函館 Glass Life

函館市田家町で眼鏡店「サポートGlass」を営む50代店主の趣味と感じたことの
日記です。

年の瀬のミュウ

2012-12-31 | ミュウ

選挙もありいつもの年より慌ただしい感じがする12月でしたが

残り1日となりましたね

我が家のミュウは相変わらずマイペース

ソファーで娘と一緒に爆睡中

膝枕ではなく腹枕ですね

幸せそうな寝顔です

 

ブログを初めて5年が過ぎましたが、こんなに長く続くとは思いませんでした

アップする回数は減りましたが、来年もミュウのようにマイペースで続けて行

こうと思っています

皆様にとって良い年でありますように


 

 

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SL!!

2012-12-30 | 函館風景

数日前の朝、何気なく外を見ると…

火事のような?煙が

函館駅の裏手のような…

何と煙の正体はSLのようですね

そう言えば、スタッフのnaoさんも別の場所でSLを見たと言っていました

何かイベントでもあったのでしょうかね

 

 

 

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平清盛、滅びの美学!!

2012-12-25 | 歴史

目まぐるしく変わる最終回。

少し詰め込み過ぎな感じもしますね

 

生霊と化した清盛が西行の許へ現れます

何故?西行なのか?まるで西行が恐山のイタコみたいですね

やり残した事があると言う清盛に対して、どんな人にも平等に

訪れるのが死だと諭す西行。

中々成仏出来ない清盛のようですが、西行の言葉であの世に

行く決心がついたのでしょうか

 

西行の体を借り、慈しむように一門に遺言を語りかける清盛。

『きっと守り抜いてくれ、父上と母上の血を…』

特に頼盛に語りかけた言葉が印象的でした。

頼盛は清盛の命に従って生き残った訳ではありませんが、ドラ

マの流れとしては自然だった気もします

何れにしても悪人・清盛もどうやら最後は善人で終わったようです

 

優と劣、正と邪、コントラストを際立たせて描くのが歴史ドラマの常

なのかも知れません。

清盛に対しての重盛、宗盛に対しての知盛が正に良い例です。

実際の人物とはかなりかけ離れた場合もあるかも知れません。

平家物語では平家の栄枯盛衰をえがいていますが、北条・足利・

徳川などと比べてそのスピードがあまりにも早すぎます。

その速さゆえ哀れも感じます

滅びの美学と言ってもよいのかも知れません

 

ところで

清盛最愛の息子と言われた知盛

重盛亡き後、清盛が一番期待していたのが知盛だったと言われて

います

実際には宗盛を棟梁とし平家の主にした清盛、結果的にはその選

択が平家滅亡を早めたのかも知れません

ドラマでは碇を体に巻き付け入水していましたが、平家の実質的な

総大将として最後まで奮戦します。

知盛の面白いエピソードがあります

敗色濃厚となった壇ノ浦の戦いで突然掃除を始めたと言うのです

余計な物を海に捨て何と!!雑巾がけまでも!!

嘘みたいな話ですね

平家の武将として見苦しい姿を見せまいとの考えからなのでしょうか??

敗色濃厚な中で一人奮戦している教経に対しても『これ以上罪作りな

事はするものでなと言ったとか?』

負けが決した中での殺し合いは殺生にしかならないと言う事なのでしょうか??

『見るべきものは見たし、やるべき事はやった』と言って海に飛び込む知盛。

死にきれずに捕虜となり命乞いをした宗盛と比べると清々しささえ感じます。

知盛には自分の運命を受け入れる潔さを感じますね

 

史上最低視聴率だった今回の大河ドラマですが、個人的には今までのドラマ

と比べて見劣った感じはしません。

戦国時代と比べて分かり辛い時代背景、人間関係の複雑さ、同じような名前

の多さも一因だったのかも知れません。

個人的には及第点だったと思っているの僕なのですが…

 

 

 

 

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有馬記念!!

2012-12-23 | 競馬

今日は今年最後のGⅠ有馬記念ですね

 

中山の2500㍍はコーナー6回の小回りコース。

直線も短く追い込み一辺倒で勝ち切るのは難しそうです

 

内枠に入れば狙ってみたいと思っていたエイシンフラッシュ。

願ったりの枠を引き当てました

休養明け4戦目が少し気になりますが、初志貫徹の◎。

 

実績NO1のルーラーシップ。

素直にメンバーを見渡せば外せない1頭です。

 

中山得意のダイワファルコンとナカヤマナイト、連続3着の

トゥザグローリーを加え勝負

 

2,9→2,9→7,10,11,15

2冠馬ゴールドシップ、古馬と初対戦ですね

JC上位馬が出走していないので勝機はあるとは思いますが、

どうしても勝つ姿が浮かびません

このメンバーで菊花賞のような競馬が出来るとは思えないのです。

究極の上り勝負には勝てないのでは??

 

 

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何よりのプレゼント!!

2012-12-21 | 競馬

知人から頂いたカレンダ

「エイト」オリジナルです

月捲り大きめのタイプも…

来年の開催予定は勿論ですが、今年のレース結果も詳しい解説付きです

僕にとっては何よりのプレゼント

「エイト」のAさん、来年も宜しくね

 

 

 

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好きな風景!!

2012-12-17 | 函館風景

今朝は降りましたね

函館も白く覆われています。

 

自宅の庭も御覧の通り

気温が高いので濡れ雪のようです

一見、樹氷のようにも見えますが何となく暖かさを感じますね。

小枝に濡れ雪が付着して綿みたいにも見えます。

一面に積もった雪と公会堂。

僕の好きな風景です

 

 

 

 

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朝日杯フューチュリティS!!

2012-12-16 | 競馬

今日は朝日杯フューチュリティSですね

トリッキーな中山1600㍍コース。

外枠絶対不利のコースですが、共に3連勝中の⑤コディーノも⑨エーシントップ

も好枠を引き当てましたね

どうやら2頭の3連勝馬の勝負になりそうです

楽な手応えで抜け出しレコード勝ち。

現時点での完成度では⑤コディーノが頭一つ抜けた感じがします。

 

前で競馬が出来る⑥ラブリーデイと⑧クラウンレガード、レコード勝ちした①ザラ

ストロと⑭ロゴタイプを加え勝負

 

⑤→⑨→①⑥⑧⑭

栗東坂路で1番時計をたたき出した⑨エーシントップ。

スプリント色が強いような気がしてなりません。

2歳同士なので絶対能力で押し切れるかも知れませんが、取りこぼしも…

⑤→①⑥⑧⑭→①⑥⑧⑭も少々

 

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平清盛、悲劇の武将重衡!!

2012-12-10 | 競馬

新棟梁・宗盛の諫言を聞き入れ還都を決意した清盛ですが、還都するしか

当面の打開策がなかったのではと僕は思っています

美濃・近江・信濃・甲斐など各地で源氏が蜂起し他の武将達も次々と反平家

の狼煙を挙げたのですから福原に都を置いておくことが出来なかったと言う

のが実情だったのでは…

清盛は何故?事態がここまで悪化していた事に気づかなかったのでしょうか??

不思議でなりません

武士も含め民心が平家を見限っていたとしか考えられません

京都しか分からない摂関家や他の貴族達と同じようになってしまったと言う事

なのででしょうか

慢心なのか?登り詰めた人間の性なのか?

清盛最期の足掻きのようです

 

頼朝は鎌倉を拠点にして勢力を拡大していますが、まだ絶対的な権力を握っ

いた訳ではないようです

駿河や甲斐から西は甲斐源氏が押さえ甲斐源氏は近江源氏との連帯も強め

ています

源氏は一本に纏まっていた訳ではないのです。

主導権を握るための綱引きがもう少し続きます

ところで

南都を焼いた重衡ですが、清盛の五男で時子の子供ですね。

重衡は参戦した戦いでは殆ど負けなしと言われたほど不敗の将軍だったのです

重衡が特に有名になったのが南都の焼き討ちですが、実は重衡は焼き討ちを

しようとは全く思っていなかったのです。

それどころか南都に対して和議の話を進めていとさえ言われています

しかし南都側はこれを拒否、僧兵達は平家軍を挑発、戦いの火蓋がきられる事に…

焼失は不慮の事故ですが、南都側のせいだと言ってもよいのです。

結果的には藤原氏の氏寺・興福寺や東大寺とその大仏殿までも焼失する事になり、

重衡も大悪人の汚名を着せられる事に

重衡は知盛と並んで平家の中では抜きんでた武将だと僕は思っています

平家滅亡の後、捕えられた重衡を頼朝は丁重にあつかっていますが、人を引きつけ

てやまない人物だったようですね

戦後処理の過程で南都側からの重衡引き渡しの要求には流石の頼朝でも逆らえま

せん

結局、引き渡され僧兵達によって斬首されたとか

平家の中でも一二を争う人物だっただけに、ごろつき僧達による斬首を何とも口惜し

く感じます

知盛もそうですが、重衡も悲劇の武将と言ってよいでしょうね

 

 

 

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年末セール!!

2012-12-07 | メガネ

 

サポートグラス12月のチラシです

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12月8()~12月25日()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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平清盛、富士川の戦い!!

2012-12-04 | 歴史

平家軍7万、源氏軍20万とも言われていますが、かなり誇張された

数字のようです

九条兼実が書いた玉葉によれば平家軍は4千騎ほどいたそうですが、

脱走兵もかなりいて1200騎ほどまで減っていたとか??

この年西日本では飢饉があり食料の調達もままならない状態で富士

川に布陣した平家軍ですが、戦う前から兵の殆どが戦意を失っていた

とも言われているのです

清盛が派兵を決めてからの動きも遅すぎます

武士の集まりもかなり悪かったのでしょうが、富士川に布陣するのに1

か月近くもかかっているのですから驚きです

ドラマでは吾妻鏡に書かれている水鳥の羽ばたく音を敵軍の夜襲と間

違って総崩れになったと言う説をとったようですが、実際は水鳥のせい

ではなかったようですね

たまたま増水していた富士川、いつ洪水に襲われるか分からない極限

状態で奇襲をかけられたのですから総崩れとなったのも仕方ありません

何れにしても兵の士気、軍勢の数、どれをとっても平家軍の方が劣って

いたとしか思えません。

平家の最高司令官・清盛ですら自軍の全容を把握出来ない状態だった

のかも知れませんね

 

伊藤忠清が言っていたように平家はもはや武士ではなくなっていたので

しょうか??

『平家はもはや武門ではございません。殿ご自身も、もはや武士ではあ

ません。殿が目指した武士の世は、武士のままでは作れぬものでした。』

清盛が作り上げた平家政権ですが、忠清にとって武士の世ではないと言

いたかったのでしょうね。

公家化した平家の人々、気がつけば民からも武士からも見放されていた

事を清盛は感じていたのでしょうか??

命懸けで諫言した忠清に向かって刀を振り下ろそうとする清盛、しかし清

盛にはもはや刀を振り下ろす事も出来なくなっていたのです

老いた清盛と錆び付いた宋剣、平家衰退への暗示とも読み取れます

 

ところで

頼朝と義経の対面ですが、感極まって号泣していた弁慶一人だけ浮いて

いた感じがしましたね

感激の薄いご対面だったのでは…

頼朝と義経、兄弟でなければ殺す事も殺される事も無かった二人ですが、

身内同士での殺し合いを繰り返してきた源氏の血が二人に流れているの

です

頼朝の同母弟・希義も流されていた土佐で挙兵したようですが、戦いに敗

れ亡くなります

おそらく生きていても義経と同じように頼朝に疎まれ殺されていた筈です。

優れた人物であればあるほど頼朝にとっては邪魔者となるのです。

血が近いほど猜疑心が増すのでしょうか??同母弟であればなおさらか

知れません

 

それが源氏の血なのでしょうかね

 

 

 

 

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