函館 Glass Life

函館市田家町で眼鏡店「サポートGlass」を営む店主の趣味と感じたことの
日記です。

ウィンターセールのご案内!!

2022-12-09 | 店舗

サポートグラス、ウィンターセールのご案内です

フレーム+レンズ(一組購入時)50%OFF。

勿論、除外品は御座いません。

この機会に、あなただけの一本を見つけて下さいね

開催期間12月25日(日)迄

 

 

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鎌倉殿の13人、女の戦い!!

2022-12-05 | 歴史

源氏の父と北条の母から生まれた阿野時元。 

実朝亡き後、数少ない鎌倉殿の候補ですね 

次期鎌倉殿として声が掛かってもおかしく

ない立ち位置にいた時元が、自ら謀反を起

こすとは考え難い感じがします 

義時や政子が皇族将軍を当てにしていたの

もありますが、時元の母・阿波局の影響力

の廃除が狙いだったのでは

ある意味、女の戦いです 

時元が鎌倉殿になれば、阿波局の権力は政

子を凌ぐ事になります

権力闘争をしていたのは男だけではなかっ

たのです。 

政子か義時、おそらく二人の意志で時元を

殺したのでしょうね 

 

尼将軍となった政子が最初に下した命令は、

囚われていた阿波局の放免です 

流石に、政子にも後ろめたさがあったので

しょうか? 

その後、阿波局は政治の表舞台から完全に

姿を消します。 

女の戦いの勝者は政子=尼将軍だった様で

すね。 

 

それにしても、義時の陰湿さ、感情の無さ

が際立ってきました

政子が尼将軍を宣言した背景には、そんな

義時を危惧したからなのかも知れません 

 

「八重も比奈も、もう少し出来たおなご

あった。」と義時に言われたのえですが、

流石にショックを隠せない見たいです

のえが根に持っても仕方のない一言でした

のえの子供・正村も登場していましたが、

義時亡き後、三浦義村と共謀して起こした

と言われている伊賀の乱がよぎります

もしかして?この時点で義村とのえは繋が

っていたのかも知れませんね 

義時の放った一言が、義時暗殺のエピロー

グの引きがねを引いたのかも知れません。 

あくまでも個人的な妄想ですが…

 

 

 

 

 

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鎌倉殿の13人、黒幕は誰だ??

2022-11-28 | 歴史

ドラマでは、トウが仲章暗殺を失敗したお陰で

命拾いをした義時

朝廷、北条、三浦と各々の思惑が混じりあって

ドロドロ感まんさいです

北条に代わり実朝の側近として幕府の実権を握

ろうとしている仲章ですが、もう一歩のところ

まできましたね

まさか、義時の替わりに殺されるとは思いもし

なかった筈。 

人の運命とは本当に分からないものです

自ら兵を動かさず、じっと行方を見ている義時・

義房兄弟と義村、何とも陰湿な争いです 

各々の思惑が入り乱れ、じっと時間が過ぎ去る

のを待つしか無いのでしょうか 

比企や畠山、和田合戦の様にお互いが兵を繰り

出し戦った方が、ここまでの陰湿さを感じなく

て済みます 

ところで

実朝暗殺の黒幕は一体誰か? 

普通に考え、直前に太刀持ちを替わり命拾いし

た義時です。 

しかし、公暁を使い、こんな回りくどいやり方

で実朝を殺すでしょうか

公暁を思いっきり焚き付ける義村も黒幕候補の

一人ですが、ドラマでは義時側に計画を察知さ

れると躊躇なく計画を中止します 

流石、鼻の利く義村らしい決断ですね 

諦め切れないのが公暁です 

後には引けない公暁は、自分が作ったシナリオ

通りに事を進めるしかなくなった様です

 

実は、義時は実朝の命令で参列者から外れ、中

門に居たと言われています

義時だけではありません。 

足利義氏をはじめ、当日警護をしていた20名の

御家人全員です。 

もしかして、警護の武士たちは中門に留まるよ

うに指示を受けていたのでしょうか

そうだとすれば、公暁の単独犯説が有力となり

ます 

鎌倉に帰還し、四か月後には鶴岡八幡宮の別当

となる公暁。 

翌年には政子が後鳥羽の親王を新将軍として迎

えたい旨を奏上します 

次期鎌倉殿を狙っていた公暁としては、驚きを

通り越して怒りが爆発した筈

親王が鎌倉に来てからでは遅すぎます。 

実朝を暗殺するには、右大臣拝賀の時しかなか

ったとも言えますね

 太刀持ちが仲章に替わっていたのも知らず襲撃

を決行したところを見ると、計画の杜撰さも見

えてきます 

有力な人物が後ろ盾にいたならば、こんな間違

いが起きる筈がありません 

義村が付いていたならばなおさらです。 

公暁の失敗は、義時を暗殺出来なかった事に尽

きます。 

義時が生きてさえいれば鎌倉は安泰なのです 

 

良いと思ってしたことが、自分の思いとは真逆

な結果になる事もしばしばあるものです。 

もし、政子が公暁を鶴岡八幡の別当に就任させ

なければ、実朝暗殺も起きなかった可能性が高

いと個人的には思っています 

そういう意味では、実朝暗殺を誘発させたのは

政子だとも言えますね

 

 

 

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鎌倉殿の13人、頼朝の最後の息子!!

2022-11-21 | 歴史

幕府を京の六波羅に移すとの実朝の発言を聞き、

怒りが頂点に達した感のある義時

このままでは武士の街・鎌倉が無くなってしま

います 

強烈な危機感を感じた義時は、実朝が公暁に討

たれた後、太刀持ち役の義時自らが公暁を討つ

つもりの様ですね 

しかし、公暁の狙いは実朝と義時です 

ドラマでは、義時自身も殺害の対象だとは思っ

ていなかった見たいですね

源仲章殺害をこうに命じた義時ですが、失敗 

次回では、暗殺失敗の弱みに付け込まれた義時

が、拝賀の席から廃除され、太刀持ち役も仲章

に取って代わられる事になるのでしょうか?? 

どうやら、義時にはまだ運が残っている様です 

実朝・公暁・仲章と幕府存続にとって弊害があ

る三人が、全て亡くなってしまうのですから… 

 

気になるのがね義時の妻・のえです。 

仲章とラブラブ状態で貝合わせしていましたよ

すっかり仲章の擒となった感のあるのえ

もしかして、仲章暗殺を逆恨みして義時を毒殺

するのでは? それも毒茸を使って

個人的には、全てが辻褄が合う気がするのです

が、少し妄想が過ぎるでしょうかね

ところで 

この時点で新鎌倉殿として頼朝と近い血縁なの

は、頼家の子・公暁と全成の子供・時元がいま

す。 

もう一人、ドラマでは描かれなさそうですが、

頼朝の実子・貞暁がいます 

頼家の腹違いの弟ですね。 

おそらく、政子に気を使い出家させられたと思

われます 

時房と政子が上洛した折、密かに高野山へ出向

き面会しているのです。 

実朝の願いを聞き入れ宮将軍を迎い入れるのに

同意した政子にとって、唯一の気がかりだった

のが貞暁の存在だったのでしょうね 

貞暁本人に鎌倉殿になる気があるのかを確認し

た形跡があるのです。 

勿論、貞暁本人は否定するしか選択肢がなかっ

たと思いますが… 

本人の意思はともかく、貞暁を担ぎ出そうとす

る者が現れないとも限りません 

政子としても、禍の芽を早いうちに摘んでおく

必要があった筈 

頼家の子供達や全成の子供達は殆ど殺されてい

ますが、貞暁は何とか生き延びます。 

46歳で亡くなったとも、自殺したともいわれて

いますが…

何れにしても、頼朝の直系は娘の竹御所を除き

貞暁で完全に途絶えたと言えます 

 

 

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鎌倉殿の13人、絵に描いたような官打ち!!

2022-11-14 | 歴史

公暁を焚き付ける三浦義村

義村としては、公暁の鎌倉殿就任を逃すと、御家人の

トップに立つ悲願を叶えられません

ここが勝負どころと踏んだのでしょうか

京と鎌倉の仲立ちとして政権の中枢で権力を得ていく

源仲章ですが、「執権になっちゃおうかな~。」と義時

に嘯くのには笑ってしまいました 

世の中そうは上手くいきません。 

慎重さが薄くなると墓穴を掘るものですが、義時の妻・

のえにも色仕掛けで迫るとは驚きです

何でも有りの様相と化してきましたね

 

公暁は実朝の猶子となっていますが、おそらく政子の意

向が強く働いたのでしょうね 

実朝と公暁は親子関係を結んだ事になるので、この時点

での次期鎌倉殿は公暁にも権利が生じます 

出家してから六年後、政子の命で公暁は鶴岡八幡宮の別

当に就任します 

普通に考えると、別当就任で鎌倉殿の目は無くなったと

考えるのが自然です

成長するにしたがって、公暁は実朝の次は自分だとの思

いが強くなっていたのかも知れません 

「源氏の血筋は自分で絶える。」と言った実朝に対して

も徐々に憎悪の気持ちが膨れ上がったのかも知れません 

後鳥羽上皇の皇子を宮将軍として鎌倉に招き入れる手筈

になったと知った公暁の怒りは想像を絶します

 

もし、公暁を将軍に据えるとなれば義時も黙っていない

公暁が将軍になれば、何れ義時は粛正される可能性が大

きいからです

父・頼家を殺した北条への恨みは、よほどの事が無い限

り消える事はないのです  

 

公暁として、頼るのは乳母父でもある三浦義村しかいま

せん 

義村も北条に替わり執権となれば、公暁と二人で幕府の

実権を握れると考えたとしても不思議ありません 

しかし、ここでも義村は動きません。 

何という忍耐力でしょうか

義村は五割の可能性が有っても動かないのです。 

間違いなく勝てる戦いしかしないと言う、強い信念に似

た様なものを感じますね

 

ところで… 

実朝のあまりにも早いスピード出世。 

分不相応な官職を次々と与えられ、不幸を呼び込む官打

ちそのものですね

最終的に右大臣となり、その拝賀の式典で殺されてしま

うのですから、絵に描いたような官打ちです 

鎌倉はあくまでも武士政権 

和歌や蹴鞠などに現をぬかし、官位だけ上昇するのをみ

ている御家人達にとって、もはや鎌倉殿ではなく公家と

しての実朝としか見えていなかったのかも知れません 

官打ち=呪いとは言い切れませんが、武士達との間に隙

間風が吹いた事だけは間違いなさそうです 

そう言う意味では、後鳥羽上皇の思う壺に嵌ったのかも

知れませんね

 

 

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鎌倉殿の13人、実朝のパクリでしょうかね??

2022-11-07 | 歴史

久し振りに時政が登場しましたね

伊豆で余生を送っている時政は、権力闘争から

離れ、すっかり素の自分を取り戻した様です 

それに引き換え、義時の陰湿さは増すばかり

権力の頂点に立つと、こうも人間が変わるもの

なのでしょうか? 

まるで時政と義時が入れ替わった見たいです

あからさまに権力を振り翳す義時を見ていると、

権力を握った者の恐ろしさすら感じてしまいま

ところで…  

頼朝との面会を断ったとされる陳和卿が、何故?

実朝に近付いてきたのでしょうか? 

個人的には、裏で糸を引いていたのは後鳥羽だっ

たのは間違いないと思っています 

陳和卿は、後鳥羽が実朝に差し向けた仕事人だっ

たのでしょうね

 

源実朝が詠んだとされる一句です。 

「出ていなば 主なき宿となりぬとも 

軒端の梅よ 春を忘るな」 

菅原道真が詠んだとされる一句です。 

「東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 

主なしとて 春な忘れそ」 

芸術は模倣から始まると言われますが、それにして

も似た短歌ですよね 

実朝がパクったのでしょうか? 

この歌は吾妻鑑の創作だともいわれていますが、真

意の程は定かではありません

実朝が暗殺された日に詠まれたとも言われています

が、話が少し出来過ぎだと思いませんか? 

もし?そうだとすれば、自分が殺されるのを分かっ

ていて詠んだとしか思われません 

そう考えると、吾妻鑑を書いた作者の脚色だと考え

るのが自然なのでしょうかね 

 

いよいよ、次期将軍をめぐってのバトルが始まりま

 

修業から戻った公暁と実朝の間のわだかまりは、引

き返す事が出来ないところまで来ている様です 

後鳥羽と義時、実朝と公暁、政子と義時、義時と義

村、入り乱れた権力闘争が終わるのにはもう少し時

間が掛かりそうですね

 

 

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鎌倉殿の13人、義盛の立ち往生!!

2022-10-31 | 歴史

「これほどまでに鎌倉殿と心を通じ合った御家人が

他にいたか?我こそが、鎌倉随一の御家人じゃ。」

と叫んだ瞬間に無数の矢が義盛を貫きます 

弁慶の立ち往生を見ている様な…義盛の立ち往生、

壮絶な最期でしたね

鎌倉殿と心を通じ合った御家人を、北条としては認

めるわけにはいかないのです 

政治を司る側としては最も警戒しなくてはなりませ

 

義盛を殺した張本人の義時ですが、いまにも泣き出

そうな表情が個人的にはとても印象的でした 

人間の心模様は不思議なものです。 

御家人同士の権力バトルは、この後も多少続きますが

それが収まると今度は身内同士の争いが始まります 

生きている限り権力闘争は続くものなのでしょうかね   

ところで 

鎌倉で行われた初の市街戦と言われる和田合戦。 

一歩間違えれば北条氏が滅亡していたかも知れない戦

いです。 

最大のポイントは将軍・実朝を確保する事です 

もし、和田勢が実朝を自軍に取り込めていたら、鎌倉

に近い御家人達はこぞって和田軍に味方していた筈です。 

和田合戦のおり、鎌倉近くまで来ていた御家人も多数い

たと言われています 

しかし、誰と誰の戦いか、はっきりするまで御家人達も

動くわけにはいきません 

いち早く、鶴岡八幡宮に実朝を避難させた義時の動きが

勝敗を分けた感じがします 

義盛VS義時ではなく和田VS幕府との闘いだと、戦の意味

を摩り替えた事が勝因の全てでしょうね

最初から義時だけに的を絞った義盛軍と、いち早く将軍・

実朝確保を優先した義時軍の差が出た感じです。 

混乱を収めるには権威が一番です 

将軍の名のもとに出された命令状に異を唱える御家人は

殆ど無かったでしょうね 

将軍が命令を出した時点で勝負ありです 

義盛は勿論ですが、三男の朝比奈義秀も豪傑と言われて

いる人物ですし、戦いに加わったと思われる泉親衡も武

人としても中々の人物です 

一騎当千の人物が揃っていても負けてしまうのが戦です。 

いくら武力を持っていても、智は武を超えると言う事で

なのでしょうか? 

ところで… 

この和田合戦の陰の主役・三浦義村

個人的には、最初から義時と内通していた可能性が大き

いと思っています 

三浦氏の中での実質的な主導者・和田義盛をどうにか排

除したいと義村が考えていても不思議ありません

和田氏を滅ぼす事により、鎌倉に一番近い領地を義村が

握る事が出来る可能性も大きくなります。 

1000人単位の軍を素早く集める事が出来れば大きなアド

バンテージとなります 

御家人の中でも義時に次ぐ立場となった義村ですが、

の後の争いでも義時を裏切る事はありませんでした。

承久の乱でも伊賀氏の変でも北条軍として戦っています

もしかして、義時と義村は想像するより深い絆が有った

のかも知れませんね 

 

 

 

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鎌倉殿の13人、三浦の氏の長者・義村!!

2022-10-24 | 歴史

頼家の遺児・千寿丸を担いで義時を討とうとした

泉親衡 

ドラマでは親衡が実は源仲章だったとして描かれ

ていますが、史実的には有りえませんよね 

泉親衡はれっきとした信濃の御家人ですが、陰謀

が発覚した後、忽然と姿を消しています

信濃の小県の領主だと言われていますので、後の

真田家と何らかの関わり合いが有るのかも知れま

せんね 

親衡は怪力無双の武士だと言われていますが、謎

の多い人物です

和田合戦で義盛の味方についた横山党と深い関わ

り合いがあった様なので、義盛に味方し和田軍に

加わっていた可能性が高そうです

今回の謀反に若い御家人が多数加わっているとこ

ろを見ると、義時の政治に対して長老よりも若者

に不満が燻っていた感じがします 

北条氏以外の守護が、世襲ではなく幕府が勝手に

替えられる様にした事への反発なのでしょうか? 

謀反に賛同した武士が130名、家臣が200名とも言

われていますが、かなりの人数ですよね 

信濃の武士が中心だったとも言われているので、

滅ぼされた比企氏の残党が加わっていたのでしょう

かね? 

もしかすると?泉親衡の乱も義時側の陰謀かも知れ

ません? 

父・時政を追放してからの義時を見ると、まんざら

でもなさそうです…

ところで 

朝廷などでは三浦氏の氏の長者は和田義盛だと思っ

ている節があります 

北条義時と三浦義村はほぼ同世代ですが、和田義盛

は一回り以上年上 

しかも侍所別当の重職を務めているのですから、同

族とは言え義村にとって煙たい存在だったのは間違

いありません 

義盛を一番廃除したかったのも義村です 

和田合戦の当事者は義時ですが、野心家の義村が裏

で糸を引いていた可能性が高いと個人的には思って

います 

一番得をしたのは誰か?? 

結果的にみると、義村が義盛を唆し反乱を起こさせ

たと考えるのが自然な様な… 

何れにしても、これで義村は名実共に三浦氏の氏の

長者となります

 

 

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鎌倉殿の13人、実朝は衆道ではなさそうですね!!

2022-10-17 | 歴史

鶴丸改め平盛綱が登場しましたね

泰時の片腕となる盛綱ですが、平清盛の次男・資盛

の子供だとも言われています 

ドラマでは鶴丸が成長して盛綱として登場しますが、

資盛の子供というのも眉唾物な感じもするので鶴丸=

盛綱の方が意外としっくりするかも知れません 

盛綱は御成敗式目の奉行も務めていたと言われていま

すから、官僚としても抜きん出た能力があったのでし

ょうね 

義時→泰時→経時→時頼と五代執権まで使えていますが、

終生北条家を裏切る事はなかった様です 

鎌倉幕府滅亡時、幕府を牛耳っていた内管領・長崎円喜

は盛綱の曽孫ですが、最後まで北条家と行動を共にし自

害して果てています

その数500名とも言われていますが、意外と北条氏は言わ

れているほど嫌われていなかったのかも知れませんね 

 ところで

この時代のステータスとしての男色(衆道)は公家などの間

では普通の事でした

戦国時代の信玄や信長もしかり。 

秀吉と家康は違うと思いますが、かなり多かったのは間違

いなさそうです 

しかし、実朝は衆道ではなく純粋な男色の様です

ドラマでは、泰時に和歌に託した恋文を送っていましたが、

実らぬ恋は同性に対してでも辛さを感じますね 

今の時代なら性的少数者の権利も認められる方向ですが、

流石にこの時代では無理があります

将軍ともなれば世継ぎ問題もあるのでなおさらです。 

源氏の将軍は自分で終わりだと言った実朝の真意はここ

にあったのでしょうか? 

実朝が、衆道であれば全て丸く収まったのかも知れませ

んが、性的志向ばかりはどうする事も出来ません。

猶子として公暁がいますが、義時が認める筈もなく… 

摂家・宮将軍を迎えるのは必然性が有ったのでしょうね

 

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鎌倉殿の13人、義時と政子のクーデター??

2022-10-03 | 歴史

ドラマでは… 

三浦義村を味方に付けた義時の作戦勝ちでしたね 

義時と時政の最後のシーンや、りくと政子の別れ

のシーンでは最後の最後に心が通じたみたいで…

ドラマとしてはメデタシメデタシと言ったところ

でしょうか? 

 

絶対に謀反を起こさせないとの義時の覚悟なのか

義母・りく殺害をとうに命じますが、察知した義

村が未然に防ぎます 

それにしても、義村ととうの対決シーンは見応え

十分 

義村役の山本耕史のアクションシーンも中々の物

でしたね 

 

そもそも、執権として絶大な権力を握った時政と

妻のりく 

もはや2人を止める者はいなくなったのです 

義時を除いては… 

御家人の頂点に君臨した時政が、陰謀を巡らす必

要もありません 

将軍の外祖父で執権でもある時政にとって、ある

程度思い通りに出来る下地が出来たのです 

牧氏事件は、政治の舞台から蚊帳の外に置かれる

可能性が出て来た義時、政子によるクーデターだ

ったのではと思っています 

親子による権力闘争の側面が大きそうですね

時政の後妻がりくでなければこの政変は無かった

のかも知れませんが… 

権力欲の強い公家出のりくにとって、又とないチ

ャンスが目の前にぶら下がっているのです。 

夫・時政を嗾け、幕府の陰の実力者に躍り出よう

と考えたとしても不思議ありません 

因みに、りくの叔母は頼朝の命を救った池の禅尼

だとも言われています 

牧氏は全くの下級貴族ではなさそうですね

 

牧氏事件の主演男優賞は三浦義村でしょうか?? 

当時の鎌倉では数百人単位の軍勢を直ぐに集めら

れるのは三浦半島に所領を持つ三浦義村しかいま

せん 

実朝の身柄確保といい義村の果たした役割は大な

のです

 

 

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鎌倉殿の13人、和を以て貴しとなす!!

2022-09-26 | 歴史

久々に北条一家が揃い楽しそうな晩餐会でしたね 

義時や時房も童心に帰った感じです 

家も大事、家族も大事、妻はもっと大事と言う事

なのでしょうか? 

引き返す事の出来ない時政の苦悩の表れなのでし

ょうか? 

これから起こる親子の争いが想像もつきませんよ

 

 

畠山重忠を粛正した後、時政と義時の間に秋風が

吹き始めます

御家人達も同じだった様ですね。 

時政とりくには打つ手が限られ、身動きが取れな

状態だった気がします

牧氏の乱は、どうも義時の陰謀の様な気がしてな

りません 

御家人達にも反感を持たれている今なら、時政を

排除出来るのです

当時でも親を陥れるのはタブーとされていた筈

時政を廃除するにはそれなりの大義名分がいるの

です。 

時政が謀反を起こしたのなら話は別ですが…

そう考えると、実朝を廃し平賀朝雅を新将軍にす

ると言う企ては義時が流した偽情報だった可能性

が高そうです 

流石に、何の落ち度もない将軍を執権が勝手に変

えられる筈もなく… 

義時は大義名分が得て、時政失脚へと行動を起こ

します。 

もともと権力者の家に産まれ独裁へと突き進むの

と、一豪族から執権まで成り上がり強権を振るう

のとでは全く違います

この辺りが時政の限界だったのかも知れません

日本においては独裁が長く続いたためしが有りま

せん 

信長も然り、秀吉も同じですよね。 

藤原道長ですら独裁者とは言えません。 

平清盛の平氏政権もあっという間に瓦解してしま

いました 

「和を以て貴しとなす。」の精神が、日本人には

沁みついているのかも知れませんね

ところで 

義時の妻・のえですが、鵺(ぬえ)と似た響きを感じ

るのは僕だけでしょうか 

鵺は掴み処の無い得体のしれない人や物の事です

が、三谷幸喜氏の事ですから、意図的にのえとネ

ーミングしたのではと勘繰りたくなります。 

考え過ぎでしょうかね? 

 

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鎌倉殿の13人、25年前の因縁!!

2022-09-19 | 歴史

武士の鑑とまで称された畠山重忠と、権力の妄想に

取りつかれた北条時政との争いが始まろうとしてい

ます 

 

顔を震わせながら「戦など誰がしたいと思うか!!」と

絶叫する重忠

冷静沈着、感情を剥き出しにする事の無い重忠の雄叫

びには、心を揺さぶられてしまいました 

ちょっとしたボタンの掛け違いで戦をする事になった

重忠の無念さが滲み出ていましたね 

 

父・時政の命令には逆らえず、止む無く重忠討伐軍と

して参戦せざる負えなかった義時ですが、三浦義村や

和田義盛はこの機会を待っていた気がしてなりません 

 

 

頼朝が挙兵した当時、畠山重忠の父・重能は京都に居

たので、重忠としては父・重能に従い頼朝軍には参加

しませんでした

そればかりか、平家軍として行動を起こします

石橋山の戦いには間に合わなかった見たいですが、途

中で三浦軍と遭遇。 

三浦、畠山は旧知の仲だったのでお互い兵を引く手筈

でした。

連絡不足なのか?勘違いなのか?和田義盛の弟が畠山

軍を攻撃 

止む無く防戦しますが、劣性となり武蔵へ逃げ延びま

 

面子を潰された重忠は、秩父党の武士を従え三浦氏の

居城・衣笠城へと進軍 

数の上でも劣勢となった三浦軍は安房へ逃れます

衣笠城に一人残って討ち死にしたのが、三浦義明です

この時義明は89歳だったと言われています 

安房に逃げるにしても足手まといになると考え、自ら

の意志で城に残った見たいですね

 

しかし、この25年前の因縁が今回の戦いに繋がった

がしてなりません 

三浦義村の動きが素早過ぎるからです。 

祖父を殺された怨念を25年間持ち続けていたのでしょ

うか? 

何事も冷静に対処してきた義村にしては、感情をむき

出しにしている様にも思えますが…

 

普段、冷静さを装っている畠山重忠、三浦義村、北条

義時の 三人が、感情を剥き出しにしている様は見応え

十分です 

 もし

重忠が武蔵に戻り、秩父党を引き連れ鎌倉に進軍すれ

ば、かなり際どい勝負になったかも知れません 

人望の厚い重忠になら、幕府を見限って寝返る武将も

多かったかも知れません 

しかし、武士による幕府体制そのものが崩壊する恐れ

があります

朝廷による工作で幕府が骨抜きにされたでしょうね。 

そういう意味では、幕府の存続・維持の最大の功労者

は畠山重忠だとも言えますね

死して名を遺した畠山重忠、武士の鑑と言われるに値

する人物なのは誰もが認めるところですね

 

 

 

 

 

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鎌倉殿の13人、露骨な暴走が始まります!!

2022-09-12 | 歴史

もしかして?大竹しのぶ

巫女姿でと登場したオババ役の老女。

声を聴いてもしや?と思っていましたが、やはり

大竹しのぶでしたね

「雪には気を付けろ。」と実朝の行く末を暗示す

るかのような一言。

「雪は滑るから。」と切り返す和田義盛の言葉に

は吹き出してしまいます

それにしても特殊メイクの技術には驚かされます

 

義時の妻・のえは相変わらずしおらしい態度です

が、三浦義村だけは騙せなかった見たいですね 

「必ず男の子を生んで北条家の家督にして見せます。」 

「そうでなければ、あんな辛気臭い男に嫁ぎません。」

と… 

義時も踏んだり蹴ったりの言われようですね

三つ指をついて義村に挨拶するのえですが、米粒の

付いた左手を隠したのを義村は見逃がしませんでし

女性を見る目と言うよりも、人間観察は八田知家よ

り義村の方が数段上です 

その観察力が有ったからこそ、カオスな時代を生き

く事が出来たのかも知れませんね

 

畠山重忠の母親は三浦義明の娘です 

北条義時、三浦義村、和田義盛とは従兄弟関係にな

ります。 

武蔵の有力者である父と、相模の有力者の娘が母な

のですから血統的には関東の武士の中でもピカイチ

です

そのうえ、武にも文にも才能があったと言われてい

ますからケチのつけ様がりません 

頼朝にも何かと重宝されていたのも頷けますね

武蔵野守は平賀朝雅ですが、軍事や警察権を実質的

に握っていたのは秩父党の惣領重忠です 

幼い将軍を盾に権力の頂点を極めた北条時政にとっ

て、意のままにならない畠山重忠はもはや邪魔者で

しかなかったのでしょうか? 

時政は武蔵の武士達に自分に従う様にと起請文まで

書かせたと言われています 

権力の魔物にとり付かれた時政の露骨な暴走が始ま

ります

 

 

 

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鎌倉殿の13人、政範を殺したのは誰??

2022-09-05 | 歴史

いよいよ時政夫婦の暴走が過激化してきましたね

京都に到着後二日目に愛息・政範が謎の死を遂げ

た事で益々加速する事になります 

次の狙いは娘婿の畠山重忠が中心に治めている広

大で肥沃な武蔵の地 

時政の欲は止まる事を知りません

比企氏との争いはあくまでも権力闘争ですが、そ

れ以降は大義名分の無い争いですよね 

証拠隠滅の為に粛正された御家人もいます 

そんな時政を御家人達もじっと注視していた筈 

御家人の頂点を極めたものの、数年で坂を転げ落

ちてしまいますが、必然性を感じます 

時政の傍若無人さに異常な感じを受けるのは僕だ

けでしょうか? 

権力の恐ろしさは凡人には理解し難いものがあり

ますよね

 

ドラマでは、源仲章に言い含められた平賀朝雅に

よって政範は殺された様に描かれていましたが… 

そうだとするならば、政範は義兄に殺された事に

なります 

野心家の朝雅ならあり得るシナリオです 

政範の死に関しては、あまりにも突然で、疑われ

ても不思議ありませんが、個人的にも釈然としま

せん

16歳という若さを考えると不審死と考えるのが普

通で、誰かに毒殺された可能性が高いと個人的に

は思っています

政範を殺したのは一体だれなのでしょうか??

一番恩恵を受けそうなのはやはり朝雅か… 

ところで… 

義時三人目の妻として、のえ(伊賀の方)が登場しま

したね

サブタイトル・理想の結婚と言うのが何とも意味深。 

義時毒殺説の張本人だとも言われている伊賀の方。 

執権の座をめぐっての政子との確執などなど…

ドラマでの伊賀の方を見ましたが、流石にあそこ迄

下品だとは思いませんが…… 

何れにしても、後半のキーパーソンなのは間違いな

さそうです 

 

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鎌倉殿の13人、修禅寺で終善児!!

2022-08-29 | 歴史

週の主演は間違いなく善児ですね

目まぐるしく変わる実力者に翻弄されたのが

善児だったとも言えます

 

修禅寺で終善児、ダジャレの様な結末です 

一幡の文字を見て躊躇した隙を頼家に切られ、

瀕死状態の善児 

頼家はトウに切られ絶命しますが、そんな善

児をトウが殺します 

11年越しの恨みを果たしたトウですが、何と

も複雑な涙を見せていましたね 

こんな脚本、三谷氏以外は書けません 

テンポの良いミステリーを見ている様な… 

久し振りに見入ってしまったのは僕だけでし

ょうかね? 

 

千鶴丸→北条宗時→江間次郎→伊東祐親・祐

→上総広常→義経の子→藤原頼衡→源範頼

→源頼家。 

間接的も含め善児が関わった暗殺です

因果応報と言えばそれまでですが、まさか?

自分が育てたトウに止めを刺されるとは善

児も思わなかったかも知れません 

口封じだけのために殺した夫婦の娘を殺せ

なかった善児。 

11年後、自分が殺せなかった娘に殺される

のですから分からないものです 

もしかして、善児はトウに殺されたかった

のでしょうか

その為にトウを養育していたのではと勘繰

りたくなります。 

少し飛躍しすぎでしょうかね

善児の暗殺で個人的に不可解なのは、千鶴

丸は殺せたのに一幡殺害を躊躇したのは何

故なのかと言う事です? 

単に、年老いたと言う事なのでしょうか? 

善児は架空の人物ですが、善児の様な名も

無い仕事人は当時沢山いた筈です 

御家人達によるパワーゲームが続く限り、

善児の様な仕事人は必要だったのでしょう

 

コメント (2)
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