はいらん かよ、 ぬれて しまう じゃ ない か」
クラチ が ランプ の ヒ を かばいつつ イエ の ナカ から どなる の が カゼ に ふきちぎられながら きこえて きた。 クラチ が そこ に いる と いう こと さえ ヨウコ には イガイ の よう だった。 だいぶ はなれた ところ で どたん と ト か ナニ か はずれた よう な オト が した と おもう と、 カゼ は また ひとしきり ウナリ を たてて スギムラ を こそいで とおりぬけた。 シャフ は ヨウコ を たすけよう にも カジボウ を はなれれば クルマ を けしとばされる ので、 チョウチン の シリ を カザカミ の ほう に シャ に むけて メハチブ に あげながら ナニ か オオゴエ に ウシロ から コエ を かけて いた。 ヨウコ は すごすご と して ゲンカングチ に ちかづいた。 イッパイ キゲン で まちあぐんだ らしい クラチ の カオ の サケホテリ に にず、 ヨウコ の カオ は すきとおる ほど あおざめて いた。 なよなよ と まず シキダイ に コシ を おろして、 10 ポ ばかり あるく だけ で ドロ に なって しまった ゲタ を、 アシサキ で てつだいながら ぬぎすてて、 ようやく イタノマ に たちあがって から、 うつろ な メ で クラチ の カオ を じっと みいった。
「どう だった さむかったろう。 まあ こっち に おあがり」
そう クラチ は いって、 そこ に であわして いた ジョチュウ らしい ヒト に テ-ランプ を わたす と きゃしゃ な すこし キュウ な ハシゴダン を のぼって いった。 ヨウコ は アズマ コート も ぬがず に いいかげん ぬれた まま で だまって その アト から ついて いった。
2 カイ の マ は デントウ で ヒルマ より あかるく ヨウコ には おもわれた。 ト と いう ト が がたぴし と なりはためいて いた。 イタブキ らしい ヤネ に イッスンクギ でも たたきつける よう に アメ が ふりつけて いた。 ザシキ の ナカ は あたたかく いきれて、 ノミクイ する もの が ちらかって いる よう だった。 ヨウコ の チュウイ の ナカ には それ だけ の こと が かろうじて はいって きた。 そこ に たった まま の クラチ に ヨウコ は すいつけられる よう に ミ を なげかけて いった。 クラチ も むかえとる よう に ヨウコ を だいた と おもう と そのまま そこ に どっかと アグラ を かいた。 そして ジブン の ほてった ホオ を ヨウコ の に すりつける と さすが に おどろいた よう に、
「こりゃ どう だ ひえた にも コオリ の よう だ」
と いいながら その カオ を みいろう と した。 しかし ヨウコ は むしょうに ジブン の カオ を クラチ の ひろい あたたかい ムネ に うずめて しまった。 ナツカシミ と ニクシミ との もつれあった、 かつて ケイケン しない はげしい ジョウチョ が すぐに ヨウコ の ナミダ を さそいだした。 ヒステリー の よう に カンケツテキ に ひきおこる ススリナキ の コエ を かみしめて も かみしめて も とめる こと が できなかった。 ヨウコ は そうした まま クラチ の ムネ で イキ を ひきとる こと が できたら と おもった。 それとも ジブン の なめて いる よう な タマシイ の モダエ の ナカ に クラチ を まきこむ こと が できたらば とも おもった。
いそいそ と セワ ニョウボウ-らしく よろこびいさんで 2 カイ に あがって くる ヨウコ を みいだす だろう と ばかり おもって いた らしい クラチ は、 この リユウ も しれぬ ヨウコ の キョウタイ に おどろいた らしかった。
「どうした と いう ん だな、 え」
と ひくく チカラ を こめて いいながら、 ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなそう と する けれども、 ヨウコ は ただ むしょうに カブリ を ふる ばかり で、 ダダッコ の よう に、 クラチ の ムネ に しがみついた。 できる なら その ニク の あつい おとこらしい ムネ を かみやぶって、 チミドロ に なりながら その ムネ の ナカ に カオ を うずめこみたい―― そういう よう に ヨウコ は クラチ の キモノ を かんだ。
しずか に では ある けれども クラチ の ココロ は だんだん ヨウコ の ココロモチ に そめられて ゆく よう だった。 ヨウコ を かきいだく クラチ の ウデ の チカラ は しずか に くわわって いった。 その イキヅカイ は あらく なって きた。 ヨウコ は キ が とおく なる よう に おもいながら、 しめころす ほど ひきしめて くれ と ねんじて いた。 そして カオ を ふせた まま ナミダ の ヒマ から きれぎれ に さけぶ よう に コエ を はなった。
「すてない で ちょうだい とは いいません…… すてる なら すてて くださって も よう ござんす…… そのかわり…… そのかわり…… はっきり おっしゃって ください、 ね…… ワタシ は ただ ひきずられて いく の が いや なん です……」
「ナニ を いってる ん だ オマエ は……」
クラチ の かんで ふくめる よう な コエ が ミミモト ちかく ヨウコ に こう ささやいた。
「それ だけ は…… それ だけ は ちかって ください…… ごまかす の は ワタシ は いや…… いや です」
「ナニ を…… ナニ を ごまかす かい」
「そんな コトバ が ワタシ は きらい です」
「ヨウコ!」
クラチ は もう ネツジョウ に もえて いた。 しかし それ は いつでも ヨウコ を だいた とき に クラチ に おこる ヤジュウ の よう な ネツジョウ とは すこし ちがって いた。 そこ には やさしく オンナ の ココロ を いたわる よう な カゲ が みえた。 ヨウコ は それ を うれしく も おもい、 ものたらなく も おもった。
ヨウコ の ココロ の ウチ は クラチ の ツマ の こと を いいだそう と する ネツイ で いっぱい に なって いた。 その ツマ が テイシュク な うつくしい オンナ で ある と おもえば おもう ほど、 その ヒト が フタリ の アイダ に はさまって いる の が のろわしかった。 たとい すてられる まで も イチド は クラチ の ココロ を その オンナ から ねこそぎ うばいとらなければ タンネン が できない よう な ひたむき に キョウボウ な ヨクネン が ムネ の ウチ では はちきれそう に にえくりかえって いた。 けれども ヨウコ は どうしても それ を クチノハ に のぼせる こと は できなかった。 その シュンカン に ジブン に たいする ホコリ が チリアクタ の よう に ふみにじられる の を かんじた から だ。 ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ が じれったかった。 クラチ の ほう から ヒトコト も それ を いわない の が うらめしかった。 クラチ は そんな こと は いう にも たらない と おもって いる の かも しれない が…… いいえ そんな こと は ない、 そんな こと の あろう はず は ない。 クラチ は やはり フタマタ かけて ジブン を あいして いる の だ。 オトコ の ココロ には そんな みだら な ミレン が ある はず だ。 オトコ の ココロ とは いうまい、 ジブン も クラチ に であう まで は、 イセイ に たいする ジブン の アイ を カッテ に ミッツ にも ヨッツ にも さいて みる こと が できた の だ。 ……ヨウコ は ここ にも ジブン の くらい カコ の ケイケン の ため に せめさいなまれた。 すすんで コイ の トリコ と なった モノ が とうぜん おちいらなければ ならない タトエヨウ の ない ほど くらく ふかい ギワク は アト から アト から コウジツ を つくって ヨウコ を おそう の だった。 ヨウコ の ムネ は コトバドオリ に はりさけよう と して いた。
しかし ヨウコ の ココロ が いためば いたむ ほど クラチ の ココロ は ねっして みえた。 クラチ は どうして ヨウコ が こんな に キゲン を わるく して いる の か を おもいまよって いる ヨウス だった。 クラチ は やがて しいて ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなして その カオ を つよく みまもった。
「ナニ を そう リクツ も なく ないて いる の だ…… オマエ は オレ を うたぐって いる な」
ヨウコ は 「うたがわない で いられます か」 と こたえよう と した が、 どうしても それ は ジブン の メンボク に かけて クチ には だせなかった。 ヨウコ は ナミダ に とけて ただよう よう な メ を うらめしげ に おおきく ひらいて だまって クラチ を みかえした。
「キョウ オレ は とうとう ホンテン から よびだされた ん だった。 フネ の ナカ での こと を それとなく ききただそう と しおった から、 オレ は のこらず いって のけた よ。 シンブン に オレタチ の こと が でた とき でも が、 あわてる が もの は ない と おもっとった ん だ。 どうせ いつかは しれる こと だ。 しれる ほど なら、 おおっぴら で はやい が いい くらい の もの だ。 ちかい うち に カイシャ の ほう は クビ に なろう が、 オレ は、 ヨウコ、 それ が マンゾク なん だぞ。 ジブン で ジブン の ツラ に ドロ を ぬって よろこんでる オレ が バカ に みえよう な」
そう いって から クラチ は はげしい チカラ で ふたたび ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきよせよう と した。
ヨウコ は しかし そう は させなかった。 すばやく クラチ の ヒザ から とびのいて タタミ の ウエ に ホオ を ふせた。 クラチ の コトバ を そのまま しんじて、 すなお に うれしがって、 ココロ を ナミダ に といて なきたかった。 しかし まんいち クラチ の コトバ が ソノバノガレ の カッテ な ツクリゴト だったら…… なぜ クラチ は ジブン の ツマ や コドモ たち の こと を いって は きかせて くれない の だ。 ヨウコ は ワケ の わからない ナミダ を なく より スベ が なかった。 ヨウコ は つっぷした まま で さめざめ と なきだした。
コガイ の アラシ は キセイ を くわえて、 ものすさまじく ふけて ゆく ヨル を あれくるった。
「オレ の いうた こと が わからん なら まあ みとる が いい さ。 オレ は くどい こと は すかん から な」
そう いいながら クラチ は ジブン を ヨクセイ しよう と する よう に しいて おちついて、 ハマキ を とりあげて タバコボン を ひきよせた。
ヨウコ は ココロ の ウチ で ジブン の タイド が クラチ の キ を まずく して いる の を はらはら しながら おもいやった。 キ を まずく する だけ でも それだけ クラチ から はなれそう なの が このうえなく つらかった。 しかし ジブン で ジブン を どう する こと も できなかった。
ヨウコ は アラシ の ナカ に ワレ と ワガミ を さいなみながら さめざめ と なきつづけた。
27
「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
ヨウコ は その ヨ クラチ と ヘヤ を ベツ に して トコ に ついた。 クラチ は カイジョウ に、 ヨウコ は カイカ に。 エノシママル イライ フタリ が はなれて ねた の は その ヨ が はじめて だった。 クラチ が マゴコロ を こめた ヨウス で かれこれ いう の を、 ヨウコ は すげなく はねつけて、 せっかく とって あった 2 カイ の ネドコ を、 ジョチュウ に シタ に はこばして しまった。 ヨコ に なり は した が いつまでも ねつかれない で 2 ジ ちかく まで コトバドオリ に テンテン ハンソク しつつ、 くりかえし くりかえし クラチ の フウフ カンケイ を シュジュ に モウソウ したり、 ジブン に まくしかかって くる ショウライ の ウンメイ を ひたすら に くろく ぬって みたり して いた。 それでも ハテ は アタマ も カラダ も つかれはてて ユメ ばかり な ネムリ に おちいって しまった。
うつらうつら と した ネムリ から、 とつぜん タトエヨウ の ない サビシサ に ひしひし と おそわれて、 ――それ は その とき みた ユメ が そんな アンジ に なった の か、 それとも カンカクテキ な フマン が メ を さました の か わからなかった―― ヨウコ は クラヤミ の ナカ に メ を ひらいた。 アラシ の ため に デンセン に コショウ が できた と みえて、 ねむる とき には ツケハナシ に して おいた ヒ が どこ も ここ も きえて いる らしかった。 アラシ は しかし いつのまにか なぎて しまって、 アラシ の アト の バンシュウ の ヨル は ことさら しずか だった。 サンナイ イチメン の スギモリ から は シンザン の よう な キキ が しんしん と はきだされる よう に おもえた。 コオロギ が トナリ の ヘヤ の スミ で かすれがすれ に コエ を たてて いた。 わずか な しかも あさい スイミン には すぎなかった けれども ヨウコ の アタマ は アカツキ マエ の ヒエ を かんじて さえざえ と すんで いた。 ヨウコ は まず ジブン が たった ヒトリ で ねて いた こと を おもった。 クラチ と カンケイ が なかった コロ は いつでも ヒトリ で ねて いた の だ が、 よくも そんな こと が ナガネン に わたって できた もの だった と ジブン ながら フシギ に おもわれる くらい、 それ は イマ の ヨウコ を ものたらなく こころさびしく させて いた。 こうして しずか な ココロ に なって かんがえる と クラチ の ヨウコ に たいする アイジョウ が セイジツ で ある の を うたがう べき ヨチ は さらに なかった。 ニホン に かえって から イクニチ にも ならない けれども、 イマ まで は とにかく クラチ の ネツイ に すこしも カワリ が おこった ところ は みえなかった。 いかに コイ に メ が ふさがって も、 ヨウコ は それ を みきわめる くらい の レイセイ な ガンリキ は もって いた。 そんな こと は ジュウブン に しりぬいて いる くせ に、 おぞましく も サクヤ の よう な バカ な マネ を して しまった ジブン が ジブン ながら フシギ な くらい だった。 どんな に ジョウ に げきした とき でも タイテイ は ジブン を みうしなう よう な こと は しない で とおして きた ヨウコ には それ が ひどく はずかしかった。 フネ の ナカ に いる とき に ヒステリー に なった の では ない か と うたがった こと が 2~3 ド ある―― それ が ホントウ だった の では ない かしらん とも おもわれた。 そして ヨギ に かけた アライタテ の キャリコ の ウラ の ひえびえ する の を ふくよか な オトガイ に かんじながら ココロ の ウチ で ひとりごちた。
「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
そう いいながら ヨウコ は カタ だけ おきなおって、 マクラモト の ミズ を テサグリ で したたか のみほした。 コオリ の よう に ひえきった ミズ が ノドモト を しずか に ながれくだって イノフ に ひろがる まで はっきり と かんじられた。 サケ も のまない の だ けれども、 スイゴ の ミズ と ドウヨウ に、 イノフ に ミカク が できて シタ の しらない アジ を あじわいえた と おもう ほど こころよく かんじた。 それほど ムネ の ウチ は ネツ を もって いた に ちがいない。 けれども アシ の ほう は ハンタイ に おそろしく ヒエ を かんじた。 すこし その イチ を うごかす と シロサ を ソノママ な さむい カンジ が シーツ から せまって くる の だった。 ヨウコ は また きびしく クラチ の ムネ を おもった。 それ は サムサ と アイチャク と から ヨウコ を おいたてて 2 カイ に はしらせよう と する ほど だった。 しかし ヨウコ は すでに それ を じっと こらえる だけ の レイセイサ を カイフク して いた。 クラチ の ツマ に たいする ショチ は サクヤ の よう で あって は テギワ よく は なしとげられぬ。 もっと つめたい チエ に チカラ を かりなければ ならぬ―― こう おもいさだめながら アカツキ の しらむ の を しらず に また ネムリ に さそわれて いった。
ヨクジツ ヨウコ は それでも クラチ より サキ に メ を さまして てばやく キガエ を した。 ジブン で イタド を くりあけて みる と、 エンサキ には、 かれた カダン の クサ や カンボク が カゼ の ため に ふきみだされた コニワ が あって、 その サキ は、 スギ、 マツ、 ソノタ の キョウボク の シゲミ を へだてて タイコウエン の てびろい ニワ が みやられて いた。 キノウ まで いた ソウカクカン の シュウイ とは まったく ちがった、 おなじ トウキョウ の ウチ とは おもわれない よう な しずか な ひなびた シゼン の スガタ が ヨウコ の メノマエ には みわたされた。 まだ はれきらない サギリ を こめた クウキ を とおして、 スギ の ハ-ゴシ に さしこむ アサ の ヒ の ヒカリ が、 アメ に しっとり と うるおった ニワ の クロツチ の ウエ に、 マッスグ な スギ の ミキ を ボウジマ の よう な カゲ に して おとして いた。 イロ サマザマ な サクラ の オチバ が、 ヒナタ では キ に クレナイ に、 ヒカゲ では カバ に ムラサキ に ニワ を いろどって いた。 いろどって いる と いえば キク の ハナ も あちこち に しつけられて いた。 しかし イッタイ の シュミ は ヨウコ の よろこぶ よう な もの では なかった。 チリ ヒトツ さえ ない ほど、 まずしく みえる ショウシャ な シュミ か、 どこ に でも キンギン が そのまま すてて ある よう な キョウシャ な シュミ で なければ マンゾク が できなかった。 のこった の を すてる の が おしい とか もったいない とか いう よう な ココロモチ で、 ヨケイ な イシ や ウエキ など を いれこんだ らしい ニワ の ツクリカタ を みたり する と、 すぐさま むしりとって メ に かからない ところ に なげすてたく おもう の だった。 その コニワ を みる と ヨウコ の ココロ の ウチ には それ を ジブン の おもう よう に つくりかえる ケイカク が うずうず する ほど わきあがって きた。
それから ヨウコ は イエ の ナカ を スミ から スミ まで みて まわった。 キノウ ゲンカングチ に ヨウコ を でむかえた ジョチュウ が、 ト を くる オト を ききつけて、 いちはやく ヨウコ の ところ に とんで きた の を アンナイ に たてた。 18~19 の こぎれい な ムスメ で、 きびきび した キショウ らしい のに、 いかにも ハスハ で ない、 シュジン を もてば シュジン オモイ に ちがいない の を ヨウコ は ヒトメ で みぬいて、 これ は いい ヒト だ と おもった。 それ は やはり ソウカクカン の オカミ が シュウセン して よこした、 ヤド に デイリ の トウフヤ の ムスメ だった。 ツヤ (カノジョ の ナ は ツヤ と いった) は ハシゴダン シタ の ゲンカン に つづく 6 ジョウ の チャノマ から はじめて、 その トナリ の トコノマツキ の 12 ジョウ、 それから 12 ジョウ と ロウカ を へだてて ゲンカン と ならぶ チャセキ-フウ の 6 ジョウ を アンナイ し、 ロウカ を とおった ツキアタリ に ある おもいのほか てびろい ダイドコロ、 フロバ を へて ハリダシ に なって いる 6 ジョウ と 4 ジョウ ハン (そこ が この イエ を たてた シュジン の イマ と なって いた らしく、 スベテ の ゾウサク に トクベツ な スキ が こらして あった) に いって、 その アマド を くりあけて ニワ を みせた。 そこ の センザイ は わりあい に あれず に いて、 ナガメ が うつくしかった が、 ヨウコ は カキネゴシ に タイコウエン の オモヤ の シモ の ベンジョ らしい きたない タテモノ の ヤネ を みつけて こまった もの が ある と おもった。 その ホカ には ダイドコロ の ソバ に ツヤ の 4 ジョウ ハン の ヘヤ が ニシムキ に ついて いた。 ジョチュウベヤ を のぞいた イツツ の ヘヤ は いずれ も ナゲシツキ に なって、 ミッツ まで は トコノマ さえ ある のに、 どうして あつめた もの か とにかく カケモノ なり オキモノ なり が ちゃんと かざられて いた。 イエ の ツクリ や ニワ の ヨウス など には かなり の チュウモン も ソウトウ の ガンシキ も もって は いた が、 カイガ や ショ の こと に なる と ヨウコ は おぞましく も カンシキ の チカラ が なかった。 うまれつき キビン に はたらく サイキ の おかげ で、 みたり きいたり した ところ から、 ビジュツ を アイコウ する ヒトビト と ヒザ を ならべて も、 とにかく あまり ボロ-らしい ボロ は ださなかった が、 わかい ビジュツカ など が ほめる サクヒン を みて も どこ が すぐれて どこ に ウツクシサ が ある の か ヨウコ には すこしも ケントウ の つかない こと が あった。 エ と いわず ジ と いわず、 ブンガクテキ の サクブツ など に たいして も ヨウコ の アタマ は あわれ な ほど ツウゾクテキ で ある の を ヨウコ は ジブン で しって いた。 しかし ヨウコ は ジブン の マケジダマシイ から ジブン の ミカタ が ボンゾク だ とは おもいたく なかった。 ゲイジュツカ など いう レンチュウ には、 コットウ など を いじくって フルミ と いう よう な もの を ありがたがる フウリュウジン と キョウツウ した よう な キドリ が ある。 その エセ-キドリ を ヨウコ は サイワイ にも もちあわして いない の だ と きめて いた。 ヨウコ は この イエ に もちこまれて いる フクモノ を みて まわって も、 ホントウ の ネウチ が どれほど の もの だ か さらに ケントウ が つかなかった。 ただ ある べき ところ に そういう もの の ある こと を マンゾク に おもった。
ツヤ の ヘヤ の きちんと テギワ よく かたづいて いる の や、 2~3 ニチ アキヤ に なって いた の にも かかわらず、 ダイドコロ が きれい に フキソウジ が されて いて、 フキン など が すがすがしく からから に かわかして かけて あったり する の は いちいち ヨウコ の メ を こころよく シゲキ した。 おもった より スマイガッテ の いい イエ と、 はきはき した セイケツズキ な ジョチュウ と を えた こと が まず ヨウコ の ネオキ の ココロモチ を すがすがしく させた。
ヨウコ は ツヤ の くんで だした ちょうど イイカゲン の ユ で カオ を あらって、 かるく ケショウ を した。 サクヤ の こと など は キ にも かからない ほど ココロ は かるかった。 ヨウコ は その かるい ココロ を いだきながら しずか に 2 カイ に あがって いった。 なんとはなし に クラチ に あまえたい よう な、 わびたい よう な キモチ で そっと フスマ を あけて みる と、 あの キョウレツ な クラチ の ハダ の ニオイ が あたたかい クウキ に みたされて ハナ を かすめて きた。 ヨウコ は ワレ にも なく かけよって、 アオムケ に ジュクスイ して いる クラチ の ウエ に ハガイ に のしかかった。
くらい ナカ で クラチ は めざめた らしかった。 そして だまった まま ヨウコ の カミ や キモノ から カベン の よう に こぼれおちる なまめかしい カオリ を ユメゴコチ に かいで いる よう だった が、 やがて ものうげ に、
「もう おきた ん か。 ナンジ だな」
と いった。 まるで おおきな コドモ の よう な その ムジャキサ。 ヨウコ は おもわず ジブン の ホオ を クラチ の に すりつける と、 ネオキ の クラチ の ホオ は ヒ の よう に あつく かんぜられた。
「もう 8 ジ。 ……おおき に ならない と ヨコハマ の ほう が おそく なる わ」
クラチ は やはり ものうげ に、 ソデグチ から にょきん と あらわれでた ふとい ウデ を のべて、 みじかい ザンギリ アタマ を ごしごし と かきまわしながら、
「ヨコハマ?…… ヨコハマ には もう ヨウ は ない わい。 いつ クビ に なる か しれない オレ が コノウエ の ゴホウコウ を して たまる か。 これ も みんな オマエ の おかげ だぞ。 ゴウツクバリ め」
と いって いきなり ヨウコ の クビスジ を ウデ に まいて ジブン の ムネ に おしつけた。
しばらく して クラチ は ネドコ を でた が、 サクヤ の こと など は けろり と わすれて しまった よう に ヘイキ で いた。 フタリ が はじめて ハナレバナレ に ねた の にも ヒトコト も いわない の が かすか に ヨウコ を ものたらなく おもわせた けれども、 ヨウコ は ムネ が ひろびろ と して なんと いう こと も なく よろこばしくって たまらなかった。 で、 クラチ を のこして ダイドコロ に おりた。 ジブン で ジブン の たべる もの を リョウリ する と いう こと にも かつて ない モノメズラシサ と ウレシサ と を かんじた。
タタミ 1 ジョウ-ガタ ヒ の さしこむ チャノマ の 6 ジョウ で フタリ は アサゲ の ゼン に むかった。 かつて は ハヤマ で キベ と フタリ で こうした たのしい ゼン に むかった こと も あった が、 その とき の ココロモチ と イマ の ココロモチ と を ヒカク する こと も できない と ヨウコ は おもった。 キベ は ジブン で のこのこ と ダイドコロ まで でかけて きて、 ながい ジスイ の ケイケン など を トクイゲ に はなして きかせながら、 ジブン で コメ を といだり、 ヒ を たきつけたり した。 その トウザ は ヨウコ も それ を たのしい と おもわない では なかった。 しかし しばらく の うち に そんな こと を する キベ の ココロモチ が さもしく も おもわれて きた。 おまけに キベ は イチニチ イチニチ と モノグサ に なって、 ジブン では テ を くだし も せず に、 ジャマ に なる ところ に つったった まま サシズ-がましい こと を いったり、 ヨウコ には なんら の カンキョウ も おこさせない チョウシ を レイ の ゴジマン の うつくしい コエ で ろうろう と ぎんじたり した。 ヨウコ は そんな メ に あう と ケイベツ しきった ひややか な ヒトミ で じろり と みかえして やりたい よう な キ に なった。 クラチ は ハジメ から そんな こと は てんで しなかった。 おおきな ダダッコ の よう に、 カオ を あらう と いきなり ゼン の マエ に アグラ を かいて、 ヨウコ が つくって だした もの を カタハシ から むしゃむしゃ と きれい に かたづけて いった。 これ が キベ だったら、 だす もの の ヒトツヒトツ に シッタカブリ の コウシャク を つけて、 ヨウコ の ウデマエ を カンショウテキ に ほめちぎって、 かなり タクサン を くわず に のこして しまう だろう。 そう おもいながら ヨウコ は メ で なでさする よう に して クラチ が イッシン に ハシ を うごかす の を みまもらず には いられなかった。
やがて ハシ と チャワン と を からり と なげすてる と、 クラチ は しょざいなさそう に ハマキ を ふかして しばらく そこら を ながめまわして いた が、 いきなり たちあがって シリッパショリ を しながら ハダシ の まま ニワ に とんで おりた。 そして ハーキュリース が ハリシゴト でも する よう な ブキッチョウ な ヨウス で、 せまい ニワ を あるきまわりながら カタスミ から かたづけだした。 まだ びしゃびしゃ する よう な ツチ の ウエ に おおきな アシアト が ジュウオウ に しるされた。 まだ かれはてない キク や ハギ など が ザッソウ と イッショクタ に ナサケ も ヨウシャ も なく ネコギ に される の を みる と さすが の ヨウコ も はらはら した。 そして エンギワ に しゃがんで ハシラ に もたれながら、 ときには あまり の オカシサ に たかく コエ を あげて わらいこけず には いられなかった。
クラチ は すこし はたらきつかれる と タイコウエン の ほう を うかがったり、 ダイドコロ の ほう に キ を くばったり して おいて、 オオイソギ で ヨウコ の いる ところ に よって きた。 そして ドロ に なった テ を ウシロ に まわして、 ジョウタイ を マエ に おりまげて、 ヨウコ の ハナ の サキ に ジブン の カオ を つきだして オツボグチ を した。 ヨウコ も イタズラ-らしく シュウイ に メ を くばって その カオ を リョウテ に はさみながら ジブン の クチビル を あたえて やった。 クラチ は いさみたつ よう に して また ツチ の ウエ に しゃがみこんだ。
クラチ は こうして イチニチ はたらきつづけた。 ヒ が かげる コロ に なって ヨウコ も イッショ に ニワ に でて みた。 ただ ランボウ な、 しょうことなし の イタズラ シゴト と のみ おもわれた もの が、 かたづいて みる と どこ から どこ まで ヨウリョウ を えて いる の を ハッケン する の だった。 ヨウコ が キ に して いた ベンジョ の ヤネ の マエ には、 ニワ の スミ に あった シイ の キ が うつして あったり した。 ゲンカンマエ の リョウガワ の カダン の ボタン には、 ワラ で キヨウ に シモガコイ さえ しつらえて あった。
こんな さびしい スギモリ の ナカ の イエ にも、 ときどき コウヨウカン の ほう から オンギョク の ネ が くぐもる よう に きこえて きたり、 タイコウエン から バラ の カオリ が カゼ の グアイ で ほんのり と におって きたり した。 ここ に こうして クラチ と すみつづける よろこばしい キタイ は ヒトムキ に ヨウコ の ココロ を うばって しまった。
ヘイボン な ヒトヅマ と なり、 コ を うみ、 ヨウコ の スガタ を マモノ か ナニ か の よう に あざわらおう と する、 ヨウコ の キュウユウ たち に たいして、 かつて ヨウコ が いだいて いた ヒ の よう な イキドオリ の ココロ、 くさって も しんで も あんな マネ は して みせる もの か と ちかう よう に ココロ で あざけった その ヨウコ は、 ヨウコウゼン の ジブン と いう もの を どこ か に おきわすれた よう に、 そんな こと は おもい も ださない で、 キュウユウ たち の とおって きた ミチスジ に ヒタハシリ に はしりこもう と して いた。
「ミト とか で オザシキ に でて いた ヒト だ そう です が、 クラチ さん に ひかされて から もう 7~8 ネン にも なりましょう か、 それ は オントウ な いい オクサン で、 とても ショウバイ を して いた ヒト の よう では ありません。 もっとも ミト の シゾク の オムスメゴ で でる が はやい か クラチ さん の ところ に いらっしゃる よう に なった ん だ そう です から その はず でも あります が、 ちっとも すれて いらっしゃらない で いて、 キ も おつき には なる し、 しとやか でも あり、……」
ある バン ソウカクカン の オカミ が はなし に きて ヨモヤマ の ウワサ の ツイデ に クラチ の ツマ の ヨウス を かたった その コトバ は、 はっきり と ヨウコ の ココロ に やきついて いた。 ヨウコ は それ が すぐれた ヒト で ある と きかされれば きかされる ほど ネタマシサ を ます の だった。 ジブン の メノマエ には おおきな ショウガイブツ が マックラ に たちふさがって いる の を かんじた。 ケンオ の ジョウ に かきむしられて ゼンゴ の こと も かんがえず に わかれて しまった の では あった けれども、 かりにも コイ らしい もの を かんじた キベ に たいして ヨウコ が いだく フシギ な ジョウチョ、 ――フダン は ナニゴト も なかった よう に わすれはてて は いる ものの、 おもい も よらない キッカケ に、 ふと ムネ を ひきしめて まきおこって くる フシギ な ジョウチョ、 ――イッシュ の ゼツボウテキ な ノスタルジア―― それ を ヨウコ は クラチ にも クラチ の ツマ にも よせて かんがえて みる こと の できる フコウ を もって いた。 また ジブン の うんだ コドモ に たいする シュウチャク。 それ を オトコ も オンナ も おなじ テイド に きびしく かんずる もの か どう か は しらない。 しかしながら ヨウコ ジシン の ジッカン から いう と、 なんと いって も タトエヨウ も なく その アイチャク は ふかかった。 ヨウコ は サダコ を みる と しらぬ マ に キベ に たいして コイ に ひとしい よう な つよい カンジョウ を うごかして いる の に キ が つく こと が しばしば だった。 キベ との アイチャク の ケッカ サダコ が うまれる よう に なった の では なく、 サダコ と いう もの が コノヨ に うまれでる ため に、 キベ と ヨウコ とは アイチャク の キズナ に つながれた の だ と さえ かんがえられ も した。 ヨウコ は また ジブン の チチ が どれほど ヨウコ を デキアイ して くれた か をも おもって みた。 ヨウコ の ケイケン から いう と、 リョウシン とも いなく なって しまった イマ、 シタワシサ ナツカシサ を よけい かんじさせる もの は、 かくべつ これ と いって ジョウアイ の シルシ を みせ は しなかった が、 しじゅう やわらかい メイロ で ジブン たち を みまもって くれて いた チチ の ほう だった。 それ から おもう と オトコ と いう もの も ジブン の うませた コドモ に たいして は オンナ に ゆずらぬ シュウチャク を もちうる もの に ソウイ ない。 こんな カコ の あまい カイソウ まで が イマ は ヨウコ の ココロ を むちうつ シモト と なった。 しかも クラチ の ツマ と コ とは この トウキョウ に ちゃんと すんで いる。 クラチ は マイニチ の よう に その ヒトタチ に あって いる の に ソウイ ない の だ。
おもう オトコ を どこ から どこ まで ジブン の もの に して、 ジブン の もの に した と いう ショウコ を にぎる まで は、 ココロ が せめて せめて せめぬかれる よう な レンアイ の ザンギャク な チカラ に ヨウコ は ヒル と なく ヨル と なく うちのめされた。 フネ の ナカ での ナニゴト も うちまかせきった よう な こころやすい キブン は ヒトゴト の よう に、 とおい ムカシ の こと の よう に かなしく おもいやられる ばかり だった。 どうして これほど まで に ジブン と いう もの の オチツキドコロ を みうしなって しまった の だろう。 そう おもう シタ から、 こうして は イッコク も いられない。 はやく はやく する こと だけ を して しまわなければ、 トリカエシ が つかなく なる。 どこ から どう テ を つければ いい の だ。 テキ を たおさなければ、 テキ は ジブン を たおす の だ。 なんの チュウチョ。 なんの シアン。 クラチ が さった ヒトタチ に ミレン を のこす よう ならば ジブン の コイ は イシ や カワラ と ドウヨウ だ。 ジブン の ココロ で なにもかも カコ は いっさい やきつくして みせる。 キベ も ない、 サダコ も ない。 まして キムラ も ない。 みんな すてる、 みんな わすれる。 そのかわり クラチ にも カコ と いう カコ を すっかり わすれさせず に おく もの か。 それほど の コワク の チカラ と ジョウネツ の ホノオ と が ジブン に ある か ない か みて いる が いい。 そうした イチズ な ネツイ が ミ を こがす よう に もえたった。 ヨウコ は シンブン キシャ の ライシュウ を おそれて ヤド に とじこもった まま、 ヒバチ の マエ に すわって、 クラチ の フザイ の とき は こんな モウソウ に ミ も ココロ も かきむしられて いた。 だんだん つのって くる よう な コシ の イタミ、 カタ の コリ。 そんな もの さえ ヨウコ の ココロ を ますます いらだたせた。
ことに クラチ の カエリ の おそい バン など は、 ヨウコ は ザ にも いたたまれなかった。 クラチ の イマ に なって いる 10 ジョウ の マ に いって、 そこ に クラチ の オモカゲ を すこし でも しのぼう と した。 フネ の ナカ での クラチ との たのしい オモイデ は すこしも うかんで こず に、 どんな カマエ とも ソウゾウ は できない が、 とにかく クラチ の スマイ の ある ヘヤ に、 3 ニン の ムスメ たち に とりまかれて、 うつくしい ツマ に かしずかれて サカズキ を ほして いる クラチ ばかり が ソウゾウ に うかんだ。 そこ に ぬぎすてて ある クラチ の フダンギ は ますます ヨウコ の ソウゾウ を ほしいまま に させた。 いつでも ヨウコ の ジョウネツ を ひっつかんで ゆすぶりたてる よう な クラチ トクユウ な ハダ の ニオイ、 ホウジュン な サケ や タバコ から においでる よう な その ニオイ を ヨウコ は イルイ を かきよせて、 それ に カオ を うずめながら、 マヒ して ゆく よう な キモチ で かぎ に かいだ。 その ニオイ の いちばん オク に、 チュウネン の オトコ に トクユウ な フケ の よう な フカイ な ニオイ、 タニン の で あった なら ヨウコ は ヒトタマリ も なく ハナ を おおう よう な フカイ な ニオイ を かぎつける と、 ヨウコ は ニクタイテキ にも イッシュ の トウスイ を かんじて くる の だった。 その クラチ が ツマ や ムスメ たち に とりまかれて たのしく イッセキ を すごして いる。 そう おもう と ありあわせる もの を とって ぶちこわす か、 つかんで ひきさきたい よう な ショウドウ が ワケ も なく こうじて くる の だった。
それでも クラチ が かえって くる と、 それ は ヨル おそく なって から で あって も ヨウコ は ただ コドモ の よう に コウフク だった。 それまで の フアン や ショウソウ は どこ に か いって しまって、 アクム から コウフク な セカイ に めざめた よう に コウフク だった。 ヨウコ は すぐ はしって いって クラチ の ムネ に たわいなく いだかれた。 クラチ も ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきしめた。 ヨウコ は ひろい あつい ムネ に いだかれながら、 タンチョウ な ヤドヤ の セイカツ の イチニチチュウ に おこった ササイ な こと まで を、 その ヒョウジョウ の ゆたか な、 スズ の よう な すずしい コエ で、 ジブン を たのしませて いる もの の ごとく かたった。 クラチ は クラチ で その コエ に よいしれて みえた。 フタリ の コウフク は どこ に ゼッチョウ が ある の か わからなかった。 フタリ だけ で セカイ は カンゼン だった。 ヨウコ の する こと は ヒトツヒトツ クラチ の ココロ が する よう に みえた。 クラチ の こう ありたい と おもう こと は ヨウコ が あらかじめ そう あらせて いた。 クラチ の したい と おもう こと は、 ヨウコ が ちゃんと しとげて いた。 チャワン の オキバショ まで、 キモノ の シマイドコロ まで、 クラチ は ジブン の テ で した とおり を ヨウコ が して いる の を みいだして いる よう だった。
「しかし クラチ は ツマ や ムスメ たち を どう する の だろう」
こんな こと を そんな コウフク の サイチュウ にも ヨウコ は かんがえない こと も なかった。 しかし クラチ の カオ を みる と、 そんな こと は おもう も はずかしい よう な ササイ な こと に おもわれた。 ヨウコ は クラチ の ナカ に すっかり とけこんだ ジブン を みいだす のみ だった。 サダコ まで も ギセイ に して クラチ を その サイシ から きりはなそう など いう タクラミ は あまり に ばからしい トリコシ-グロウ で ある の を おもわせられた。
「そう だ うまれて から コノカタ ワタシ が もとめて いた もの は とうとう こよう と して いる。 しかし こんな こと が こう テヂカ に あろう とは ホントウ に おもい も よらなかった。 ワタシ みたい な バカ は ない。 この コウフク の チョウジョウ が イマ だ と ダレ か おしえて くれる ヒト が あったら、 ワタシ は その シュンカン に よろこんで しぬ。 こんな コウフク を みて から クダリザカ に まで いきて いる の は いや だ。 それにしても こんな コウフク で さえ が いつかは クダリザカ に なる とき が ある の だろう か」
そんな こと を ヨウコ は コウフク に ひたりきった ユメゴコチ の ウチ に かんがえた。
ヨウコ が トウキョウ に ついて から 1 シュウカン-メ に、 ヤド の オカミ の シュウセン で、 シバ の コウヨウカン と ミチ ヒトツ へだてた タイコウエン と いう バラ センモン の ウエキヤ の ウラ に あたる 2 カイ-ダテ の イエ を かりる こと に なった。 それ は モト コウヨウカン の ジョチュウ だった ヒト が ある ゴウショウ の メカケ に なった に ついて、 その ゴウショウ と いう ヒト が たてて あてがった ヒトカマエ だった。 ソウカクカン の オカミ は その オンナ と コンイ の アイダ だった が、 オンナ に コドモ が イクニン か できて すこし テゼマ-すぎる ので ヨソ に イテン しよう か と いって いた の を ききしって いた ので、 オカミ の ほう で テキトウ な イエ を さがしだして その オンナ を うつらせ、 その アト を ヨウコ が かりる こと に とりはからって くれた の だった。 クラチ が サキ に いって ナカ の ヨウス を みて きて、 スギバヤシ の ため に すこし ヒアタリ は よく ない が、 トウブン の カクレガ と して は クッキョウ だ と いった ので、 すぐさま そこ に うつる こと に きめた の だった。 ダレ にも しれない よう に ひっこさねば ならぬ と いう ので、 ニモツ を コワケ して もちだす の にも、 オカミ は ジブン の ジョチュウ たち に まで、 それ が クラチ の ホンタク に はこばれる もの だ と いって しらせた。 ウンパンニン は すべて シバ の ほう から たのんで きた。 そして ニモツ が あらかた かたづいた ところ で、 ある ヨ おそく、 しかも びしょびしょ と フキブリ の する さむい アメカゼ の オリ を えらんで ヨウコ は ホログルマ に のった。 ヨウコ と して は それほど の ケイカイ を する には あたらない と おもった けれども、 オカミ が どうしても きかなかった。 アンゼン な ところ に おくりこむ まで は いったん おひきうけ した テマエ、 キ が すまない と いいはった。
ヨウコ が あつらえて おいた シタテオロシ の イルイ を きかえて いる と そこ に オカミ も きあわせて ヌギカエシ の セワ を みた。 エリ の アワセメ を ピン で とめながら ヨウコ が キガエ を おえて ザ に つく の を みて、 オカミ は うれしそう に モミテ を しながら、
「これ で あすこ に だいじょうぶ ついて くださり さえ すれば ワタシ は オモニ が ヒトツ おりる と もうす もの です。 しかし これから が アナタ は ゴタイテイ じゃ ございません ね。 あちら の オクサマ の こと など おもいます と、 どちら に どう オシムケ を して いい やら ワタシ には わからなく なります。 アナタ の オココロモチ も ワタシ は ミ に しみて おさっし もうします が、 どこ から みて も ヒテン の ウチドコロ の ない オクサマ の オミノウエ も ワタシ には ゴフビン で ナミダ が こぼれて しまう ん で ございます よ。 で ね、 これから の こと に ついちゃ ワタシ は こう きめました。 なんでも できます こと なら と もうしあげたい ん で ございます けれども、 ワタシ には シンソコ を おうちあけ もうしました ところ、 ドチラサマ にも ギリ が たちません から、 ハクジョウ でも キョウ かぎり この オハナシ には テ を ひかせて いただきます。 ……どうか わるく おとり に なりません よう に ね…… どうも ワタシ は こんな で いながら カイショウ が ございません で……」
そう いいながら オカミ は クチ を きった とき の うれしげ な ヨウス にも にず、 ジュバン の ソデ を ひきだす ヒマ も なく メ に ナミダ を いっぱい ためて しまって いた。 ヨウコ には それ が うらめしく も にくく も なかった。 ただ なんとなく シンミ な セツナサ が ジブン の ムネ にも こみあげて きた。
「わるく とる どころ です か。 ヨノナカ の ヒト が ヒトリ でも アナタ の よう な ココロモチ で みて くれたら、 ワタシ は その マエ に なきながら アタマ を さげて ありがとう ございます と いう こと でしょう よ。 これまで の アナタ の オココロヅクシ で ワタシ は もう ジュウブン。 また いつか ゴオンガエシ の できる こと も ありましょう。 ……それでは これ で ごめん くださいまし。 オイモウトゴ にも どうか キモノ の オレイ を くれぐれも よろしく」
すこし ナキゴエ に なって そう いいながら、 ヨウコ は オカミ と その イモウトブン に あたる と いう ヒト に レイゴコロ に おいて ゆこう と する ベイコク-セイ の フタツ の テサゲ を しまいこんだ チガイダナ を ちょっと みやって そのまま ザ を たった。
アメカゼ の ため に ヨル は にぎやか な オウライ も さすが に ヒトドオリ が たえだえ だった。 クルマ に のろう と して ソラ を みあげる と、 クモ は そう こく は かかって いない と みえて、 シンゲツ の ヒカリ が おぼろ に ソラ を あかるく して いる ナカ を アラシモヨウ の クモ が おそろしい イキオイ で はしって いた。 ヘヤ の ナカ の アタタカサ に ひきかえて、 シッケ を ジュウブン に ふくんだ カゼ は スソマエ を あおって ぞくぞく と ハダ に せまった。 ばたばた と カゼ に なぶられる マエホロ を シャフ が かけよう と して いる スキ から、 オカミ が みずみずしい マルマゲ を アメ にも カゼ にも おもう まま うたせながら、 ジョチュウ の さしかざそう と する アマガサ の カゲ に かくれよう とも せず、 ナニ か シャフ に いいきかせて いる の が ダイジ-らしく みやられた。 シャフ が カジボウ を あげよう と する とき オカミ が シュウギブクロ を その テ に わたす の が みえた。
「さようなら」
「オダイジ に」
はばかる よう に クルマ の ウチソト から コエ が かわされた。 ホロ に のしかかって くる カゼ に テイコウ しながら クルマ は ヤミ の ナカ を うごきだした。
ムカイカゼ が ウナリ を たてて ふきつけて くる と、 シャフ は おもわず クルマ を あおらせて アシ を とめる ほど だった。 この 4~5 ニチ ヒバチ の マエ ばかり に いた ヨウコ に とって は ミ を きる か と おもわれる よう な サムサ が、 あつい ヒザカケ の メ まで とおして おそって きた。 ヨウコ は さきほど オカミ の コトバ を きいた とき には さほど とも おもって いなかった が、 すこし ホド たった イマ に なって みる と、 それ が ひしひし と ミ に こたえる の を かんじだした。 ジブン は ひょっと する と あざむかれて いる、 モテアソビモノ に されて いる。 クラチ は やはり どこまでも あの サイシ と わかれる キ は ない の だ。 ただ ながい コウカイチュウ の キマグレ から、 デキゴコロ に ジブン を セイフク して みよう と くわだてた ばかり なの だ。 この コイ の イキサツ が ヨウコ から もちだされた もの で ある だけ に、 こんな ココロモチ に なって くる と、 ヨウコ は ヤ も タテ も たまらず ジブン に ヒケメ を おぼえた。 コウフク―― ジブン が ムソウ して いた コウフク が とうとう きた と ほこりが に よろこんだ その ヨロコビ は さもしい ヌカヨロコビ に すぎなかった らしい。 クラチ は フネ の ナカ で と ドウヨウ の ヨロコビ で まだ ヨウコ を よろこんで は いる。 それ に ウタガイ を いれよう ヨチ は ない。 けれども うつくしい テイセツ な ツマ と カレン な ムスメ を 3 ニン まで もって いる クラチ の ココロ が いつまで ヨウコ に ひかされて いる か、 それ を ダレ が かたりえよう、 ヨウコ の ココロ は ホロ の ナカ に ふきこむ カゼ の サムサ と ともに ひえて いった。 ヨノナカ から きれい に はなれて しまった コドク な タマシイ が たった ヒトツ そこ には みいだされる よう にも おもえた。 どこ に ウレシサ が ある、 タノシサ が ある。 ジブン は また ヒトツ の イマ まで に あじわわなかった よう な クノウ の ナカ に ミ を なげこもう と して いる の だ。 また うまうま と イタズラモノ の ウンメイ に して やられた の だ。 それにしても もう この セトギワ から ひく こと は できない。 しぬ まで…… そう だ しんで も この クルシミ に ひたりきらず に おく もの か。 ヨウコ には タノシサ が クルシサ なの か、 クルシサ が タノシサ なの か、 まったく ミサカイ が つかなく なって しまって いた。 タマシイ を シメギ に かけて その アブラ でも しぼりあげる よう な モダエ の ナカ に やむ に やまれぬ シュウチャク を みいだして われながら おどろく ばかり だった。
ふと クルマ が とまって カジボウ が おろされた ので ヨウコ は はっと ユメゴコチ から ワレ に かえった。 おそろしい フキブリ に なって いた。 シャフ が カタアシ で カジボウ を ふまえて、 カゼ で クルマ の よろめく の を ふせぎながら、 マエホロ を はずし に かかる と、 マックラ だった ゼンポウ から かすか に ヒカリ が もれて きた。 アタマ の ウエ では ざあざあ と ふりしきる アメ の ナカ に、 アラウミ の シオザイ の よう な ものすごい ヒビキ が ナニ か ヘンジ でも わいて おこりそう に きこえて いた。 ヨウコ は クルマ を でる と カゼ に ふきとばされそう に なりながら、 カミ や シンチョウ の キモノ の ぬれる の も かまわず ソラ を あおいで みた。 ウルシ を ながした よう に クモ で かたく とざされた クモ の ナカ に、 ウルシ より も いろこく むらむら と たちさわいで いる の は ふるい スギ の コダチ だった。 カダン らしい タケガキ の ナカ の カンボク の タグイ は エダサキ を チ に つけん ばかり に ふきなびいて、 カレハ が ウズ の よう に ばらばら と とびまわって いた。 ヨウコ は ワレ にも なく そこ に べったり すわりこんで しまいたく なった。
「おい はやく はいらん かよ、 ぬれて しまう じゃ ない か」
クラチ が ランプ の ヒ を かばいつつ イエ の ナカ から どなる の が カゼ に ふきちぎられながら きこえて きた。 クラチ が そこ に いる と いう こと さえ ヨウコ には イガイ の よう だった。 だいぶ はなれた ところ で どたん と ト か ナニ か はずれた よう な オト が した と おもう と、 カゼ は また ひとしきり ウナリ を たてて スギムラ を こそいで とおりぬけた。 シャフ は ヨウコ を たすけよう にも カジボウ を はなれれば クルマ を けしとばされる ので、 チョウチン の シリ を カザカミ の ほう に シャ に むけて メハチブ に あげながら ナニ か オオゴエ に ウシロ から コエ を かけて いた。 ヨウコ は すごすご と して ゲンカングチ に ちかづいた。 イッパイ キゲン で まちあぐんだ らしい クラチ の カオ の サケホテリ に にず、 ヨウコ の カオ は すきとおる ほど あおざめて いた。 なよなよ と まず シキダイ に コシ を おろして、 10 ポ ばかり あるく だけ で ドロ に なって しまった ゲタ を、 アシサキ で てつだいながら ぬぎすてて、 ようやく イタノマ に たちあがって から、 うつろ な メ で クラチ の カオ を じっと みいった。
「どう だった さむかったろう。 まあ こっち に おあがり」
そう クラチ は いって、 そこ に であわして いた ジョチュウ らしい ヒト に テ-ランプ を わたす と きゃしゃ な すこし キュウ な ハシゴダン を のぼって いった。 ヨウコ は アズマ コート も ぬがず に いいかげん ぬれた まま で だまって その アト から ついて いった。
2 カイ の マ は デントウ で ヒルマ より あかるく ヨウコ には おもわれた。 ト と いう ト が がたぴし と なりはためいて いた。 イタブキ らしい ヤネ に イッスンクギ でも たたきつける よう に アメ が ふりつけて いた。 ザシキ の ナカ は あたたかく いきれて、 ノミクイ する もの が ちらかって いる よう だった。 ヨウコ の チュウイ の ナカ には それ だけ の こと が かろうじて はいって きた。 そこ に たった まま の クラチ に ヨウコ は すいつけられる よう に ミ を なげかけて いった。 クラチ も むかえとる よう に ヨウコ を だいた と おもう と そのまま そこ に どっかと アグラ を かいた。 そして ジブン の ほてった ホオ を ヨウコ の に すりつける と さすが に おどろいた よう に、
「こりゃ どう だ ひえた にも コオリ の よう だ」
と いいながら その カオ を みいろう と した。 しかし ヨウコ は むしょうに ジブン の カオ を クラチ の ひろい あたたかい ムネ に うずめて しまった。 ナツカシミ と ニクシミ との もつれあった、 かつて ケイケン しない はげしい ジョウチョ が すぐに ヨウコ の ナミダ を さそいだした。 ヒステリー の よう に カンケツテキ に ひきおこる ススリナキ の コエ を かみしめて も かみしめて も とめる こと が できなかった。 ヨウコ は そうした まま クラチ の ムネ で イキ を ひきとる こと が できたら と おもった。 それとも ジブン の なめて いる よう な タマシイ の モダエ の ナカ に クラチ を まきこむ こと が できたらば とも おもった。
いそいそ と セワ ニョウボウ-らしく よろこびいさんで 2 カイ に あがって くる ヨウコ を みいだす だろう と ばかり おもって いた らしい クラチ は、 この リユウ も しれぬ ヨウコ の キョウタイ に おどろいた らしかった。
「どうした と いう ん だな、 え」
と ひくく チカラ を こめて いいながら、 ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなそう と する けれども、 ヨウコ は ただ むしょうに カブリ を ふる ばかり で、 ダダッコ の よう に、 クラチ の ムネ に しがみついた。 できる なら その ニク の あつい おとこらしい ムネ を かみやぶって、 チミドロ に なりながら その ムネ の ナカ に カオ を うずめこみたい―― そういう よう に ヨウコ は クラチ の キモノ を かんだ。
しずか に では ある けれども クラチ の ココロ は だんだん ヨウコ の ココロモチ に そめられて ゆく よう だった。 ヨウコ を かきいだく クラチ の ウデ の チカラ は しずか に くわわって いった。 その イキヅカイ は あらく なって きた。 ヨウコ は キ が とおく なる よう に おもいながら、 しめころす ほど ひきしめて くれ と ねんじて いた。 そして カオ を ふせた まま ナミダ の ヒマ から きれぎれ に さけぶ よう に コエ を はなった。
「すてない で ちょうだい とは いいません…… すてる なら すてて くださって も よう ござんす…… そのかわり…… そのかわり…… はっきり おっしゃって ください、 ね…… ワタシ は ただ ひきずられて いく の が いや なん です……」
「ナニ を いってる ん だ オマエ は……」
クラチ の かんで ふくめる よう な コエ が ミミモト ちかく ヨウコ に こう ささやいた。
「それ だけ は…… それ だけ は ちかって ください…… ごまかす の は ワタシ は いや…… いや です」
「ナニ を…… ナニ を ごまかす かい」
「そんな コトバ が ワタシ は きらい です」
「ヨウコ!」
クラチ は もう ネツジョウ に もえて いた。 しかし それ は いつでも ヨウコ を だいた とき に クラチ に おこる ヤジュウ の よう な ネツジョウ とは すこし ちがって いた。 そこ には やさしく オンナ の ココロ を いたわる よう な カゲ が みえた。 ヨウコ は それ を うれしく も おもい、 ものたらなく も おもった。
ヨウコ の ココロ の ウチ は クラチ の ツマ の こと を いいだそう と する ネツイ で いっぱい に なって いた。 その ツマ が テイシュク な うつくしい オンナ で ある と おもえば おもう ほど、 その ヒト が フタリ の アイダ に はさまって いる の が のろわしかった。 たとい すてられる まで も イチド は クラチ の ココロ を その オンナ から ねこそぎ うばいとらなければ タンネン が できない よう な ひたむき に キョウボウ な ヨクネン が ムネ の ウチ では はちきれそう に にえくりかえって いた。 けれども ヨウコ は どうしても それ を クチノハ に のぼせる こと は できなかった。 その シュンカン に ジブン に たいする ホコリ が チリアクタ の よう に ふみにじられる の を かんじた から だ。 ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ が じれったかった。 クラチ の ほう から ヒトコト も それ を いわない の が うらめしかった。 クラチ は そんな こと は いう にも たらない と おもって いる の かも しれない が…… いいえ そんな こと は ない、 そんな こと の あろう はず は ない。 クラチ は やはり フタマタ かけて ジブン を あいして いる の だ。 オトコ の ココロ には そんな みだら な ミレン が ある はず だ。 オトコ の ココロ とは いうまい、 ジブン も クラチ に であう まで は、 イセイ に たいする ジブン の アイ を カッテ に ミッツ にも ヨッツ にも さいて みる こと が できた の だ。 ……ヨウコ は ここ にも ジブン の くらい カコ の ケイケン の ため に せめさいなまれた。 すすんで コイ の トリコ と なった モノ が とうぜん おちいらなければ ならない タトエヨウ の ない ほど くらく ふかい ギワク は アト から アト から コウジツ を つくって ヨウコ を おそう の だった。 ヨウコ の ムネ は コトバドオリ に はりさけよう と して いた。
しかし ヨウコ の ココロ が いためば いたむ ほど クラチ の ココロ は ねっして みえた。 クラチ は どうして ヨウコ が こんな に キゲン を わるく して いる の か を おもいまよって いる ヨウス だった。 クラチ は やがて しいて ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなして その カオ を つよく みまもった。
「ナニ を そう リクツ も なく ないて いる の だ…… オマエ は オレ を うたぐって いる な」
ヨウコ は 「うたがわない で いられます か」 と こたえよう と した が、 どうしても それ は ジブン の メンボク に かけて クチ には だせなかった。 ヨウコ は ナミダ に とけて ただよう よう な メ を うらめしげ に おおきく ひらいて だまって クラチ を みかえした。
「キョウ オレ は とうとう ホンテン から よびだされた ん だった。 フネ の ナカ での こと を それとなく ききただそう と しおった から、 オレ は のこらず いって のけた よ。 シンブン に オレタチ の こと が でた とき でも が、 あわてる が もの は ない と おもっとった ん だ。 どうせ いつかは しれる こと だ。 しれる ほど なら、 おおっぴら で はやい が いい くらい の もの だ。 ちかい うち に カイシャ の ほう は クビ に なろう が、 オレ は、 ヨウコ、 それ が マンゾク なん だぞ。 ジブン で ジブン の ツラ に ドロ を ぬって よろこんでる オレ が バカ に みえよう な」
そう いって から クラチ は はげしい チカラ で ふたたび ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきよせよう と した。
ヨウコ は しかし そう は させなかった。 すばやく クラチ の ヒザ から とびのいて タタミ の ウエ に ホオ を ふせた。 クラチ の コトバ を そのまま しんじて、 すなお に うれしがって、 ココロ を ナミダ に といて なきたかった。 しかし まんいち クラチ の コトバ が ソノバノガレ の カッテ な ツクリゴト だったら…… なぜ クラチ は ジブン の ツマ や コドモ たち の こと を いって は きかせて くれない の だ。 ヨウコ は ワケ の わからない ナミダ を なく より スベ が なかった。 ヨウコ は つっぷした まま で さめざめ と なきだした。
コガイ の アラシ は キセイ を くわえて、 ものすさまじく ふけて ゆく ヨル を あれくるった。
「オレ の いうた こと が わからん なら まあ みとる が いい さ。 オレ は くどい こと は すかん から な」
そう いいながら クラチ は ジブン を ヨクセイ しよう と する よう に しいて おちついて、 ハマキ を とりあげて タバコボン を ひきよせた。
ヨウコ は ココロ の ウチ で ジブン の タイド が クラチ の キ を まずく して いる の を はらはら しながら おもいやった。 キ を まずく する だけ でも それだけ クラチ から はなれそう なの が このうえなく つらかった。 しかし ジブン で ジブン を どう する こと も できなかった。
ヨウコ は アラシ の ナカ に ワレ と ワガミ を さいなみながら さめざめ と なきつづけた。
27
「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
ヨウコ は その ヨ クラチ と ヘヤ を ベツ に して トコ に ついた。 クラチ は カイジョウ に、 ヨウコ は カイカ に。 エノシママル イライ フタリ が はなれて ねた の は その ヨ が はじめて だった。 クラチ が マゴコロ を こめた ヨウス で かれこれ いう の を、 ヨウコ は すげなく はねつけて、 せっかく とって あった 2 カイ の ネドコ を、 ジョチュウ に シタ に はこばして しまった。 ヨコ に なり は した が いつまでも ねつかれない で 2 ジ ちかく まで コトバドオリ に テンテン ハンソク しつつ、 くりかえし くりかえし クラチ の フウフ カンケイ を シュジュ に モウソウ したり、 ジブン に まくしかかって くる ショウライ の ウンメイ を ひたすら に くろく ぬって みたり して いた。 それでも ハテ は アタマ も カラダ も つかれはてて ユメ ばかり な ネムリ に おちいって しまった。
うつらうつら と した ネムリ から、 とつぜん タトエヨウ の ない サビシサ に ひしひし と おそわれて、 ――それ は その とき みた ユメ が そんな アンジ に なった の か、 それとも カンカクテキ な フマン が メ を さました の か わからなかった―― ヨウコ は クラヤミ の ナカ に メ を ひらいた。 アラシ の ため に デンセン に コショウ が できた と みえて、 ねむる とき には ツケハナシ に して おいた ヒ が どこ も ここ も きえて いる らしかった。 アラシ は しかし いつのまにか なぎて しまって、 アラシ の アト の バンシュウ の ヨル は ことさら しずか だった。 サンナイ イチメン の スギモリ から は シンザン の よう な キキ が しんしん と はきだされる よう に おもえた。 コオロギ が トナリ の ヘヤ の スミ で かすれがすれ に コエ を たてて いた。 わずか な しかも あさい スイミン には すぎなかった けれども ヨウコ の アタマ は アカツキ マエ の ヒエ を かんじて さえざえ と すんで いた。 ヨウコ は まず ジブン が たった ヒトリ で ねて いた こと を おもった。 クラチ と カンケイ が なかった コロ は いつでも ヒトリ で ねて いた の だ が、 よくも そんな こと が ナガネン に わたって できた もの だった と ジブン ながら フシギ に おもわれる くらい、 それ は イマ の ヨウコ を ものたらなく こころさびしく させて いた。 こうして しずか な ココロ に なって かんがえる と クラチ の ヨウコ に たいする アイジョウ が セイジツ で ある の を うたがう べき ヨチ は さらに なかった。 ニホン に かえって から イクニチ にも ならない けれども、 イマ まで は とにかく クラチ の ネツイ に すこしも カワリ が おこった ところ は みえなかった。 いかに コイ に メ が ふさがって も、 ヨウコ は それ を みきわめる くらい の レイセイ な ガンリキ は もって いた。 そんな こと は ジュウブン に しりぬいて いる くせ に、 おぞましく も サクヤ の よう な バカ な マネ を して しまった ジブン が ジブン ながら フシギ な くらい だった。 どんな に ジョウ に げきした とき でも タイテイ は ジブン を みうしなう よう な こと は しない で とおして きた ヨウコ には それ が ひどく はずかしかった。 フネ の ナカ に いる とき に ヒステリー に なった の では ない か と うたがった こと が 2~3 ド ある―― それ が ホントウ だった の では ない かしらん とも おもわれた。 そして ヨギ に かけた アライタテ の キャリコ の ウラ の ひえびえ する の を ふくよか な オトガイ に かんじながら ココロ の ウチ で ひとりごちた。
「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
そう いいながら ヨウコ は カタ だけ おきなおって、 マクラモト の ミズ を テサグリ で したたか のみほした。 コオリ の よう に ひえきった ミズ が ノドモト を しずか に ながれくだって イノフ に ひろがる まで はっきり と かんじられた。 サケ も のまない の だ けれども、 スイゴ の ミズ と ドウヨウ に、 イノフ に ミカク が できて シタ の しらない アジ を あじわいえた と おもう ほど こころよく かんじた。 それほど ムネ の ウチ は ネツ を もって いた に ちがいない。 けれども アシ の ほう は ハンタイ に おそろしく ヒエ を かんじた。 すこし その イチ を うごかす と シロサ を ソノママ な さむい カンジ が シーツ から せまって くる の だった。 ヨウコ は また きびしく クラチ の ムネ を おもった。 それ は サムサ と アイチャク と から ヨウコ を おいたてて 2 カイ に はしらせよう と する ほど だった。 しかし ヨウコ は すでに それ を じっと こらえる だけ の レイセイサ を カイフク して いた。 クラチ の ツマ に たいする ショチ は サクヤ の よう で あって は テギワ よく は なしとげられぬ。 もっと つめたい チエ に チカラ を かりなければ ならぬ―― こう おもいさだめながら アカツキ の しらむ の を しらず に また ネムリ に さそわれて いった。
ヨクジツ ヨウコ は それでも クラチ より サキ に メ を さまして てばやく キガエ を した。 ジブン で イタド を くりあけて みる と、 エンサキ には、 かれた カダン の クサ や カンボク が カゼ の ため に ふきみだされた コニワ が あって、 その サキ は、 スギ、 マツ、 ソノタ の キョウボク の シゲミ を へだてて タイコウエン の てびろい ニワ が みやられて いた。 キノウ まで いた ソウカクカン の シュウイ とは まったく ちがった、 おなじ トウキョウ の ウチ とは おもわれない よう な しずか な ひなびた シゼン の スガタ が ヨウコ の メノマエ には みわたされた。 まだ はれきらない サギリ を こめた クウキ を とおして、 スギ の ハ-ゴシ に さしこむ アサ の ヒ の ヒカリ が、 アメ に しっとり と うるおった ニワ の クロツチ の ウエ に、 マッスグ な スギ の ミキ を ボウジマ の よう な カゲ に して おとして いた。 イロ サマザマ な サクラ の オチバ が、 ヒナタ では キ に クレナイ に、 ヒカゲ では カバ に ムラサキ に ニワ を いろどって いた。 いろどって いる と いえば キク の ハナ も あちこち に しつけられて いた。 しかし イッタイ の シュミ は ヨウコ の よろこぶ よう な もの では なかった。 チリ ヒトツ さえ ない ほど、 まずしく みえる ショウシャ な シュミ か、 どこ に でも キンギン が そのまま すてて ある よう な キョウシャ な シュミ で なければ マンゾク が できなかった。 のこった の を すてる の が おしい とか もったいない とか いう よう な ココロモチ で、 ヨケイ な イシ や ウエキ など を いれこんだ らしい ニワ の ツクリカタ を みたり する と、 すぐさま むしりとって メ に かからない ところ に なげすてたく おもう の だった。 その コニワ を みる と ヨウコ の ココロ の ウチ には それ を ジブン の おもう よう に つくりかえる ケイカク が うずうず する ほど わきあがって きた。
それから ヨウコ は イエ の ナカ を スミ から スミ まで みて まわった。 キノウ ゲンカングチ に ヨウコ を でむかえた ジョチュウ が、 ト を くる オト を ききつけて、 いちはやく ヨウコ の ところ に とんで きた の を アンナイ に たてた。 18~19 の こぎれい な ムスメ で、 きびきび した キショウ らしい のに、 いかにも ハスハ で ない、 シュジン を もてば シュジン オモイ に ちがいない の を ヨウコ は ヒトメ で みぬいて、 これ は いい ヒト だ と おもった。 それ は やはり ソウカクカン の オカミ が シュウセン して よこした、 ヤド に デイリ の トウフヤ の ムスメ だった。 ツヤ (カノジョ の ナ は ツヤ と いった) は ハシゴダン シタ の ゲンカン に つづく 6 ジョウ の チャノマ から はじめて、 その トナリ の トコノマツキ の 12 ジョウ、 それから 12 ジョウ と ロウカ を へだてて ゲンカン と ならぶ チャセキ-フウ の 6 ジョウ を アンナイ し、 ロウカ を とおった ツキアタリ に ある おもいのほか てびろい ダイドコロ、 フロバ を へて ハリダシ に なって いる 6 ジョウ と 4 ジョウ ハン (そこ が この イエ を たてた シュジン の イマ と なって いた らしく、 スベテ の ゾウサク に トクベツ な スキ が こらして あった) に いって、 その アマド を くりあけて ニワ を みせた。 そこ の センザイ は わりあい に あれず に いて、 ナガメ が うつくしかった が、 ヨウコ は カキネゴシ に タイコウエン の オモヤ の シモ の ベンジョ らしい きたない タテモノ の ヤネ を みつけて こまった もの が ある と おもった。 その ホカ には ダイドコロ の ソバ に ツヤ の 4 ジョウ ハン の ヘヤ が ニシムキ に ついて いた。 ジョチュウベヤ を のぞいた イツツ の ヘヤ は いずれ も ナゲシツキ に なって、 ミッツ まで は トコノマ さえ ある のに、 どうして あつめた もの か とにかく カケモノ なり オキモノ なり が ちゃんと かざられて いた。 イエ の ツクリ や ニワ の ヨウス など には かなり の チュウモン も ソウトウ の ガンシキ も もって は いた が、 カイガ や ショ の こと に なる と ヨウコ は おぞましく も カンシキ の チカラ が なかった。 うまれつき キビン に はたらく サイキ の おかげ で、 みたり きいたり した ところ から、 ビジュツ を アイコウ する ヒトビト と ヒザ を ならべて も、 とにかく あまり ボロ-らしい ボロ は ださなかった が、 わかい ビジュツカ など が ほめる サクヒン を みて も どこ が すぐれて どこ に ウツクシサ が ある の か ヨウコ には すこしも ケントウ の つかない こと が あった。 エ と いわず ジ と いわず、 ブンガクテキ の サクブツ など に たいして も ヨウコ の アタマ は あわれ な ほど ツウゾクテキ で ある の を ヨウコ は ジブン で しって いた。 しかし ヨウコ は ジブン の マケジダマシイ から ジブン の ミカタ が ボンゾク だ とは おもいたく なかった。 ゲイジュツカ など いう レンチュウ には、 コットウ など を いじくって フルミ と いう よう な もの を ありがたがる フウリュウジン と キョウツウ した よう な キドリ が ある。 その エセ-キドリ を ヨウコ は サイワイ にも もちあわして いない の だ と きめて いた。 ヨウコ は この イエ に もちこまれて いる フクモノ を みて まわって も、 ホントウ の ネウチ が どれほど の もの だ か さらに ケントウ が つかなかった。 ただ ある べき ところ に そういう もの の ある こと を マンゾク に おもった。
ツヤ の ヘヤ の きちんと テギワ よく かたづいて いる の や、 2~3 ニチ アキヤ に なって いた の にも かかわらず、 ダイドコロ が きれい に フキソウジ が されて いて、 フキン など が すがすがしく からから に かわかして かけて あったり する の は いちいち ヨウコ の メ を こころよく シゲキ した。 おもった より スマイガッテ の いい イエ と、 はきはき した セイケツズキ な ジョチュウ と を えた こと が まず ヨウコ の ネオキ の ココロモチ を すがすがしく させた。
ヨウコ は ツヤ の くんで だした ちょうど イイカゲン の ユ で カオ を あらって、 かるく ケショウ を した。 サクヤ の こと など は キ にも かからない ほど ココロ は かるかった。 ヨウコ は その かるい ココロ を いだきながら しずか に 2 カイ に あがって いった。 なんとはなし に クラチ に あまえたい よう な、 わびたい よう な キモチ で そっと フスマ を あけて みる と、 あの キョウレツ な クラチ の ハダ の ニオイ が あたたかい クウキ に みたされて ハナ を かすめて きた。 ヨウコ は ワレ にも なく かけよって、 アオムケ に ジュクスイ して いる クラチ の ウエ に ハガイ に のしかかった。
くらい ナカ で クラチ は めざめた らしかった。 そして だまった まま ヨウコ の カミ や キモノ から カベン の よう に こぼれおちる なまめかしい カオリ を ユメゴコチ に かいで いる よう だった が、 やがて ものうげ に、
「もう おきた ん か。 ナンジ だな」
と いった。 まるで おおきな コドモ の よう な その ムジャキサ。 ヨウコ は おもわず ジブン の ホオ を クラチ の に すりつける と、 ネオキ の クラチ の ホオ は ヒ の よう に あつく かんぜられた。
「もう 8 ジ。 ……おおき に ならない と ヨコハマ の ほう が おそく なる わ」
クラチ は やはり ものうげ に、 ソデグチ から にょきん と あらわれでた ふとい ウデ を のべて、 みじかい ザンギリ アタマ を ごしごし と かきまわしながら、
「ヨコハマ?…… ヨコハマ には もう ヨウ は ない わい。 いつ クビ に なる か しれない オレ が コノウエ の ゴホウコウ を して たまる か。 これ も みんな オマエ の おかげ だぞ。 ゴウツクバリ め」
と いって いきなり ヨウコ の クビスジ を ウデ に まいて ジブン の ムネ に おしつけた。
しばらく して クラチ は ネドコ を でた が、 サクヤ の こと など は けろり と わすれて しまった よう に ヘイキ で いた。 フタリ が はじめて ハナレバナレ に ねた の にも ヒトコト も いわない の が かすか に ヨウコ を ものたらなく おもわせた けれども、 ヨウコ は ムネ が ひろびろ と して なんと いう こと も なく よろこばしくって たまらなかった。 で、 クラチ を のこして ダイドコロ に おりた。 ジブン で ジブン の たべる もの を リョウリ する と いう こと にも かつて ない モノメズラシサ と ウレシサ と を かんじた。
タタミ 1 ジョウ-ガタ ヒ の さしこむ チャノマ の 6 ジョウ で フタリ は アサゲ の ゼン に むかった。 かつて は ハヤマ で キベ と フタリ で こうした たのしい ゼン に むかった こと も あった が、 その とき の ココロモチ と イマ の ココロモチ と を ヒカク する こと も できない と ヨウコ は おもった。 キベ は ジブン で のこのこ と ダイドコロ まで でかけて きて、 ながい ジスイ の ケイケン など を トクイゲ に はなして きかせながら、 ジブン で コメ を といだり、 ヒ を たきつけたり した。 その トウザ は ヨウコ も それ を たのしい と おもわない では なかった。 しかし しばらく の うち に そんな こと を する キベ の ココロモチ が さもしく も おもわれて きた。 おまけに キベ は イチニチ イチニチ と モノグサ に なって、 ジブン では テ を くだし も せず に、 ジャマ に なる ところ に つったった まま サシズ-がましい こと を いったり、 ヨウコ には なんら の カンキョウ も おこさせない チョウシ を レイ の ゴジマン の うつくしい コエ で ろうろう と ぎんじたり した。 ヨウコ は そんな メ に あう と ケイベツ しきった ひややか な ヒトミ で じろり と みかえして やりたい よう な キ に なった。 クラチ は ハジメ から そんな こと は てんで しなかった。 おおきな ダダッコ の よう に、 カオ を あらう と いきなり ゼン の マエ に アグラ を かいて、 ヨウコ が つくって だした もの を カタハシ から むしゃむしゃ と きれい に かたづけて いった。 これ が キベ だったら、 だす もの の ヒトツヒトツ に シッタカブリ の コウシャク を つけて、 ヨウコ の ウデマエ を カンショウテキ に ほめちぎって、 かなり タクサン を くわず に のこして しまう だろう。 そう おもいながら ヨウコ は メ で なでさする よう に して クラチ が イッシン に ハシ を うごかす の を みまもらず には いられなかった。
やがて ハシ と チャワン と を からり と なげすてる と、 クラチ は しょざいなさそう に ハマキ を ふかして しばらく そこら を ながめまわして いた が、 いきなり たちあがって シリッパショリ を しながら ハダシ の まま ニワ に とんで おりた。 そして ハーキュリース が ハリシゴト でも する よう な ブキッチョウ な ヨウス で、 せまい ニワ を あるきまわりながら カタスミ から かたづけだした。 まだ びしゃびしゃ する よう な ツチ の ウエ に おおきな アシアト が ジュウオウ に しるされた。 まだ かれはてない キク や ハギ など が ザッソウ と イッショクタ に ナサケ も ヨウシャ も なく ネコギ に される の を みる と さすが の ヨウコ も はらはら した。 そして エンギワ に しゃがんで ハシラ に もたれながら、 ときには あまり の オカシサ に たかく コエ を あげて わらいこけず には いられなかった。
クラチ は すこし はたらきつかれる と タイコウエン の ほう を うかがったり、 ダイドコロ の ほう に キ を くばったり して おいて、 オオイソギ で ヨウコ の いる ところ に よって きた。 そして ドロ に なった テ を ウシロ に まわして、 ジョウタイ を マエ に おりまげて、 ヨウコ の ハナ の サキ に ジブン の カオ を つきだして オツボグチ を した。 ヨウコ も イタズラ-らしく シュウイ に メ を くばって その カオ を リョウテ に はさみながら ジブン の クチビル を あたえて やった。 クラチ は いさみたつ よう に して また ツチ の ウエ に しゃがみこんだ。
クラチ は こうして イチニチ はたらきつづけた。 ヒ が かげる コロ に なって ヨウコ も イッショ に ニワ に でて みた。 ただ ランボウ な、 しょうことなし の イタズラ シゴト と のみ おもわれた もの が、 かたづいて みる と どこ から どこ まで ヨウリョウ を えて いる の を ハッケン する の だった。 ヨウコ が キ に して いた ベンジョ の ヤネ の マエ には、 ニワ の スミ に あった シイ の キ が うつして あったり した。 ゲンカンマエ の リョウガワ の カダン の ボタン には、 ワラ で キヨウ に シモガコイ さえ しつらえて あった。
こんな さびしい スギモリ の ナカ の イエ にも、 ときどき コウヨウカン の ほう から オンギョク の ネ が くぐもる よう に きこえて きたり、 タイコウエン から バラ の カオリ が カゼ の グアイ で ほんのり と におって きたり した。 ここ に こうして クラチ と すみつづける よろこばしい キタイ は ヒトムキ に ヨウコ の ココロ を うばって しまった。
ヘイボン な ヒトヅマ と なり、 コ を うみ、 ヨウコ の スガタ を マモノ か ナニ か の よう に あざわらおう と する、 ヨウコ の キュウユウ たち に たいして、 かつて ヨウコ が いだいて いた ヒ の よう な イキドオリ の ココロ、 くさって も しんで も あんな マネ は して みせる もの か と ちかう よう に ココロ で あざけった その ヨウコ は、 ヨウコウゼン の ジブン と いう もの を どこ か に おきわすれた よう に、 そんな こと は おもい も ださない で、 キュウユウ たち の とおって きた ミチスジ に ヒタハシリ に はしりこもう と して いた。