80分の1丁目16番地

ペーパースクラッチによる車両作りを中心に1/80、16.5ミリゲージの鉄道模型を楽しんでいます。

こっちの4扉通勤車も頑張ってみようか・・・

2023-10-25 11:48:14 | 私鉄電車
今年も残すところ2か月ちょっと。「2023年は完成の年!」と高らかに宣言したかどうか忘れましたが(笑)、青梅線103系がなんとか完成しそうなので、西武とか仕掛り事案はモロモロあるものの、熟成歴が長いこちらの電車を久しぶりにいじってみようと思います。



小田急の大型4扉通勤車の歴史を開いた2600形です。ざっと検索したところ、おそらく最終の投稿は2016年5月のこちらの記事かなと思います。前面窓の寸法取りをミスって意気消沈してそのままになったという典型例。その後も2019年頃に「とれいん」誌で2600形が特集された時に再開しかけた形跡(写真が何枚かフォルダにあった)が見つかりましたが何も動かなかったはずです。。汗


なにより6両分の窓・ドアが全部抜けててサーフェーサーまで吹いてあったのが背中を押された原因です。これは勿体ない・・・。



貴重なEN22付の下回りも2両分組み立て済みでした。ペーパー製6両編成では動力車を何両にするか悩みどころですが、集電性能向上のため補重して勾配線区も安定した運転を楽しみたい・・・となると2両必要かなと思っています。



車体の補強を兼ねて市販の両開きドア(エコー)を使うことにしていたのですが、プレスのHゴム表現がやや強すぎるので裏返して使ってはどうかなど試行錯誤していた記録がありました。実車は窓周囲をプレスで凹ませているので表面はツライチなのです。IMONのエッチングパーツが雰囲気はいいのですが、すでにエコーのを大量に買ってあるのでこのまま使うことにして、Hゴムの表面を耐水ペーパーでナメて突出感を抑えることにしました。右が施工後ですがあまり変わりませんね・・・。



1両分だけサフ表面研ぎとドア窓の修正を行ったところです。このまま再び眠らないようにせねば。。


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腕木式信号機と旧型国電

2023-10-21 13:44:20 | 実物・資料系(過去)
だいぶ以前にフィルムスキャンしてそのままになっていた画像データが出てきました。身延線の旧型国電などを写した数カットで、撮影日や撮影場所、車号などが不明だったのですが、このたび一定の解明ができましたので公開したいと思います。

撮影はおそらくすべて同一日で、アコモ改造以外の旧型国電が淘汰される1981年の少し前、1979~1980年頃の撮影ではないかと思われます。腕木式信号機が写っていますが、この時期に旧型国電と腕木式信号機の組み合わせは珍しかったそうです。西富士宮以北はタブレット閉塞でもあったとのこと。


画像ファイル名は恐らくコマ順なのだと思われますが、その先頭に移っていたのがこのクハ55でした。顔つきは一見して奇異で強烈なインパクトがあるのはもちろん、貫通扉も中間車然とした「おざなり改造」でサハ57からの改造車であることが分かります。旧国写真を載せているサイトと当時の静ヌマの配置表から、運転台側窓が小さいクハ55319と推定されます。撮影場所は後述のとおり身延駅の側線の先端であることが分かりました。



次のコマはいきなり線路ぎわからのショットとなり、EF15が迫ってくる様子が捉えられています。画角の関係で不明瞭ですが貨車を牽いていないように見え、単機回送ではないかと思われます。ナンバーが隠れていますが49号機のようです。撮影場所は、駅撮りをしているのがどうやら身延駅らしい・・・という仮定で、周辺の地形などをもとに割り出したところ、身延駅から南へ少し歩いた県道脇あたりではないかとの結論に至りました。当時は怖いもの知らずでこんなに接近して撮っていたのだなあとしみじみ。



同じ場所から、下り甲府方面行き列車がトンネルから出てきたところを撮っています。ご存じ身延線のヌシ、クモハユニ44です。800~803が存在したようですが、前パン全低屋根スタイルで運転台窓が小さい801と判定しました。



切り通しを行くアコモ改造62系のクハ66です。どうも前の2枚はこの斜面を下りて撮ったらしいのですが学生時代とはいえ元気ですね。。さすがにアコモ改造車ともなると車番の判定は難しく、富士向きのクハ66300番台としか分かりませんでした。窓を全開にして身を乗り出さんばかりの乗客は非冷房時代ならでは。



駅へ戻っています。この、奥へ突っ込んでいる電留線というか側線の特徴をグーグルマップでつぶさに探した結果、身延駅であることが判明しました。足しげく通われた方なら一発で分かったことでしょう。旧国4連が留置されていて、その右には腕木式信号機がしっかり写っています。一番手前のクモハは何やら特徴がありそうなので拡大してみます。



運転室脇に通風ガラリ様のものが見え、後位端の窓が独立しているように見えます。両運転台のモハ40を始祖とするクモハ41850とみて間違いないでしょう。次位は窓配置からクハ47100番台のようです。冒頭のクハ55はこの編成の反対側を写したもののようです。



そして最後のカットがこちらです。甲府方から進入する列車で先頭はクハ47の0番台(オリジナル)か50番台(サハ48改造)。オールHゴム前面窓、助士席側ワイパー付、引出し式快速サボなし・・・といった特徴から008ではないかと推定するのですが身延線マスターの皆様いかがでしょうか?こちらにもバリバリ現役の腕木式信号機が写っています。



残念ながら発掘できたのはこれだけですが、旧き佳き身延線旧型国電の時代風景を少しでも自力で切り取っていたことに「自分を褒めてやりたい」。

※間違い等があれば情報をお寄せいただけると嬉しいです。

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クモニ13を組んでみた

2023-10-20 01:28:27 | 中央東線方面
先日の鉄道模型ショーで買ってきたモデルワークスのクモニ13を少しだけ組んでみました。

同梱されているパーツの全体です。車体はアートポスト系で、窓やドアは美しくレーザーカッティングされています。床板はABS板ですが屋根板には木を用いていて昨今のペーパールーフ+積層オデコ勢とは一線を画しており、昭和のペーパーキット世代としては安心感を感じます。車体側板の下にあるのは短冊状に抜かれた保護棒パーツで、まさにレーザーカッティングの真骨頂ともいうべき繊細さに驚かされます。



側板と前面は内・外貼りが貼り合わせ済みとなっています。窓、ドア位置を合わせて広い面積を奇麗に貼り合わせるのは経験者でもなかなか難しいのでこれは親切設計。今回は荷物車なので、まず、ドアのスペーサーを貼ります。



ドアは2枚構成なのでこれも貼り合わせます。



組立説明図に記載がないのでこれはナンダロウと思っていたら・・・



半室運転台の仕切りでした。でも窓ってあったんでしたっけ?たいがい開けっ放しで運転しているところしか見ていないので知らないだけかも知れませんが。。



ひと通り貼り合わせが必要なものはすべて貼り合わせました。このまま組み立てに入ることもできますが、3枚重ねになっているドアの断面の積層痕をパテで消してから組むように・・・と説明書にあるのでそれに従うことにしました。



表面にパテがはみ出さないようにマスキングテープでドアの周囲を養生してからタミヤパテを塗り込めます。この状態でひと晩放置。



実車はリベット車体ですが、キットは車体、シル・ヘッダーともにノーリベットです。前述のように車体はすでに貼り合わせ済みでリベットが打ち出せる状態ではないためシル・ヘッダーのみリベット表現をすることにします。ただし付属のペーパーに1個1個打ち出すのは難儀なので市販の真鍮エッチングパーツ(エコー)を使うことにします。



台車は日光のDT12、ギヤはIMONのφ11.5・WB31、モーターはマブチFK-130SH(DC12V用)を用意しました。すべてストック品です。模型店か!笑


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ありがとう200万アクセス/青梅線103系(13)

2023-10-16 17:55:51 | 中央東線周辺
このたび、拙ブログの開設からの累積訪問者数が200万アクセス(ユニークユーザー数)を突破しました。これもひとえに皆様方のご愛顧のおかげと深く感謝申し上げます。

2009年(平成21年)9月に本ブログを立ち上げ、100万アクセスを突破したのが2019年(平成31年)4月で約9年半を要しました。そして今般、2023年(令和5年)10月の200万アクセス突破までは約4年半と、およそ2倍のペースでご訪問いただいたことになり、ただただ驚きと感謝の気持ちで一杯です。

この4年半の記憶は新型コロナウイルス感染症のまん延、これに尽きます。初めて経験する緊急事態宣言。まち中から人が消え、リモートワークが伸展して働き方も変わりました。管理人は元々フリーランスとして自宅兼オフィスといった環境であったことから生活スタイルが変わることはなく、未知のウイルスに怯えながらも仕事が従来通りのペースで行えたのは不幸中の幸いでした。

そして今回ほど鉄道模型というインドアな趣味の有難みを痛感したのは私だけではなかったと思います。家ですることがないと嘆く声が多く聞かれましたが、これもコロナ以前と変わらないペースでの模型作りは生活に潤いを与えてくれました。
じゃあさぞかし仕掛り品の山は低くなったのだろうと思われるかもしれませんが、残念ながら仕掛り品と罪庫品の山はますます高さを増し、生活の潤いどころではなくなりつつあります。

そこで昨年は大きな決断をし、原点に立ち返って「中央東線とその周辺」をコンセプトにした模型作りに集中する方針を打ち出しました。しかし「その周辺」というまことに好都合な定義を加えたことで青梅線、八高線、小海線、身延線、さらには下河原線に西武新宿線まで加わって収拾がつかなくなってしまったのは読者の皆様がよくご存じのとおりです。やはりどんな定義を設けても、この「気になったものは着工」癖は治りそうにありません。

次の節目は300万アクセスということになりますが、気負わず、これまで通りの製作記を綴っていきたいと思いますので、引き続きご訪問、ご笑覧いただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。



さて200万アクセスの御礼を述べたところで、今回は、事前予告通り青梅線の103系の進捗についても少し触れておきたいと思います。照明関係の組み込みを行っています。

まず室内灯ですが、最近恒例となっている、格安テープLEDを分解して取り出した白色チップLEDを使った自家製ユニットを今回も作っています。格安といっても輝度だけはかなりあるので1両につき4灯とし、厚紙の上に電流制限抵抗やブリッジダイオードとともに組み付けます。下が“お座なり配線”まで終わったもので、上は拡散キャップの代わりに余っている不織布マスクを四角く切ったものを貼ったものです。本当は半透明の梱包クッション材を使う予定でしたが、見つからなかったので代用しました。



点灯はOKですが拡散効果はほとんどないように見えます。しかもこの写真ではあまり目立ちませんが色が黄色っぽく、電球色LEDのような感じになってしまいました。不織布や紙は一見白く見えても透過光は変色させてしまうのかも知れません。なんとか梱包材を探さないと・・・。



拡散効果については、この角度からみればそれほど気になるものではないように思います。これは少しだけ客室内が短い先頭車用なのですが、長い中間車用は5灯にしますかねぇ。。



そしてこれは前面方向幕と運行番号幕の導光ユニットで、型取り用粘土の「イロプラ(透明)」から削り出した導光材に、遮光・反射用のアルミテープを一部だけ巻いたところです。



室内灯に使ったのと同じ白色チップLEDを裏側に貼り付け、さらにアルミテープとビニールテープでぐるぐる巻きにします。このあと発光面を残してマットブラックの塗料で塗り込めれば完成。



取り付けはこのように、ヘッドライトケースを避けた形ですっぽりと入るようになっています。プラスマイナスを合わせて室内灯ユニットに結線してやれば給電も完了。ちなみにヘッド/テールライトは別系統で配線します。



はい、よく光ってます♪ 配線済み極小チップLEDを使えば面倒な作業はなくなりますが、コストパフォーマンスはこちらの方が抜群なので、しばらくはこの方法が続くと思います。



ということで青梅線103系も完成が近づいてきました。次回あたりで「ひとまず完」といきたいところです。がんばんべ。。

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模型ショーへ行ってきました

2023-10-15 03:27:46 | 中央東線方面
大田区産業プラザで開催されている「第48回日本鉄道模型ショー」を除いてきました。昨年は会場が分散していましたが、今年は1Fの大展示ホールに全ブースが集結していて好きなだけグルグル観て回ることができました。行った時間も午後2時をまわっていたので大きな混雑もなく、現地で遭遇した友人・知人と模型談義をしながら、気が付けば2時間近くの滞在となりました。



いつもはトラムウェイやアクラスあたりのB級品ボディを戦利品と称して連れて帰るのですが今回は違いました。モデルワークスさんのペーパーキット「クモニ13」です。モハ33・34形を改造した002~016で旅客車時代の窓配置が残るタイプです。1両モノなのでスクラッチしてもたかが知れてはいるのですが、最近は1両でも窓抜きが億劫になるというヘタレ状態なので渡りに船。お値段も会場割引価格だったので満足度MAXとなりました。



このクモニ13の思い出はこの「新聞電車」に尽きます。「荷物電車」の表示を出していますが積荷は首都圏各方面への夕刊を主に運んでいたとか。これは中野~高円寺間の中央緩行線を西へ向けて下ってゆく姿で恐らく1975年前後の撮影と思われます。後方には1973年に建ったばかりの真新しい中野サンプラザが三角形の独特の姿を見せています。

(クモニ13番号不明、1975年頃中野~高円寺間にて撮影)


昼下がりの新宿駅構内で佇むクモニ13004。この姿はよく目撃したものです。これも撮影日が不明ですが1975年前後と思われます。背後は複数のビルが立ち並んでいるように見えますが、右端の1棟を除いて一体となった小田急百貨店本館です。

(クモニ13004(南シナ)、1975年頃新宿駅にて撮影)


撮影から数年後の1978年頃に「新聞電車」は廃止されたようで、事業用車となって東京総合車両センターに最後まで残っていたクモニ13007も2010年に解体され消滅。そして撮影から半世紀近くが経った今、これらの写真の背景となったまちの姿にも戦後2回目となる大きな変化が生まれようとしています。

数々のアーティストがコンサートを開催した中野サンプラザは今年の7月に閉館し、来年2024年には解体・再開発の予定になっています。新宿駅でクモニ13の背景にそびえていた小田急百貨店本館ビルは「新宿駅グランドターミナル構想」の先陣を切って解体が始まり、今では西口バス乗り場から東口のビルが見通せる状態になりました。アルプス広場に並んで23:55発の441Mで旧型国電に会いに行った時代がまた、遠くなった気がします。

(新宿駅西口バス乗り場から見る小田急百貨店本館の解体工事現場。東口方向が見通せる。クレーン横に残るビルは新宿西口会館(パレットビル);2023.10.14撮影)


さて、青梅線103系は照明関係の工事中です。相変わらず微速度前進ですが、明日にでも改めてアップすることにします。


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