30年ぶりに豊田勇造さんの生ライブを聴いた。
高崎の農家の方のご自宅でのミニコンサート。素晴らしいギター、そして豊田さんの熱に打たれた。
30年前といえば、この国のあり方を根底的に変える、そしてこの国を全否定した自分がいた。
しかし、それは自らの存在のあり方、生き方を根本的に変えていくこと、まさに「革命」であった。
「革命」とは「命を革(あらた)めること」すなわち、自らの生き方を変えることなくして、この国も、この社会も変わらないことを思い知った30年前であった。
現在の私の思考と存在は、「永遠のNo」と「全肯定」という180度の振り幅の中で生きている「政治家」である。
こんな振り幅の中で、小田実さんの言う「人間みなチョボ、チョボ」を頼りに、なんとか政治家として存在しているのが現状。
そんな自分の頭の中の「コリ」を取ってくれたのが、豊田勇造ライブだった。
ライブに聴き入る中で、徐々に自分が何かから解放されていく気持ちになれた。
全くもって人間とは何か、そして人間の営みの1つである政治とは何か。
我々の社会が、政治がどんなに歪んでいても、諦めたら終わりである。
頭のコリが取れて、小さな希望が私の中に生まれた気がした。
豊田勇造さん、ありがとうございました。
昨日は終日あいさつまわり。
高崎の農家の方のご自宅でのミニコンサート。素晴らしいギター、そして豊田さんの熱に打たれた。
30年前といえば、この国のあり方を根底的に変える、そしてこの国を全否定した自分がいた。
しかし、それは自らの存在のあり方、生き方を根本的に変えていくこと、まさに「革命」であった。
「革命」とは「命を革(あらた)めること」すなわち、自らの生き方を変えることなくして、この国も、この社会も変わらないことを思い知った30年前であった。
現在の私の思考と存在は、「永遠のNo」と「全肯定」という180度の振り幅の中で生きている「政治家」である。
こんな振り幅の中で、小田実さんの言う「人間みなチョボ、チョボ」を頼りに、なんとか政治家として存在しているのが現状。
そんな自分の頭の中の「コリ」を取ってくれたのが、豊田勇造ライブだった。
ライブに聴き入る中で、徐々に自分が何かから解放されていく気持ちになれた。
全くもって人間とは何か、そして人間の営みの1つである政治とは何か。
我々の社会が、政治がどんなに歪んでいても、諦めたら終わりである。
頭のコリが取れて、小さな希望が私の中に生まれた気がした。
豊田勇造さん、ありがとうございました。
昨日は終日あいさつまわり。