函館 Glass Life

函館市田家町で眼鏡店「サポートGlass」を営む50代店主の趣味と感じたことの
日記です。

あけましておめでとうございます!!

2014-12-30 | Weblog

 

 

 

 

 

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クリスマスプレゼント!!

2014-12-25 | ミュウ

久し振りに登場のミュウちゃんです

娘が買ったクリスマスプレゼント

ふかふかてとても暖かそうです。

すっかり気に入ったようで…

これで冬の寒さにも耐えられそうですね

 

 

 

 

 

 

 

 

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軍師官兵衛、天下の天下なり!!

2014-12-22 | 歴史

史実はともかく、個人的にはかなり見応えのある最終回だったと

思っています

官兵衛の演技は勿論ですが、目を見開いて憎しみを表す淀殿、

包み込むように話しかける光、鼻水を流しながら拭おうともせず

悲しみを表す九郎右衛門、若手俳優の演技力には驚きです

歴史に興味のある人にとっては物足りなさも感じると思いすが、

史実通りの脚本であれば面白さに欠けるものなのかも知れませ

 

最終回では…

東軍の傘に隠れて密かに天下を狙っていた如水ですが、望みが

叶う事はありませんでしたね

時間が掛かっても実力で天下を握るか、家康に味方して太平の世

を作るか、黒田親子の考えは違っていたようですが、結果的に長政

の判断が正しかったようです

 

天下は一人の天下に非ず…天下は…天下の天下なり

戦国時代は勿論ですが、室町時代も争いが絶えず260年あまり天下

が乱れていたと言っても過言ではありません

天下の天下人として選ばれたのは家康だったのです

信長や秀吉も天下人としての資質が充分過ぎるほどあったと思います

が、自滅した感が拭えません

人並み優れた人物も多数いましたが、天命がなければ天下人とはなれ

ないものなのでしょうね。

そういう意味では如水は天下人となる資格がなかったと言っても良いの

かも知れません

 

関ヶ原の後、長政が如水に言ったとされる有名な一説。

「家康殿が関ヶ原での勝利は私のおかげだと手を握って感謝してくれま

た。」

「お前のもう片方の手はどうしてた?」

「何もしていません。」

「空いた手で家康を殺していれば黒田の天下になっていたのに…」と言

ったとか??

もし?長政が本当に家康を殺したとしても黒田の天下となる可能性など

殆どありません

如水ほどの人物がこんな馬鹿げた話をする筈もありません。

あまりにも短絡的

大正時代に出版された黒田如水伝に書かれていた逸話が話の出処の

様ですが、あくまでもフィクションの域を出ない話ですね

 

余談ですが…

先日テレビに官兵衛役の岡田准一さんが出演していました

歌番組でV6の一員として歌い踊ってといましたが、かなり違和感を覚え

ました

裏を返せば官兵衛の演技が素晴らしかった証拠なのかも知れません

目力、男の色気、アイドルとしてよりも大俳優として天下を取れる可能性

が高いと個人的には思っていますが、そう思っていいるのは僕だけでしょ

うかね

 

 

 

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軍師官兵衛、最初で最後の戦い!!

2014-12-08 | 歴史

軍師官兵衛、最初で最後の天下取りの始まりです

東西両軍が関ヶ原で睨み合いをしている間に九州を平定し

東へ向かおうと言うのが如水の考え

短期間に集めた兵も決して農民達ばかりではありません。

秀吉の九州征伐で取り潰された豪族の家臣や元兵士の地

侍や浪人なども多数いました。

名の有る猛者もおり中々のもの。

決して素人集団ではないのです

黒田軍の主力は長政が率いていたとはいえ、歴戦の勇士は

中津に残っています

残っていると言うよりは残したと言った方が正しいのかも知れ

ません。

 

大友軍を黒田討伐へ差し向けた三成ですが、逆に如水に口実

を与えただけ。

如水からすれば東軍の為に戦っているとの大義名分がたちます

火に油を注いだ感じですね

頭脳明晰な三成は机上で戦をしている感じがします

 

最終回は関ヶ原の戦いを描くのでしょうが、1話で如水の死まで

描くとなれば詰め過ぎの様な感じがしないでも

ナレーションだけでスルーする場面も多そうです。

ところで 

関ヶ原の戦いで徳川秀忠は何故?遅れたのでしょうか?

真田の上田城などほっといても良かったのではないでしょうか?

小山評定の後、秀忠は宇都宮に残り上杉景勝に備えていました。

西軍についた上田城の真田を討つよう家康から命令が下りますが、

あくまでも家康の命令です

8月24日に宇都宮を発ち上田城を攻めます

上田城攻撃が秀忠の独断のような言われ方をされていますが、あく

までも家康の命令なのです。

8月26日、東軍が岐阜城を落としたとの知らせが江戸にいた家康の

許に届きますが、勝ちに乗じて一気に攻めようと考えた家康は出陣

を9月1に決め大久保忠益を使者にして秀忠に上田城攻撃を中止し

て東軍に合流するように命じます

何事も無ければ予定通りに進んだのですが…

使者の大久保忠益は利根川の増水で身動きが取れず秀忠の許に

到着したのが9月9日。

命令を聞いた秀忠は翌10日に上田を出発、一路赤坂を目指します。

ここでまた不運が…

折からの大雨で道はぬかるみ行軍を阻止します。

戦場に着いたのが9月20日、戦いは既に終わった後でした

結果的に戦いに参加出来なかったので、参加した武将達の手前面会

を許されなかっただけで、あくまでも建て前。

秀忠軍か遅れたのは大久保忠益が増水のため足止めを余儀なくされ

たのであって秀忠にも忠益にも過失はなかったのです

その証拠に、秀忠も従っていた大名も忠益もその後処罰されていません。

 

秀忠軍の主力は殆どが徳川譜代の武将です

そこに何か意味が有る様な気もします

上田城を素通りしていれば家康と合流し一気に西軍を叩き潰す事が出来

たかも知れませんが、家康自身も戦が長引く可能性が大きいと考えていた

のではないでしょうか?

上田城を攻撃させたのは時間稼ぎだったのかも知れません

関ヶ原での戦が始まっても膠着状態が続くとすれば、秀忠軍3万7千は勝敗

に決定的な意味を持ちます

家康もここまで到着が遅れるとは思っていなかったでしょうが、遅れる事自体

は織り込み済みだったのでは?

如水同様、家康も人並み外れた知将です。

次の一手だけを考えていたのではなく、次の次の次まで考えていた筈です。

石橋を叩いて渡るほどの家康が仕掛けた大勝負

負けるわけにはいかなかったのです

 

「今や水を得た魚、名前の通り自在にされているのです。水の流では誰にも

止められません。」

光の発した言葉通り如水にとって生涯で1番輝いていたのが九州での戦い

だった筈です

九州での如水の戦いをもう少し詳しく描いて欲しと思っているのは僕だけでし

ょうかね

 

 

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函館湾にも気嵐が!!

2014-12-07 | 函館風景

今朝は寒かったですね~

海はとても穏やかなのですが…

冷え込んだせいか?湯の川沖では気嵐が発生しています

函館湾にも気嵐が

太平洋側では時々発生しますが、函館湾では珍しいですね

緑の島が水蒸気で遮断されています

係留されている摩周丸もぼやけて見えますね

五稜郭タワーは高いせいか比較的はっきり見えます。

寒さの峠は今日で一段落みたいですが、今年の冬は冷え込みがきつそうです

函館は積雪こそ殆どありませんが、厳しい冬になりそうな予感がている僕なの

です

 

 

 

 

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軍師官兵衛、一心同体!!

2014-12-01 | Weblog

先週のドラマでは、井上九郎右衛門の意見に微笑みながらの

エンディング

九郎右衛門が如水に「中津に残る兵はわずかしか居ない。九

州のほとんどが三成の見方なので大軍です。僅かな兵で戦っ

ても勝利は望めません。城の修復を急いで籠城し、良い時期

に打ち出すべきです」と意見したとか

まさか、金で兵を集めようとは知恵者・九郎右衛門でも気付か

かったようです

この辺のくだりは漢王朝を起こした劉邦の軍師・韓信が少なく

なった兵力を補う為、金と地位で兵力を短期間で集めたという

故事と似ています

秀でた軍師の考える事は同じようですね

 

いよいよ軍師官兵衛の天下取りの始まりです

関ヶ原の前年、如水は家康に帰国願いを出し許可されています

大坂には栗山善助と母里太兵衛を残し有事の際には二人と相談、

慎重に行動するようにと長政に伝えたとも言われています

ドラマでは親子が別々に行動しているかの様に描かれていますが、

黒田親子は一心同体

蜂須賀家と仲違いしてでも栄姫を長政の妻としてむかい入れたの

も、如水が九州で蜂起したのも、光と栄が人質とならぬよう指図し

ておいたのも二人の間では織り込み済み。

状況分析を二人で綿密に行っていた筈です

 

如水は家臣を集めこう話したと言われています

徳川家康に味方し急いで軍勢を集め九州を平らげ、反徳川の毛利

を退治し広島を焼き払い、兵船を播磨の港に集め姫路へと押し寄せ

る。

姫路は旧領地なので播磨の豪族はことごとく味方になる。

そこから都へ攻め上り徳川家康に忠を尽くすと宣言したとか

一見、徳川の為だと言っている様に聞こえますが、大軍となった黒田

軍が主導権を握るのは明らか

東西、どちらかの軍が勝っても関ヶ原での事、上杉をはじめ戦力を温

存している有力大名が多数います

大軍となった黒田軍と対峙すればそれらの武将達がどちらにつくか分

かりません。

上杉は勿論、伊達・最上・佐竹など雪崩をうったように黒田軍に加担す

る可能性も大いにあります。

戦わずして天下を握れたかも知れません。

返す返すも、日本最大の内戦が一日で決着したのが悔やまれます

九州を殆ど制圧し、島津との決戦の直前にしての家康からの停戦命令

せめて一ヶ月でも猶予があれば…

島津を滅ぼし九州を統一し、天下に名乗りを上げることが出来たかも知

れません。

如水は稀有な軍師ですが、天下人としては天が認めてくれなかったよう

ですね

 

 

 

 

 

 

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