太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

やっぱり秋はやって来る

2018-08-19 09:47:40 | 日記

26.4℃、R.H51%と理想的に快適な気候である。雲は青空に相当高くなってきた。吹き込む風も下着一丁では少々冷える。つい先日まで続いた酷暑もさすがに息切れしたきた。もう一度くらいは暑さはぶり返すだろうがもう長続きはしない。酷暑に耐えかねてついにクーラーを買ったり買い替えた人には少し残念だろう。もしこういう気候が年中、一生続いたらどうだろう。

ダウンのジャケットもクール下着も生まれてこない。ユニクロは世界ブランドになっていない。エアコンも発明されていない。汗をかかないから洗濯機の需要も減る。良い事もある。工場は冷暖房にエネルギーを使う必要はなく省エネになる。しかしこれらはそもそも必要としない物だから必要性とか無駄という概念はあり得ない。結構なことだが人間は生きる為の知恵や工夫をしなくなる。問題はイザと言う時本当に知恵や工夫が働くかということである。急激な変化が訪れると人類は破滅するだろう。

変化がない気候というのは社会に置き換えると格差が無い社会に似ている。貧富の差と言っても良い。全くフラットな社会では経済活動は大停滞する。知恵や工夫が働き難いのみならず努力すら怠ることになるだろう。多くの貧しい国々を見て来たが、頑張ればきっと日本くらいにはなれるよと心の中で思っていた。中国やインドが貧しいままで飢え死にするような人が居たら先進国には負担でもある。欲しがっても買えないのだから。最近の中国は少し様子が変わってきた。銀座で多くの中国人観光客を見ると、頑張ってとは思ったが追い越せとは言わなかったのにと言いたい。

社会というのは動かなければ成り立たない。全くの平地では川は流れない。多少の高低差は必要である。行き過ぎた高低が問題であるが何処と言う基準がないからこれまた厄介である。もし全ての人が幸せを感じる社会というのもがあるとしたら、思いっきりジャンプすればてが届きそうな目標がある、手が届くかも知れない明るい未来が夢想できることである。