80分の1丁目16番地

ペーパースクラッチによる車両作りを中心に1/80、16.5ミリゲージの鉄道模型を楽しんでいます。

懐かしのペーパー車両

2015-09-23 01:35:15 | 昔話・・・80分の1丁目の夕日
こんばんは。

実家に置いてあった写真を整理していたら小中学生の頃に作ったペーパー製模型の写真が出てきたので、少し懐かしみながらコメントしていきたいと思います。ハーフカメラで撮ったプリントからのスキャンなので、画質がかなり悪い点をご容赦ください。

私がペーパー車両に初めて触れたのは恐らく小学5年生くらいだったかと思います。小高の157系キットを買い与えられたのが最初でした。その後は「模型とラジオ」に掲載されるHOゲージ製作記事などを参考に、白ボール紙を使ったスクラッチ工作へ進んでいきました。

そのかなり初期の作品と思われるのがこちらの写真。裏には現像所のものと思われるタイムスタンプが押してあり、1972年(昭和47年)4月に現像・プリントしたようですので、私が小学5年生から6年生に上がる頃に製作したようです。ピンボケですが、窓の大きさからスロネ30と思われます。縁側に置いて撮影しています。



模型設計図にしたがってある程度製作できるようになると、オリジナルで図面を引いて作ることに目覚めました。これは撮影年がわかりませんが、スロネ30から2~3年後、すなわち中学生の頃に作ったと思われる京王5000系4連です。当時最新だった集中冷房の編成をチョイスしています。机にシーツを敷いて“簡易お立ち台”を作ったのはいいのですが、踏切待ちをするのがレーシングカーという痛い設定となっています(汗)。



そして時代はさらに下り、1975~76年(昭和50~51年)頃に作ったのが富士急行モハ7033+クハ7063の旧型国電払下げ編成です。パソコンもブログもない時代に、ご丁寧にタイトルカットまで用意して製作過程を撮影していました。



ケガキは30センチ竹定規にセルロイドの三角定規、鉛筆、消しゴム・・・。竹定規がステンレスに変わったくらいで今も昔もあまり変わらないですね。紙はいさみやの車体用方眼紙のはず。



カッターで窓抜き。確かごく初期の頃は平刀で直線を抜いていたと思います。



ペーパーキットのようにパーツを並べて記念撮影しています。これと一緒に製作したクハ7063はこちらの記事にあるように現存しているのですが、このモハ7033はじめ、ここにご紹介した車両はすべて廃車となってしまいました。今回こうして写真が発見され、懐かしい記憶が蘇ってきたので、記事にまとめてみた次第です。




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2 コメント

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Re: 奇遇です (isao)
2015-09-25 10:01:38
Satokawaさん
なるほど奇遇ですね。当時のラインナップではキハ82系とか20系客車とかあるなかで、なぜ157系が選ばれたか不思議です。花形車両は品薄だったのかな?こんどオヤジに聞いてみよう。。
クヤとかクモユとか変化球にいっちゃううのも似てる気が・・・笑
ブラスはいつ頃から触れたのか記憶にないのですが、小学生の頃?に真鍮の薄板を買ってもらった記憶だけは残っています。それで何を作ったのかわかりませんが、ハサミを入れた感触は手が覚えているんですね。
実車の古い写真も出てきたんで、しばらく回顧系記事が続くかも(^^;
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奇遇です (Satokawa)
2015-09-23 23:28:50
ペーパー車両に初めて触れたのが小学校5年で小高の157系、って、全く一緒です(^^;) 親父に手伝ってもらって何とか3両(McM'Mc)完成させ、増結編成は自力で作りました。その後、153系に手を出し、中学になってからはクモユニ74やペーパースクラッチのクヤ153やクモユ141。ブラスモデルに手を染めたのは大学生のころでした。一番最初のブラスキットはフェニックスのオロネ10とオハネフ12だったと記憶しています。そのあとが伝説のスロ81でした。
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