素晴らしい風景!!

色々歩いた山や国内の風景等をご紹介いたします。

🚉 東京駅 🚉

2013年03月31日 | 史跡・名勝探訪

1914年(大正3年)、首都の玄関として建設されて以来、歴史と風格が感じられる丸の内地区の中心的存在として親しまれてきた赤レンガ駅舎。

東京駅の位置は、江戸時代からの繁華街である京橋側ではなく、建設当時はまだ野原だった丸の内側に建設された。                                                                                                 皇居の正面に設定され、丸の内口の中央に皇室専用貴賓出入口が造られたことから分かるように、国家の象徴的な位置付けであった。

JRでは東京駅を『中央駅』と位置付けており、前身である日本国有鉄道(国鉄)の時代から列車の進行方向を示す『上り・下り』の基点となっていた。

現在、中央本線は東京駅~神田駅間は戸籍上「東北本線」となっているが、起点であった東京駅へ向かう列車が引き続き「上り」とされている。                                                    なお、『中央駅』である東京駅は東京都区内および東京山手線内各駅を発着するJR線長距離乗車券の運賃を算出するためのキロ数基準駅ともなっている。

1889年に国鉄東海道本線の新橋~神戸間が全通し、私鉄の日本鉄道が上野を始発駅として青森に向けて線路を建設していた。                                                                              そこで、新橋と上野を結ぶ高架鉄道の建設が東京市区改正計画によって立案され、1896年の第9回帝国議会でこの新線の途中に中央停車場を建設することが可決された。

実際の建設は日清戦争と日露戦争の影響で遅れ、建設工事は戦争終了後の1908年から本格化し、1914年12月18日に完成し、同時に『東京駅』と命名された。

東京駅本屋は、辰野金吾と葛西萬司が設計した深谷市産の鉄筋レンガ造り3階建て総建坪9,545㎡・長さ330mの豪壮華麗な様式建築である。                                            1914年の開業年は第一次世界大戦の開戦の年でもあり、中国・青島周辺のドイツ租借地を占領した陸軍の司令官「神尾光臣」中将が凱旋して皇居に参内するイベントに合わせて開業式を行った。

当時は南北にドーム状の屋根があり、また丸の内南口が乗車口、丸の内北口が降車口と分かれていたようです。

2003年に国の重要文化財に指定され『関東の駅百選』認定駅である丸の内駅舎を、駅、ホテル、ギャラリー等としてより多くの方に利用して頂くと共に、より充実した交通機能と歩行者空間をあわせもつ魅力的な『都市の広場』を目指して駅前広場を整備していく計画のようです。

 

 

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★梅小路蒸気機関車館★

2013年03月23日 | 日本の歴史

開館40周年記念の特別展が、平成24年10月から平成25年3月31日(日)まで開催されており、懐かしさのあまり立ち寄ってみた。

梅小路蒸気機関車館は、1972(昭和47)年に当時の日本国有鉄道(現在のJR各社)が鉄道100周年記念事業の一環として開設し、今年で開館40周年を迎えました。

蒸気機関車は地方に行けば、観光用に走っている所が有り、鉄道マニアには人気の路線が有ります。                                   ところが梅小路は、街中で力強く迫力ある機関車の走行音、汽笛、吐き出す蒸気音、中国のPM2.5に負けない黒煙が見聞できます。                           なので、子供に限らず、大人もカメラやビデオで真剣に撮影していました。

1967(昭和42)年、磯崎国鉄副総裁(当時、のちに総裁)の『蒸気機関車が全廃された後も、一部の機関車を動かす事の出来る状態で保存し、後世に残し伝えたい』との考えに基づき、蒸気機関車の動態保存が検討され、翌年の1968(昭和43)年、国鉄の鉄道開業100周年の記念事業の一環として実施されることが決定されました。

そして、『従来から蒸気機関車の代表的な基地であること』、『運転面・保守面などで由緒ある区所であること』、『見学者の交通が便利であり、なおかつ蒸気機関車以外の他の見学施設が付近に存在すること』などの選定基準から、当初は関東地方の小山機関区(栃木県)において、12両の蒸気機関車を動態保存するという計画でした。

しかし、小山機関区には機関車の検査・修繕に欠かせないビームジャッキ(クレーンの一種)が無いなどといった理由から、改めて高崎・宇都宮・水戸・佐倉・横浜・国府津・梅小路の各機関区が候補地として挙げられました。

そして、この中から梅小路機関区が選定され、17両の蒸気機関車が保存されることとなり、1972(昭和47)年10月に梅小路蒸気機関車館が開設されました。

入館時間は10時から17時まで。その間に蒸気機関車が11時、13時半、15時半の3回体験乗車ができ、土・日は増発することもあります。                     また、機関車の方向を変える転車台で、実演が見られ、作業される人も当時の国鉄作業服で見ていて感慨深いものがあります。  

 

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◆ぶらり旅『川越』◆

2013年03月13日 | 史跡・名勝探訪

子供が学生であった頃住んでいた八王子を、久し振りに訪ねてみた。             良く歩いた所も、大分変わっていた。

折角、八王子まで来たので、もう一足伸ばして『川越』を訪ねてみた。          何の計画も無く出かけたので街自体を良く知らず、川越駅の観光案内に飛び込んだ。

時 薫るまち『川越』と題した散策マップを下さり、駐車場は川越市役所が土・日は安く止められますよと教えて下さり、蔵造りの町並みも市役所から近いので丁度良かった。

市役所に向かう途中に蔵の街並みの中を走り抜けるので、立派な街並みと観光客の多いのにビックリした。こんなに人気が有る事にも驚いた。

川越市は埼玉県南西部に位置する人口約347千人の市であります。          旧武蔵国入間郡。                                   埼玉県内では、さいたま市、川口市に次ぐ第3位の人口を擁する都市との事です。

江戸時代には、親藩の川越藩の城下町として栄えた都市で『小江戸』の別名を持ち、城址・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方で神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に続き、歴史まちづくり法により国から「歴史都市」に認定されているようです。

川越の土蔵造りの店舗は、いわゆる『蔵造り』として有名です。            川越では類焼を防ぐための耐火建築として町家にも用いられ、30数棟の蔵造りが軒を連ねる様は、他の都市では見られない江戸情緒あふれる景観です。

蔵造りの町並みは平成11年12月には国の「重要伝統的建造物群保存地区」に、平成19年1月には「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されました。

 

 

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▲ 沼津アルプスを歩く ▲

2013年03月05日 | 私の見た山・登った山

夏山のために、今から少しづつ歩いておこうと思い、平地にポコンと盛り上がった『沼津アルプス』を歩いて見た。

この辺で言うと、鎌倉の「天園」・「祇園山」・「裏大仏」みたいな街中にあるハイキングコースである。

小田原から箱根越えで西伊豆の江浦湾に面した多比と言う町から、標高356mの大平山に取り付いた。                                 多くのハイカーは北から最南端の大平山に向かうようですが、私たちは逆のコース取りをした。

北へ向かうと富士山を眼前に、7山7峠を歩く変化に富んだ飽きのこないご近所の名山であります。

標高は一番高い鷲頭山で392mと低山ですが、起伏が激しくロープを伝って登り下りする個所が幾つかあります。                                 また、低山と言えども山頂まで直登する山もあり、甘い考えで行くと非常に厳しい。

大平山から鷲頭山に向かう稜線上にはウバメガシが群生しておりビックリした。                ウバメガシ(姥芽樫)はブナ科の小型常緑樹で火力の強い木炭になるようです。    現在では炭は限られた所でしか使用されなくなったので、樹林として残っているようです。 

沼津アルプス縦走路の南西側には、沼津市街や大きく湾曲した駿河湾が望め、北東側には三島市や清水町の街並みが広がり、遠くに目をやれば天城や箱根連山も望めました。

出発前の週間天気予報では晴れとなっていたのに、現地に近づくにつれ曇りだし、富士山を見ながら歩くと言う、うたい文句が台無しでした。                        春霞なのか?中国のPM2.5なのか 

街中に近く、市民のハイキングコースとして知られ、沢山のグループや個人の方々が入られていました。                                   大きな山と違い、各所にエスケープルートがあり、安心して登山できる事も人気の1つだと感じました。                                   右下の小さい山塊が、今回歩いた「沼津アルプス」です。

大平山(356m)⇒鷲頭山(392m)⇒小鷲頭山(330m)⇒志下山(214m)⇒徳倉山(256m)⇒横山(183m)⇒香貫山(193m)と、この7山を約6時間かけて縦走しました。

香貫山を下ったゴールの香陵台には第2次世界大戦の戦没者追悼のために建てられた五重塔があり、紅梅・白梅が2分咲きと、薄っすら色を添えていました。

 

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