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パオと高床

あこがれの移動と定住

内田樹・白井聡『日本戦後史論』(徳間書店)

2015-06-26 11:11:35 | 国内・エッセイ・評論
危機的状況に対して言論が何を語れるか。
もちろん、言論は危機を煽ることで切迫急務の説得を採るものではない。そうすれば、それは危機を担保に
ヒステリックな心情を誘導しようとする政治の手法と同じになるからだ。
そうならないためにも、史論と名づける史観を示しながら、現状を把握し、問おうとする知性が必要とされる。
白井は「敗戦の否認」という視座で戦後の日本の政治とそれを支えた国民意識を解読する。敗戦を認めず、認
めなかった以上、永続敗戦レジームが継続しているという状況を語り、それによって内田との対談によって出
てくる「対米従属による対米自立」という政治的営為の持つ問題点を指摘していく。それが政治に及ぼしてい
るアンビバレントな様相を示す。
もちろん、この「永続敗戦レジーム」は「戦後レジームからの脱却」というスローガンとは違う。むしろ、そ
こで言われる「戦後レジーム」とう言葉の奇妙な歪みを指摘しているのだ。戦後レジームをアメリカから押し
つけられたものとしながら、それからの脱却でより前近代に戻ろうとする発想。しかも、それは、敗戦を否認
することによって戦前戦中の体制そのものを温存しながら繋げてきた現代史そのものを名づけているものだと
いう歪み。であれば、戦後レジームとは、戦前レジームの一時的な擬態にすぎないのではないか。さらに、で
あれば「戦後レジームからの脱却」とは、単にスローガンのためのスローガンにすぎない。そんな前近代性を
思考しながら憲法の精神を守るのだと言い張る奇妙な歪み。その現政権を二人の対談者は鋭く批判しながら、
それを生み出す戦後史と国民感情も腑分けしようとする。

面白いもののひとつは、内田による精神史的な考察。精神の深層で抑圧されているルサンチマンと自己破壊型
の破滅欲求が、明治維新以降、太平洋戦争や、戦後の対米外交、政治の中で噴出しているという考察だ。それは
現在の政権の中に、個人の破滅欲求として表れていると考える。そして、この個人の欲求が集団の共同の欲望
となり、精神の深層で希求するものが重なってしまう現況の危機を指摘する。ここ十数年の世論の振れ幅のヒ
ステリックな広さ、結論へのせわしなさ、好戦的な決断のほうをより求めるような姿勢、ここに内田の視線は
向かう。そして、政治や文化を支える力学的な実際の動きへの推察と同時に、それを生み出し支える深層心理
を分析し言及する。その語りが面白かった。
確かに、この今の状態はもういいよ、一回チャラにしてしまえという壊滅への衝動はあるのかもしれない。そ
れを抑えずにそのまま露わにしてしまう幼児性は恐ろしいものだ。

他には、司馬遼太郎の日露戦争から太平洋戦争終結までの40年を「鬼胎」とする見方に敬意を払いつつも、そ
れを「鬼胎」ではなく歴史の継続として当然生み出されたものだと批判するくだりもそうかもなと思えた。

また、フランスがドイツに侵略されてから第二次世界大戦終結までの状況と、ドイツ協力によって迎えた敗戦
を否認したという指摘や、ドイツの戦後処理でヒトラーへの責任の負わせ方による敗戦の否認という指摘は、
それでもこれらの国の戦後処理が日本とは違うということを考えさせてくれた。
戦間期ということばをヨーロッパでは使うと書かれているが、確かに、そんな状況を思わせる、あるいはすで
に戦前であるともいわれるような時代の中で、何かうっすらと感じていた異形性に対談で言葉が与えられてい
く感じがした。

従属すれば自立独立させてもらえると考える「のれん分け」とか、守株のうさぎを待つように仕向ける「待ち
ぼうけ」戦略などの言葉も合点がいく。
権力の言葉に、操作し蹂躙しようとする言葉に対抗する言葉の力を信じたい。

小泉武夫『くさい食べもの大全』(東京堂出版)

2015-05-23 21:04:57 | 国内・エッセイ・評論
久しぶりの小泉武夫。今回は「大全」だ。食べ極めるくさいものが溢れている。
「はじめに」で、いきなりこう来る。

  昨今の日本では、個性派とおぼしき人物を見かけることが
 めっきり少なくなった。

あっ、来るぞ、その個性派から臭いにくるぞ。で、

  個性を生み出す大きな要素のひとつが、においだ。

だが、においを排除する現代を慨嘆。いわく、

  くさいものを知ることは、人としてたくましく生きるために欠
 かせない教養なのだ。

そして、「人間力」にとって重要だという。臭いは存在の、生命の維持にとって
重要な要素である。生命の危険は臭いによって回避されることが多いはずで、つ
まり無臭は危険なのだ。

とか何とかは置いといて、とにかく、獲物を狙う狩人のように、臭い食品を狙う
小泉武夫に連れて行かれる。
章立ては、第1章魚類、2章魚醬、3章肉類、4章納豆、5章大豆製品、
6章野菜・果物、7章虫類、8章酒類、9章チーズ、10章漬物となっている。
納豆は、それで1章できるだけの際立ちがある。ふむふむ。なるほどとか思いながら、
大豆、漬物の1章もあるよな。魚醬で1章というのも面白いな。とかとか、げっ! 虫、
とも思ったり。そして、それぞれの食品の臭度を★マークで5段階にわけている。
★1つは「あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる」。
2つは「くさい。濃厚で芳醇なにおい」。
3つは分かれ目、「強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる」となり、
では、4つは、「のけぞるほどくさい。咳き込み、涙することも」。ここには「熟鮨」
「ニョク・マム」「ドリアン」などがいる。
そして★5つです! 「失神するほどくさい。ときには命の危険も」ということで、
この本冒頭の一品は「シュール・ストレミング」。
その次に配置されたのが「ホンオ・フェ」。そして、3番目に置かれた「くさや」などが、
このテリトリーに入る。「臭豆腐」も★5つだ。
紹興酒と一緒に食べた臭豆腐はおいしかった。
そういえば、かなり昔に食べた「くさや」も店の人はホントに大丈夫って聞いて出して
くれた。

臭いの成分、食品の製造過程、その効用、また小泉武夫のその食品との出会いなどが
コンパクトに書かれ、学術性も備えながら、とにかく面白い。これは小泉武夫の著作
にはたいていあてはまることだが…。だから読んじゃうわけで…。
ごろんとなって、これはパスかなとか、これ食べたよとか、これ食べてみたいなとか、
思いながら、ああ、世界って広いし、人類は「快食」だよなと別の著作の題名を思い
浮かべたりして、楽しく時間を過ごせたのだ。

吉田秀和『マーラー』(河出文庫)

2015-02-01 12:22:44 | 国内・エッセイ・評論
吉田秀和の『永遠の故郷』4部作はよかった。
その3冊目に当たる「真昼」は、11の章のうち7つがマーラーについての文章だ。マーラーの歌曲と歌が、吉田自身の「永遠の故郷」になっていく様子がしみじみと伝わってきた。

そして、今、この『マーラー』に収録されている、1973~74年に書かれた音楽評論「マーラー」を読むと、吉田の思索がずっと繋がっていて、それ自体が音楽の流れのようであり、彼はそこへと戻っていったのだという思いがする。
小沼純一が解説の結びで胸に迫る書き方をしている。

  吉田秀和は、本書の「以後」においても、マーラーについて思考をとめたわけではない。さ
 きごろ四部作が完結した『永遠の故郷』(集英社)、その三冊目「真昼」の半分以上はマーラ
 ーの「うた」をめぐってのものとなっている。音楽が心身の中でうごいているかぎり、思考も
 とどまることはない。

マーラーブームは何度かくる。日本ではその端緒が70年代に入った頃からなのだろうか。
73年の文章「マーラーの流行をめぐって」に、「世界の大勢も50年代終わりからかわりはじめ」、この頃(50年代末)から「若い世代までが、選りに選ってマーラーには大きな興味を示しているのである」と書かれている。そして、2011年の文庫版への「あとがき」で、吉田は、マーラーの交響曲全9曲を聴いたのはバーンスタインの全集を通してで、「あれは七〇年代に入ってからのものだったと思う」と記している。
そんな中で、吉田はマーラーと、73年というその時、「私に与えられた課題は、自分がまだやれる間に、私の今の力が許される限りでの決着をつけておくこと」として格闘する。
あっ、さすがだと思うのは、対象が、つまり、マーラーが、自分との関係性の中に存在しているということを前提しているところだ。「私の今の力が許される限り」ということは、継続性と変化を見通しているのだ。私も動的な存在である以上、対象であるマーラーも動く。音楽とその聴き手の関係、相手と自分との関係を批評の中で意識しているのだ。変化があれば、不変が見える。不変にかたくなに固執すれば変化は見えない。すでに、それは音楽と楽譜の関係、CDと演奏の関係、演奏者の一回性の関係も含んでいる。それ自体が音楽というものの基本スタンスになっている。作曲家が生きた現在があったように、評論家吉田が生きた現在があり、指揮者が生き、演奏者が生きた時代というものに同期した「私」がいるのだ。楽譜は、そのプログラムとしての普遍を刻む。だが、それは、どこまで作者が注釈を加えても「楽譜」である。「楽譜」の読み込みと再現された演奏の聞き込みは二つながら批評される。
音楽評論の面白さのひとつは、その「楽譜」の意味とそこから立ち上がる音の鮮烈を伝えるところだ。だが、それが分析に終始しては生きた音は言葉にならない。そこに評者の耳の実在がある。
吉田秀和は、「マーラー」の冒頭をこう書き始める。 

  マーラーはむずかしい、私には。
  私には、まだ、彼がよくわかったとは言えない。では、なぜ、彼のことを書くのか?彼の全
 体について、知れるだけのすべてを知り、味わえるだけのすべてを味わいたいという欲望をか
 き立てずにはおかない。

わからなさは魅力なのだ。それが想像を、創作を、かき立てるものである限り。もちろん、吉田秀和は「わからない」わけではない。「むずかしい」のだ。言いかえなければならないだろう。「よくわかったとは言えない」ところが、魅力あるいは引力なのだ、と。仮にたっぷりの斥力があり、それと相殺してもなお。

  いや、今でも、まだ、私は、マーラーを聴いていると、それに異常にひきつけられると同時
 に、そこから離れたいという気持ちを覚える。この音楽でなくて、もっと軽い足どりで歩いた
 り踊ったり、歌ったりする音楽へ戻ってゆきたいという考えの、たかまってくるのを感じる。

この複雑骨折。これが、逆に骨肉を強靱にする。吉田は、それでも「マーラーを考えるということは、個人の好みを超えた意味があると考えられる。」と書き、彼がいなければ「音楽は十九世紀の芸術から二十世紀のそれへの以降は完全に成しとげるわけにはいかなかったろうと思われる。」と書いている。
マーラーの人となりを語りながら、マーラーへの自身の思いを告げ、そして、マーラーの音楽を分析する。楽譜を収録しながらこう書く。

  《大地の歌》の主調は、この五音音階の上に築かれる(シューマンの《交響的変奏曲》の主
 題との驚くべき類似性!)。と同時に、この六つの歌からなる交響的作品では、全曲の最後を
 結ぶc-e-gの三和音とそれに6度のaを付加した四つの音に、一種の音列的な役目を与えられて
 おり、その姿がーあるいはこの順で、あるいはその反行、または逆行の形で(もちろん前の例の
 ように移調も含めて)出没しながら、全曲を統一するかなめとなっているのである(譜面16)。
  生の暗さは死の暗さの反映であるとともに、その裏返しでも、逆でもありえよう。

楽譜を読める人や音楽をやっている人は、こういうくだりがきっちり理解できるのではないだろうか。それができない僕は、それでも楽譜を添えて書かれた吉田の分析を面白く読める。そして、導き出すコメント「生の暗さは…」などに、そうかと思うのだ。
吉田は「マーラー」の後半半分以上を、マーラーの後期三作、《大地の歌》《第九交響曲》未完の《第十交響曲》のためのアダージョについての考察に費やしている。そして、痛切な思いを読み取る。

  つまり、死への恐怖は生へのあこがれの裏の面である。
  もう一度、生きたい。生きて愛したい。(略)かつて、自分はあんなにひとりぼっちだった
 が、しかし、今にしてみれば、その孤独の中で、自分はいつもよりずっと充実して生きていた。
 それが、間もなく、許されなくなる。生きたい、もう一度!
  いつの間にか年を重ねてきた今となって、聴くたびに、この音楽の中から、私に聴こえてくる
 のは、この声だ。

そして、《大地の歌》の終楽章〈告別〉で大地からの告別を示しながらも、しかし、その終結部がなお、真の終わりに達していないで、「もう一度回帰してくる希望のすべてが閉ざされ切ったわけではない」ことの「暗示」を聴き取る。読みながら、あっと感動する。しかも、この箇所では、曲に、べートーヴェンのピアノ・ソナタ「告別」のモットーからの引用があることをを指摘している。さりげなく音楽のつながり、知の連鎖が示されているのだ。

吉田秀和はマーラーの魅力を、「楽式の構造」と『旋律の比類ない表現力」としている。そして、この二点を軸に構造分析ともいえる解読を、学者然としてではなく、魅力的な文章家、批評家として行っているのだ。それは、吉田の文章の「知の構造」の強固さと「文章の情感も含んだ比類ない表現力」に対応できる。

それにしても、この文章でも書かれているが、十九世紀末から二十世紀初頭、旋律が出つくした後の作曲家はたいへんだったと思う。モーツァルトやベートーヴェンなどなどがやりたい放題した後の音楽家は、「一方では旋律の発明が至上の命令なのだが、その発明の可能性は調性の枠内に留まる限り、もう残りは数え上げられるくらい、少なくなってきていた」状況にいた。その中で、マーラーは旋律家として生きた。その才能はおそろしいものだ。だからこそ、「マーラー」の結びの文で書かれたように、彼は「いつの時代に属するというよりも、永遠の存在のひとりとなるべきだったというべきではないだろうか?」。

この本には、他に指揮者によるマーラー演奏についての文章が収録されている。ヴァルター、ショルティ、バーンスタイン、カラヤン、シノーポリなどなど。僕はカラヤンのマーラーについての文章が面白かった。
これを書きながら、今、佐渡裕指揮、シュトゥットガルト放送交響楽団演奏の五番を流している。 

青澤隆明『現代のピアニスト30―アリアと変奏』(ちくま新書)

2014-06-25 12:44:19 | 国内・エッセイ・評論
音楽を聴くということは、音楽を語ることにつながるのかもしれない。そして、音楽を語るということは、曲を語ると演奏を語るとに別れる。作曲家を語ると演奏家を語るということだろうか。
岡田暁生は『音楽の聴き方』という名著で音楽を語るということに触れていた。梅津時比古は、これまた名著『フェルメールの音楽』で音楽批評の見事な文体を披露した。吉田秀和の『永遠の故郷』には思わず涙が出そうになる。
で、この本。文体が格好いい。ロマン主義的感覚と知的な硬質さが渾然としている。颯爽とした断定と情感のある問いが文を推進させる。

扱うピアニストは30人。
冒頭にグレン・グールドを配する。
その章は「饒舌が隠したもの」という小見出しで、「それにしてもグレン・グールドはしゃべり過ぎる。」と書き出される。
グールドを「純粋主義的な立場」を採ったとして、「簡明なスタイルは、副次的な要因を排除し、透明な論理構築を通じて精神の運動を顕在化させる試みの結果だ。俊敏な打鍵とそれに見合う楽器の軽快な反応が、その前提条件となった、」と書く。そして、コンサートを止め、レコードに専念することで、「レコードを通じて、聴き手は音楽を私有することができる気分になる。そうした個々との接続を通じて、グールドはますます自己の存在を複数化し、ますます個人にとっての実在感を強め、同時に不在感をも強めていく。」とも書く。グールドの肉体の実体的な消滅。演奏が残る。それを「グールドベルク変奏曲」と洒落てみせる。その小見出しの文章は、「グールドは二度死んだ。ますは、コンサート・ピアニストとして。次いで、グレン・グールド本人として。だが、どちらの死も、彼の音楽家としての生を終わらせることにはならなかった。それどころか、姿を消すことで、さらに強く生きながらえることに成功したのである。」と書き継がれる。文学批評の「作者の死」をレトリックとして使っている。作者が死んで生きる、現代を書いている。

他には、ボクが好きなポリーニの文章も面白かった。副題が「未来というノスタルジー」。格好いいよね。そして、天才的な技術力を持って登場したポリーニの70歳の時の演奏を聴き、「多くの思慮を実現する鮮やかさはないが、なにかを諦めるというよりも、ひとつの生命を絶やさずに繋ぐ推進力が大きい。綿密な構築よりも、いまできることを自身に率直に追いかける、ひたむきな疾走だった。」と感じとる。だが、ここまでんお演奏批評では終わらない。青澤はさらに、老いという現在について書き、かつ、問う。

  おそらく、そのときポリーニには現在しかなかった。過去の自己の術
 水準や、未来という精神的な負荷を担う余裕はなかった。確信や進歩へ
 の方向性は、それを憧憬として生きてきた人間にとって、ロマンティシ
 ズムの照準でもあった。しかし、高い矜持や同時代との連帯の夢想もま
 た、厳しくみれば、いまやひとつの壮大な郷愁と化しているに違いない。
 それでも彼はその黄昏を許さず、ノスタルジーだとしても正面で生きよ
 うとする。自らの脱神話化を通じて、その幻影から解き放たれつつある
 老いた英雄は、いまどのように自身を見つめるのだろう。

批評の文体がある。それが音楽を、演奏を語る魅力に繋がっていく。
第一章では「戦後世代の美学」として1960年代と仕切って、ポリーニ、アルゲリッチ、バレンボイム、アシュケナージ、リグットを採り上げる。ボクは、この章が聴いたことがある演奏家が多かった。アシュケナージ評は、妙に納得した。第二章「独歩の探索」は70年代で、アファナシエフ、ルプー、内田光子、ペライア、ゼルキン。以下2000年代以降まで6章に冒頭と末尾のアリアをつけて8章構成になっている。
他の音楽批評と同じで、本として読んで楽しい。そして、その演奏家を聴いたときに、ああ、そういえばと、引っ張り出して読んで、また楽しいだろう一冊だ。

アファナシエフについての章で、彼の演奏会を聴いたときの、書き出しは、「帰れるだろうか、果たして。私はそう思った。2011年11月21日、この夜のなかから出て帰れるか、ということだが、これには二つの異なる意味があった。」である。この時の作者の意味は、アファナシエフの「漂泊する孤独や絶望の煉獄から帰還できるか」という想念の帰還と、名古屋の演奏会場から新幹線の最終で東京に帰れるかという「地上的な意味」の、二つの意味だった。
この文章を借りれば、音楽批評は帰れるだろうか。音楽に、言葉に。この二つながらを往還しながら、語り出される音楽批評は、批評として、これも、やはり、いいな。

三好達治『月の十日』(講談社文芸文庫)

2014-03-30 12:31:54 | 国内・エッセイ・評論
三好達治のエッセイ集である。つらつらと、ぱらぱらとページをめくっていたのだが、文体が不思議で面白い。この人の多くの詩はばさっとそぎ落とされた日本語の切れが鋭いのだが、散文はむしろうねうねとしている。それが、削がれた痕跡を残しながらうねうねとしているのだ。確かに、三好達治の詩にも、削がれながらつながっていく詩があるが、この散文文体は面白い。散文のお作法と抵触しながらスタイルという文体の本来性を持っているのだ。
例えば、長い引用になるが、

  以前はもっていた気軽に旅に出る習慣を私は永らく失っている。どう
 いうわけか、つい無理が先にたってそうなっている。時間と財布の都合
 の悪いことも重なり重なりしている。田舎は田舎で戦後の苦渋な生活に
 さいなまれているらしき様子は、眼にふれる読みものなどで承知するだ
 けでたくさんのような気持もした。旅行雑誌の写真などを眺めていると、
 ついでに案内地図を丹念に詮索してみたりはするけれども、そうしてい
 るうちに気分の滅入ってしまうのを覚えるようなことが多い。風景なん
 ぞが、何のたすけになるものかと、と考えることもあった。都会の乱雑
 な、無様な景物は、その騒音よりもいっそう私には閉口の、苦手の、比
 喩ではない手ごたえをもって日日痛ましく痛々しく見えるものではあっ
 たけれども、そこの生活には一種の魅力があった。場末のごった返しに
 は奇妙に、見なれてはいてもなっとくのいきかねる妙な魅力のあるのを、
 これもまた日日に私は覚えた。
                       (『月の十日』一から)

『月の十日』の第一章のほぼ書き始めの部分である。昭和25年に発表。三好達治の戦後の精神が反映しているエッセイであると考えられる紀行文だ。紀行文なのに、旅に出る魅力を感じないと書き始める。なんだか不機嫌。田舎は書物で十分だという風であり、東京への不満をいいながらも、それでも魅力を感じているという。そんな自身の感じへの不満感もある。「何だかな、いいのかな、変だよな、いいんだけどな、でもな」というあたりを逡巡しながら、風景との呼応を探っているような心がある。
解説で佐々木幹郎が坂口安吾と比較しながら上手く書いている。坂口安吾の『堕落論』の「墜ちよ、墜ちよ」を引きながら、

  坂口はここで戦後の日本人に、「墜ちよ、墜ちよ」と、まさに三好が拒
 否した「堕落し、浅ましく成り下が」ることをこそ奨励していた。現在か
 らふり返ってみると、この坂口安吾の乱暴とも言える提言は、戦後の日本
 文学が焼け跡から立ち上がる原動力と呼応していたとわたしは思う。三好
 達治は、「けれども」と「しかし」の狭間で、孤独になる以外になかった。
               (『月の十日』の佐々木幹郎「解説」から)

 詩は、この「けれども」と「しかし」から生まれるのかもしれない。割り切れてしまったら、詩を生みだす時差は、空隙は、生まれない。そして、散文のうねりも、三好達治の詩精神から生まれだしているようだ。
引用した文を追ってみる。
「どういうわけか、そうなっている」で済むところなのに、「どういうわけか」のあとに、「つい無理が先にたって」という挿入句が入る。何だか、無理へと読者を誘う。その無理が、「時間と財布の都合の悪いことも重なり重なりしている。」という次の文の微かな諧謔味につながる。あっさりいかない面白さ。そして「重なり重なり」という重複表現のおかしみとも、それこそ「重なり重なり」する。で、「重なり重なり」と「田舎は田舎で」という次の重なりも呼応している。
で、行きたがっていないようにしながら、「旅行雑誌の写真などを眺めていると、ついでに案内地図を丹念に詮索してみたりはするけれども」と、結局、「詮索」しているのだ。心はそぞろ神に引かれている。そして、「けれども」という接続。芭蕉と違って、「詮索」のうちに「気分の滅入ってしまう」わけで、なかなか、芭蕉にはなれない。ただ、文章の背後には『おくの細道』の冒頭の気配が漂っている。

そして、修飾部の多用される文体が現れる。
「都会の乱雑な、無様な景物は、その騒音よりもいっそう私には閉口の、苦手の、比喩ではない手ごたえをもって日日痛ましく痛々しく見えるものではあったけれども、そこの生活には一種の魅力があった。」
ね、「乱雑な、無様な」、「閉口の、苦手の、比喩ではない手ごたえをもって」という部分。散文のお作法から言えば、しつこいようにも思うのだが、ことばを生きている作者の姿勢が感じられる。さらに、対句を微妙にずらしているような表現に、破格のようでありながら妙な様式性があるのだ。さらに、視覚的な文だったはずなのに、ここで「騒音」という耳が介入してくる。三好達治は都会を「騒音」としても感知しているのだということがわかる。
そして、他の箇所にもある、三好達治の散文でボクが最も驚いた表現にぶつかる。
「痛ましく痛々しく」という同義反復だ。こんな言い回しがよく遣われている。「景物」は「日日痛ましく」と書いたときの、この痛ましさは景物の視覚的な痛ましさである。そして、それが「痛々しく見えるもの」といったときに、視覚を通して見たものの痛ましい景観が、三好達治の心で「痛々しく」感じられているのだ。外観から内観への移行が瞬時に行われている。心が呼応する状態が一瞬のうちに書き採られているのだ。
で、ここにも「けれども」が来る。常に心の振幅を感受している。だから、「場末のごった返しには奇妙に、見なれてはいてもなっとくのいきかねる妙な魅力のあるのを、これもまた日日に私は覚えた。」という感性のありかが記述されるのだ。「見なれてはいてもなっとく」しない。そして、「なっとくのいきかねる」からこそ、存在する「魅力」。さらりと詩の精神が語られている。

これだけの引用でも、何だか驚きを感じてしまった。三好達治、喰わず嫌いだったのかも。

重複表現の追記。
「机にむかって落ちつきよく落ちついているのでもなくて」
「注釈書の類にもその後気をつけて眼をとめたが、私の求めるところに力点を置かない風の気のないものがたいていであった」
とかとか。

エッセイは、このあと松尾芭蕉の甲子吟行の話にすすむ。ここも面白い。