イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

原文を読まない人

2007年12月14日 23時59分28秒 | 翻訳について
嗚呼、忙しき哉、人生! いや、忙しいのではない。忙しい人という人のは、やるべきことをなんとかしてこなしている人のことをいう。ぼくはそうではない。やりたいことができていないのだから。忙しいのではなく、単に時間が足りないのだ。いやいや、やっぱりそれも違う。原因は自分なのだから。足りないのは計画性であり、ゆとりであり、脳ミソであり……ともかく、何かがしっくりきていない。やはり回す皿の数が多すぎるのか…。まあ、しょうがない。あと少し、年末まで走りきろう。ともかく、一日の中で、ゆったりとした気持ちになれる時間が必要だ。反省。

………………………………………………….

さて、突然だが、ぼくは、翻訳会社でも翻訳学校でも、自分が訳したものを人に見てもらったり、人が訳したものをチェックしたりすることを日常的に行っている。翻訳会社も翻訳学校も、翻訳の内側にある組織だ。つまり訳文の作り手であり、受け取り手ではない。そこでは、原文なるものが身近に存在することが当然のように思われている。当たり前だ。原文がないのに、翻訳もチェックしようもないからだ。だから、翻訳チェックをしていると、つい、原文中心主義というか、原文を軸に訳文を考えてしまう。あるいは、訳文を読みながら、原文の影を常に感じている。もちろん、そうすることは必要なのだが。

でも、良く考えてみたら、翻訳の受け取り側、つまり読者は、原文のことをほとんど意識していない。職業として翻訳に関わっている人、あるいは英語が堪能で原書を日常的に読んでいる人以外は、訳文を「日本語」の一種として読んでいるはずだ。たまに、「原文が透けて見える訳(いい意味でもわるい意味でも)」の場合は、原文はこうだったのだろうな、とふと想像する人もいるかもしれないが、ある程度英語ができる人でも、特別な理由がない限り、いちいち原書を開いて訳文とつき合わせながら読むということは稀だろう。つまり翻訳というものは、完成したとたんに、原文という親のもとを離れ、母国語という空めがけて飛び立ち、巣立ってしまうのである。

読者は原文のことを意識しない。だから、訳文を評価するときの視点も、作り手のそれとは異なると思われる。そこでは、純粋に日本語として読めるかどうか、良い文章かどうかが問われる。ややもすると、翻訳会社のチェックや翻訳学校の授業は、英文解釈の視点に偏ってしまうことがある。原文という重い鎧をまとったままだから、なかなか自由に日本語の世界に飛び込んでいけない。いきおい、指摘するのも、されるのも、原文はこうなのに、訳文がこうなっているのはおかしい(あるいは上手い)、というものが多くなる。でも実は、翻訳の最終ターゲットである読者は、そんな読み方をしていない。純粋に日本語の世界で評価を下す。読者から、誤訳や訳抜けなどを指摘されることはほとんどないだろう。でも、読者が訳文を読むとき、実は訳者としてはもっと恐ろしいこと、つまり「文章としてこれはなんぼのもんやねん」という厳しい評価に、訳文はさらされているはずなのである。そして、訳者としての私は、実はそんな声が激しく聞きたかったりする。

とそんなことを考えたのも、実際、依頼元でいつも訳文だけを読んで赤を入れてくる方がいらっしゃって、その方の指摘が実に的を射ていて、毎回背筋が凍りつく思いをしているからなのである。その方に限らず、誰でもいい、道を歩いている人に、突然声をかけて、道を尋ねるみたいに、訳文を評価してもらいたいという衝動にかられる。これ、ちゃんと、日本語になっていますか? 意味が通じますか? と。単なる想像だが、もしそんなことをしたら、たとえば高校生くらいの若い人でも、結構まっとうな意見を返してくれるんじゃないかと思う。よい文章かそうでないかは、誰にでもわかるはずだと思うからだ。よい音楽や映画、おいしいラーメンを(おそらくは)誰もが見分けることができるように。そういう意味で、身近な人に目利きになってもらえるのだから、翻訳者というのは恵まれた職業であるといえる。誰にでも、上達度合いを判断してもらえるのだから(同時に怖いわけでもあるのだが)。そして、案外そういうまっさらな読者の視点というのは、翻訳をやっているその当人からは次第に失われていってしまうような気がする。注意せねばならん、と思うのである。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『アメリカ・ライフル協会を撃て』ピート・ハミル著/高見浩訳
『最後の瞬間のすごく大きな変化』グレイス・ペイリー著/村上春樹訳
『なせば成る 偏差値38からの挑戦』中田宏
『新聞によくでる経済データの読み方』小塩隆士
『国家破産以後の世界』藤井厳喜
『孤独のチカラ』斉藤孝
『モグラびと』ジェニファー・トス著/渡部葉訳
『アインシュタインをトランクに乗せて』マイケル・パタニティ著/藤井留美訳
『孤将』金薫著/蓮池薫訳
『少年とアフリカ』坂本龍一・天童荒太

吉祥寺店で10冊。大漁。