カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 3)

2021-06-21 | アリシマ タケオ
 26

「ミト とか で オザシキ に でて いた ヒト だ そう です が、 クラチ さん に ひかされて から もう 7~8 ネン にも なりましょう か、 それ は オントウ な いい オクサン で、 とても ショウバイ を して いた ヒト の よう では ありません。 もっとも ミト の シゾク の オムスメゴ で でる が はやい か クラチ さん の ところ に いらっしゃる よう に なった ん だ そう です から その はず でも あります が、 ちっとも すれて いらっしゃらない で いて、 キ も おつき には なる し、 しとやか でも あり、……」
 ある バン ソウカクカン の オカミ が はなし に きて ヨモヤマ の ウワサ の ツイデ に クラチ の ツマ の ヨウス を かたった その コトバ は、 はっきり と ヨウコ の ココロ に やきついて いた。 ヨウコ は それ が すぐれた ヒト で ある と きかされれば きかされる ほど ネタマシサ を ます の だった。 ジブン の メノマエ には おおきな ショウガイブツ が マックラ に たちふさがって いる の を かんじた。 ケンオ の ジョウ に かきむしられて ゼンゴ の こと も かんがえず に わかれて しまった の では あった けれども、 かりにも コイ らしい もの を かんじた キベ に たいして ヨウコ が いだく フシギ な ジョウチョ、 ――フダン は ナニゴト も なかった よう に わすれはてて は いる ものの、 おもい も よらない キッカケ に、 ふと ムネ を ひきしめて まきおこって くる フシギ な ジョウチョ、 ――イッシュ の ゼツボウテキ な ノスタルジア―― それ を ヨウコ は クラチ にも クラチ の ツマ にも よせて かんがえて みる こと の できる フコウ を もって いた。 また ジブン の うんだ コドモ に たいする シュウチャク。 それ を オトコ も オンナ も おなじ テイド に きびしく かんずる もの か どう か は しらない。 しかしながら ヨウコ ジシン の ジッカン から いう と、 なんと いって も タトエヨウ も なく その アイチャク は ふかかった。 ヨウコ は サダコ を みる と しらぬ マ に キベ に たいして コイ に ひとしい よう な つよい カンジョウ を うごかして いる の に キ が つく こと が しばしば だった。 キベ との アイチャク の ケッカ サダコ が うまれる よう に なった の では なく、 サダコ と いう もの が コノヨ に うまれでる ため に、 キベ と ヨウコ とは アイチャク の キズナ に つながれた の だ と さえ かんがえられ も した。 ヨウコ は また ジブン の チチ が どれほど ヨウコ を デキアイ して くれた か をも おもって みた。 ヨウコ の ケイケン から いう と、 リョウシン とも いなく なって しまった イマ、 シタワシサ ナツカシサ を よけい かんじさせる もの は、 かくべつ これ と いって ジョウアイ の シルシ を みせ は しなかった が、 しじゅう やわらかい メイロ で ジブン たち を みまもって くれて いた チチ の ほう だった。 それ から おもう と オトコ と いう もの も ジブン の うませた コドモ に たいして は オンナ に ゆずらぬ シュウチャク を もちうる もの に ソウイ ない。 こんな カコ の あまい カイソウ まで が イマ は ヨウコ の ココロ を むちうつ シモト と なった。 しかも クラチ の ツマ と コ とは この トウキョウ に ちゃんと すんで いる。 クラチ は マイニチ の よう に その ヒトタチ に あって いる の に ソウイ ない の だ。
 おもう オトコ を どこ から どこ まで ジブン の もの に して、 ジブン の もの に した と いう ショウコ を にぎる まで は、 ココロ が せめて せめて せめぬかれる よう な レンアイ の ザンギャク な チカラ に ヨウコ は ヒル と なく ヨル と なく うちのめされた。 フネ の ナカ での ナニゴト も うちまかせきった よう な こころやすい キブン は ヒトゴト の よう に、 とおい ムカシ の こと の よう に かなしく おもいやられる ばかり だった。 どうして これほど まで に ジブン と いう もの の オチツキドコロ を みうしなって しまった の だろう。 そう おもう シタ から、 こうして は イッコク も いられない。 はやく はやく する こと だけ を して しまわなければ、 トリカエシ が つかなく なる。 どこ から どう テ を つければ いい の だ。 テキ を たおさなければ、 テキ は ジブン を たおす の だ。 なんの チュウチョ。 なんの シアン。 クラチ が さった ヒトタチ に ミレン を のこす よう ならば ジブン の コイ は イシ や カワラ と ドウヨウ だ。 ジブン の ココロ で なにもかも カコ は いっさい やきつくして みせる。 キベ も ない、 サダコ も ない。 まして キムラ も ない。 みんな すてる、 みんな わすれる。 そのかわり クラチ にも カコ と いう カコ を すっかり わすれさせず に おく もの か。 それほど の コワク の チカラ と ジョウネツ の ホノオ と が ジブン に ある か ない か みて いる が いい。 そうした イチズ な ネツイ が ミ を こがす よう に もえたった。 ヨウコ は シンブン キシャ の ライシュウ を おそれて ヤド に とじこもった まま、 ヒバチ の マエ に すわって、 クラチ の フザイ の とき は こんな モウソウ に ミ も ココロ も かきむしられて いた。 だんだん つのって くる よう な コシ の イタミ、 カタ の コリ。 そんな もの さえ ヨウコ の ココロ を ますます いらだたせた。
 ことに クラチ の カエリ の おそい バン など は、 ヨウコ は ザ にも いたたまれなかった。 クラチ の イマ に なって いる 10 ジョウ の マ に いって、 そこ に クラチ の オモカゲ を すこし でも しのぼう と した。 フネ の ナカ での クラチ との たのしい オモイデ は すこしも うかんで こず に、 どんな カマエ とも ソウゾウ は できない が、 とにかく クラチ の スマイ の ある ヘヤ に、 3 ニン の ムスメ たち に とりまかれて、 うつくしい ツマ に かしずかれて サカズキ を ほして いる クラチ ばかり が ソウゾウ に うかんだ。 そこ に ぬぎすてて ある クラチ の フダンギ は ますます ヨウコ の ソウゾウ を ほしいまま に させた。 いつでも ヨウコ の ジョウネツ を ひっつかんで ゆすぶりたてる よう な クラチ トクユウ な ハダ の ニオイ、 ホウジュン な サケ や タバコ から においでる よう な その ニオイ を ヨウコ は イルイ を かきよせて、 それ に カオ を うずめながら、 マヒ して ゆく よう な キモチ で かぎ に かいだ。 その ニオイ の いちばん オク に、 チュウネン の オトコ に トクユウ な フケ の よう な フカイ な ニオイ、 タニン の で あった なら ヨウコ は ヒトタマリ も なく ハナ を おおう よう な フカイ な ニオイ を かぎつける と、 ヨウコ は ニクタイテキ にも イッシュ の トウスイ を かんじて くる の だった。 その クラチ が ツマ や ムスメ たち に とりまかれて たのしく イッセキ を すごして いる。 そう おもう と ありあわせる もの を とって ぶちこわす か、 つかんで ひきさきたい よう な ショウドウ が ワケ も なく こうじて くる の だった。
 それでも クラチ が かえって くる と、 それ は ヨル おそく なって から で あって も ヨウコ は ただ コドモ の よう に コウフク だった。 それまで の フアン や ショウソウ は どこ に か いって しまって、 アクム から コウフク な セカイ に めざめた よう に コウフク だった。 ヨウコ は すぐ はしって いって クラチ の ムネ に たわいなく いだかれた。 クラチ も ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきしめた。 ヨウコ は ひろい あつい ムネ に いだかれながら、 タンチョウ な ヤドヤ の セイカツ の イチニチチュウ に おこった ササイ な こと まで を、 その ヒョウジョウ の ゆたか な、 スズ の よう な すずしい コエ で、 ジブン を たのしませて いる もの の ごとく かたった。 クラチ は クラチ で その コエ に よいしれて みえた。 フタリ の コウフク は どこ に ゼッチョウ が ある の か わからなかった。 フタリ だけ で セカイ は カンゼン だった。 ヨウコ の する こと は ヒトツヒトツ クラチ の ココロ が する よう に みえた。 クラチ の こう ありたい と おもう こと は ヨウコ が あらかじめ そう あらせて いた。 クラチ の したい と おもう こと は、 ヨウコ が ちゃんと しとげて いた。 チャワン の オキバショ まで、 キモノ の シマイドコロ まで、 クラチ は ジブン の テ で した とおり を ヨウコ が して いる の を みいだして いる よう だった。
「しかし クラチ は ツマ や ムスメ たち を どう する の だろう」
 こんな こと を そんな コウフク の サイチュウ にも ヨウコ は かんがえない こと も なかった。 しかし クラチ の カオ を みる と、 そんな こと は おもう も はずかしい よう な ササイ な こと に おもわれた。 ヨウコ は クラチ の ナカ に すっかり とけこんだ ジブン を みいだす のみ だった。 サダコ まで も ギセイ に して クラチ を その サイシ から きりはなそう など いう タクラミ は あまり に ばからしい トリコシ-グロウ で ある の を おもわせられた。
「そう だ うまれて から コノカタ ワタシ が もとめて いた もの は とうとう こよう と して いる。 しかし こんな こと が こう テヂカ に あろう とは ホントウ に おもい も よらなかった。 ワタシ みたい な バカ は ない。 この コウフク の チョウジョウ が イマ だ と ダレ か おしえて くれる ヒト が あったら、 ワタシ は その シュンカン に よろこんで しぬ。 こんな コウフク を みて から クダリザカ に まで いきて いる の は いや だ。 それにしても こんな コウフク で さえ が いつかは クダリザカ に なる とき が ある の だろう か」
 そんな こと を ヨウコ は コウフク に ひたりきった ユメゴコチ の ウチ に かんがえた。
 ヨウコ が トウキョウ に ついて から 1 シュウカン-メ に、 ヤド の オカミ の シュウセン で、 シバ の コウヨウカン と ミチ ヒトツ へだてた タイコウエン と いう バラ センモン の ウエキヤ の ウラ に あたる 2 カイ-ダテ の イエ を かりる こと に なった。 それ は モト コウヨウカン の ジョチュウ だった ヒト が ある ゴウショウ の メカケ に なった に ついて、 その ゴウショウ と いう ヒト が たてて あてがった ヒトカマエ だった。 ソウカクカン の オカミ は その オンナ と コンイ の アイダ だった が、 オンナ に コドモ が イクニン か できて すこし テゼマ-すぎる ので ヨソ に イテン しよう か と いって いた の を ききしって いた ので、 オカミ の ほう で テキトウ な イエ を さがしだして その オンナ を うつらせ、 その アト を ヨウコ が かりる こと に とりはからって くれた の だった。 クラチ が サキ に いって ナカ の ヨウス を みて きて、 スギバヤシ の ため に すこし ヒアタリ は よく ない が、 トウブン の カクレガ と して は クッキョウ だ と いった ので、 すぐさま そこ に うつる こと に きめた の だった。 ダレ にも しれない よう に ひっこさねば ならぬ と いう ので、 ニモツ を コワケ して もちだす の にも、 オカミ は ジブン の ジョチュウ たち に まで、 それ が クラチ の ホンタク に はこばれる もの だ と いって しらせた。 ウンパンニン は すべて シバ の ほう から たのんで きた。 そして ニモツ が あらかた かたづいた ところ で、 ある ヨ おそく、 しかも びしょびしょ と フキブリ の する さむい アメカゼ の オリ を えらんで ヨウコ は ホログルマ に のった。 ヨウコ と して は それほど の ケイカイ を する には あたらない と おもった けれども、 オカミ が どうしても きかなかった。 アンゼン な ところ に おくりこむ まで は いったん おひきうけ した テマエ、 キ が すまない と いいはった。
 ヨウコ が あつらえて おいた シタテオロシ の イルイ を きかえて いる と そこ に オカミ も きあわせて ヌギカエシ の セワ を みた。 エリ の アワセメ を ピン で とめながら ヨウコ が キガエ を おえて ザ に つく の を みて、 オカミ は うれしそう に モミテ を しながら、
「これ で あすこ に だいじょうぶ ついて くださり さえ すれば ワタシ は オモニ が ヒトツ おりる と もうす もの です。 しかし これから が アナタ は ゴタイテイ じゃ ございません ね。 あちら の オクサマ の こと など おもいます と、 どちら に どう オシムケ を して いい やら ワタシ には わからなく なります。 アナタ の オココロモチ も ワタシ は ミ に しみて おさっし もうします が、 どこ から みて も ヒテン の ウチドコロ の ない オクサマ の オミノウエ も ワタシ には ゴフビン で ナミダ が こぼれて しまう ん で ございます よ。 で ね、 これから の こと に ついちゃ ワタシ は こう きめました。 なんでも できます こと なら と もうしあげたい ん で ございます けれども、 ワタシ には シンソコ を おうちあけ もうしました ところ、 ドチラサマ にも ギリ が たちません から、 ハクジョウ でも キョウ かぎり この オハナシ には テ を ひかせて いただきます。 ……どうか わるく おとり に なりません よう に ね…… どうも ワタシ は こんな で いながら カイショウ が ございません で……」
 そう いいながら オカミ は クチ を きった とき の うれしげ な ヨウス にも にず、 ジュバン の ソデ を ひきだす ヒマ も なく メ に ナミダ を いっぱい ためて しまって いた。 ヨウコ には それ が うらめしく も にくく も なかった。 ただ なんとなく シンミ な セツナサ が ジブン の ムネ にも こみあげて きた。
「わるく とる どころ です か。 ヨノナカ の ヒト が ヒトリ でも アナタ の よう な ココロモチ で みて くれたら、 ワタシ は その マエ に なきながら アタマ を さげて ありがとう ございます と いう こと でしょう よ。 これまで の アナタ の オココロヅクシ で ワタシ は もう ジュウブン。 また いつか ゴオンガエシ の できる こと も ありましょう。 ……それでは これ で ごめん くださいまし。 オイモウトゴ にも どうか キモノ の オレイ を くれぐれも よろしく」
 すこし ナキゴエ に なって そう いいながら、 ヨウコ は オカミ と その イモウトブン に あたる と いう ヒト に レイゴコロ に おいて ゆこう と する ベイコク-セイ の フタツ の テサゲ を しまいこんだ チガイダナ を ちょっと みやって そのまま ザ を たった。
 アメカゼ の ため に ヨル は にぎやか な オウライ も さすが に ヒトドオリ が たえだえ だった。 クルマ に のろう と して ソラ を みあげる と、 クモ は そう こく は かかって いない と みえて、 シンゲツ の ヒカリ が おぼろ に ソラ を あかるく して いる ナカ を アラシモヨウ の クモ が おそろしい イキオイ で はしって いた。 ヘヤ の ナカ の アタタカサ に ひきかえて、 シッケ を ジュウブン に ふくんだ カゼ は スソマエ を あおって ぞくぞく と ハダ に せまった。 ばたばた と カゼ に なぶられる マエホロ を シャフ が かけよう と して いる スキ から、 オカミ が みずみずしい マルマゲ を アメ にも カゼ にも おもう まま うたせながら、 ジョチュウ の さしかざそう と する アマガサ の カゲ に かくれよう とも せず、 ナニ か シャフ に いいきかせて いる の が ダイジ-らしく みやられた。 シャフ が カジボウ を あげよう と する とき オカミ が シュウギブクロ を その テ に わたす の が みえた。
「さようなら」
「オダイジ に」
 はばかる よう に クルマ の ウチソト から コエ が かわされた。 ホロ に のしかかって くる カゼ に テイコウ しながら クルマ は ヤミ の ナカ を うごきだした。
 ムカイカゼ が ウナリ を たてて ふきつけて くる と、 シャフ は おもわず クルマ を あおらせて アシ を とめる ほど だった。 この 4~5 ニチ ヒバチ の マエ ばかり に いた ヨウコ に とって は ミ を きる か と おもわれる よう な サムサ が、 あつい ヒザカケ の メ まで とおして おそって きた。 ヨウコ は さきほど オカミ の コトバ を きいた とき には さほど とも おもって いなかった が、 すこし ホド たった イマ に なって みる と、 それ が ひしひし と ミ に こたえる の を かんじだした。 ジブン は ひょっと する と あざむかれて いる、 モテアソビモノ に されて いる。 クラチ は やはり どこまでも あの サイシ と わかれる キ は ない の だ。 ただ ながい コウカイチュウ の キマグレ から、 デキゴコロ に ジブン を セイフク して みよう と くわだてた ばかり なの だ。 この コイ の イキサツ が ヨウコ から もちだされた もの で ある だけ に、 こんな ココロモチ に なって くる と、 ヨウコ は ヤ も タテ も たまらず ジブン に ヒケメ を おぼえた。 コウフク―― ジブン が ムソウ して いた コウフク が とうとう きた と ほこりが に よろこんだ その ヨロコビ は さもしい ヌカヨロコビ に すぎなかった らしい。 クラチ は フネ の ナカ で と ドウヨウ の ヨロコビ で まだ ヨウコ を よろこんで は いる。 それ に ウタガイ を いれよう ヨチ は ない。 けれども うつくしい テイセツ な ツマ と カレン な ムスメ を 3 ニン まで もって いる クラチ の ココロ が いつまで ヨウコ に ひかされて いる か、 それ を ダレ が かたりえよう、 ヨウコ の ココロ は ホロ の ナカ に ふきこむ カゼ の サムサ と ともに ひえて いった。 ヨノナカ から きれい に はなれて しまった コドク な タマシイ が たった ヒトツ そこ には みいだされる よう にも おもえた。 どこ に ウレシサ が ある、 タノシサ が ある。 ジブン は また ヒトツ の イマ まで に あじわわなかった よう な クノウ の ナカ に ミ を なげこもう と して いる の だ。 また うまうま と イタズラモノ の ウンメイ に して やられた の だ。 それにしても もう この セトギワ から ひく こと は できない。 しぬ まで…… そう だ しんで も この クルシミ に ひたりきらず に おく もの か。 ヨウコ には タノシサ が クルシサ なの か、 クルシサ が タノシサ なの か、 まったく ミサカイ が つかなく なって しまって いた。 タマシイ を シメギ に かけて その アブラ でも しぼりあげる よう な モダエ の ナカ に やむ に やまれぬ シュウチャク を みいだして われながら おどろく ばかり だった。
 ふと クルマ が とまって カジボウ が おろされた ので ヨウコ は はっと ユメゴコチ から ワレ に かえった。 おそろしい フキブリ に なって いた。 シャフ が カタアシ で カジボウ を ふまえて、 カゼ で クルマ の よろめく の を ふせぎながら、 マエホロ を はずし に かかる と、 マックラ だった ゼンポウ から かすか に ヒカリ が もれて きた。 アタマ の ウエ では ざあざあ と ふりしきる アメ の ナカ に、 アラウミ の シオザイ の よう な ものすごい ヒビキ が ナニ か ヘンジ でも わいて おこりそう に きこえて いた。 ヨウコ は クルマ を でる と カゼ に ふきとばされそう に なりながら、 カミ や シンチョウ の キモノ の ぬれる の も かまわず ソラ を あおいで みた。 ウルシ を ながした よう に クモ で かたく とざされた クモ の ナカ に、 ウルシ より も いろこく むらむら と たちさわいで いる の は ふるい スギ の コダチ だった。 カダン らしい タケガキ の ナカ の カンボク の タグイ は エダサキ を チ に つけん ばかり に ふきなびいて、 カレハ が ウズ の よう に ばらばら と とびまわって いた。 ヨウコ は ワレ にも なく そこ に べったり すわりこんで しまいたく なった。
「おい はやく はいらん かよ、 ぬれて しまう じゃ ない か」
 クラチ が ランプ の ヒ を かばいつつ イエ の ナカ から どなる の が カゼ に ふきちぎられながら きこえて きた。 クラチ が そこ に いる と いう こと さえ ヨウコ には イガイ の よう だった。 だいぶ はなれた ところ で どたん と ト か ナニ か はずれた よう な オト が した と おもう と、 カゼ は また ひとしきり ウナリ を たてて スギムラ を こそいで とおりぬけた。 シャフ は ヨウコ を たすけよう にも カジボウ を はなれれば クルマ を けしとばされる ので、 チョウチン の シリ を カザカミ の ほう に シャ に むけて メハチブ に あげながら ナニ か オオゴエ に ウシロ から コエ を かけて いた。 ヨウコ は すごすご と して ゲンカングチ に ちかづいた。 イッパイ キゲン で まちあぐんだ らしい クラチ の カオ の サケホテリ に にず、 ヨウコ の カオ は すきとおる ほど あおざめて いた。 なよなよ と まず シキダイ に コシ を おろして、 10 ポ ばかり あるく だけ で ドロ に なって しまった ゲタ を、 アシサキ で てつだいながら ぬぎすてて、 ようやく イタノマ に たちあがって から、 うつろ な メ で クラチ の カオ を じっと みいった。
「どう だった さむかったろう。 まあ こっち に おあがり」
 そう クラチ は いって、 そこ に であわして いた ジョチュウ らしい ヒト に テ-ランプ を わたす と きゃしゃ な すこし キュウ な ハシゴダン を のぼって いった。 ヨウコ は アズマ コート も ぬがず に いいかげん ぬれた まま で だまって その アト から ついて いった。
 2 カイ の マ は デントウ で ヒルマ より あかるく ヨウコ には おもわれた。 ト と いう ト が がたぴし と なりはためいて いた。 イタブキ らしい ヤネ に イッスンクギ でも たたきつける よう に アメ が ふりつけて いた。 ザシキ の ナカ は あたたかく いきれて、 ノミクイ する もの が ちらかって いる よう だった。 ヨウコ の チュウイ の ナカ には それ だけ の こと が かろうじて はいって きた。 そこ に たった まま の クラチ に ヨウコ は すいつけられる よう に ミ を なげかけて いった。 クラチ も むかえとる よう に ヨウコ を だいた と おもう と そのまま そこ に どっかと アグラ を かいた。 そして ジブン の ほてった ホオ を ヨウコ の に すりつける と さすが に おどろいた よう に、
「こりゃ どう だ ひえた にも コオリ の よう だ」
と いいながら その カオ を みいろう と した。 しかし ヨウコ は むしょうに ジブン の カオ を クラチ の ひろい あたたかい ムネ に うずめて しまった。 ナツカシミ と ニクシミ との もつれあった、 かつて ケイケン しない はげしい ジョウチョ が すぐに ヨウコ の ナミダ を さそいだした。 ヒステリー の よう に カンケツテキ に ひきおこる ススリナキ の コエ を かみしめて も かみしめて も とめる こと が できなかった。 ヨウコ は そうした まま クラチ の ムネ で イキ を ひきとる こと が できたら と おもった。 それとも ジブン の なめて いる よう な タマシイ の モダエ の ナカ に クラチ を まきこむ こと が できたらば とも おもった。
 いそいそ と セワ ニョウボウ-らしく よろこびいさんで 2 カイ に あがって くる ヨウコ を みいだす だろう と ばかり おもって いた らしい クラチ は、 この リユウ も しれぬ ヨウコ の キョウタイ に おどろいた らしかった。
「どうした と いう ん だな、 え」
と ひくく チカラ を こめて いいながら、 ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなそう と する けれども、 ヨウコ は ただ むしょうに カブリ を ふる ばかり で、 ダダッコ の よう に、 クラチ の ムネ に しがみついた。 できる なら その ニク の あつい おとこらしい ムネ を かみやぶって、 チミドロ に なりながら その ムネ の ナカ に カオ を うずめこみたい―― そういう よう に ヨウコ は クラチ の キモノ を かんだ。
 しずか に では ある けれども クラチ の ココロ は だんだん ヨウコ の ココロモチ に そめられて ゆく よう だった。 ヨウコ を かきいだく クラチ の ウデ の チカラ は しずか に くわわって いった。 その イキヅカイ は あらく なって きた。 ヨウコ は キ が とおく なる よう に おもいながら、 しめころす ほど ひきしめて くれ と ねんじて いた。 そして カオ を ふせた まま ナミダ の ヒマ から きれぎれ に さけぶ よう に コエ を はなった。
「すてない で ちょうだい とは いいません…… すてる なら すてて くださって も よう ござんす…… そのかわり…… そのかわり…… はっきり おっしゃって ください、 ね…… ワタシ は ただ ひきずられて いく の が いや なん です……」
「ナニ を いってる ん だ オマエ は……」
 クラチ の かんで ふくめる よう な コエ が ミミモト ちかく ヨウコ に こう ささやいた。
「それ だけ は…… それ だけ は ちかって ください…… ごまかす の は ワタシ は いや…… いや です」
「ナニ を…… ナニ を ごまかす かい」
「そんな コトバ が ワタシ は きらい です」
「ヨウコ!」
 クラチ は もう ネツジョウ に もえて いた。 しかし それ は いつでも ヨウコ を だいた とき に クラチ に おこる ヤジュウ の よう な ネツジョウ とは すこし ちがって いた。 そこ には やさしく オンナ の ココロ を いたわる よう な カゲ が みえた。 ヨウコ は それ を うれしく も おもい、 ものたらなく も おもった。
 ヨウコ の ココロ の ウチ は クラチ の ツマ の こと を いいだそう と する ネツイ で いっぱい に なって いた。 その ツマ が テイシュク な うつくしい オンナ で ある と おもえば おもう ほど、 その ヒト が フタリ の アイダ に はさまって いる の が のろわしかった。 たとい すてられる まで も イチド は クラチ の ココロ を その オンナ から ねこそぎ うばいとらなければ タンネン が できない よう な ひたむき に キョウボウ な ヨクネン が ムネ の ウチ では はちきれそう に にえくりかえって いた。 けれども ヨウコ は どうしても それ を クチノハ に のぼせる こと は できなかった。 その シュンカン に ジブン に たいする ホコリ が チリアクタ の よう に ふみにじられる の を かんじた から だ。 ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ が じれったかった。 クラチ の ほう から ヒトコト も それ を いわない の が うらめしかった。 クラチ は そんな こと は いう にも たらない と おもって いる の かも しれない が…… いいえ そんな こと は ない、 そんな こと の あろう はず は ない。 クラチ は やはり フタマタ かけて ジブン を あいして いる の だ。 オトコ の ココロ には そんな みだら な ミレン が ある はず だ。 オトコ の ココロ とは いうまい、 ジブン も クラチ に であう まで は、 イセイ に たいする ジブン の アイ を カッテ に ミッツ にも ヨッツ にも さいて みる こと が できた の だ。 ……ヨウコ は ここ にも ジブン の くらい カコ の ケイケン の ため に せめさいなまれた。 すすんで コイ の トリコ と なった モノ が とうぜん おちいらなければ ならない タトエヨウ の ない ほど くらく ふかい ギワク は アト から アト から コウジツ を つくって ヨウコ を おそう の だった。 ヨウコ の ムネ は コトバドオリ に はりさけよう と して いた。
 しかし ヨウコ の ココロ が いためば いたむ ほど クラチ の ココロ は ねっして みえた。 クラチ は どうして ヨウコ が こんな に キゲン を わるく して いる の か を おもいまよって いる ヨウス だった。 クラチ は やがて しいて ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなして その カオ を つよく みまもった。
「ナニ を そう リクツ も なく ないて いる の だ…… オマエ は オレ を うたぐって いる な」
 ヨウコ は 「うたがわない で いられます か」 と こたえよう と した が、 どうしても それ は ジブン の メンボク に かけて クチ には だせなかった。 ヨウコ は ナミダ に とけて ただよう よう な メ を うらめしげ に おおきく ひらいて だまって クラチ を みかえした。
「キョウ オレ は とうとう ホンテン から よびだされた ん だった。 フネ の ナカ での こと を それとなく ききただそう と しおった から、 オレ は のこらず いって のけた よ。 シンブン に オレタチ の こと が でた とき でも が、 あわてる が もの は ない と おもっとった ん だ。 どうせ いつかは しれる こと だ。 しれる ほど なら、 おおっぴら で はやい が いい くらい の もの だ。 ちかい うち に カイシャ の ほう は クビ に なろう が、 オレ は、 ヨウコ、 それ が マンゾク なん だぞ。 ジブン で ジブン の ツラ に ドロ を ぬって よろこんでる オレ が バカ に みえよう な」
 そう いって から クラチ は はげしい チカラ で ふたたび ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきよせよう と した。
 ヨウコ は しかし そう は させなかった。 すばやく クラチ の ヒザ から とびのいて タタミ の ウエ に ホオ を ふせた。 クラチ の コトバ を そのまま しんじて、 すなお に うれしがって、 ココロ を ナミダ に といて なきたかった。 しかし まんいち クラチ の コトバ が ソノバノガレ の カッテ な ツクリゴト だったら…… なぜ クラチ は ジブン の ツマ や コドモ たち の こと を いって は きかせて くれない の だ。 ヨウコ は ワケ の わからない ナミダ を なく より スベ が なかった。 ヨウコ は つっぷした まま で さめざめ と なきだした。
 コガイ の アラシ は キセイ を くわえて、 ものすさまじく ふけて ゆく ヨル を あれくるった。
「オレ の いうた こと が わからん なら まあ みとる が いい さ。 オレ は くどい こと は すかん から な」
 そう いいながら クラチ は ジブン を ヨクセイ しよう と する よう に しいて おちついて、 ハマキ を とりあげて タバコボン を ひきよせた。
 ヨウコ は ココロ の ウチ で ジブン の タイド が クラチ の キ を まずく して いる の を はらはら しながら おもいやった。 キ を まずく する だけ でも それだけ クラチ から はなれそう なの が このうえなく つらかった。 しかし ジブン で ジブン を どう する こと も できなかった。
 ヨウコ は アラシ の ナカ に ワレ と ワガミ を さいなみながら さめざめ と なきつづけた。

 27

「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
 ヨウコ は その ヨ クラチ と ヘヤ を ベツ に して トコ に ついた。 クラチ は カイジョウ に、 ヨウコ は カイカ に。 エノシママル イライ フタリ が はなれて ねた の は その ヨ が はじめて だった。 クラチ が マゴコロ を こめた ヨウス で かれこれ いう の を、 ヨウコ は すげなく はねつけて、 せっかく とって あった 2 カイ の ネドコ を、 ジョチュウ に シタ に はこばして しまった。 ヨコ に なり は した が いつまでも ねつかれない で 2 ジ ちかく まで コトバドオリ に テンテン ハンソク しつつ、 くりかえし くりかえし クラチ の フウフ カンケイ を シュジュ に モウソウ したり、 ジブン に まくしかかって くる ショウライ の ウンメイ を ひたすら に くろく ぬって みたり して いた。 それでも ハテ は アタマ も カラダ も つかれはてて ユメ ばかり な ネムリ に おちいって しまった。
 うつらうつら と した ネムリ から、 とつぜん タトエヨウ の ない サビシサ に ひしひし と おそわれて、 ――それ は その とき みた ユメ が そんな アンジ に なった の か、 それとも カンカクテキ な フマン が メ を さました の か わからなかった―― ヨウコ は クラヤミ の ナカ に メ を ひらいた。 アラシ の ため に デンセン に コショウ が できた と みえて、 ねむる とき には ツケハナシ に して おいた ヒ が どこ も ここ も きえて いる らしかった。 アラシ は しかし いつのまにか なぎて しまって、 アラシ の アト の バンシュウ の ヨル は ことさら しずか だった。 サンナイ イチメン の スギモリ から は シンザン の よう な キキ が しんしん と はきだされる よう に おもえた。 コオロギ が トナリ の ヘヤ の スミ で かすれがすれ に コエ を たてて いた。 わずか な しかも あさい スイミン には すぎなかった けれども ヨウコ の アタマ は アカツキ マエ の ヒエ を かんじて さえざえ と すんで いた。 ヨウコ は まず ジブン が たった ヒトリ で ねて いた こと を おもった。 クラチ と カンケイ が なかった コロ は いつでも ヒトリ で ねて いた の だ が、 よくも そんな こと が ナガネン に わたって できた もの だった と ジブン ながら フシギ に おもわれる くらい、 それ は イマ の ヨウコ を ものたらなく こころさびしく させて いた。 こうして しずか な ココロ に なって かんがえる と クラチ の ヨウコ に たいする アイジョウ が セイジツ で ある の を うたがう べき ヨチ は さらに なかった。 ニホン に かえって から イクニチ にも ならない けれども、 イマ まで は とにかく クラチ の ネツイ に すこしも カワリ が おこった ところ は みえなかった。 いかに コイ に メ が ふさがって も、 ヨウコ は それ を みきわめる くらい の レイセイ な ガンリキ は もって いた。 そんな こと は ジュウブン に しりぬいて いる くせ に、 おぞましく も サクヤ の よう な バカ な マネ を して しまった ジブン が ジブン ながら フシギ な くらい だった。 どんな に ジョウ に げきした とき でも タイテイ は ジブン を みうしなう よう な こと は しない で とおして きた ヨウコ には それ が ひどく はずかしかった。 フネ の ナカ に いる とき に ヒステリー に なった の では ない か と うたがった こと が 2~3 ド ある―― それ が ホントウ だった の では ない かしらん とも おもわれた。 そして ヨギ に かけた アライタテ の キャリコ の ウラ の ひえびえ する の を ふくよか な オトガイ に かんじながら ココロ の ウチ で ひとりごちた。
「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
 そう いいながら ヨウコ は カタ だけ おきなおって、 マクラモト の ミズ を テサグリ で したたか のみほした。 コオリ の よう に ひえきった ミズ が ノドモト を しずか に ながれくだって イノフ に ひろがる まで はっきり と かんじられた。 サケ も のまない の だ けれども、 スイゴ の ミズ と ドウヨウ に、 イノフ に ミカク が できて シタ の しらない アジ を あじわいえた と おもう ほど こころよく かんじた。 それほど ムネ の ウチ は ネツ を もって いた に ちがいない。 けれども アシ の ほう は ハンタイ に おそろしく ヒエ を かんじた。 すこし その イチ を うごかす と シロサ を ソノママ な さむい カンジ が シーツ から せまって くる の だった。 ヨウコ は また きびしく クラチ の ムネ を おもった。 それ は サムサ と アイチャク と から ヨウコ を おいたてて 2 カイ に はしらせよう と する ほど だった。 しかし ヨウコ は すでに それ を じっと こらえる だけ の レイセイサ を カイフク して いた。 クラチ の ツマ に たいする ショチ は サクヤ の よう で あって は テギワ よく は なしとげられぬ。 もっと つめたい チエ に チカラ を かりなければ ならぬ―― こう おもいさだめながら アカツキ の しらむ の を しらず に また ネムリ に さそわれて いった。
 ヨクジツ ヨウコ は それでも クラチ より サキ に メ を さまして てばやく キガエ を した。 ジブン で イタド を くりあけて みる と、 エンサキ には、 かれた カダン の クサ や カンボク が カゼ の ため に ふきみだされた コニワ が あって、 その サキ は、 スギ、 マツ、 ソノタ の キョウボク の シゲミ を へだてて タイコウエン の てびろい ニワ が みやられて いた。 キノウ まで いた ソウカクカン の シュウイ とは まったく ちがった、 おなじ トウキョウ の ウチ とは おもわれない よう な しずか な ひなびた シゼン の スガタ が ヨウコ の メノマエ には みわたされた。 まだ はれきらない サギリ を こめた クウキ を とおして、 スギ の ハ-ゴシ に さしこむ アサ の ヒ の ヒカリ が、 アメ に しっとり と うるおった ニワ の クロツチ の ウエ に、 マッスグ な スギ の ミキ を ボウジマ の よう な カゲ に して おとして いた。 イロ サマザマ な サクラ の オチバ が、 ヒナタ では キ に クレナイ に、 ヒカゲ では カバ に ムラサキ に ニワ を いろどって いた。 いろどって いる と いえば キク の ハナ も あちこち に しつけられて いた。 しかし イッタイ の シュミ は ヨウコ の よろこぶ よう な もの では なかった。 チリ ヒトツ さえ ない ほど、 まずしく みえる ショウシャ な シュミ か、 どこ に でも キンギン が そのまま すてて ある よう な キョウシャ な シュミ で なければ マンゾク が できなかった。 のこった の を すてる の が おしい とか もったいない とか いう よう な ココロモチ で、 ヨケイ な イシ や ウエキ など を いれこんだ らしい ニワ の ツクリカタ を みたり する と、 すぐさま むしりとって メ に かからない ところ に なげすてたく おもう の だった。 その コニワ を みる と ヨウコ の ココロ の ウチ には それ を ジブン の おもう よう に つくりかえる ケイカク が うずうず する ほど わきあがって きた。
 それから ヨウコ は イエ の ナカ を スミ から スミ まで みて まわった。 キノウ ゲンカングチ に ヨウコ を でむかえた ジョチュウ が、 ト を くる オト を ききつけて、 いちはやく ヨウコ の ところ に とんで きた の を アンナイ に たてた。 18~19 の こぎれい な ムスメ で、 きびきび した キショウ らしい のに、 いかにも ハスハ で ない、 シュジン を もてば シュジン オモイ に ちがいない の を ヨウコ は ヒトメ で みぬいて、 これ は いい ヒト だ と おもった。 それ は やはり ソウカクカン の オカミ が シュウセン して よこした、 ヤド に デイリ の トウフヤ の ムスメ だった。 ツヤ (カノジョ の ナ は ツヤ と いった) は ハシゴダン シタ の ゲンカン に つづく 6 ジョウ の チャノマ から はじめて、 その トナリ の トコノマツキ の 12 ジョウ、 それから 12 ジョウ と ロウカ を へだてて ゲンカン と ならぶ チャセキ-フウ の 6 ジョウ を アンナイ し、 ロウカ を とおった ツキアタリ に ある おもいのほか てびろい ダイドコロ、 フロバ を へて ハリダシ に なって いる 6 ジョウ と 4 ジョウ ハン (そこ が この イエ を たてた シュジン の イマ と なって いた らしく、 スベテ の ゾウサク に トクベツ な スキ が こらして あった) に いって、 その アマド を くりあけて ニワ を みせた。 そこ の センザイ は わりあい に あれず に いて、 ナガメ が うつくしかった が、 ヨウコ は カキネゴシ に タイコウエン の オモヤ の シモ の ベンジョ らしい きたない タテモノ の ヤネ を みつけて こまった もの が ある と おもった。 その ホカ には ダイドコロ の ソバ に ツヤ の 4 ジョウ ハン の ヘヤ が ニシムキ に ついて いた。 ジョチュウベヤ を のぞいた イツツ の ヘヤ は いずれ も ナゲシツキ に なって、 ミッツ まで は トコノマ さえ ある のに、 どうして あつめた もの か とにかく カケモノ なり オキモノ なり が ちゃんと かざられて いた。 イエ の ツクリ や ニワ の ヨウス など には かなり の チュウモン も ソウトウ の ガンシキ も もって は いた が、 カイガ や ショ の こと に なる と ヨウコ は おぞましく も カンシキ の チカラ が なかった。 うまれつき キビン に はたらく サイキ の おかげ で、 みたり きいたり した ところ から、 ビジュツ を アイコウ する ヒトビト と ヒザ を ならべて も、 とにかく あまり ボロ-らしい ボロ は ださなかった が、 わかい ビジュツカ など が ほめる サクヒン を みて も どこ が すぐれて どこ に ウツクシサ が ある の か ヨウコ には すこしも ケントウ の つかない こと が あった。 エ と いわず ジ と いわず、 ブンガクテキ の サクブツ など に たいして も ヨウコ の アタマ は あわれ な ほど ツウゾクテキ で ある の を ヨウコ は ジブン で しって いた。 しかし ヨウコ は ジブン の マケジダマシイ から ジブン の ミカタ が ボンゾク だ とは おもいたく なかった。 ゲイジュツカ など いう レンチュウ には、 コットウ など を いじくって フルミ と いう よう な もの を ありがたがる フウリュウジン と キョウツウ した よう な キドリ が ある。 その エセ-キドリ を ヨウコ は サイワイ にも もちあわして いない の だ と きめて いた。 ヨウコ は この イエ に もちこまれて いる フクモノ を みて まわって も、 ホントウ の ネウチ が どれほど の もの だ か さらに ケントウ が つかなかった。 ただ ある べき ところ に そういう もの の ある こと を マンゾク に おもった。
 ツヤ の ヘヤ の きちんと テギワ よく かたづいて いる の や、 2~3 ニチ アキヤ に なって いた の にも かかわらず、 ダイドコロ が きれい に フキソウジ が されて いて、 フキン など が すがすがしく からから に かわかして かけて あったり する の は いちいち ヨウコ の メ を こころよく シゲキ した。 おもった より スマイガッテ の いい イエ と、 はきはき した セイケツズキ な ジョチュウ と を えた こと が まず ヨウコ の ネオキ の ココロモチ を すがすがしく させた。
 ヨウコ は ツヤ の くんで だした ちょうど イイカゲン の ユ で カオ を あらって、 かるく ケショウ を した。 サクヤ の こと など は キ にも かからない ほど ココロ は かるかった。 ヨウコ は その かるい ココロ を いだきながら しずか に 2 カイ に あがって いった。 なんとはなし に クラチ に あまえたい よう な、 わびたい よう な キモチ で そっと フスマ を あけて みる と、 あの キョウレツ な クラチ の ハダ の ニオイ が あたたかい クウキ に みたされて ハナ を かすめて きた。 ヨウコ は ワレ にも なく かけよって、 アオムケ に ジュクスイ して いる クラチ の ウエ に ハガイ に のしかかった。
 くらい ナカ で クラチ は めざめた らしかった。 そして だまった まま ヨウコ の カミ や キモノ から カベン の よう に こぼれおちる なまめかしい カオリ を ユメゴコチ に かいで いる よう だった が、 やがて ものうげ に、
「もう おきた ん か。 ナンジ だな」
と いった。 まるで おおきな コドモ の よう な その ムジャキサ。 ヨウコ は おもわず ジブン の ホオ を クラチ の に すりつける と、 ネオキ の クラチ の ホオ は ヒ の よう に あつく かんぜられた。
「もう 8 ジ。 ……おおき に ならない と ヨコハマ の ほう が おそく なる わ」
 クラチ は やはり ものうげ に、 ソデグチ から にょきん と あらわれでた ふとい ウデ を のべて、 みじかい ザンギリ アタマ を ごしごし と かきまわしながら、
「ヨコハマ?…… ヨコハマ には もう ヨウ は ない わい。 いつ クビ に なる か しれない オレ が コノウエ の ゴホウコウ を して たまる か。 これ も みんな オマエ の おかげ だぞ。 ゴウツクバリ め」
と いって いきなり ヨウコ の クビスジ を ウデ に まいて ジブン の ムネ に おしつけた。
 しばらく して クラチ は ネドコ を でた が、 サクヤ の こと など は けろり と わすれて しまった よう に ヘイキ で いた。 フタリ が はじめて ハナレバナレ に ねた の にも ヒトコト も いわない の が かすか に ヨウコ を ものたらなく おもわせた けれども、 ヨウコ は ムネ が ひろびろ と して なんと いう こと も なく よろこばしくって たまらなかった。 で、 クラチ を のこして ダイドコロ に おりた。 ジブン で ジブン の たべる もの を リョウリ する と いう こと にも かつて ない モノメズラシサ と ウレシサ と を かんじた。
 タタミ 1 ジョウ-ガタ ヒ の さしこむ チャノマ の 6 ジョウ で フタリ は アサゲ の ゼン に むかった。 かつて は ハヤマ で キベ と フタリ で こうした たのしい ゼン に むかった こと も あった が、 その とき の ココロモチ と イマ の ココロモチ と を ヒカク する こと も できない と ヨウコ は おもった。 キベ は ジブン で のこのこ と ダイドコロ まで でかけて きて、 ながい ジスイ の ケイケン など を トクイゲ に はなして きかせながら、 ジブン で コメ を といだり、 ヒ を たきつけたり した。 その トウザ は ヨウコ も それ を たのしい と おもわない では なかった。 しかし しばらく の うち に そんな こと を する キベ の ココロモチ が さもしく も おもわれて きた。 おまけに キベ は イチニチ イチニチ と モノグサ に なって、 ジブン では テ を くだし も せず に、 ジャマ に なる ところ に つったった まま サシズ-がましい こと を いったり、 ヨウコ には なんら の カンキョウ も おこさせない チョウシ を レイ の ゴジマン の うつくしい コエ で ろうろう と ぎんじたり した。 ヨウコ は そんな メ に あう と ケイベツ しきった ひややか な ヒトミ で じろり と みかえして やりたい よう な キ に なった。 クラチ は ハジメ から そんな こと は てんで しなかった。 おおきな ダダッコ の よう に、 カオ を あらう と いきなり ゼン の マエ に アグラ を かいて、 ヨウコ が つくって だした もの を カタハシ から むしゃむしゃ と きれい に かたづけて いった。 これ が キベ だったら、 だす もの の ヒトツヒトツ に シッタカブリ の コウシャク を つけて、 ヨウコ の ウデマエ を カンショウテキ に ほめちぎって、 かなり タクサン を くわず に のこして しまう だろう。 そう おもいながら ヨウコ は メ で なでさする よう に して クラチ が イッシン に ハシ を うごかす の を みまもらず には いられなかった。
 やがて ハシ と チャワン と を からり と なげすてる と、 クラチ は しょざいなさそう に ハマキ を ふかして しばらく そこら を ながめまわして いた が、 いきなり たちあがって シリッパショリ を しながら ハダシ の まま ニワ に とんで おりた。 そして ハーキュリース が ハリシゴト でも する よう な ブキッチョウ な ヨウス で、 せまい ニワ を あるきまわりながら カタスミ から かたづけだした。 まだ びしゃびしゃ する よう な ツチ の ウエ に おおきな アシアト が ジュウオウ に しるされた。 まだ かれはてない キク や ハギ など が ザッソウ と イッショクタ に ナサケ も ヨウシャ も なく ネコギ に される の を みる と さすが の ヨウコ も はらはら した。 そして エンギワ に しゃがんで ハシラ に もたれながら、 ときには あまり の オカシサ に たかく コエ を あげて わらいこけず には いられなかった。
 クラチ は すこし はたらきつかれる と タイコウエン の ほう を うかがったり、 ダイドコロ の ほう に キ を くばったり して おいて、 オオイソギ で ヨウコ の いる ところ に よって きた。 そして ドロ に なった テ を ウシロ に まわして、 ジョウタイ を マエ に おりまげて、 ヨウコ の ハナ の サキ に ジブン の カオ を つきだして オツボグチ を した。 ヨウコ も イタズラ-らしく シュウイ に メ を くばって その カオ を リョウテ に はさみながら ジブン の クチビル を あたえて やった。 クラチ は いさみたつ よう に して また ツチ の ウエ に しゃがみこんだ。
 クラチ は こうして イチニチ はたらきつづけた。 ヒ が かげる コロ に なって ヨウコ も イッショ に ニワ に でて みた。 ただ ランボウ な、 しょうことなし の イタズラ シゴト と のみ おもわれた もの が、 かたづいて みる と どこ から どこ まで ヨウリョウ を えて いる の を ハッケン する の だった。 ヨウコ が キ に して いた ベンジョ の ヤネ の マエ には、 ニワ の スミ に あった シイ の キ が うつして あったり した。 ゲンカンマエ の リョウガワ の カダン の ボタン には、 ワラ で キヨウ に シモガコイ さえ しつらえて あった。
 こんな さびしい スギモリ の ナカ の イエ にも、 ときどき コウヨウカン の ほう から オンギョク の ネ が くぐもる よう に きこえて きたり、 タイコウエン から バラ の カオリ が カゼ の グアイ で ほんのり と におって きたり した。 ここ に こうして クラチ と すみつづける よろこばしい キタイ は ヒトムキ に ヨウコ の ココロ を うばって しまった。
 ヘイボン な ヒトヅマ と なり、 コ を うみ、 ヨウコ の スガタ を マモノ か ナニ か の よう に あざわらおう と する、 ヨウコ の キュウユウ たち に たいして、 かつて ヨウコ が いだいて いた ヒ の よう な イキドオリ の ココロ、 くさって も しんで も あんな マネ は して みせる もの か と ちかう よう に ココロ で あざけった その ヨウコ は、 ヨウコウゼン の ジブン と いう もの を どこ か に おきわすれた よう に、 そんな こと は おもい も ださない で、 キュウユウ たち の とおって きた ミチスジ に ヒタハシリ に はしりこもう と して いた。

ある オンナ (コウヘン 4)

2021-06-05 | アリシマ タケオ
 28

 こんな ユメ の よう な タノシサ が タワイ も なく 1 シュウカン ほど は なんの コショウ も ひきおこさず に つづいた。 カンラク に タンデキ しやすい、 したがって いつでも ゲンザイ を いちばん たのしく すごす の を うまれながら ホンノウ と して いる ヨウコ は、 こんな ウチョウテン な キョウガイ から イッポ でも ふみだす こと を キョクタン に にくんだ。 ヨウコ が かえって から イチド しか あう こと の できない イモウト たち が、 キュウジツ に かけて しきり に あそび に きたい と うったえくる の を、 ビョウキ だ とか、 イエ の ナカ が かたづかない とか、 コウジツ を もうけて こばんで しまった。 キムラ から も コトウ の ところ か イソガワ ジョシ の ところ か に あてて タヨリ が きて いる には ソウイ ない と おもった けれども、 イソガワ ジョシ は もとより コトウ の ところ に さえ ジュウショ が しらして ない ので、 それ を カイソウ して よこす こと も できない の を ヨウコ は しって いた。 サダコ―― この ナ は ときどき ヨウコ の ココロ を みれんがましく させない では なかった。 しかし ヨウコ は いつでも おもいすてる よう に その ナ を ココロ の ナカ から ふりおとそう と つとめた。 クラチ の ツマ の こと は ナニ か の ヒョウシ に つけて ココロ を うった。 この シュンカン だけ は ヨウコ の ムネ は コキュウ も できない くらい ひきしめられた。 それでも ヨウコ は ゲンザイ モクゼン の カンラク を そんな シンツウ で やぶらせまい と した。 そして その ため には クラチ に あらん カギリ の コビ と シンセツ と を ささげて、 クラチ から おなじ テイド の アイブ を むさぼろう と した。 そう する こと が シゼン に この ナンダイ に カイケツ を つける ミチビ にも なる と おもった。
 クラチ も ヨウコ に ゆずらない ほど の シュウチャク を もって ヨウコ が ささげる サカズキ から カンラク を のみあきよう と する らしかった。 フキュウ の カツドウ を イノチ と して いる よう な クラチ では あった けれども、 この イエ に うつって きて から、 イエ を あける よう な こと は イチド も なかった。 それ は クラチ ジシン が コクハク する よう に ハテンコウ な こと だった らしい。 フタリ は、 はじめて コイ を しった ショウネン ショウジョ が セケン も ギリ も わすれはてて、 イノチ さえ わすれはてて ニクタイ を やぶって まで も タマシイ を ヒトツ に とかしたい と あせる、 それ と おなじ ネツジョウ を ささげあって タガイタガイ を たのしんだ。 たのしんだ と いう より も くるしんだ。 その クルシミ を たのしんだ。 クラチ は この イエ に うつって イライ シンブン も ハイタツ させなかった。 ユウビン だけ は イテン ツウチ を して おいた ので クラチ の テモト に とどいた けれども、 クラチ は その オモテガキ さえ メ を とおそう とは しなかった。 マイニチ の ユウビン は ツヤ の テ に よって タバ に されて、 ヨウコ が ジブン の ヘヤ に さだめた ゲンカンワキ の 6 ジョウ の チガイダナ に むなしく つみかさねられた。 ヨウコ の テモト には イモウト たち から の ホカ には 1 マイ の ハガキ さえ こなかった。 それほど セケン から ジブン たち を きりはなして いる の を フタリ とも クツウ とは おもわなかった。 クツウ どころ では ない、 それ が サイワイ で あり ホコリ で あった。 モン には 「キムラ」 と だけ かいた ちいさい モンサツ が だして あった。 キムラ と いう ヘイボン な セイ は フタリ の たのしい ス を セケン に あばく よう な こと は ない と クラチ が いいだした の だった。
 しかし こんな セイカツ を クラチ に ながい アイダ ヨウキュウ する の は ムリ だ と いう こと を ヨウコ は ついに かんづかねば ならなかった。 ある ユウショク の ノチ クラチ は 2 カイ の ヒトマ で ヨウコ を ちからづよく ヒザ の ウエ に だきとって、 あまい ササヤキ を とりかわして いた とき、 ヨウコ が ジョウ に げきして クラチ に あたえた あつい セップン の ノチ に すぐ、 クラチ が おもわず でた アクビ を じっと かみころした の を いちはやく みてとる と、 ヨウコ は この シュ の カンラク が すでに トウゲ を こした こと を しった。 その ヨ は ヨウコ には フコウ な イチヤ だった。 かろうじて きずきあげた エイエン の ジョウサイ が、 はかなく も シュンジ の シンキロウ の よう に みるみる くずれて ゆく の を かんじて、 クラチ の ムネ に いだかれながら ほとんど イチヤ を ねむらず に とおして しまった。
 それでも ヨクジツ に なる と ヨウコ は カイカツ に なって いた。 ことさら カイカツ に ふるまおう と して いた には ちがいない けれども、 ヨウコ の クラチ に たいする デキアイ は ヨウコ を して ほとんど シゼン に ちかい ヨウイサ を もって それ を させる に ジュウブン だった。
「キョウ は ワタシ の ヘヤ で おもしろい こと して あそびましょう。 いらっしゃい な」
 そう いって ショウジョ が ショウジョ を さそう よう に オウシ の よう に おおきな クラチ を さそった。 クラチ は けむったい カオ を しながら、 それでも その アト から ついて きた。
 ヘヤ は さすが に ヨウコ の もの で ある だけ、 どことなく ジョセイテキ な ヤワラカミ を もって いた。 ヒガシムキ の コシダカマド には、 もう フユ と いって いい 11 ガツ スエ の ヒ が ネツ の ない つよい ヒカリ を いつけて、 アメリカ から かって かえった ジョウトウ の コウスイ を ふりかけた ニオイダマ から かすか ながら きわめて ジョウヒン な ホウフン を しずか に ヘヤ の ナカ に まきちらして いた。 ヨウコ は その ニオイダマ の さがって いる カベギワ の ハシラ の シタ に、 ジブン に あてがわれた きらびやか な チリメン の ザブトン を うつして、 それ に クラチ を すわらせて おいて、 チガイダナ から ユウビン の タバ を イクツ と なく とりおろして きた。
「さあ ケサ は イワト の スキ から ヨノナカ を のぞいて みる のよ。 それ も おもしろい でしょう」
と いいながら クラチ に よりそった。 クラチ は イクジッツウ と ある ユウビンブツ を みた ばかり で いいかげん げんなり した ヨウス だった が、 だんだん と キョウミ を もよおして きた らしく、 ヒ の ジュン に ヒトツ の タバ から ほどきはじめた。
 いかに つまらない ジムヨウ の ツウシン でも、 コウツウ シャダン の コトウ か、 ショウヘキ で たかく かこまれた うつくしい ロウゴク に とじこもって いた よう な フタリ に とって は ヨソウ イジョウ の キサンジ だった。 クラチ も ヨウコ も ありふれた モンク に まで おもいぞんぶん の ヒヒョウ を くわえた。 こういう とき の ヨウコ は その ほとばしる よう な あたたかい サイキ の ため に ヨ に すぐれて オモシロミ の おおい オンナ に なった。 クチ を ついて でる コトバ コトバ が どれ も これ も ケンラン な シキサイ に つつまれて いた。 フツカ-メ の ところ には オカ から きた テガミ が あらわれでた。 フネ の ナカ での レイ を のべて、 とうとう ヨウコ と おなじ フネ で かえって きて しまった ため に、 イエモト では あいかわらず の ハクシ ジャッコウ と ヒトゴト に おもわれる の が カレ を ふかく せめる こと や、 ヨウコ に テガミ を だしたい と おもって あらゆる テガカリ を たずねた けれども、 どうしても わからない ので カイシャ で ききあわせて ジムチョウ の ジュウショ を しりえた から この テガミ を だす と いう こと や、 ジブン は ただ ヨウコ を アネ と おもって ソンケイ も し したい も して いる の だ から、 せめて その ココロ を かよわす だけ の ジユウ が あたえて もらいたい と いう こと だの が、 おもいいった チョウシ で、 ヘタ な ジタイ で かいて あった。 ヨウコ は ボウキャク の ハイシ の ナカ から、 なまなま と した ショウネン の ダイリセキゾウ を ほりあてた ヒト の よう に おもしろがった。
「ワタシ が アイコ の トシゴロ だったら この ヒト と シンジュウ ぐらい して いる かも しれません ね。 あんな ココロ を もった ヒト でも すこし トシ を とる と オトコ は アナタ みたい に なっちまう のね」
「アナタ とは ナン だ」
「アナタ みたい な アクトウ に」
「それ は オカド が ちがう だろう」
「ちがいません とも…… ゴドウヨウ に と いう ほう が いい わ。 ワタシ は ココロ だけ アナタ に きて、 カラダ は あの ヒト に やる と ホント は よかった ん だ が……」
「バカ! オレ は ココロ なんぞ に ヨウ は ない わい」
「じゃ ココロ の ほう を あの ヒト に やろう かしらん」
「そうして くれ。 オマエ には イクツ も ココロ が ある はず だ から、 ありったけ くれて しまえ」
「でも かわいそう だ から いちばん ちいさそう なの を ヒトツ だけ アナタ の ブン に のこして おきましょう よ」
 そう いって フタリ は わらった。 クラチ は ヘンジ を だす ほう に オカ の その テガミ を しわけた。 ヨウコ は それ を みて かるい コウキシン が わく の を おぼえた。
 タクサン の ナカ から は コトウ の も でて きた。 アテナ は クラチ だった けれども、 その ナカ から は キムラ から ヨウコ に おくられた ぶあつ な テガミ だけ が ふうじられて いた。 それ と ドウジ に キムラ の テガミ が アト から 2 ホン まで あらわれでた。 ヨウコ は クラチ の みて いる マエ で、 その スベテ を よまない うち に ずたずた に ひきさいて しまった。
「バカ な こと を する じゃ ない。 よんで みる と おもしろかった に」
 ヨウコ を センリョウ しきった ジシン を ほこりが な ビショウ に みせながら クラチ は こう いった。
「よむ と せっかく の ヒルゴハン が おいしく なくなります もの」
 そう いって ヨウコ は ムナクソ の わるい よう な カオツキ を して みせた。 フタリ は また たわいなく わらった。
 ホウセイ シンポウシャ から の も あった。 それ を みる と クラチ は、 イチジ は モミケシ を しよう と おもって ワタリ を つけたり した ので こんな もの が きて いる の だ が もう ヨウ は なくなった ので みる には およばない と いって、 コンド は クラチ が フウ の まま に ひきさいて しまった。 ヨウコ は ふと ジブン が キムラ の テガミ を さいた ココロモチ を クラチ の それ に あてはめて みたり した。 しかし その ギモン も すぐ すぎさって しまった。
 やがて ユウセン-ガイシャ から あてられた エドガワガミ の おおきな フウショ が あらわれでた。 クラチ は ちょっと マユ に シワ を よせて すこし チュウチョ した ふう だった が、 それ を ヨウコ の テ に わたして ヨウコ に カイフウ させよう と した。 なんの キ なし に それ を うけとった ヨウコ は マ が さした よう に はっと おもった。 とうとう クラチ は ジブン の ため に…… ヨウコ は すこし カオイロ を かえながら フウ を きって ナカ から ソツギョウ ショウショ の よう な カミ を 2 マイ と、 ショキ が テイネイ に かいた らしい ショカン 1 プウ と を さぐりだした。
 はたして それ は メンショク と、 タイショク イロウ との カイシャ の ジレイ だった。 テガミ には タイショク イロウキン の ウケトリカタ に かんする チュウイ が ことごとしい ギョウショ で かいて ある の だった。 ヨウコ は なんと いって いい か わからなかった。 こんな コイ の タワムレ の ナカ から かほど な ダゲキ を うけよう とは ゆめにも おもって は いなかった の だ。 クラチ が ここ に ついた ヨクジツ ヨウコ に いって きかせた コトバ は ホントウ の こと だった の か。 これほど まで に クラチ は シンミ に なって くれて いた の か。 ヨウコ は ジレイ を ヒザ の ウエ に おいた まま シタ を むいて だまって しまった。 メガシラ の ところ が ヒジョウ に あつい カンジ を えた と おもった。 ハナ の オク が あたたかく ふさがって きた。 ないて いる バアイ では ない と おもいながら も、 ヨウコ は なかず には いられない の を しりぬいて いた。
「ホントウ に ワタシ が わるう ございました…… ゆるして くださいまし…… (そう いう うち に ヨウコ は もう なきはじめて いた) ……ワタシ は もう ヒカゲ の メカケ と して でも カコイモノ と して でも それ で ジュウブン に マンゾク します。 ええ、 それ で ホントウ に よう ござんす。 ワタシ は うれしい……」
 クラチ は いまさら ナニ を いう と いう よう な ヘイキ な カオ で ヨウコ の なく の を みまもって いた が、
「メカケ も カコイモノ も ある かな、 オレ には オンナ は オマエ ヒトリ より ない ん だ から な。 リエンジョウ は ヨコハマ の ツチ を ふむ と イッショ に カカア に むけて ぶっとばして ある ん だ」
と いって アグラ の ヒザ で ビンボウ ユスリ を しはじめた。 さすが の ヨウコ も イキ を つめて、 なきやんで、 あきれて クラチ の カオ を みた。
「ヨウコ、 オレ が キムラ イジョウ に オマエ に フカボレ して いる と いつか フネ の ナカ で いって きかせた こと が あった な。 オレ は これ で いざ と なる と ココロ にも ない こと は いわない つもり だよ。 ソウカクカン に いる アイダ も オレ は イクニチ も ハマ には いき は しなんだ の だ。 タイテイ は カナイ の シンルイ たち との ダンパン で アタマ を なやませられて いた ん だ。 だが たいてい ケリ が ついた から、 オレ は すこし ばかり テマワリ の ニモツ だけ もって ヒトアシ サキ に ここ に こして きた の だ。 ……もう これ で ええ や。 キ が すっぱり した わ。 これ には ソウカクカン の オカミ も おどろきくさる だろう て……」
 カイシャ の ジレイ で すっかり クラチ の ココロモチ を ドンゾコ から かんじえた ヨウコ は、 このうえ クラチ の ツマ の こと を うたがう べき チカラ は きえはてて いた。 ヨウコ の カオ は ナミダ に ぬれひたりながら それ を ふきとり も せず、 クラチ に すりよって、 その リョウカタ に テ を かけて、 ぴったり と ヨコガオ を ムネ に あてた。 ヨル と なく ヒル と なく おもいなやみぬいた こと が すでに カイケツ された ので、 ヨウコ は よろこんで も よろこんで も よろこびたりない よう に おもった。 ジブン も クラチ と ドウヨウ に ムネ の ウチ が すっきり す べき はず だった。 けれども そう は ゆかなかった。 ヨウコ は いつのまにか さられた クラチ の ツマ その ヒト の よう な さびしい かなしい ジブン に なって いる の を ハッケン した。
 クラチ は いとしくって ならぬ よう に エボニー イロ の クモ の よう に マックロ に ふっくり と みだれた ヨウコ の カミノケ を やさしく なでまわした。 そして イツモ に にず しんみり した チョウシ に なって、
「とうとう オレ も ウモレギ に なって しまった。 これから ジメン の シタ で シッケ を くいながら いきて いく より ホカ には ない。 ……オレ は マケオシミ を いう は きらい だ。 こうして いる イマ でも オレ は カナイ や ムスメ たち の こと を おもう と フビン に おもう さ。 それ が ない こと なら オレ は ニンゲン じゃ ない から な。 ……だが オレ は これ で いい。 マンゾク このうえなし だ。 ……ジブン ながら オレ は バカ に なりくさった らしい て」
 そう いって ヨウコ の クビ を かたく かきいだいた。 ヨウコ は クラチ の コトバ を サケ の よう に ヨイゴコチ に のみこみながら 「アナタ だけ に そう は させて おきません よ。 ワタシ だって サダコ を みごと に すてて みせます から ね」 と ココロ の ウチ で アタマ を さげつつ イクド も わびる よう に くりかえして いた。 それ が また ジブン で ジブン を なかせる アンジ と なった。 クラチ の ムネ に よこたえられた ヨウコ の カオ は、 ワタイレ と ジュバン と を とおして クラチ の ムネ を あたたかく おかす ほど ねっして いた。 クラチ の メ も めずらしく くもって いた。 そして なきいる ヨウコ を ダイジ そう に かかえた まま、 クラチ は ジョウタイ を ゼンゴ に ゆすぶって、 アカゴ でも ねかしつける よう に した。 コガイ では また トウキョウ の ショトウ に トクユウ な カゼ が ふきでた らしく、 スギモリ が ごうごう と ナリ を たてて、 カレハ が あかるい ショウジ に ヒチョウ の よう な カゲ を みせながら、 からから と オト を たてて かわいた カミ に ぶつかった。 それ は ほこりだった、 さむい トウキョウ の ガイロ を おもわせた。 けれども ヘヤ の ナカ は あたたか だった。 ヨウコ は ヘヤ の ナカ が あたたか なの か さむい の か さえ わからなかった。 ただ ジブン の ココロ が コウフク に サビシサ に もえただれて いる の を しって いた。 ただ コノママ で エイエン は すぎよ かし。 ただ コノママ で ネムリ の よう な シ の フチ に おちいれよ かし。 とうとう クラチ の ココロ と まったく とけあった ジブン の ココロ を みいだした とき、 ヨウコ の タマシイ の ネガイ は いきよう と いう こと より も しのう と いう こと だった。 ヨウコ は その かなしい ネガイ の ナカ に いさみあまんじて おぼれて いった。

 29

 この こと が あって から また しばらく の アイダ、 クラチ は ヨウコ と ただ フタリ の コドク に ボットウ する キョウミ を あたらしく した よう に みえた。 そして ヨウコ が イエ の ウチ を いやがうえにも セイトン して、 クラチ の ため に スミゴコチ の いい ス を つくる アイダ に、 クラチ は テンキ さえ よければ ニワ に でて、 ヨウコ の ショウヨウ を たのしませる ため に セイコン を つくした。 いつ タイコウエン との ハナシ を つけた もの か、 ニワ の スミ に ちいさな キド を つくって、 その ハナゾノ の オモヤ から ずっと はなれた コミチ に かよいうる シカケ を したり した。 フタリ は ときどき その キド を ぬけて めだたない よう に、 ひろびろ と した タイコウエン の ニワ の ナカ を さまよった。 ミセ の ヒトタチ は フタリ の ココロ を さっする よう に、 なるべく フタリ から とおざかる よう に つとめて くれた。 12 ガツ の バラ の ハナゾノ は さびしい ハイエン の スガタ を メノマエ に ひろげて いた。 カレン な ハナ を ひらいて カレン な ニオイ を はなつ くせ に この カンボク は どこ か つよい シュウチャク を もつ ウエキ だった。 サムサ にも シモ にも めげず、 その エダ の サキ には まだ ウラザキ の ちいさな ハナ を さかせよう と もがいて いる らしかった。 シュジュ な イロ の ツボミ が おおかた ハ の ちりつくした コズエ に まで のこって いた。 しかし その カベン は ぞんぶん に シモ に しいたげられて、 キイロ に ヘンショク して たがいに コウチャク して、 めぐみぶかい ヒノメ に あって も ヒラキヨウ が なくなって いた。 そんな アイダ を フタリ は しずか な ゆたか な ココロ で さまよった。 カゼ の ない ユウグレ など には タイコウエン の オモテモン を ぬけて、 コウヨウカン マエ の ダラダラザカ を トウショウグウ の ほう まで サンポ する よう な こと も あった。 フユ の ユウガタ の こと とて ヒトドオリ は まれ で フタリ が さまよう ミチ と して は コノウエ も なかった。 ヨウコ は たまたま ゆきあう オンナ の ヒトタチ の イショウ を ものめずらしく ながめやった。 それ が どんな に ソマツ な ブカッコウ な、 イデタチ で あろう とも、 オンナ は ジブン イガイ の オンナ の フクソウ を ながめなければ マンゾク できない もの だ と ヨウコ は おもいながら それ を クラチ に いって みたり した。 ツヤ の カミ から イフク まで を マイニチ の よう に かえて よそおわして いた ジブン の ココロモチ にも ヨウコ は あたらしい ハッケン を した よう に おもった。 ホントウ は フタリ だけ の コドク に くるしみはじめた の は クラチ だけ では なかった の か。 ある とき には その さびしい サカミチ の ウエシタ から、 リッパ な バシャ や カカエグルマ が ぞくぞく サカ の チュウダン を めざして あつまる の に あう こと が あった。 サカ の チュウダン から コウヨウカン の シタ に あたる ヘン に みちびかれた ひろい ミチ の オク から は、 ノウガク の ハヤシ の ネ が ゆかしげ に もれて きた。 フタリ は ノウガクドウ での ノウ の モヨオシ が オワリ に ちかづいて いる の を しった。 ドウジ に そんな こと を みた ので その ヒ が ニチヨウビ で ある こと にも キ が ついた くらい フタリ の セイカツ は セケン から かけはなれて いた。
 こうした たのしい コドク も しかしながら エイエン には つづきえない こと を、 つづかして いて は ならない こと を するどい ヨウコ の シンケイ は めざとく さとって いった。 ある ヒ クラチ が レイ の よう に ニワ に でて ツチイジリ に セイ を だして いる アイダ に、 ヨウコ は アクジ でも はたらく よう な ココロモチ で、 ツヤ に いいつけて ホゴガミ を あつめた ハコ を ジブン の ヘヤ に もって こさして、 いつか よみ も しない で やぶって しまった キムラ から の テガミ を えりだそう と する ジブン を みいだして いた。 イロイロ な カタチ に スンダン された あつい セイヨウシ の ダンペン が キムラ の かいた モンク の ダンペン を イクツ も イクツ も ヨウコ の メ に さらしだした。 しばらく の アイダ ヨウコ は ひきつけられる よう に そういう シヘン を てあたりしだい に テ に とりあげて よみふけった。 ハンセイ の エ が うつくしい よう に ダンカン には いいしれぬ ジョウチョ が みいだされた。 その ナカ に まさしく おりこまれた ヨウコ の カコ が タショウ の チカラ を あつめて ヨウコ に せまって くる よう に さえ おもえだした。 ヨウコ は ワレ にも なく その オモイデ に ひたって いった。 しかし それ は ながい トキ が すぎる マエ に こわれて しまった。 ヨウコ は すぐ ゲンジツ に とって かえして いた。 そして スベテ の カコ に ハキケ の よう な フカイ を かんじて ハコ-ごと ダイドコロ に もって ゆく と ツヤ に めいじて ウラニワ で その ゼンブ を やきすてさせて しまった。
 しかし この とき も ヨウコ は ジブン の ココロ で クラチ の ココロ を おもいやった。 そして それ が どうしても いい チョウコウ で ない こと を しった。 それ ばかり では ない。 フタリ は カスミ を くって いきる センニン の よう に して は いきて いられない の だ。 ショクギョウ を うしなった クラチ には、 クチ に こそ ださない が、 この モンダイ は とおからず おおきな モンダイ と して ムネ に しのばせて ある の に ちがいない。 ジムチョウ ぐらい の キュウリョウ で ヨザイ が できて いる とは かんがえられない。 まして クラチ の よう に ミブン フソウオウ な カネヅカイ を して いた オトコ には なお の こと だ。 その テン だけ から みて も この コドク は やぶられなければ ならぬ。 そして それ は けっきょく フタリ の ため に いい こと で ある に ソウイ ない。 ヨウコ は そう おもった。
 ある バン それ は クラチ の ほう から きりだされた。 ながい ヨ を しょざいなさそう に よみ も しない ショモツ など を いじくって いた が、 ふと おもいだした よう に、
「ヨウコ。 ひとつ オマエ の イモウト たち を ウチ に よぼう じゃ ない か…… それから オマエ の コドモ って いう の も ぜひ ここ で そだてたい もん だな。 オレ も キュウ に 3 ニン まで コ を なくしたら さびしくって ならん から……」
 とびたつ よう な オモイ を ヨウコ は いちはやく も みごと に ムネ の ウチ で おししずめて しまった。 そして、
「そう です ね」
と いかにも キョウミ なげ に いって ゆっくり クラチ の カオ を みた。
「それ より アナタ の オコサン を ヒトリ なり フタリ なり きて もらったら いかが。 ……ワタシ オクサン の こと を おもう と いつでも なきます (ヨウコ は そう いいながら もう ナミダ を いっぱい に メ に ためて いた)。 けれど ワタシ は いきてる アイダ は オクサン を よびもどして あげて ください なんて…… そんな ギゼンシャ-じみた こと は いいません。 ワタシ には そんな ココロモチ は ミジン も ありません もの。 オキノドク な と いう こと と、 フタリ が こう なって しまった と いう こと とは ベツモノ です もの ねえ。 せめては オクサン が ワタシ を のろいころそう と でも して くだされば すこし は キモチ が いい ん だ けれども、 しとやか に して オサト に かえって いらっしゃる と おもう と つい ミ に つまされて しまいます。 だから と いって ワタシ は ジブン が イノチ を なげだして きずきあげた コウフク を ヒト に あげる キ には なれません。 アナタ が ワタシ を おすて に なる まで は ね、 よろこんで ワタシ は ワタシ を とおす ん です。 ……けれども オコサン なら ワタシ ホントウ に ちっとも かまい は しない こと よ。 どう およびよせ に なって は?」
「バカ な。 いまさら そんな こと が できて たまる か」
 クラチ は かんで すてる よう に そう いって ヨコ を むいて しまった。 ホントウ を いう と クラチ の ツマ の こと を いった とき には ヨウコ は ココロ の ウチ を そのまま いって いた の だ。 その ムスメ たち の こと を いった とき には まざまざ と した ウソ を ついて いた の だ。 ヨウコ の ネツイ は クラチ の ツマ を におわせる もの は すべて にくかった。 クラチ の イエ の ほう から もちはこばれた チョウド すら にくかった。 まして その コ が のろわしく なくって どう しよう。 ヨウコ は たんに クラチ の ココロ を ひいて みたい ばかり に こわごわ ながら ココロ にも ない こと を いって みた の だった。 クラチ の かんで すてる よう な コトバ は ヨウコ を マンゾク させた。 ドウジ に すこし つよすぎる よう な ゴチョウ が ケネン でも あった。 クラチ の シンテイ を すっかり みてとった と いう ジシン を えた つもり で いながら、 ヨウコ の ココロ は ナニ か の オリ に つけて こう ぐらついた。
「ワタシ が ぜひ と いう ん だ から かまわない じゃ ありません か」
「そんな マケオシミ を いわん で、 イモウト たち なり サダコ なり を よびよせよう や」
 そう いって クラチ は ヨウコ の ココロ を スミズミ まで みぬいてる よう に、 おおきく ヨウコ を つつみこむ よう に みやりながら、 イツモ の すこし しぶい よう な カオ を して ほほえんだ。
 ヨウコ は いい シオドキ を みはからって たくみ にも ふしょうぶしょう そう に クラチ の コトバ に おれた。 そして タジマ の ジュク から いよいよ イモウト たち フタリ を よびよせる こと に した。 ドウジ に クラチ は その キンジョ に ゲシュク する の を よぎなく された。 それ は ヨウコ が クラチ との カンケイ を まだ イモウト たち に うちあけて なかった から だ。 それ は もうすこし サキ に テキトウ な ジキ を みはからって しらせる ほう が いい と いう ヨウコ の イケン だった。 クラチ にも それ に フフク は なかった。 そして アサ から バン まで イッショ に ネオキ を する より は、 はなれた ところ に すんで いて、 キ の むいた とき に あう ほう が どれほど フタリ の アイダ の タワムレ の ココロ を マンゾク させる か しれない の を、 フタリ は しばらく の アイダ の コトバドオリ の ドウセイ の ケッカ と して みとめて いた。 クラチ は セイカツ を ささえて ゆく うえ にも ヒツヨウ で ある し、 フキュウ の カツドウリョク を ホウシャ する にも ヒツヨウ なので カイショク に なって イライ ナニ か ジギョウ の こと を ときどき おもいふけって いる よう だった が、 いよいよ ケイカク が たった ので それ に チャクシュ する ため には、 トウザ の ところ、 ヒトビト の デイリ に ヨウコ の カオ を みられない ところ で ジム を とる の を ベンギ と した らしかった。 その ため にも クラチ が しばらく なり とも ベッキョ する ヒツヨウ が あった。
 ヨウコ の タチバ は だんだん と かたまって きた。 12 ガツ の スエ に シケン が すむ と、 イモウト たち は タジマ の ジュク から すこし ばかり の ニモツ を もって かえって きた。 ことに サダヨ の ヨロコビ と いって は なかった。 フタリ は ヨウコ の ヘヤ だった 6 ジョウ の コシマド の マエ に ちいさな フタツ の ツクエ を ならべた。 イマ まで なんとなく エンリョガチ だった ツヤ も うまれかわった よう に カイカツ な はきはき した ショウジョ に なった。 ただ アイコ だけ は すこしも ウレシサ を みせない で、 ただ つつしみぶかく すなお だった。
「アイ ネエサン うれしい わねえ」
 サダヨ は かちほこる もの の ごとく、 エンガワ の ハシラ に よりかかって じっと フユガレ の ニワ を みつめて いる アネ の カタ に テ を かけながら よりそった。 アイコ は ヒトトコロ を マタタキ も しない で みつめながら、
「ええ」
と ハギレ わるく こたえる の だった。 サダヨ は じれったそう に アイコ の カタ を ゆすりながら、
「でも ちっとも うれしそう じゃ ない わ」
と せめる よう に いった。
「でも うれしい ん です もの」
 アイコ の コタエ は れいぜん と して いた。 10 ジョウ の ザシキ に もちこまれた コウリ を あけて、 ヨゴレモノ など を よりわけて いた ヨウコ は その ヨウス を ちらと みた ばかり で ハラ が たった。 しかし きた ばかり の モノ を たしなめる でも ない と おもって ムシ を ころした。
「なんて しずか な ところ でしょう。 ジュク より も きっと しずか よ。 でも こんな に モリ が あっちゃ ヨル に なったら さびしい わねえ。 ワタシ ヒトリ で オハバカリ に いける かしらん。 ……アイ ネエサン、 そら、 あすこ に キド が ある わ。 きっと トナリ の オニワ に いける のよ。 あの オニワ に いって も いい の オネエサマ。 ダレ の オウチ ムコウ は?……」
 サダヨ は メ に はいる もの は どれ も めずらしい と いう よう に ヒトリ で しゃべって は、 ヨウコ に とも アイコ に とも なく シツモン を レンパツ した。 そこ が バラ の ハナゾノ で ある の を ヨウコ から きかされる と、 サダヨ は アイコ を さそって ニワゲタ を つっかけた。 アイコ も サダヨ に つづいて そっち の ほう に でかける ヨウス だった。
 その モノオト を きく と ヨウコ は もう ガマン が できなかった。
「アイ さん おまち。 オマエサンガタ の もの が まだ かたづいて は いません よ。 あそびまわる の は シマツ を して から に なさい な」
 アイコ は ジュウジュン に アネ の コトバ に したがって、 その うつくしい メ を ふせながら ザシキ の ナカ に はいって きた。
 それでも その ヨル の ユウショク は めずらしく にぎやか だった。 サダヨ が はしゃぎきって、 ムネイッパイ の もの を ゼンゴ も レンラク も なく しゃべりたてる ので アイコ さえ も おもわず にやり と わらったり、 ジブン の こと を ヨウシャ なく いわれたり する と はずかしそう に カオ を あからめたり した。
 サダヨ は ウレシサ に つかれはてて ヨル の あさい うち に ネドコ に はいった。 あかるい デントウ の モト に ヨウコ と アイコ と むかいあう と、 ひさしく あわない で いた コツニク の ヒトビト の アイダ に のみ かんぜられる あわい ココロオキ を かんじた。 ヨウコ は アイコ に だけ は クラチ の こと を すこし グタイテキ に しらして おく ほう が いい と おもって、 ハナシ の キッカケ に すこし コトバ を あらためた。
「まだ アナタガタ に オヒキアワセ が して ない けれども クラチ って いう カタ ね、 エノシママル の ジムチョウ の…… (アイコ は ジュウジュン に おちついて うなずいて みせた) ……あの カタ が イマ キムラ さん に なりかわって ワタシ の セワ を みて いて くださる のよ。 キムラ さん から おたのまれ なさった もの だ から、 メイワク そう にも なく、 こんな いい ウチ まで みつけて くださった の。 キムラ さん は ベイコク で いろいろ ジギョウ を くわだてて いらっしゃる ん だ けれども、 どうも オシゴト が うまく いかない で、 オカネ が ツギコミ に ばかり なって いて、 とても こっち には おくって くだされない の、 ワタシ の ウチ は アナタ も しって の とおり でしょう。 どうしても しばらく の アイダ は ゴメイワク でも クラチ さん に バンジ を みて いただかなければ ならない の だ から、 アナタ も その つもり で いて ちょうだい よ。 ちょくちょく ここ にも きて くださる から ね。 それ に つけて セケン では ナニ か くだらない ウワサ を して いる に ちがいない が、 アイ さん の ジュク なんか では なんにも オキキ では なかった かい」
「いいえ、 ワタシタチ に メン と むかって ナニ か おっしゃる カタ は ヒトリ も ありません わ。 でも」
と アイコ は レイ の タコン-らしい うつくしい メ を ウワメ に つかって ヨウコ を ぬすみみる よう に しながら、
「でも なにしろ あんな シンブン が でた もん です から」
「どんな シンブン?」
「あら オネエサマ ゴゾンジ なし なの。 ホウセイ シンポウ に ツヅキモノ で オネエサマ と その クラチ と いう カタ の こと が ながく でて いました のよ」
「へーえ」
 ヨウコ は ジブン の ムチ に あきれる よう な コエ を だして しまった。 それ は じっさい おもい も かけぬ と いう より は、 ありそう な こと では ある が イマ の イマ まで しらず に いた、 それ に ヨウコ は あきれた の だった。 しかし それ は アイコ の メ に ジブン を ヒジョウ に ムコ-らしく みせた だけ の リエキ は あった。 さすが の アイコ も おどろいた らしい メ を して アネ の おどろいた カオ を みやった。
「いつ?」
「コンゲツ の ハジメコロ でした かしらん。 だもんですから ミナサンガタ の アイダ では タイヘン な ヒョウバン らしい ん です の。 コンド も ジュク を でて ライネン から アネ の ところ から かよいます と タジマ センセイ に もうしあげたら、 センセイ も ウチ の シンルイ たち に テガミ や なんか で だいぶ おききあわせ に なった よう です のよ。 そして キョウ ワタシタチ を ジブン の オヘヤ に および に なって 『ワタシ は オマエサンガタ を ジュク から だしたく は ない けれども、 ジュク に いつづける キ は ない か』 と おっしゃる のよ。 でも ワタシタチ は なんだか ジュク に いる の が カタミ が…… どうしても いや に なった もん です から、 ムリ に おねがい して かえって きて しまいました の」
 アイコ は フダン の ムクチ に にず こういう こと を はなす とき には ちゃんと スジメ が たって いた。 ヨウコ には アイコ の しずんだ よう な タイド が すっかり よめた。 ヨウコ の フンヌ は みるみる その ケッソウ を かえさせた。 タガワ フジン と いう ヒト は どこ まで ジブン に たいして シュウネン を よせよう と する の だろう。 それにしても フジン の トモダチ には イソガワ と いう ヒト も ある はず だ。 もし イソガワ の オバサン が ホントウ に ジブン の カイシュン を のぞんで いて くれる なら、 その キジ の チュウシ なり テイセイ なり を、 オット タガワ の テ を へて させる こと は できる はず なの だ。 タジマ さん も なんとか して クレヨウ が ありそう な もの だ。 そんな こと を イモウト たち に いう くらい なら なぜ ジブン に ヒトコト チュウコク でも して は くれない の だ。 (ここ で ヨウコ は キチョウ イライ イモウト たち を あずかって もらった レイ を し に いって いなかった ジブン を かえりみた。 しかし ジジョウ が それ を ゆるさない の だろう くらい は さっして くれて も よさそう な もの だ と おもった) それほど ジブン は もう セケン から みくびられ ノケモノ に されて いる の だ。 ヨウコ は ナニ か たたきつける もの でも あれば、 そして セケン と いう もの が ナニ か カタチ を そなえた もの で あれば、 チカラ の かぎり エモノ を たたきつけて やりたかった。 ヨウコ は コキザミ に ふるえながら、 コトバ だけ は しとやか に、
「コトウ さん は」
「たまに オタヨリ を くださいます」
「アナタガタ も あげる の」
「ええ たまに」
「シンブン の こと を ナニ か いって きた かい」
「なんにも」
「ここ の バンチ は しらせて あげて」
「いいえ」
「なぜ」
「オネエサマ の ゴメイワク に なり は しない か と おもって」
 この コムスメ は もう みんな しって いる、 と ヨウコ は イッシュ の オソレ と ケイカイ と を もって かんがえた。 ナニゴト も こころえながら しらじらしく ムジャキ を よそおって いる らしい この イモウト が テキ の カンチョウ の よう にも おもえた。
「コンヤ は もう おやすみ。 つかれた でしょう」
 ヨウコ は れいぜん と して、 ヒ の シタ に うつむいて きちんと すわって いる イモウト を シリメ に かけた。 アイコ は しとやか に アタマ を さげて ジュウジュン に ザ を たって いった。
 その ヨ 11 ジ-ゴロ クラチ が ゲシュク の ほう から かよって きた。 ウラニワ を ぐるっと まわって、 マイヨ トジマリ を せず に おく ハリダシ の 6 ジョウ の マ から あがって くる オト が、 じれながら テツビン の ユゲ を みて いる ヨウコ の シンケイ に すぐ つうじた。 ヨウコ は すぐ たちあがって ネコ の よう に アシオト を ぬすみながら いそいで そっち に いった。 ちょうど シキイ を あがろう と して いた クラチ は くらい ナカ に ヨウコ の ちかづく ケハイ を しって、 イツモ の とおり、 タチアガリザマ に ヨウコ を ホウヨウ しよう と した。 しかし ヨウコ は そう は させなかった。 そして いそいで ト を しめきって から、 デントウ の スイッチ を ひねった。 ヒノケ の ない ヘヤ の ナカ は キュウ に あかるく なった けれども ミ を さす よう に さむかった。 クラチ の カオ は サケ に よって いる よう に あかかった。
「どうした カオイロ が よく ない ぞ」
 クラチ は いぶかる よう に ヨウコ の カオ を まじまじ と みやりながら そう いった。
「まって ください、 イマ ワタシ ここ に ヒバチ を もって きます から。 イモウト たち が ネバナ だ から あすこ では おこす と いけません から」
 そう いいながら ヨウコ は テアブリ に ヒ を ついで もって きた。 そして シュコウ も そこ に ととのえた。
「イロ が わるい はず…… コンヤ は また すっかり ムカッパラ が たった ん です もの。 ワタシタチ の こと が ホウセイ シンポウ に みんな でて しまった の を ゴゾンジ?」
「しっとる とも」
 クラチ は フシギ でも ない と いう カオ を して メ を しばだたいた。
「タガワ の オクサン と いう ヒト は ホントウ に ひどい ヒト ね」
 ヨウコ は ハ を かみくだく よう に ならしながら いった。
「まったく あれ は ホウズ の ない リコウバカ だ」
 そう はきすてる よう に いいながら クラチ の かたる ところ に よる と、 クラチ は ヨウコ に、 きっと そのうち ケイサイ される ホウセイ シンポウ の キジ を みせまい ため に ひっこして きた トウザ わざと シンブン は どれ も コウドク しなかった が、 クラチ だけ の ミミ へは ある オトコ (それ は エノシママル の ナカ で ヨウコ の ミノウエ を ソウダン した とき、 カイキ の ドテラ を きて ネドコ の ナカ に フタツ に おれこんで いた その オトコ で ある の が アト で しれた。 その オトコ は ナ を マサイ と いった) から ツヤ の トリツギ で ナイミツ に しらされて いた の だ そう だ。 ユウセン-ガイシャ は この キジ が でる マエ から クラチ の ため に また カイシャ ジシン の ため に、 きょくりょく モミケシ を した の だ けれども、 シンブンシャ では いっこう おうずる イロ が なかった。 それ から かんがえる と それ は トウジ シンブンシャ の カンヨウ シュダン の フトコロガネ を むさぼろう と いう モクロミ ばかり から きた の で ない こと だけ は あきらか に なった。 あんな キジ が あらわれて は もう カイシャ と して も だまって は いられなく なって、 オオイソギ で センギ を した ケッカ、 クラチ と センイ の コウロク と が ショブン される こと に なった と いう の だ。
「タガワ の カカア の イタズラ に きまっとる。 バカ に くやしかった と みえる て。 ……が、 こう なりゃ けっきょく ぱっと なった ほう が いい わい。 ミンナ しっとる だけ いちいち モウシワケ を いわず と すむ。 オマエ は また まだ ソレシキ の こと に くよくよ しとる ん か。 バカ な。 ……それ より イモウト たち は きとる ん か。 ネガオ に でも オメ に かかって おこう よ。 シャシン ――フネ の ナカ に あった ね―― で みて も かわいらしい コ たち だった が……」
 フタリ は やおら その ヘヤ を でた。 そして 10 ジョウ と チャノマ との ヘダテ の フスマ を そっと あける と、 フタリ の シマイ は むかいあって ベツベツ の ネドコ に すやすや と ねむって いた。 ミドリイロ の カサ の かかった、 デントウ の ヒカリ は ウミ の ソコ の よう に ヘヤ の ナカ を おもわせた。
「あっち は」
「アイコ」
「こっち は」
「サダヨ」
 ヨウコ は こころひそか に、 よにも つややか な この ショウジョ フタリ を イモウト に もつ こと に ホコリ を かんじて あたたかい ココロ に なって いた。 そして しずか に ヒザ を ついて、 キリサゲ に した サダヨ の マエガミ を そっと なであげて クラチ に みせた。 クラチ は コエ を ころす の に すくなからず ナンギ な ふう で、
「そう やる と こっち は、 サダヨ は、 オマエ に よく にとる わい。 ……アイコ は、 ふむ、 これ は また すてき な ビジン じゃ ない か。 オレ は こんな の は みた こと が ない…… オマエ の ニノマイ でも せにゃ ケッコウ だ が……」
 そう いいながら クラチ は アイコ の カオ ほど も ある よう な おおきな テ を さしだして、 そう したい ユウワク を しりぞけかねる よう に、 ベニツバキ の よう な あかい その クチビル に ふれて みた。
 その シュンカン に ヨウコ は ぎょっと した。 クラチ の テ が アイコ の クチビル に ふれた とき の ヨウス から、 ヨウコ は あきらか に アイコ が まだ めざめて いて、 ねた フリ を して いる の を かんづいた と おもった から だ。 ヨウコ は オオイソギ で クラチ に メクバセ して そっと その ヘヤ を でた。