函館 Glass Life

函館市田家町で眼鏡店「サポートGlass」を営む店主の趣味と感じたことの
日記です。

鎌倉殿の13人、前門の虎後門の狼!!

2022-04-11 | 歴史

義仲は平家軍を破り京へと入りますが、勢いだけで

京に入った訳ではありません 

京に入る為には比叡山の協力を得なければならない

のです。 

義仲の許には右筆・覚明がおりました

この覚明の書状が功を成し比叡山は義仲につく事に 

元々、比叡山と平家は敵対していましたが、どこの

馬の骨か分からない義仲に簡単に協力する訳にはい

かなかったのです

覚明のような人物が義仲軍にも多くいた筈です。 

義仲は一般的に言われているような田舎武士ではな

かった様ですね

急速に膨れ上がった寄せ集めの軍を束ねる難しさ。 

飢饉により兵糧の調達も難しく狼藉を働く武士達を

止める術は義仲にはなかったのです 

頼朝のように体制造りに時間を掛ける事が出来たな

ら、簡単には滅亡する事はなかったのかも知れませ

んね。 

それもこれも武将としての義仲の持っていた運命と

しか言えません 

資質だけなら頼朝に比べても勝るとも劣らない武将

だと僕は思っています 

  

一方、義仲の勢いを指をくわえて見ているしかない

頼朝 

戦力となる御家人達も坂東の事だけで頭がいっぱい

と言った感じでしたよね。 

いくら鎌倉殿の命令とはいえおいそれとは動かない

ようです

源氏同士の権力争いと御家人たちは理解していたの

でしょうか? 

自分の領地を守る為なら命を掛けますが、利益を伴

わない戦いには命を懸けないのです 

もっとも、伊豆に引き籠っている時政だけは御家人

達の気質を見抜いていたようです。 

戦いで得た土地を御家人に分け与えれば付いてくる

と… 

 義仲がうまくいっている間は頼朝としても流石に手

を出す事が出来ません。 

戦には大義名分が必要だからです 

 

もう一人、気になるのが奥州の藤原秀郷 

頼朝が義経を優遇したのは義経の後ろ盾でもある秀

郷を味方に引き入れる為だった筈

秀郷は既に鎮守府将軍と従五位下に叙任されていま

した 

現地の者を鎮守府将軍として任用するのは初めての

事です 

それだけ秀衡の存在を平家も重く見ていた証です。 

そればかりか源氏との闘いの中、秀郷を陸奥守・従

五位上に任官 

前例がない厚遇を秀郷に与えているのです 

鎮守府将軍・陸奥守と言えば源氏の棟梁としての源

義家と同じ官位ですね。 

もしかして?秀郷は源氏に成り代わり武士の棟梁と

して君臨したかったのかも知れません 

 

地理的にもそうですが、西には平家、東には奥州・

藤原氏を敵に回す事になるかも知れないのです 

頼朝にとっても慎重にならざる負えません。 

まさに、前門の虎後門の狼といった感じでしょうか?

秀郷を抑え、平家を京から追い出してた義仲を討伐

する大義名分を探さなくてはなりません 

義経を総大将とすれば秀郷も鎌倉を脅かす事は無い

と頼朝は踏んだのではと個人的には思っています。 

 後白河からは待ちに待った義仲追討の院宣が頼朝の

許へ 

ここに軍を動かす大義名分が整いましたね 

来週からは義経の華々しい戦振りが見られそうです

 


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