太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

ストローの思い出

2018-08-26 10:58:25 | 日記

海洋汚染の一つとしてプラスティック製品がやり玉に挙がっている。中でも象徴的なものとしてプラステック製のストローを廃止しようとする動きがある。何故ストロー?容器は?といった単純な疑問もあるがリサイクルできないプラスティック製品を全て廃止しようと思うと大変な作業である。単に象徴的なものとせず根本的な対策が必要だと思う。愛煙家が、それ程悪いなら何故製造販売が許されているのかと心の片隅で思うように廃プラ問題もライフサイクルとしてのメリット、デメリットを慎重に検討しなければならない。

それほど有害なものだから製造販売しないという選択肢もある。勿論そうなれば社会生活に大打撃があることは確実である。ここは安全に処理、燃焼させるしかない。廃プラの燃焼は石油製品だから石油火力発電と同じく熱量は大きい。良く燃えるのだが完全燃焼させないとダイオキシンなどの有害物質が出て来る。それでも今の燃焼技術は数年前に比べて格段にダイオキシンの排出は減っている。CO2に関しては残念ながら化石燃料と同じである。プラスティックストロー廃止をやろうとしている企業は次に何をするのかも示して欲しいものである。当然ブームに乗るだけの行動では無いだろう。多少高くても植物由来の生分解性プラスチックに替えるとかするのだろう。この現象がちょっと前の水を被るパフォーマンスのようでは企業の信頼も揺らいでしまう。

プラスティックストローの廃止は体の不自由な人が曲がるストローでないと飲めないという問題もあるようだ。多分紙製でも曲がるストローは何れ出て来るだろう。子供が初めてストローで飲んだ時のことを覚えている。最初は口に加えてブクブク吹くだけで上手く吸えない。吹くのではなく吸うのだと言葉や動作で教えるのは相当苦労する。その内試行錯誤で吸えるようにはなるのだが。曲がるストローにも思い出がある。ちょと曲げて渡してやると泣き出した。理由を聞くと僕のストローは壊れていると言う。確かに折れているようには見えるが、再び真っすぐのして渡すと泣きやんだ。

自然のものでは麦わらのストローも有り得るだろう。自分が子供の頃、ガキ大将の家に遊びに行くと縁側の日当たりの良い所に座ってお婆さんが何やら機織機の小型のような木工細工を前にして何時も何かを編んでいる。聞くと「さなだ」を編んでいると言う。後に分かったが麦わら帽子などに使われる真田紐のことだ。多分畑仕事に動けなくなってからはちょっとした内職だったのだろう。計算してみると若し生きていれば150歳くらいだ。ストローなど無かった時代だろう。

海洋汚染の象徴として廃ストローが取り上げられたのが最初だろうが、釣りも汚染の一因であろう。偶に大きい奴が掛ると針を切られて逃げられることがある。逃げられたこちらは残念だが魚は九死に一生である。ただ可哀そうなことにその魚は一生口に針が刺さったままである。もし漁師が網で捕まえたら釣りの残酷さが伝わり釣り禁止となるかも知れない。望みは鉄製の針だと何れ錆びて朽ち果てるであろうし、ステンレス製でも何れは錆びる。鉄の良い所は大変な強度がありながら何れ錆びて朽ち果てるところである。再生産にも繋がるし環境負荷も小さい。プラスティックはそうは行かない。冷静に考えれば、口に針が刺さったままこの先生きながらえることと漁師の網に掛って捌かれて食べられてしまうことのどちらが幸せなのかは魚に聞いてみるしかない。廃プラ問題は生態系への影響が問題なのか単に自然の景観上の問題なのか、何れにしても徹底的な回収と安全な処理方法を追求することが重要である。麦藁ストローも良いが舌を断面で切ることがある。経験上。


戻ってきて居座るか

2018-08-25 11:19:58 | 日記

昨日に続き今日も朝から部屋は32℃超え。北にある台風の最後熱帯低気圧に向かって南から暖かい湿った空気が流れ込んでいる。最近は風の様子もシミュレーションしてビジュアル化しているので分かり易い。それにしても天気予報の番組というか数は凄まじく多い。しかも番組の繋ぎに挿入されるから見る気が無くともみてしまう。番組内でのお天気コーナーでは気象予報士が工夫を凝らして説明もする。可愛い娘さんに天気予報を喋らせる局も結構多いが安直な構成である。

予報を知ったところで天気を変えることなどできなく、かと言って予報に合わせて行動計画を変える機会は相当稀である。勿論災害に至る可能性がある場合は別だが。つまり予報は当たらなくても文句は言われないし、当たったから褒められる訳でもない。言い換えれば無責任なニュースである。多分各局の予報は気象庁がスパコンを使って各種データを総合的に解析したものがオリジナルだろうが出典は明らかにせず如何にも独自の解析風に見せるところは少々インチキではないだろうか。勿論民間で独自の解析手法を持って有料サービスで予測を提供するビジネスもあるがこちらは寧ろ農作物の先物取引とかに有効なのだろう。我々が接する予報はどれも似たりよったりの結論だがタダで受けられるサービスの限界である。勿論スポンサーは有料で名前だけはサブリミナルのように刷り込みに必死なのだろうが。

天気予報は今のところ1日の晴れとか雨に特化しているがゲリラ豪雨とか風車が倒れるほどのピンポイントの風向風速の予測は困難である。太陽光発電はお天気任せで不安定な電源であると50年近く批判に曝されているが、確かに雨を晴れに変えることはできない。またアレイ上空を雲が流れたら出力は急変する。しかし、もし天気予報が直近の日射強度(物理量で観測手法は容易)を予測できたら運用面で相当な効果が期待できる。翌日どの程度の晴れなのか日射強度の違いで予測できたら、また全天の雲を観測しながら流れを時々刻々予測することができればシステムの運用(制御)は相当効率が上がる。

40年近く前、四国電力がサンシャイン計画で建設したメガソーラーではインバータ(今はパワコンか)を複数台使い制御を行った。翌日曇りや雨と予報されれば予め稼働インバータを減らし、なるべくフル出力になるよう稼働インバータ数を決める。インバータはフル出力(負荷率なら大きい方)に近い方が効率が高い。インバータの前段で入り切り(手動)するから低日射で唸っているだけのインバータ損失も減る。翌日の天気予報による手動制御である。今なら全天の雲の流れの予測で完全自動制御できる。翌日の日射強度が予測できれば何時に何KW発電するか分かる。その時間帯に最も高く電気を買ってくれる客先と売買契約をする。また蓄電見合いで電気を売ることも可能になる。離れた場所にシステムを所有する事業者は明日はこの地域は売りにかけてこちらは蓄電しておこうなどとなる。天候の予測の重要性は業界のビジョンでも度々触れてきた。熱いとか寒いとか釣りに出掛けようなどの情緒的生活も必要だが経済活動に直結する天気予報も新しい可能性を開く。


やっぱり戻ってきたか暑さ

2018-08-24 08:16:30 | 日記

夜の間に台風は日本海に抜けたが待ってもいないのに暑さが戻って来た。昨日は台風の影響で風雨になるかと思っていたが朝から晴れた。台風周辺の南風が湿気を運んできたので蒸し暑さは酷暑が続いた時と変わらない。日本海側では南風が山を超えフェーン現象を起こし新潟では40度を超える始末である。お盆の間は殺生は控えたので久し振りに釣りに出掛けた。狙いはクロダイである。釣るのは難しい魚だがせめて今年の夏は何とか1尾でもと思っていた。

海はやはり大荒れで何時もは蜘蛛の子くらい大勢のサーファーが居る砂浜に誰も居ない。流石に荒波が砕け散っており危険でもあり短い波なのでサーフィンには適さないだろう。釣り場は河口から少し上ったところなので波の影響は殆どない。ところが満潮に近く何時もなら多くの子蟹が逃げ惑う砂浜に蟹が居ない。餌が無ければどうしようも無いが小一時間掛けてやっと5匹位捕まえた。まあ取り敢えずと地元に人に習ったふかせ釣りを始めた。糸のタルミと竿先を見よと言われていたが何回か餌だけ取られてアタリが良く分からない。少ない餌蟹の最後になってグぐっとアタリが来た。クロダイサイズとは行かないが20㎝は超えた子供、カイズである。タイ科の魚だけあって結構左右に暴れまくる。釣れないと思っていたのでタモ網を持っていなかったので小さな竿が折れるかと思ったが弱ったのを見計らって堤防にごぼう抜きした。銀色の鮮やかな魚体で背びれも勇ましく美しい魚である。まあ小さいが今夏の目標は達した。

夜はこの時期B級読書に耽るのだが日焼けと蒸し暑さで本を読む気にならない。酷暑の時も本どころでは無かった。酷暑前歴史小説を読んでいたが長く中途のままでSTOPしている。何時もなら一気読みだがこんなに長く中断するのは初めてである。もう少し涼しくなったら加速して読むつもりである。B級読書も冊くらい読破すると1冊くらいは面白いものに当る。10冊くらい読むと何でこの本を今まで読まなかったのだろうと思う優れ本に当る。B級読書は数打たなきゃ当らないのが籤に当ったようで楽しい所でもある。

夜はもっぱらアジア大会の水泳を視る。池江選手を筆頭に結構な活躍である。アジア大会は大きな人口を抱えており選手層は厚そうに思うがそうでもない。特に水泳は強い国は限られる。中国はそこそこ頑張っているがインドはあまり見掛けない。バングラなどは出ているのだろうか。開催国インドネシアも人口の割には競技人口が少ないのだろう。国策でスポーツ振興でもしない限り強い選手は現れないようだ。多分スポーツ文化も関係している。また先進国の科学的トレーニングを取り入れないと根性だけでは勝てないのかも知れない。泳ぐのは洪水の時だけとか鰐に追いかけられたら必死だよなどと差別発言はしないが、速く泳ぐというのは実生活ではそれほど必要なものではない。長く泳げる方が命を守るためには必要だろう。近代スポーツは実生活と密接に結び付かない、言わば贅沢、余力の証なのだろう。なんとなくアジア大会を見ていると欧米の真似をしてきた日本がアジアの中で勝つことを素直に喜べないのはひねくれものだからだろうか。何年か後にはカンボジアもラオスもミャンマーも活躍して欲しい。


オッサンレベル

2018-08-23 08:07:46 | 社会観察

昨日ブログで東京は大災害の避難に備えて近隣県と協定を結ぶべきと書いた。何と夕刊に同じ事がほぼ1面を割いて載った。大学の先生までまことしやかに近隣県への避難の必要性を説いていた。オッサンレベルである。橋は通行不能になるだろうが残念ながら川の渡り方までは言及していない。ましてや近隣県の受け入れキャパなど本当に真剣に取り組んでいるのだろうか。我が家でも緊急事態になれば5人くらいは受け入れても良いが代償については別途相談ということになる。

日本人は災害時にも冷静で諸外国のように暴徒化して略奪などない国民性は世界からも称賛されている。しかし、命に関わるとなった場合果たして何処まで冷静沈着に行動できるかは疑問である。衣食住のうち最も重要なのは水と食料の確保である。コンビニが略奪対象にならないとは誰も言えない。衣は気候からして何とかなる。気候が良ければ住も最低限のもので凌げる。食は山形県民ほど恵まれていないから苦労する。野菜は育つのに時間も掛る。野生動物も少ないから狩りで即食糧となるのは魚くらいか。自分も調子が良ければ晩のおかずくらいは釣って来る自信はあるが精々3人分くらいだろう。米は他府県から輸送できると思ってはいけない。海路と言う手もあるが陸路の交通インフラはズタズタになって必要な場所までは届かない。

復興までの間に疎開と言う手はあるが四国と九州はあまりあてにはできない。大量の疎開民の流入で治安は悪化し、自らの食糧にも事欠くようになる。結果彼らは海に囲まれているのを良いことに独立を宣言して疎開民を厳しく制限する。北海道も海に囲まれているがこちらは受け入れを奨励するだろう。まだまだ開拓の余地があるからである。しかし残念ながら気候が厳しく衣や住には結構困る。

頼れるのは陸続きの東北である。山が多く県境に壁を作ることは不可能である。壁の費用は東京が負担せよとばかり今まで偉そうにしていた東京にしっぺ返しをするかも知れないが。何れにせよ誰も彼もが疎開民になれるとは限らない。当然廃除しますと言われる人達も居る。ことここに到るまで災害対策を放置していた政治家や官僚は不作為の罪で疎開は受け入れられない。食糧に限りがあるからギャル曽根も断られる。0~18歳までは将来性を買って無条件OK,18歳から40歳までは労働力としてこれもOK。40~65歳はかなり選別される。昔の権威を笠に着て偉そうにするが本人はないもしない者NG。歳のわりに良く食うが体力はさほど無いヤツもNG。この年代は競争と選別が激しい。

65~74の前期高齢者は基本NG。年の割に報酬を気にせず元気で働ける者はOK。75歳以上は残念ながら諦めて貰うしかない。体の不自由な人とか病人はというと国民性というより県民性によって受け入れ方に差が出る。東京都民の覚悟がどの程度あるかは知らないが、今の内に東北に土地を確保しておいた方が良いのでは。生活インフラのうち幸い日本に水源は沢山ある。人工でしか作れないのは電気である。イザと言う時に太陽電池設置のための保全林として場所だけは確保しておく。勿論どこかでやってしまった勝手に伐採や造成などは許されない。蓄電?車載用を原発事故の時のようにかき集める。この際効率などとは言って居られない。前期高齢者に経験者で体の動く奴を動員すれば2~3日で発電までできるようになるだろう。良かった、最後の節で私も疎開民にはなれる。こんなブログの一部でも当たってしまうと大変なことになる。これ以上の悲惨な想像は止めにしよう。


絶対エースの辛いところ

2018-08-22 07:57:39 | 社会観察

昨日ブログに書いた通り大差で大阪桐蔭が甲子園で優勝した。予想どおりというのは失礼だがここまでエース一人で予選から勝ち上がってきたチーム金足農はやはりここで無理が出た。幾ら何でもこのスケジュールを一人で投げ切るのはロボットでもない限り無理である。もし1回戦で当っていたらもう少し接戦になったのは間違いない。 

大昔だが職場で野球チームを作った。上手というより好き者の集まりである。人数も限られた職場だったのでピッチャーはロートルでコントロールは無かった。大学野球部で補欠だった男など一塁に走った跡に2本線ができていた。本人は足を上げて走っているつもりだがスリ足の痕跡がくっきり残っていたのだ。それでも地元の社会人リーグの最下部に参戦した。社会人らしく贅沢に誂えたユニフォームは紺地で胸と腕に綺麗な桜の刺繍を入れた。これが勿体ないので誰も辞めるとは言わなかった。ある時地元のラーメン屋で構成されているチームと試合があった。勿論相手は若いし、どうも高校野球経験者も何人か混じっておりコールド負けだった。翌日職場に警察が訪ねて来た。何事かと話しを聞くと昨日の相手チームの中に、ある事務所の玄関先にバキュームカーで糞尿を撒き散らした犯人が混じっていたらしい。アリバイなのかその時は野球をしていたと言い張っているらしい。顔写真を見せられたがいちいち顔など覚えてはいない。警察が帰った後皆で、昨日は汚ないヤジをとばさなくて良かった、今ごろ玄関でヤジよりもっと汚ないモノを掃除するところだったと胸をなでおろしたものだ。

こんなチームにも地元の高校で野球部だった男が入ってきた。内野手だったがピッチャーもできるだろうと年老いたピッチャーと交代させた。これが結構スピードもあり何とか試合らしいものが出来るようになった。ところが彼は5回あたりから急にコントロールも悪くなりスピードも出なくなる。フォームを見たら一目瞭然で、それまではワインドアップの時スッと真っすぐ立ってホーム目がけて投げる。ところが疲れて来ると反り返って天を仰ぐような姿勢になり、当然キャッチャーなど見ないで投げる。要は担ぎあげて砲丸を投げるような格好である。本人に注意しても何も変わっていないと言い張る。疲れて踏ん張りが利かない専門的には体重が軸足で支えられずタメが利いていないのである。コールド負けは減ったがその分試合時間が長くなり3年くらいで皆さん歳のせいで疲れが溜まるようになり自然開散となった情けないチームだった。今でも何処かに当時のユニフォームは記念に保管してある。金足農の吉田投手も最後は本人にしか分からない疲労負担はあったのだろう。反り返って天を仰ぐようなフォームになって居れば監督も躊躇なく交代させていただろうが意地でも我慢していたのだろう。それでも高校野球の面白さは全国民に伝わったと思う。この間のプロ野球ニュースのつまらなさは多くの人が感じたと思う。 

以前ニュースにならない県というブログを書いた覚えがあるが、事件や事故、大災害あるいは何か慶事で取り上げられることが少ない県である。秋田、山形などは代表である。言いかえれば平和で豊かな県である。秋田出身の部下がいたが、大らかでポジティブ苦労などしたことが無い風だったが理由あってライバル会社に移ってしまった。可愛がっていた男だが新しい会社に移ってからあの時は申し訳ありませんでしたと謝りに来た。もういいから今度は何があってもいの一番に辞めるな、兎に角粘れと言ったら今は太陽電池関連で執行役員にまでなっている。山形出身の部下も居た。暮らしぶりを聞いていると如何にものどかである。TVで山形県民は庭先の雑草を食べると言っていたので聞いて見ると本当であった。スベリヒユという草で確かに我々はどこでも見かける雑草だと思う。ところが彼はたまたま生えている所が雑草と同じだがあれはちゃんとした野菜ですという。八百屋にも売っていますと言い張る。1度山形に行った時確めようとスーパーに入って探したが見つからない。山形の彼に言うと季節外れですという。在来線より遅い新幹線と称する電車がくねくね曲がったレールを走って着いたが山形は大変落ち着いた街並みである。あまりジタバタしない暮らし向きが分かる。雑草の件で彼に、もし日本列島に大災害が起こっても山形は自給自足で生き伸びるのではないかと言ったら、確かに生きるための全ては一応ありますねと平然として答えた。秋田には行ったことは無いが多分同じだろう。この豊かさに県民は気づいているのだろうか。都市で1強の東京など50センチも雪が降れば完全に機能麻痺、大停電もしかり、食糧は近隣県から調達せざるを得ない。地震は切迫しているが逃げ場はない。1強のエースが崩れたり、1強の安倍さんにもしものことがあったら大変である。1強というのは余人をもって替えがたしというのだろうが実に危うい。もしものことだってあり得る。大都市は直ぐにでも地方都市や県と協定を結ぶべきである。避難民の受け入れや食糧調達などである。取り敢えず東京は東北の何処かの県と。東北では無いが我が県も知事が自慢するように各種野菜の生産量は日本一である。3倍くらいの値段で東京に売り出し、たこ焼き屋のようにレシートは出さない。東京から避難しようと思っても大きな川が2本もあり大概は溺れるだろう。東京は今の内に近隣県とイザと言う時のための平和協定を結ぶべし。