20階の窓辺から

児童文学作家 加藤純子のblog
毎日更新。児童文学情報・日々の暮らし・超高層からの眺望などニュース満載。

ガラス磨き

2012年07月31日 | Weblog
            
 
 しばらく前の雨で、窓ガラスがすっかり曇ってしまいました。
 こんな夏空に、そのすっかり曇ってしまった窓ガラスをみるのは、なんとも気が重くなるものです。
 そのたびに気になっていたのですが、忙しくてどうにもそのガラス磨きの時間が持てません。

 そこで昨日、すっかり日の暮れた時間。
 ベランダに出て、ガラス磨きをしました。
 我が家は角部屋なので、4LDKのすべての部屋が窓ガラスになっています。
 窓ガラスを数えてみたら、なんと58枚もありました。
 これだけの枚数の窓ガラスを磨くのは、なんともひと苦労です。
 いくらスクイジーとウオッシャーで、磨いているとは言え・・・。

 ひと仕事終え、ピカピカになった窓から家の中を、滝のように流れ落ちる汗をタオルでふきながら見つめ、ひとり悦にいりカメラを向けました。
 これでやっと、ひとつ、気がかりなことが消えました。
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デザインコレクション

2012年07月30日 | Weblog
         
 
 だいすきなショーウインドウの、デザインコレクションです。
 
 今期の高島屋は、なかなかおしゃれです。
 この群青色のうつくしいこと!
 群青と黒に彩られた、お茄子、カブト虫、トンボ。

 このうつくしい色の向こうには、夏休みを待ち焦がれる少年の思いを垣間見ることが出来ます。
 少年時代への憧憬。
 このデザイナー、なかなかリリカルなセンスの持ち主です。
 デパートのディスプレイに、こんなコンセプトを持ってくるなんて。

 夏休みに、うきうきしながら家族でお出かけするデパート・・・。
 いまは昔のなつかしき情景です。
 それを今、あえてコンセプトにするなんて!
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新刊4冊ご紹介

2012年07月29日 | Weblog
 友人の皆さんの新刊を4冊ご紹介させていただきます。

            

『ゆびわがくれたプレゼント』(田沢五月・ポプラ社)
 日本児童文学者協会とポプラ社の共同事業である新人作家発掘を目的とした「新・童話の海」の第3回の公募入選の作品です。
 作者は岩手にお住まいの田沢五月さん。田沢さんは3・11の大津波で田老町のご実家がご被害を受けました。
 
 その津波での被害を乗り越えられ田沢さんは、生まれ育った海辺の町を静かに描写しています。
 その海辺の町で出会った少女との不思議な出来事が、とても瑞々しく描かれています。
 縁日で買ってもらった指輪を海で出会った女の子に貸して上げたことからはじまった、幻想的なお話。
 ヤマセのこわさに震えながらも、それが去っていったあとの青く澄んだうつくしい海や、その中で大人たちを見つめる主人公のまなざしが、初々しく、とてもやわらかな筆致で描かれた成長物語です。

            

『レガッタ!水をつかむ』(濱野京子・講談社YA!ENTERTAINMENT)
 県下有数の進学校「埼玉県立美園女子高校」に入学した主人公の「有里」は、中学時代、途中までやっていたバドミントン部ではなく「ボート部」に入部することにしました。
 美園女子校・通称「ソノ女」のボート部は部員がオリンピックにも出場経験があるという伝統ある部だったのです。
 埼玉県の有数の公立女子校といえば「浦和一女」、この作品はその「一女」をモデルに作られています。
 出てくる町の名前や戸田漕艇場など、実際にある場所の名前をそのまま使っているので、なおリアルな実態、あるいはリアルな少女たちの葛藤が目の前で繰り広げられているような臨場感があります。
 濱野京子さんは『その角を曲がれば』(講談社)でも女子高生の生きる姿を描いていますが、今回はそこに「ボート」という肉体や精神を酷使する競技が加わってきます。
 そこでのライバルの少女との確執や、肉体改造の努力などが丁寧に描かれています。
 そのことで、少女たちの葛藤がよりリアルに迫ってくるような気がします。
「恋愛」なのか、単ある「恋愛」へのあこがれの感情からなのか、ゆれ動く主人公の「有里」の描出がとても魅力的です。
 確かな取材と物語構成。
 まるでノンフィクションのようなリアリティを感じながらの、今を生きる少女群像の物語です。

             

『ねっこばあのおくりもの』(藤真知子・ポプラ社)
『まじょこ』シリーズ〔既刊51巻〕や、『わたしのママは魔女』シリーズ(既刊48巻)で人気の、藤真知子さんは、作家としてもうひとつの顔を持っていらっしゃいます。
 それは自然保護などに対するまなざしです。
 名古屋ですでに3回目となる「森の童話 読書感想はがき」コンクールなども主催されています。これは「あいちモリコロ基金」「あいち森と緑づくり環境運動」「学習推進事業の交付金」「大阪コミュニティ財団」「東洋ゴムグループ環境保護基金」などの助成を受けて行っている事業だそうです。
 その課題図書の一冊になっているのが、この『ねっこばあのおくりもの』です。
 家族旅行で高原にやってきた「リナ」は、胸のざわざわで目が覚めます。
 起きだしてベランダから外をみると、「ねっこばあ」と名乗る、小柄なおばあさんが立っています。そのおばあさんと、森のなかを歩いていきます。
 真夜中の森に生きているさまざまな命。
 それを映像が浮かぶように、うつくしく描写されています。
 木々たちが繰り広げる真夜中の宴会の、うつくしく、かなしい時間。
 宇宙のはじまりからずっと、森を生きる木々はこうして命をつないでいたのです。
 そうしたことをこの絵本は、静かに伝えてくれています。
     
             

『ちょーコワ!最凶怪談』(新井リュウジ;藤咲あゆな編・集英社みらい文庫)
 11編の怖い話が収録されている文庫です。
 帯には「眠れなくなっても、責任は取れません」と書いてあります。
 その中から1編、ご紹介します。
「小僧の政吉」(森川成美)
 市立図書館で見つけた「郷土幕末写真集」を見ていて、勇太とトモヤはふと、「市中ひきまわしのはりつけ」写真に目がいきました。
 それはおよそ生きている人間にはできないようなポーズで死んでいる男の子の白黒写真でした。
 そこにしるされていた「川上町」という知っている地名。そこからふたりは、『市中引き回しの上殺された』殺人事件のなぞを解こうと動き出しました。
 そこで、勇太は怖い体験を・・・。
 その怖さゆえ、二度と行きたくない勇太を尻目にトモヤは再びそこを訪れ、もっと調べようと・・・。このあたりから、読者の胸は恐怖におののき始めます。
 そして一人で行ったトモヤは・・・。あとは読んでのお楽しみ。
 ぞわぞわと怖さが突き上げてきます。夜読んだら、きっと怖くて眠れなくなること受け合いです。

 皆さま、この4冊、ぜひお読みになってください。
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とうとう入手。

2012年07月28日 | Weblog
              
 
 白桃の緑茶がやっと手に入りました。
 一年ぶりの、桃の緑茶です。
 口にふくむとふわっと桃の香りが鼻腔をくすぐり、飲みこむと緑茶の渋みが喉もとを流れていきます。
 なんとも上品な冷茶です。

 10パック入りで893円。
 1パック飲んだら日常使いではもったいないので、8月に子どもたちの家族がやってくる日までしまっておきます。
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この本だいすきの会・30周年記念お祝いの会

2012年07月27日 | Weblog
               
 
 小松崎進先生率いる「この本だいすきの会」が今年で創立30周年を迎えることになりました。
 今日は夕方から、その30周年のお祝い会が市川のホテルで行われます。
 全国津々浦々から、この本だいすきの会の会員の皆さんがお集まりになります。
 
 この本だいすきの会は、子どもの本と文化の夏の集いや、作家・画家・研究者を囲んでの一年間の実践交流入門講座読みがたり実演。
 また年の暮れ集会や、本選びと読みがたりの実践研究。
 作家・画家・研究者の講演会などを行ってきた組織です。
 その功績が認められ、平成15年には久留島武彦文化賞(団体賞)をご受賞されました。

 12月に行われる「年の暮れ集会」には毎年ご招待いただきお邪魔していますが、本好きの子どもたちもたくさん集まり、また日本全国からたくさんの会員の皆さんが集まり、熱い一夜を過ごします。

 今年はその前に、今日は30周年のお祝い会です。
「年の暮れ集会」にお招きいただいている作家の皆さんや画家の皆さん、評論家の皆さん。
 そして会場いっぱいに並んでいるテーブルには、たくさんの会員の皆さんやたくさんの出版社の編集者の皆さんもお揃いになることと思います。

 今夜もまた、たくさんのパワーをいただいてこようと思っております。
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叔母の死

2012年07月25日 | Weblog
             
 
 今日はこれから秩父の叔母のお通夜に出かけます。
 明日はご葬儀です。

 叔母とは昨年5月のゴールデンウイークに夫と一緒に久しぶりに秩父へ行き、お宅にお邪魔してお会いしてきました。
 変わらず若々しいお声と皺のないやさしい笑顔に迎えられ、しばらく昔話に花を咲かせました。

 あのときは、あんなにお元気だったのに・・・。
 今年の5月まではひとりでお風呂にも入っていたそうです。
 それが急に血中の酸素濃度の値が低くなり入院へ。
 たったひと月入院しただけで、帰らぬ人になってしまいました。
 享年92歳でした。

 これで夫も私も双方の親戚の伯父(叔父)、伯母(叔母)すべてを亡くしてしまいました。
 ほんとうに寂しく、悲しいです。
 今夜は秩父に泊まります。
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夏木立

2012年07月24日 | Weblog
           
 
 また、暑さが舞い戻ってきてしまいました。 
 近所の公園の道に、夏木立がすっくとのびています。
 お買い物のため、この道を歩くと木陰が涼しくて、とてもいい気持ちです。
 耳を澄ますと、風が木立の葉音をふるわせ通りぬけていく音が聴こえてくるようです。
 降ってくるような蝉の鳴き声が木立から落ちてくる前の、つかの間の静寂です。

 空を見上げ、しばしこの風のなかに身を寄せていたいと思う、そんな瞬間でした。
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ダイニングテーブル

2012年07月23日 | Weblog
              
               
             
 しばらく前から、デパートで8人掛けのダイニングテーブルを探していましたが、なかなか見つかりません。
 その旨blogに書いたところ、「家でも8人掛けを探しています。なにか情報があったら、教えてください」と、拙blogをご覧下さった作家の友人のMさんに言われました。

 日曜日にスウェーデン家具のイケヤに行ったところ、なんとテーブルを広げれば10人掛けまで出来るというダイニングテーブルを見つけました。

 即決しなかったのは、3・11のトラウマがあったから。
 3・11のとき、仕事部屋の壁面一面のイケヤの大きな書棚が崩壊してしまったのです。
 それ以来、イケヤでは小物は買うけれど家具はちょっと・・・という状態が続いています。
 それからもうひとつ、日本の家具はテーブルの高さが70センチ以下ですが、海外のものは74センチくらいあります。スープを飲む習慣からこの高さになったそうです。

 いま我が家で使っている天童木工のダイニングテーブルは、とても繊細なフォルムのテーブルと椅子で気に入っていて、かれこれ30年近く大事に使っています。両方のお誕生席に椅子を置いているので6人掛けで160センチの長さです。(写真上)
 それを捨てるのがどうも・・・。
 これで、もうあと40センチ長ければいいのですが。
 
 ところが、その後行った家具屋さんで展示品では6人掛けのテーブルでしたが、それを8人掛けの200センチにオーダーできることを知りました。
 色調も天童木工のものと、とてもよく似ています。おまけにフォルムにも繊細さがあります。
 
 そこで200センチにオーダーしていただき、肘掛け椅子を2脚、レザーを天童の椅子と同じ焦げ茶に貼っていただくようにお願いしました。それをお誕生席用に置き、いま使っている天童木工の椅子は捨てずに向かい合わせ3脚づつ、6脚置くことにしました。
 これで念願の8人掛けが揃いました。
 いまはこのように展示品にはなくても、希望通りオーダーできるらしいです。
 それを知り、選択肢も広がりました。
 Mさん、いかがですか?少しは参考になりましたか?
 
 納品は8月11日とか。
 いま使っているテーブルは、家具屋さんが処分してくれることになりました。
 8月12日にやってくる息子の家族・娘の家族とのお食事会に、ぎりぎりセーフです。
 
 ビデオチャットでその話を息子にしたら「天童のテーブル、捨てるのもったいないね」と・・・。
 私もほんとうはまったく同じ気持ちです。でも孫たちがもう少し大きくなったときのことを考えると、そろそろ準備しておかなくてはと・・・。

(写真下は,イケヤで買ってきた小さなオレンジゼリーを作って入れるグラス。シャンパングラスと比較すると小さくてかわいいグラスだということをおわかりいただけると思います。6ピースでなんと599円。ほんとうにイケヤはお安いです。)
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村上肥出夫展

2012年07月22日 | Weblog
              
              
 川端康成、石川達三、北方謙三など作家たちに愛された孤高の画家、村上肥出夫展を見てきました。
 銀座の資生堂ビルの裏手にあるビルの8階にある兜屋画廊で。
 この画廊をそして村上肥出夫展を教えて下さったのは、blogのお友だちの「りょう」さんです。
 りょうさんは陶芸家でいらして、来年の10月この兜屋画廊で個展をおやりになるそうです。

 村上肥出夫という画家を私はそれまで知りませんでした。しかしギャラリーに足を踏み入れた瞬間飛び込んできたパリの光景。ニューヨークの闇。なんとも不思議な秋葉原の風景は、村上氏特有の感性で塗られた色彩と構図には、少なからずショックを受けました。

 足を進めるごとに,私の興味を惹いたのは彼の生き様。
 岐阜に生まれ画家になりたくて銀座の街角で絵を描いていて、その才能を認めたのが、この兜屋画廊の何代目の社長だそうです。
 村上肥出夫は「レイコ」と名乗る女性を好きになるも結婚は叶わず、とうとう生涯独身だったとか。
 パリやニューヨークに絵を学びに行くためのスポンサーも、この画廊の社長だったそうです。
 こうして彼は理解あるスポンサーたちと出会い、画家としての才能を開花させていったのです。
 けれど不運にも火の不始末から自らの岐阜のアトリエが火事で全焼。
 それ以降精神を病み、いまは入院生活を送っているそうです。

 今回、兜屋画廊に展示してある彼の作品のすべては兜屋画廊所蔵のものだそうです。
「天才」とも思える彼の色彩と構図。その存在感からこの画家の才能を愛した多くの人たちがいたことを感じさせてくれました。

 久しぶりに夫と銀座の8丁目まで行ったので、お昼にはすぐ目の前のそば処「よし田」でコロッケ蕎麦を食べました。
 
                

 またそのそばにあるNYの五番街に本店のあるデパート。バーニーズ・ニューヨーク。
 このお店の正面を飾っているのが、かつてこの場所にあった交詢社ビルのメインエントランスです。
 交詢社というのは、福沢諭吉が提唱し結成された慶應義塾の同窓会メンバーを中心とした実業家社交クラブです。
 メインエントランスのファサードを今でもこうして保存しつ、新しい交詢社ビルのバーニーズ・ニューヨークの中で、当時の面影を残して佇んでいます。
 こういう古さと新しさがきちんと共存しているところが、銀座のおもしろいところです。
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金魚の夏

2012年07月21日 | Weblog
      
 
 夏になると飼いたくなるのが金魚。
 以前「金魚慕情」というエッセイを、このblogの隣に貼り付けてあるホームページの「エッセイ」のコーナーで書いたことがあります。
 そこから一部を抜粋したいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 いつのころからか、夏になったら金魚を飼いたいという願望を持ち続けていた。
 だが現実を考えると、はたして生き物を飼うという責任をほんとうに私が背負えるのだろうかと不安になり逡巡しその思いはいつしか想念のなかのまぼろしと消えさっていた。
 
 金魚を飼いたいと思ったきっかけはいくつかある。
 ひとつは中国から流れてきた「金魚」の歴史を描いた本の存在である。もうずいぶん以前のことなのでタイトルはすっかり忘れてしまったが、かなり分厚い本で金魚のことが学術的に、けれど叙情性豊かに書かれた本だった。
 もうひとつは舟崎靖子の名作『にんじゃごっこ』(1978年あかね書房刊)だ。
 金魚鉢のなかを泳いでいる「にんじゃ」と名づけた金魚と少年の物語である。これを読んで金魚の幻想性にあこがれた。
 そしてもうひとつがイランの映画『運動靴と赤いきんぎょ』だ。
 この映画では直接的に金魚がテーマとかかわってくることはないが、映像としての赤い金魚の姿は今も鮮明に瞼に焼きついている。
 そんな風に金魚は、折々に私の感性のどこかをずっと揺さぶり続けていた。
(中略)
 そして決定的だったのは、「金魚鉢は金魚の墓場」の言葉だった。
 その瞬間、金魚を飼うという長年の慕情が、海の藻屑と消えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その金魚への慕情を思いがけず果たさせてくれたのが、上の写真の金魚。
 最初デパートで見つけたときは、本物の金魚が泳いでいるものとばかり思っていました。
 でも違うのです。
 こうしてじりじりと焼けつくような夏がやってきて、子どもたちも夏休みになると、私はいそいそとこの金魚を出してきます。
 そして、うれしい気持ちで私は金魚たちの入っている器の水を指でゆらします。
 すると、みなもが波を立て、金魚たちもうれしそうに泳ぎだします。
 それを見ていると、「あ~、今年も夏がやってきたんだな」と、しみじみ思います。
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