素晴らしい風景!!

色々歩いた山や国内の風景等をご紹介いたします。

☆保津川下り☆

2010年08月30日 | 京都の四季

毎日、暑い日が続き、もうそろそろ勘弁して欲しいですね。
家に居ても、ただダラダラと過ごしてしまう、こんな時は船下りでも楽しみませんか?
京都は日陰を探して歩いてもふらつきそう。38℃はゆうに超えてる感じ。
そんな事で、こんな日は頭から水を被っても良いか?と思い嵯峨野トロッコ列車で亀岡の保津川下り乗船場に向った。



運良く9時07分の始発トロッコ列車に乗れた。保津川沿いに敷かれた旧山陰本線の線路を走る観光列車である。
嵐山のトロッコ嵯峨駅からトロッコ嵐山駅、トロッコ保津峡駅、トロッコ亀岡駅を約25分で結び、窓が大きく取られ全席指定。ただ座席が木製なので少々お尻が痛い。
トロッコ亀岡駅からバスに乗り継いで15分、保津川下り乗船場に到着。
当日、思いつきで行ったので、直ぐに乗船出来るのか心配であったが、船は次々と出船しており、10時には乗船できた。



自分の思いでは船下りなんて数分の乗船だろうと考えていたら、何と!16キロを1時間40分かけて下ると聞きびっくりした。
船頭さんの話では、日本に幾つかの船下りが有るが、距離の長さ・高低差・操船の難しさは保津川下りが日本一だと申しておりました。



確かに、パンフレットには「深淵あり、激流あり、四季を映して流れる保津川の峡谷を縫って、丹波の国『亀岡』から京の名勝『嵐山』までの約16km、2時間の自然と触れ合う船旅」と書かれていました。



保津川下りの歴史は古く、慶長11年(1606年)角倉了以が、木材・薪炭などの丹波地方の産物を京へ送るために産業水路として、開いたものだそうです。
しかし現在は、日本一の観光川下りとして、国内は勿論、世界的にもその名を馳せているとの事です。

その約16kmの渓流を風情ある高瀬舟で行く観光川下り。
途中では、先ほど乗って来たトロッコ列車を船上から見る事が出来ました。



船頭さんのユーモアあふれるガイドを聞きながらの約2時間の船旅で、途中には保津峡の急流を下るところもあり、水よけシートは有るものの顔は濡れ、膝下はびしょ濡れ、ちょっとしたスリルが味わえました。
船席の場所によっては、結構濡れる所がありますので、ご注意を!



急流だけでなく、静かな深淵は船頭さんの櫓を漕ぐ音がギーコ、ギーコと響き渡り、汗だくの船頭さんの休憩時間には売店の船が横付けし、川の上で飲み物、お団子、おでん、イカ焼きなどが買えることにビックリした。
トロッコ列車内の写真撮影や船下りのお客さんを対岸から写真撮影をして直ぐに販売に来たりと京都人の商魂のたくましさにも驚いた。



また、その様な地形の保津峡なので、たくさんのラフティングボートのスクールがあり、ゴムボートに乗りウエットスーツにヘルメット姿の人達と渓谷各所で遭遇しました。

 

 

 


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★洛北『比叡山延暦寺』★

2010年08月15日 | 世界遺産

名僧を世に送り出した日本史に刻まれる大寺「比叡山延暦寺」は平成6年に世界文化遺産に登録されました。
比叡山には延暦寺と言う名の建物は存在せず、比叡山そのものが延暦寺を表しているようです。
その寺域は広大で、東塔・西塔・横川の3地区があり、標高848mの山中に200を超える建物があり、そのほとんどが滋賀県ですが一部は京都府にまたがっています。



今回は、広大な寺域の中の東塔をさわやかな風に吹かれながら歴史を探索してみた。
参道の各所に「比叡山ぶらり文学散歩」の名で、多くの文学者が比叡山を訪れ、その様子をそれぞれの作品の中に表した解説が興味深かった。



東塔には、比叡山を代表する国宝の総本堂「根本中堂」があり、ご本尊秘仏薬師如来をまつる宝前に1200年間守り継がれた「不滅の法灯」が光り輝いていました。



その他それぞれの一宗を開かれたお祖師像が安置されている大講堂をはじめ、戒壇院や文殊楼、法華総持院、阿弥陀堂など重要な堂塔が数多く集まっていました。

延暦7年(788)、現在根本中堂が建つ地に、青年僧最澄が一乗止観院を創建し、自刻の薬師如来像を安置した。延暦寺の創始である。                    のち、最澄が天台宗の開祖となり、当代一流の高僧として名を成すに従い、延暦寺も宗派の総本山として隆盛を極めたようです。



平安時代には、白河法皇が「わが意のままならぬもの」として延暦寺を挙げたとのことです。
それは、僧兵の力を背景にしたその勢いは、近隣の諸侯を脅かすほどであったからのようです



そんな事で、戦国期の元亀2年(1571)、織田信長によって全山焼き討ちにあったとの事です。                                   これで延暦寺は根本中堂をはじめ建物の大半を失い、その後は政治の表舞台から去り、その強靭な精神力はひたすら仏教に向けられ、日本仏教の代名詞としての地位を保ったまま現在に至っています。

 

 


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🐾 延暦寺散策 🐾

2010年08月14日 | 文学者

1,200年前、伝教大師『最澄』は、日本の国の安泰と国民の幸せを祈って日本人に合った仏教を比叡山に開きました。



その教えの根本をなすものは、「個々が思いやりの心をもって一隅を照らす人になる」すなわち、一人ひとりが相手の立場に立って考え、自分の出来る事を精一杯行うことが、周りが良くなっていくことにつながると説かれています。



後世、この様な教えに基づいて、様々な高僧が集い、特に鎌倉時代には、法然、栄西、親鸞、道元、日蓮などと言った祖師方が比叡山で修行されたとの事です。



和歌の世界では、山といえば比叡山のこと。                     都人にとって、比叡山延暦寺はそれほどに特別な存在であった。



むろん、最澄が開いた天台宗の総本山として特別だったのだが、それ以上に、大名や法皇さえも圧倒した武力・政治力も《特別》であった。
根本中堂へお参りする大名は、1万石なら外の濡れ縁まで、5万石なら板の間まで、10万石なら畳の上まで・・・・・・・と言った具合に、その地位に応じた位置までしか内陣に近づけなかったと言われています。



そうした「比叡山延暦寺」ならではの威厳は、今もこの山全体に漂っているようです。



現代でも、その威厳は変わらない。
そんな威厳のある比叡山には、多くの文学者も参拝しております。           文中の絵をご覧ください。


 


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▲ 南アルプス入門コースを歩く ▲

2010年08月07日 | 南アルプス

今回目指した薬師岳小屋は収容人員が少ないので、平日に入山しようと7月30日(金)に休みを取り、足を踏み入れた。
30日の天気は曇りのち雨と言った不安定な天候であったが、翌日の31日は好天で暑くなるとのことであり、期待した。
5時半、芦安の林道警備員の方に「夜叉神の森」までと告げ、通してもらった。


 
夜叉神の森駐車場も台数に限りが有るが10台分は空いていた。            少し休憩し6時頃より出発準備を始め、6時半に出発。
空の様子は意外と明るく、合羽やザックカバーは直ぐ出せるようにし、夜叉神峠までの1時間は最初のペース作りのため、ゆっくりと入った。



夜叉神峠頂上小屋に7時25分到着。天候曇り。白根三山は望めず残念であった。          汗を冷やさないように15分で朝食用のお結びを食べ、7時40分出発。
大崖頭山取り付き8時15分、山頂を巻くような感じで徐々に高度を上げて行く。
このコースは南御室小屋を過ぎ、森林限界を抜けるまで、ずっと樹林帯の中を登るので、汗は出るが直射日光が避けられるので夏でも登り易いと思う。



杖立峠着9時。樹林帯の中でひんやりした空気が気持ち良かった。            水分補給を行い9時15分出発。
このコースには南御室小屋だけに貴重な水場があり、それまでにはいくら水を飲んでも心配は無い。本当に有難い天の恵みである。



杖立峠の先には、昔山火事が発生した所を通過する。火事場跡9時35分通過。
樹林帯の切れたケルンに9時55分着。                         時折、日差しは有るが上空の雲は相変わらず動かず、北岳の全容は拝めない。



甘利山や千頭星山から来るコースと合流する苺平に10時45分着。           日陰道とはいえ汗かきの自分は滝の様な汗で、ガンガン水を飲んだ。15分休憩。



この先、南御室小屋までは辻山(2,584m)の右手を巻き、樹海の中の様な樹林帯の静かな道を進み、下りが始まると小屋の屋根らしきものが目に入る。



広々とした鞍部に素朴な丸太造りの南御室小屋が現れる。11時30分。
水場が有るし、次の小屋まで後、2時間ほどなので大休止とした。          南御室小屋の受付で薬師岳小屋の予約を確認して頂き、3名のところ2名に変更して頂いた。



小屋のすぐ近くに水場が有り、ビックリした。                     大概、水場まで下る事が多く、大変な作業なのに助かった。それに冷たくて美味しい水にもビックリでした。                                  水筒に入れても冷たくて水滴ができ、大切に味わった。

 

 


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▲ 白砂の稜線『鳳凰三山』を歩く ▲

2010年08月06日 | 日本百名山

中央高速で甲府市内を長野方向に走ると、正面に大きく連なる山塊が目に入ります。  山に興味の無い方も、きっと目にしていると思います。
その山が、南アルプス国立公園の鳳凰三山であります。
車が無いと不便な立地ですが、眺望の素晴らしい稜線歩きができるので、私の大好きな山の一つです。                                            皆さんも一緒に稜線歩きをしましょう。
南アルプスは北アルプスと違い、全般的に小屋やトイレの設備は劣ります。      でも、自分の小さい頃を思えば何て事は無い。素晴らしい景色を見るには耐えることも必要です。
薬師岳小屋にお世話になりました。朝食5時半。ほとんどの方が朝食前に出発され、20名弱の方がいた。
週間天気予報では7月31日(土)は好天で暑いという報道で楽しみにしていたのに、窓の外はガスっていた。                               食後、外に出てみたら寒くは無く、霧雨が降っていた。「エッ」ガックリ

今日の稜線歩きが、このコースのハイライトなのに? ただタダ、心の中で天候回復を祈った。



小屋の北側ある薬師岳(2,780m)山頂を6時15分通過。                        周りは霧に覆われ何も見えない。                          初めての方を、このコースに案内したのに本当に残念でならなかった。           本来なら西側に白根三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)、正面に八ヶ岳、右手に韮崎や甲府市街が見える。



鳳凰三山の最高峰《観音岳(2,840m)》に6時40分到着。                   風があり、ガスが途切れ、少しずつ回りの山々が姿を見せ始めてくれた。
小屋で一緒であった方々が山頂に集まり、お互いに写真を撮りあった。

 
                                                振り返れば、先ほど通過した薬師岳が見え、好天であれば、その左手に富士山が見えるはずなのに、残念であった。                                     周りの山々が見えれば、白砂を踏みながらハイマツの稜線を快適に歩けたのに、少々足取りが重く感じられた。



岩稜が続く、ガレ場を注意しながら下り、鳳凰小屋への分岐を見送り、稜線沿いにアカヌケ沢の頭に向かった。                                     青空が見えはじめて来たが、北岳・仙丈ケ岳・甲斐駒のピークは見えない。



ただ地蔵岳(2,764m)の迫力あるオベリスクが、徐々に近づいて来るのに心が躍った。 アカヌケ沢の頭に8時10分到着。                         地蔵岳は、この稜線上から外れているので、荷を置いて空身でオベリスクに近づき登れる所まで挑戦した。                                 遠望していると、それほどでもないが、イザ登り始めると、怖いものである。     50分ほど遊んだ。



最後の登りを頑張って「高嶺」(2,778m)に9時40分到着。             天気は回復し暑い。周りの景色も大分見えるようになって来たので、水分補給や間食をしながら1時間休憩、この先は下りのみである。



白鳳峠11時着。30分休憩して広河原へ下った。                         この下りは苔むした樹林帯で仲間が足を痛めたため、ノンビリ3時間掛けて下った。                  正面に見える雪渓は北岳(3,192m)の大樺沢であります。

 

 


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