今日のタイトルは山村暮鳥(やまむらぼちょう)の詩「風景」の中で何度も繰り返されている印象的なフレーズを引用させていただきました。
今日は母の日でしたね。
僕は末っ子で、母親が40歳の時に生まれました。
幼い頃はとても病弱だったせいか、母の愛情を一身に受けて育ちました。
母は11年前に95歳で肺炎のため亡くなりました。
脳梗塞から認知症になり7年間介護施設のお世話になった末にでした。
その間は母のために出来る限りの事は精一杯してあげられたと思っています。
でも・・・母が僕に望んでいた様な立派な人物になれなかった事と、せっかく結婚できたのに孫の顔を見せてあげられなかった事を今でも悔やんでいます。
今日の昼食の場所はちょっと遠出をして喜多方市熱塩加納町の「ほまれ食堂」にしました。
この店の一番のお奨めは僕も何度か食べたことがある担々麺なんですが、今回はあえてここでは初めてのタンメンを食べました。
とんこつベースの濃厚ダシにいろんな野菜の旨味がたっぷりと溶け込んだ絶品スープは僕の好みにぴったしでした。
つるつるでぷりっぷりの麺は普通盛りなのにかなり多めで食べ応えは充分でしたよ。
腹ごしらえをした後で三ノ倉高原へ向かいました。
三ノ倉スキー場の山小屋くらら周辺の3.3haの菜の花畑が見頃になり始めています。
青空をバックにして一面の菜の花が咲き乱れていました。
一部では黄色の菜の花に混じって同じアブラナ科で薄紫色のオオアラセイトウの花も咲いていました。
澄んだ空気を胸いっぱい吸い込みながら散策した後も休憩場所で素晴らしい風景をしばし眺めていました。
まるで名画を鑑賞している様な気分になりました。
この後は「日中線記念館」へ寄りましたが、次回の記事でご紹介させていただく予定です。
※山村暮鳥の「風景」の詳細はこちらのサイトでご覧ください。
ため息が出ちゃいますよ~
タンメン美味しそうですね
私もタンメン好きなんです~
担々麺も好きですけど~
って全部好きなんです~
7年間の介護施設での暮らしがあったとは言え、出来るだけの事をして差し上げられて、
充分な親孝行が出来たんですから羨ましいです。
私の母は46歳の若さで旅先で亡くなったので、
我がままを聞いて貰うばかりで、何も親孝行なんて出来ずじまいでしたから。
ここは?もしや?北海道!
な~んて思えるような広い広い菜の花畑ですね~。
まさに黄色の絨毯がどこまでも続くって感じですね~。
見物に来ていた人もいらっしゃったでしょうに、
人物がどこにも写って居ないのが不思議なんですけど、
それだけ広範囲だってことなんでしょうね。
青い空と爽やかな風と菜の花の黄色を。心ゆくまで楽しまれたのですね。
気分爽快になって、リフレッシュにはもってこいの場所でしたね。
見渡す限り菜の花の続く丘を、歩いた気持ちにさせて頂きました~。う~ん気持ち良い!
もうすぐ十三回忌になるのですね…
いちめんのなのはな、お母様もここへ来ておられるような気持ちになります。
なんてすごいなのはな!
ここはスキー場そのものですか?或いはその横の丘ですか?
ほんとに見事ですね~
” なのはなやああなのはなやなのはなや ”ほどの感動です
大内宿の里山の麓にも菜の花畑があって山の緑と菜の花の黄色と青空のコントラストがとても綺麗でした。
お母様にとっては何よりもMicchiiさんの存在そのものが第一だった思いますよ。
自分の元に生まれてきてくれたことに感謝していらっしゃったはずです。
会津盆地が一望出来て、本当にいい感じですね!
これからは、かれんなひめさゆりに(場所が違うけど)
ひまわり畑と、冬、スキー場と、一年中楽しめますね。
母親の存在は、すごいです
いつまでも生き続けて欲しいですね
昨日だったか一昨日だったかに新聞に載ってました。
また行ってみたいねーって言っていたとこでしたよ。
以前のヒマワリで道順はしっかりと覚えましたから。
でも、これから田植えが控えてる我が家…無理そうです。
せめてUPされた写真で行った気分にさせていtだきますね^^
毎年いくのを楽しみにしていますが 咲くのは5月の下旬です・・・・一足早く菜の花をたのしみましたよ
菜の花畑をみると 「いちめんの なのはな・・・・」の詩がおもいうかびますよね
5月は母の日がありますね
私の母の命日は5月なので5月はなくなった母を思い出す月でもあります
母の思い出はふとよみがってくるものですね
母になった思うのですが 母というものは子供がえらくなってほしいとか お金を稼いでほしいとかそんなことを願うのではなく 元気でいてほしいと言うのが一番の願いだと思います
だから元気でいることが一番母の喜ぶことだと思います
写真なのに、ため息が出ちゃいますよ~なんて・・・
それはお褒めの言葉だと思って差し支えないので
しょうか?^^;
タンメンも担々麺もどちらも好きですが、担々麺は
暑い日に食べると大汗かいて大変なんです(^◇^)
なりましたが、当時の母は長寿のお手本みたいに
思われていたのか皆さんから大切にされていました。
どうせ親孝行するなら何故もっと早くからしてあげられ
なかったのかと・・・母のことを思い出すたびについ
自分を責めてしまいます。
azamiさんのお母様は若くして亡くなられたという
ことで、本当に辛い思いをされたことでしょうね。
冬場は実際にスキー場として使われている場所
なので、その広さは申し分ないと思います。
この花畑はその広大なスキー場の一部で、日当
たりの良い南側の斜面に造られています。
この菜の花の他に夏はひまわり、秋はコスモスの
花を楽しめます。
この日はまだ菜の花フェスタというイベントが
始まる前の週で、山小屋も開店していなかった
ので見物客が少なかったのでしょう。
開花が例年よりも早かったせいもありますが。
見渡す限りのいちめんのなのはなの雰囲気を
ちょっとでもお伝え出来たなら幸いです。
重ねれば重ねるほど鮮明になってくるような気がして
います。
母もあのいちめんのなのはなを目を細めながら眺めて
いたのでしょうか?
そうだとしたら・・・あの居心地の良さは当然のこと
だったのかも知れません。
菜の花畑はスキー場の一部で、一番日当たりの良い
南側の斜面にあります。
なのはなや・・・素敵な一句ですが、どこかに似た
ような句があったような気がして^_^;