遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『機捜235』  今野 敏  光文社

2020-02-15 22:39:34 | レビュー
 「機捜235」というタイトルは本書中の第1作の題名そのものであり、本書は短編の連作をまとめたものである。最初の5篇が2011年~2016年の「宝石 ザ ミステリー」に、その後の4篇が2017年~2019年の「小説宝石」に、それぞれ順次発表された。それらが単行本として2019年3月に出版された。

 最初の短編のタイトルに関係するが、主人公の一人高丸は警視庁本部の刑事部第二機動捜査隊に所属し、第三方面の担当として、渋谷署内に設置された分駐所に詰めている。徳田班長のグループに属する隊員の一人である。
 機動捜査隊は略して機捜隊あるいは機捜と呼ばれる。機捜隊は日産スカイライン250GTを機捜車として担当エリアを巡回する。無線と照会用端末とマグネット式の赤色回転灯を積んでいて、概観は普通の車と変わらない覆面パトカーで、機捜車は3ナンバーのままとなっている。高丸の乗る車のコールサインが機捜235なのだ。
 梅原という相棒と巡回勤務中に手柄を挙げたのだが、梅原が入院する怪我をした。その結果、高丸は臨時の相棒と組むことになる。この短編連作は高丸が臨時の扱いとして配属されたパートナーと組み、様々な事件に対処していくシリーズとなっている。
 臨時のパートナーとして配属されてきたのは、白髪頭で57歳、あと3年で定年だという縞長巡査部長だった。高丸は34歳。機捜隊員としては高丸が先輩だが、警察官としては縞長が大先輩となる。警察官としての職階は二人とも巡査部長なのだ。年齢差がかなりある中で、相互に敬語で話をするという関係から始まって行く。機捜隊員は若い警察官で構成され、高丸は定年間際の縞長が配属されたことに驚く一方で、日勤・夜勤というシフトがあり体力勝負の側面もある機捜で務まるのかといぶかりもする。また、高丸には機捜隊員として実績を積み、いずれ一人前の捜査員・刑事になりたいという思いがある。縞長に足を引っ張られるかもしれないという危惧感も抱く。つまり、やりづらいなという思いがスタートラインにある。縞長は本部の捜査共助課に所属していたと自己紹介した。高丸はその組織を良く知らなかったし興味もなかった。そんなところから、このストーリーが始まって行く。
 機捜の仕事は担当地域を普通の車の外観で巡回する密行である。不審車両や不審車を見つけると職責をかけるなどの行動をとるがパトロールが基本である。そして事件発生の連絡が入ると現場に直行し、初動捜査を担当し、刑事が到着すると引き継ぎをして通常勤務に戻る。刑事からは機捜は気楽だなと嫌味を言われる。時には早朝の家宅捜査や被疑者逮捕のための張り込みに駆り出されることもある。
 この短編連作集は、機捜235の高丸・縞長コンビの人間関係づくりとその仕事ぶりを描いて行く。それは高丸が縞長に対して仲間言葉で行動できる間柄を築いていくプロセスであり、縞長の警察官としての特異な能力を認識し仕事の実績を積み上げていくプロセスでもある。高丸が警察官として一歩成長するプロセスでもある。
 一編一編が短編なので、独立した完結型の内容となっていて、短時間で読み切ることができる。その一方で、高丸・縞長コンビの機捜235の就業行動と活躍を描いていくということで、日常業務の連なりとして、ストーリーは緩やかなつながりの中で進行していく。
 各篇の読後印象をご紹介していこう。
[機捜235]
 高丸と縞長が簡単な自己紹介をして、両者の人間関係の築き方に戸惑いながら機捜235としての業務に就く。まずはパトロールの中での人間関係作りが中心に描かれて行く。このプロセス描写がおもしろい。
 あと4時間ほどで夜勤の上りとなるころ、通信指令センターからコンビニ強盗事件発生の無線が入る。現場に直行し初動の聞き込みに従事する。所轄の熊井刑事に引き継ぎをするが、嫌味を言われることに。明け番の日の二日後、朝から機捜車で巡回中に、縞長が職質をかけたいと言い出す。わけがわからない高丸は縞長の言いなりで行動するが、指名手配中の荒木田猛を緊急逮捕することになる。そして、見あたり捜査班に属していたという縞長の特異な能力を知らされることになる。コンビニ強盗事件の方も、縞長の聞き出した目撃証言で被疑者の身柄拘束ができたという。
 高丸が縞長の持つ力量に気づき始めるそのプロセス描写が第1作の読ませどころである。末尾の高丸の感想が、読者を本書に惹きつける動因にもなる。

[暁光]
 同年齢でツーカーの仲だった梅原が職場復帰するが、梅原は配属されてきた新人と組むことになる。高丸はしばらく縞長とのコンビで行動する指示を受ける。高丸はがっかりした。徳田班長は高丸に言う。未解決事件の検挙率を上げることが重要テーマとなっていて、機捜のさらに有効な運用がでいないかという話が出ている。機捜の機動力と縞長の見あたり捜査能力を組み合わせるという試みなのだと。高丸は了解するしかない。だが、結果的に、このテストケースは、高丸にとってプラスになっていく。読者はそのプロセスを楽しめるという次第。
 巡回中に早速、縞長は機捜車の後のタクシーの乗客に職質をかけてみようと言い出す。見覚えのあるような気がすると。これを契機に、縞長が自分の警察官人生の一端を高丸に語る。そんな矢先に、帰投指示の無線が入る。翌日の夜明けとともに、強行犯係のガサ入れに協力して取り組む指示が出た。
 このガサ入れで、縞長の眼力が本領発揮される。強行犯係の石田係長が機捜を見直したよと語る。高丸の感想に縞長は恥ずかしそうに言う。「柔道は三段ですし、合気道は五段なんですと」 縞長のキャラクターと能力に一層興味を抱かせる短編である。

[眼力]
 夜勤の巡回中に無線が入る。渋谷署管内での若い女性の遺体発見である。機捜235は現場に直行する。高丸は現場封鎖、聞き込みに即座にかかろうとする。立ち尽くし遺体をじっと見つめている縞長は言う。「何か、手口に特徴はないかと思いましてね。」「こうした事件は、連続性を疑わないと・・・・」と。高丸は役割分担優先を主張する。縞長はその前に常に総合的に捜査すべきという心構えを重視した。だが、高丸の言に従い動き始める。そのとき、野次馬の中に知っている顔をみたような気がしたと高丸に答える。
 聞き込みの初動捜査をして刑事に引き継ぎを終えるが、縞長は遺体現場の特徴を聞くまで留まる行動に出た。そして、夜勤明けには、昨日の事件の状況を縞長は聞きに刑事課に行くという。縞長はちょっと自分の意見を根回しする。事件捜査の展開がおもしろくなる。
 まさに縞長の眼力がポイントを押さえるというストーリー展開がおもしろい。

[不眠]
 高丸が今まで経験したことのない不眠に悩まされるというストーリー。そして、不眠状態で巡回パトロール中に、一瞬意識が飛び、はっと気づくと赤信号が見え、前の車に追突した。二人が車を下りたとき、信号が変わり、何と後部バンパーが大きく凹んだ黒のハッチバックは発進して走り去ったのだ。高丸は追うという判断をした。怪我の功名ストーリーが始まる。そして、縞長は高丸の不眠の原因を指摘する。
 機捜車が一般車に追突する。さて、どうなる! とおもったら、意外な方向に展開させる筋立てがおもしろい。また、不眠障害の原因、なるほどこういう原因もあるだろうな・・・と納得する。

[指揮]
 第一当番で機捜235は朝から密行していた。そろそろ3時、分駐所に向かおうとした時に、旧山手通りに面した結婚式場で人質立てこもり事件が発生。犯人の男は武器を所持しているという無線が入る。現場に着くと梅原の機捜231が先着していた。
 本部から特殊犯捜査第一係(SIT)が到着し、行動を開始する。そこに公安機動捜査隊が出向いてくる。この結婚式場のある場所が特殊だからと。立てこもり事件の主導権をどちらが取るかで揉め出す。おさだまりのことか・・・。高丸は人ごととして周囲の巡回に出ようという。縞長は様子を見ておいた方が良いという。そして、縞長が意外な行動に出た。縞長の長い警察官人生の一端が活かされることになる。
 興味深い構想の短編に仕上がっている。警察官人生での実績と人間関係を基礎にした縞長の奇策とも言える。ストーリーの落とし所が巧みである。
 
[潜伏]
 渋谷署の刑事課強行犯係が夜明けと同時にウチコミ(家宅捜索)をかけるための応援として、今夜から明日の夜明けにかけての監視態勢に入るという指示である。渋谷署刑事課の応援要請で、本部捜査一課の名代として徳田班の6名全員が駆り出され一晩張り込みをすることになる。被害から特定された被疑者は指名手配中の金井実という。縞長は勿論、この男を知っていた。
 縞長は、路上班としての張り込みを自ら言い出す。その結果、ゴミ集積所に隠れて張り込むことになる。高丸は暗澹とした気になった。縞長は「私がやらなきゃ意味がないんだ」と言い出す。さらに、高丸との張り込みのローテーションまで自ら決める。徳田班長には「高丸には、私にできない重要な役割が生じる可能性がありますので・・・・」と言う。それで決まりとなる。縞長の脳裡には金井を想定してのいくつかのシナリオが描かれていたのだ。
 被疑者について縞長が頭に叩き込んでいる情報の厚みと見あたり捜査で培った眼力がものを言うストーリーである。ネタは単純だが、張り込みストーリーの展開は巧みであり、なぜだろうとおもわせ、読ませどころとなっている。

[本領]
 渋谷署の講堂に「金属バット連続殺人事件捜査本部」が設置された。徳田班長以下全員が捜査本部に参加するよう指示を受けた。200人態勢の大きな捜査本部である。縞長は高丸に言う。「捜査本部には、いい思い出がないんだ」と。この捜査本部には、捜査一課の石黒刑事が関わっていた。縞長は40歳を過ぎて刑事になり、10歳ほど年下で刑事になったばかりの石黒と組んでいたという。石黒にずいぶん迷惑をかけたと言う。被疑者は既に指名手配となっている宮原勇太と判明していた。
 高丸は石黒と組む羽目になる。鑑取り班に組み込まれ、今回は被疑者の足取りを追う捜査になる。石栗はのっけから高丸の担当する機捜車を使うと言い出す。石黒と高丸とでは縞長に対する人物像の見方が大きく喰い違う。一方、縞長は捜査一課の若手と組まされる。
 高丸は縞長に機捜車を使い見当たり捜査をやってほしいと一日車を託す。翌日、高丸は縞長に言う。「捜査本部にいい思い出がないと言ったよね?なら、これからいい思い出を作ればいいんだ」と。高丸のこの発言が縞長を奮起させ、本領を発揮させるトリガーになる。
 人は変わる。過去の事実、先入観で決めつけてはならないことを石黒に悟らせる楽しいストーリーになっている。

[初動]
 夜勤に機捜車で密行中、鍋島松濤公園で変死体発見の無線が入る。機捜235は直ちに臨場態勢に入る。現着は午後10時20分。若い女性の遺体が築山の陰にあり、二本の脚が芝生の上に突き出ていた。徳田班6名が顔を揃えている。徳田班長から縞長と高丸は目撃者探しを指示される。その場を離れようとした時、梅原が相棒で新人の井川に、入れ込むなよと言い「どうせ、俺たちは初動捜査だけなんだ」と続けた言葉に高丸は違和感を抱いた。
 高丸は、現場の野次馬の中の一人の男が気になった。縞長に小声で言うと、彼も頷いた。そこから事件が動いていく。目撃者探しの初動捜査の重要性を描いていると言える。
 「気になったら調べる。それが警察官だよ」縞長の一言が重い。組織内の役割分担じゃない。

[密行]
 夜明け前に、ウチコミをする問題のアパートの前に徳田班は集合した。渋谷署刑事課強行犯係の応援である。恐喝の被疑者下平が潜伏しているという情報があったことをもとにしている。だが、ウチコミは空振りに終わった。高丸と縞長は本来の密行に戻る。
 密行から渋谷分駐所に戻ると、空振りについて、情報が内部から漏れたという噂が立っていた。渋谷署強行犯係の熊井巡査部長だという噂が流れていた。
 高丸は、熊井は嫌な奴だが被疑者に情報を洩らすほど愚かじゃない、優秀な刑事だと思っている。縞長も同感だという。高丸は「じゃあ、ちょっと調べてみる?」と縞長に言う。表向きは下平を捜すということにして・・・。密行の業務をベースにした二人の行動が始まる。
 噂の立った熊井に二人がどういう対応をしていくかが読ませどころとなっている。

 高丸と縞長はますます良いコンビになっていく。同じく短編の連作でこの続編が出るとおもしろいと思うのだが・・・・。

 お読みいただきありがとうございます。

本書と関連して、事実レベルでの事項を少し調べてみた。一覧にしておきたい。
機動捜査隊   :ウィキペディア
公安機動捜査隊 :ウィキペディア
警視庁・第三機動捜査隊  :「dailymotion」
警視庁・第1機動捜査隊長 原きよ子さん 2016.1.25 :「朝日新聞DIGITAL」
警視庁公安機動捜査隊、活動の映像を公開 2011.4.1 :「0テレNEWS24」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新6版 (83冊) 2019.10.18