『地をはう風のように』(高橋秀雄・福音館書店)
高橋秀雄という作家は、実に人間をよく観察している人です。
作品を読むと、それがよくわかります。
繊細に、そして傷つきやすく、自らを、そして他者を見つめ、描写しています。
「本宅」にいつも気を使いながら生きている家族に、苛立ちを感じながらも、「コウゾウ」は自らのプライドを磨きぬいていきます。
日光連山を見上げる小さな村に暮らす、「コウゾウ」や家族、「本宅」の忠雄さんや村の人たち。友人たちの姿が、生き生きと描かれています。
「わきや」の「オタキさん」にせっかくのお小遣いの百円札をおばあさんの借金の代わりと取り立てられ、それを受け入れてしまった自分を怨み、辛み、じりじりとした思いに駆られるシーン。
使い古された「本宅」のお風呂をもらってきたシーンなど、リアリズム作家、高橋秀雄さんの本領発揮というシーンが随所に散りばめられています。
『チョコレートと青い空』(堀米薫・そうえん社)
宮城県で、和牛肥育の専業農家をやっていらっしゃる堀米さんの実体験に基づいて書かれたと思われるご本です。
ですからエピソードのひとつひとつに、説得力があります。ガーナの青年、エリックさんが実に魅力的です。
カカオの生産地ガーナの子どもたちの実態や、日本の農村の物語だけではないひろがりが、この作品の特徴であり、すばらしいところです。
読み終えて、このご本のタイトル『チョコレートと青い空』が、なんてぴったりのタイトルかしらと、あらためて思いました。
やさしい青年であるエリックさんが帰ったあと、白い雪のふりはじめた北国に住む、家族たちは、エリックさんが残していってくれた、チョコレートと青い空の思いのこもったガーナでのエリックさんを想います。
家族が一丸となって生きるということも、このご本は教えてくれています。胸に残った言葉もたくさんあります。
それは牛と共に、そして家族と共に、力強く生きている堀米さんだからこそお書きなれた言葉であり、物語です。
『白い月の丘で』(濱野京子・角川書店)
切なく、そして燃えあがる、恋の物語です。
物語の横軸は、国と国との闘いが描かれます。そこには国を背負わされた元王子と、敵国の王子。ふたりの葛藤があります。
けれどこの物語で特筆すべきは、やはり縦軸である、その元王子と、王子の両方から愛されている、市井のくつ職人の娘との、通俗的な言い方をすれば三角関係。その関係性でしょう。
けれど、その恋がとてもうつくしく、切なく描かれています。
普通の娘であり、さして美人でもないけれど、それは、それは、うつくしい笛を吹く「マーリイ」の心の揺れと、争わず、国と国とが平安をとりもどすことを願う、作者の熱い思いでしょう。
丘の上で月をながめながら笛と琴の演奏のシーンなど、秀逸です。
リアリズムからファンタジーまで、幅広くこなしてしまう濱野京子さんの、筆の力にはこの作品でも読まされてしまいました。
『坊ちゃん』(夏目漱石・森川成美構成・集英社みらい文庫)
いわずと知れた名作『坊ちゃん』です。夏目漱石の『坊ちゃん』は言葉や言い回しの難解さから小さな子どもが読むには難しい本です。でもとてもおもしろい物語です。
そこで今回、森川成美さんが、その『坊ちゃん』を、このご本で、翻訳でいえば抄訳ではなく、完訳なさっています。
例えてみれば、まるですすけてしまった名画を修復するような、緻密な作業で。
「あとがき」を読むと、そのことがよくわかります。
森川さんの手によって、子ども向けに修復された名作は、漱石の文体のおもしろさまで、そのまま生かしています。
それがすごいと思いました。
こうした物語は概ね、ストーリーをおいかけておしまいというのが多いのですが、そういった作品とは、完全に一線を画したご本です。
こうした緻密な作業を難なくこなしてしまわれる森川さんには、ノンフィクション作家と創作、両方の資質を感じました。
『じゅんばんこ!』(季巳明代・キンダーおはなしえほん)
幼稚園の年長さんの「さくらこちゃん」は、ある夜、ひとりで寝る決心をします。
そのときの大きな味方が、だあ~いすきなぬいぐるみたち。
おまけに順番表まで作る、念の入れようです。
一緒に寝る、ぬいぐるみたちのかわいいこと!
そして、このお話には、もう一捻りあります。
それが季巳さんの物語の独自性です。
さて、じゅんばんこにならんだぬいぐるみたちにまじって、一緒にすわっていたのは、だれでしょう?
季巳明代マジックは、読後、さらにあたたかい気持ちにしてくれます。
皆さま、どうぞこの5冊、お読みになってください。
あと5冊、ご恵贈いただいたままで未読のご本がありますが、それはまたこの次に。
少しお待ちください。