遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『福島第一原発 -真相と展望』 アーニー・ガンダーセン  集英社新書

2012-07-14 01:29:39 | レビュー
 2012年2月に発行された本書の末尾には、「2011年10月14~16日にかけて行ったフェアウインズ・アソシエイツ(アーニー・ガンダーセン、マギー・ガンダーセン)へのロングインタビュー及び追加取材を元に構成しています」と記されている。ジャーナリストの岡崎怜子氏がインタビューして、訳出し本書を構成されているようだ。
 そのためか、まず読みやすかった。そして、福島原発事故で気になる点にストレートに切り込まれた説明になっている。ガンダーセン氏の説明には、原子力問題評論家ではなく、アメリカ国内の原子力産業で自ら働らき、内側からも見た経験と知識及び事実情報が裏付けとして端々で加えられている。アメリカもやはり原子力ムラが存在するようだ。いずこも同じ。

 本書は序章「メルトスルーという新概念」に続いて、8つの章で構成されている。
 1章 事故の真相とマークⅠ型のリスク
 2章 福島第一原発の各号機の状況
 3章 廃炉と放射性廃棄物処理
 4章 深刻な健康被害
 5章 避難と除染の遅れ
 6章 原発の黒い歴史
 7章 規則と安全対策
 8章 脱原発に向けて

 著者の動画は昨年以来数多くのものをネットのYouTubeでみることができる。だが、散在しているので、時系列的にみていくことが難しい面もある。本書を読み、フェアウインズ・アソシエイツのホームページを知った。ここにアクセスしてみたら、著者の昨年から今年の動画が時系列的に掲載されていた。著者の発言を集中的に見聞するには便利である。全て英語動画であるのがちょっと我々には障害になりかねないが・・・

 まず、アーニー・ガンダーセン自身について本書に記載の事実をまとめておこう。それが彼の発言を理解・判断する背景情報になるはずである。私自身、昨年来いくつもの著者の動画を見てきたが、詳しい背景は知らなかった。以下本書からの抽出である。

 1949年生まれ。レンセラー工科大学及び同大学院修士課程修了。大学は原子力部門を首席で卒業。
 コネチカット州ロングアイランド湾のミルストーン原発で勤務(働き出した最初の4年間)。ここは「次第に細くなる海峡をめがけて進むハリケーンが、ブルドーザーのように水位を押し上げ」る立地であり、「この原発は、一定の高潮を前提に建てられていた」とか。(p31)
 電力会社のノースイーストに転職。(p150)
 更に転職。70もの原発で働く社員を監督。副社長を務める。(p150)
 ニューヨーク州では新たな原発のエンジニア部門を率いる。(p151)
 1990年に、内部告発者としてNRCが正しく規制を行っていないことを指摘。(p156)
 (→放射性物質の管理に関する内部告発)だが、勤め先から解雇される。
 バーモント州に移住。2003年にフェアウインズ・アソシエイツを設立し起業。(p130)
 尚、著者にとっての次の2つの経験は、本書の記述からは時期を特定できない。
 事故の際にエネルギーを吸収するタービン・ミサイル・シールドという原子力安全に関する特許となる研究に携わった(p47)。
 アメリカン・ロコモーティヴ社のALCO原子炉に携わっていた。(p134、機関車に原子炉を載せる開発)

 さて、本書の第1章~第3章から、私が受け止めた著者の発言をまとめてみた。

 まず著者の発言から、日本及び福島原発に関連するアメリカ側での重要な事実を採りあげ、引用してみる。詳細は本書をご覧いただきたい。(昨年来の動画の著者発言と重なることになるのだろうけれど・・・)

*GE社のマークⅠ型BWRというモデルに対しては、設計や運用上の危険性について何十年も前から警鐘が鳴らされていました。 p3  →p34に補足の具体的事実説明あり。
*マークI型の原子炉については、福島第一原発の事故まで実物大の試験が行われてはいません。 p34
*ベント(排気)が改善されたきっかけは1979年のスリーマイル島事故です。 p35
*ロックバウムは・・・1989年のNRC(米原子力規制委員会)報告書を発見し・・・私たちに送ってくれました。NRCはこうした書類を非常にわかりにくい形で公にしています。 p44
*バーモント・ヤンキー原発の配管摩耗、老朽化の事実。タービン建屋のクロスオーバー管の元の厚み6cmが40年後に2.5cmに。(p53、要約で表記)
*1980年代に原子力業界で働いていた頃、私は福島第一原発と非常によく似たBWRの燃料集合体を作っていました。  p75
*スリーマイル島事故では、・・・蓋を開けて核燃料を取り出す技術を開発するのに10年かかりました。1980年代の物価で1600億円が必要だったのです。 p82
*アメリカでは、汚染が比較的軽い原発の廃炉費用が約800億円です。  p85
*高速増殖炉で使用される液体ナトリウムは、空気中で燃える性質があります。水に触れれば爆発します。アメリカは液体ナトリウムの危険性から高速増殖炉を諦めたわけです。・・・コストと危険が高すぎると判断されています。  p88
*アメリカでこれまで稼働したことのある商業用原子炉は125基ですが、使用済み核燃料プールで3年間の冷却期間と30年の中間貯蔵を経た最終処分場は決まっていないのです。 p90


 著者が福島原発事故に対しする発言で重要な点を本書から抽出し、要約してみる。(鍵括弧部分は本書原文である。)本書を読まれる動機づけになれば幸いだ。

*「冷温停止」は原子力の専門用語。「本来の条件は、まず放射性物質の漏洩がないこと。そして軽水炉の場合NRCの定義では大気圧下で200°F(約93℃)未満の原子炉冷却システムを指します。これは減圧されても冷却剤である水が沸騰しない温度です。ただし、『システム』とは漏れのない状態が前提であり、福島第一原発には該当しません。」(p17-18) →小出裕章氏の発言と同じ。日本政府のまやかしがここでも明確になる。
*格納容器に窒素を注入。水素と窒素だけなら問題なし。「ある濃度以上の水素があるところに酸素が入れば、火花が生じただけで爆発する可能性があります。」(p37)パイプにひびがあれば酸素が入る可能性がある。
*福島第一原発の設計は、原子炉とタービン建屋の位置関係が危険である。 p46
*1号機は不安定に安定した状態。溶融した燃料が再臨界することは考えにくいが水素爆発の恐れは残る。 p51
*空気で冷ませる水準まで核燃料の温度が下がるには3~4年かかる。それまで水での冷却しか方法なし。建物の割れ目から汚染水の流出となり、地下水に入ってしまった放射性物質を完全に取り出す方法はない。 p52 →これも小出氏の主張に通じる。原発周囲の地中の防水壁提案。
*「2号機で格納容器の圧力が失われ、放射能の外部への放出量が急激に増加した事実をデータが示しています。私が意見交換している他の技術者も、脚の部分で爆発があったのではないかと考えています。格納容器と圧力抑制室を繋げるパイプで、マークⅠ型の弱点の一つです。」 p56
*2号機は見た目に反し、「格納容器の破損が最も深刻です」(p55)。
*「まだ1日当たり数十億ベクレルの放射性物質が炉心やプールなどから立ち上がっています。」(p60) ←文脈からするとインタビュー時点(2011年10月時点のことか?)
*使用済み核燃料プールの爆発原因は、「穏やかな即発臨界」だったと考える。ペレットが敷地外で発見された事実がその根拠。水素爆発なら下向きの圧力がかかり説明できないことになる。  p64
 →即発臨界については「禁断の議論」P66~68及びp75の「狭まるマージン」という箇所で説明している。
*「取り出して間もない、完全に近い炉心が入った使用済み核燃料プールで起きる火災を消し止める方法など、誰も研究すらしたことがないのです。・・・・大気圏内で行われた歴代の核実験で放出された量を合わせたほどの放射性セシウムが、4号機のプールには眠っています。原子炉は原子爆弾よりはるかにたくさんの放射能を抱えているのです。4号機の使用済み核燃料プールは、今でも日本列島を物理的に分断する力を秘めています。」p73
*4号機の上部クレーンが破壊された状態で使用済み核燃料をキャスクに移す方法は?
*今の状況下で圧力容器や格納容器から核燃料を取り出す技術は存在しない。 p79
*廃炉と放射性廃棄物の処理費用は20兆円と試算。「私の試算さえ過少評価かもしれません」。 p84


 著者は、こういう事実認識の必要性も語る。本書から引用する。

*(3,4号機の周りに霞みが立つことに対して)放射性物質が放出されていることは疑いようもない事実です。しかし異変が起きたわけではなく、ずっと続いていることです。・・・原発から放射性の水蒸気が立ち上るに従って、いきなり空気中の水分が飽和状態になります。・・・・ある閾値を超えてしまうと雲状になるのです。湿度が100パーセントになるまで空気というものは目に見えません。水分を保持できる限界に達すると水滴が霧になるわけです。   p60-61
*3号機では、・・・使用済み核燃料プールで不慮の臨界が起きたと考えるのが最も自然です。・・・私は”穏やかな即発臨界”だったと考えています。爆発の起きた場所や被害の全体像と合致しているからです。  p60-61
*向こう十年にわたって海中で核燃料の破片が見つかると思います。・・・放射能が1000分の1になるまで25万年も付き合わなければならないのです。  p66
*「日本ほど地震活動が活発な地域での長期的な地下貯蔵施設などナンセンスです。」 p89


 第4章で著者は、チェルノブイリの2~5倍の放射性物質が放出されたという予想を述べている。そして、外部被曝と内部被曝を分けて考えることの重要性を説明し、「今回の事故で放出された汚染物質は、ホットパーティクルとして内部被曝の原因となります」と明確に発言している。さらに、今回の事故で放出された汚染物質の具体的説明に移る。
 著者は「スリーマイルでは、事故から3~5年以内の肺がんの発症率が最低でも10~20パーセント増えたというデータがあります」という。
 「地図に反映されている状況は、深刻だとはいえ外部被曝の話です。子供が靴紐を結んだ指を舐めたときの内部被曝はまた別なのです」(p114)という言い方は、内部被曝の問題を端的に象徴していると私は思う。
 さらに、著者は「不適切な焼却などによる放射性物質の二次的な拡散、つまり二次被害は継続している問題なのに、残念ながら人々は防御策を採っていないように見えます」と警鐘を発している。また、食物連鎖に着目する必要性と食品の安全基準とその管理がずさんであることを指摘している。甲状腺への悪影響がまず生体に現れると予測している。
 健康への影響について、著者は「日本の人々がこの問題を自分たちだけのものとして内在化しない」ように訴えることを個人目標の一つにしているという。つまり皆が立ち上がって口を開く必要があるのだと。

 第5章では、初動体制の不備、避難勧告のミス、焼却による二次被害、地下水の処理について、的確に問題点を指摘している。それは、反原発・脱原発派の専門家の指摘と共通するところだ。

 第6章では、アメリカの原発が、軍産複合体制の中で、最初に結論ありきの形で開発が進められ、認可されてきた黒い歴史を抉りだしている。すでに核爆弾を造りウランの濃縮をコントロールしていたアメリカがそれを前提に原発開発を推進してきたのだという。「原発誘致についてはアメリカでもお金が焦点です」と実態を指摘する。

 第7章では、著者自身が大学卒業後、原子力業界で仕事をし、内部告発者として行動した経験を絡ませながら、規制や安全対策の問題点を実例を挙げて指摘している。そして、自ら行った内部告発を機に政治的信条が変わったのだという。
 この章で印象的だった記述を引用しよう。
*NRCは波風を立てたくなかったために故意に監察を誤魔化したのです。 p153
*(恫喝訴訟により)内部告発者を訴えて黙らせても、NRCは指一本上げないと業界は学んでいます。  p153
*内部告発者を保護する制度は整備されており、NRCは裁判外紛争解決手続を奨励します。しかし、実質的には原子力産業界で二度と職を得ることができなくなります。 p154*原子力業界を聖職にたとえる表現があるように、部外者は相手にされないのです。NRCと業界は我々の意見に耳を貸しません。  p157
*委員長のグレゴリー・ヤッコは、NRCの異端児です。原発を閉鎖しようとまでは言いませんが、規制を強化すべきだと主張しています。残りの4人は充分に安全性が確保されていると考えており、規則さえも守らせようとしていません。したがって彼はだいたい多数決で負けます。 p164
*建前上、NRCはホワイトハウスにも省庁にも属さず独立していますが、政治的な影響は拭えません。  p165
*アメリカでも社会で最も弱い立場に置かれた人々が原発の現場で作業をすることが多く、平時でも健康被害の問題があります。  p161

 第8章は、(1)原発の安全コスト、(2)政治的判断、(3)発送電、(4)再生可能エネルギー、(5)エネルギー効率の工夫、(6)日本の資源を生かすヴィジョン、という節だてで主にアメリカの事例と対比しながら、自説と日本に対する提言を述べている。この節見出しから、著者の意見が推測できるかもしれない。自らの推測と本文を読んでの結果を対比していただくのがよいだろう。
 
 著者が確信することを最後に一つ引用しよう。
「あるとき私は確信しました。原子力の安全性を高めるための費用で、代替エネルギー源を研究開発した方がよほど安価だと」(p91)。


ご一読ありがとうございます。

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 本書に出てくる語句で、気になるものを検索してみた。

Arnie Gundersen ← Arnold Gundersen : From Wikipedia, the free encyclopedia
フェアウィンズ・アソシエイツ(Fairewinds Associates Inc.) →本書奥書に記載あり

05/12/2012  Fukushima Daiichi: The Truth and the Future

02/19/2012 Arnie Gundersen at the Japan National Press Club
上記の本の出版に関連して、日本記者クラブで行った記者会見動画。
逐次通訳がついたもの。1時間ほどの通訳付きの話とQ&A

アメリカ合衆国原子力規制委員会 :ウィキペディア
U.S.NRC のHP

”NRC Understanding of the Structural Stability of the
  Fukushima Dai-ichi, Unit 4 Spent Fuel Pool  July 5, 2012”


”NRC INSPECTION MANUAL
FOLLOWUP TO THE FUKUSHIMA DAIICHI NUCLEAR STATION FUEL DAMAGE EVENT”


TMI原発事故
原子力発電所の事故・故障

the Westinghouse AP1000 → AP1000 : From Wikipedia, the free encyclopedia
 ガンダーセン氏は、ウエスティングハウスのAP1000型原子炉に疑義を唱えた。
Vermont Yankee Nuclear Power Plant : From Wikipedia, the free encyclopedia
 彼は、この原子力発電所の操業について、問題指摘をしている。
  放射性同位体トリチウムの漏洩についての発言。
Nuclear Expert Says Yankee Should Shut Down
Wednesday, 02/10/10 5:51pm and Thursday, 02/11/10 6:34am

Tritium  : From Wikipedia, the free encyclopedia
トリチウム → 三重水素 :ウィキペデイア
Fukushima Daiichi nuclear disaster : From Wikipedia, the free encyclopedia

環境放射線データベース (財)日本分析センター

BORAX Experiments : From Wikipedia, the free encyclopedia

Borax [Part 1] - Safety experiment on a boiling water reactor :YouTube
Borax [Part 2] - Safety experiment on a boiling water reactor :YouTube

SL-1 Accident [Part 1] :YouTube
SL-1 Accident [Part 2] :YouTube
SL-1 Accident [Part 3] :YouTube
SL-1 Accident [Part 4] :YouTube
SL-1 Accident [Part 5] :YouTube
SL-1 Accident [Part 6] :YouTube
SL-1 Accident [Part 7] :YouTube

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