地球散歩♪

いもとなおこのBLOG

モザンビークの楽園編。

アウトドア派宣言。

2012年02月26日 | haïti

ここのところ、同じような海の写真ばかり載せているが、今日も海へ。

本当は仕事が溜まっているので気が進まなかったのだけれど、

フランス人とスウェーデン人のお友達二人のお誕生日と、

コロンビア人の電撃婚約のお祝いで、

「最近ナオコが通い詰めている噂のビーチに連れてって」と、

前々からみんなが盛り上がってしまっていたので、

昨夜のアルコールが抜けない重い体に鞭打って、

日曜日朝早くベッドから這って出た。

 

最近同じビーチによく言っているので準備が習慣化。

まだ頭も起きていないのに、

コーヒーを沸かしながら、

この間買ったばかりのクーラーボックスに、

凍らせたペットボトルの水や、白ワイン、ハム、チーズ、ボトルオープナーなど、

ポイポイと詰めていく。

ちなみにクーラーボックスは、先週初めて彼の(かの)ビーチに行った後に買ったものだ。

そのビーチは周りにお店がなくて、

日よけもないので、

クーラーボックスとパラソルを衝動的にスーパーでがつんと買ってみたけれど、

今までの自分の殻を破って、ものすごく良い買い物をしたとほくそ笑んでいる一品。

「私」史上、地球上のありとあらゆる海でダイビングとサーフィンしたり、

ルワンダの山奥でマウンテンゴリラ見たり、

マリからブルキナファソまで荷馬車で馬と一緒に国境を横断したりと、

色々とワイルドな経験こそ沢山しているけれど、

自ら進んでアウトドア派を主張したことはない。

どちらかというと、きちんとお化粧をして、ネイルを常に整えているシティガールで居たい願望が強かった。(←こんな真っ黒な肌で今更何を)

そんな私が、人生初クーラーボックスを買った。

寝袋、テントと並ぶアウトドアの象徴の一品。

ハイチの海が私をそうさせたの。

ちなみに、いくらアウトドア派と言っても、ちゃんと日焼け防止にパラソルも買ったところが乙なの。

さらにこのパラソル、ビールを置けるホルダーがついているの。くくく。

 

そのクーラーボックスを車の後ろに積んで、

友達をピックアップして、

ベーカリーで焼きたてのフランスパンもピックアップして、

途中の道ばたでロックアイス(本当に一塊のロック)とビールを買って、

それもクーラーボックスに詰める。

友達も、スペインから持ってきたイベリコ豚のチョリソーとか、

グアカモレとか、手作りのチョコレートケーキまで集まって、

綺麗な海を見ながらピクニック。

話題は電撃婚約の真相と、

結婚式の予定と、

妊娠中のベルギー人のお友達の出産の話題。

あっという間の午後の時間は過ぎて、

カジュアル・アウトドアの想い出がまた刻まれた。

 

また一週間、がんばろう。


4ヶ月で首相辞任。

2012年02月25日 | haïti

ハイチの Conille 首相が4ヶ月で辞任した。

 

最初、同僚から聞かされた時、「日本の?ハイチの?」と聞き返してしまった。

どちらでもありそうだけれど、今野田首相が辞任の方が可能性は低いか。

 

このConille首相が国会で承認されるのにも半年くらいかかった。

Conille氏指名の前の2人の候補は与党の反対で却下されて、

やっとこさ席に着いた。

その間私たちはいろんなことが省庁で動かなくて、

地団駄踏んでたの。

在任の大臣も、次官も、ほぼ半年お暇を頂いたみたいになっていて。

会いに行っても何だか威厳がなく、

「元気?日本の家族は元気か」なんて聞いてきて、少し癒し系になってて。

重要な政策決定は責任が取れないので下さず。

二人とも次の仕事探ししてる風だった。

我々の仕事というのは、

自分たちで子どもたちに予防接種打ったり、

教材配ったりするわけでは決してなく、

そういう案件を作って省庁にはんこを押してもらうことだったり、

省庁の職員をトレーニングすることが非常に多い。

だから政治が動かないとたいへーん。

やることはあり過ぎて、足踏みしている暇なんてないのに。

 

辞任した首相の conille氏は、元デュバリエ独裁政権時代の官僚を父に持ち、

アメリカの大学を卒業し、産婦人科医になり、

さらに経済学者ジェフリー・サックスを師事し、クリントン政権下ではハイチ担当のスタッフ。

国連開発計画のニジェール事務所長も務めたという、筋金入りの肩書き。

こんな人でも、ハイチの政界では我慢しきれなかった。

原因は大統領と官僚に挟まれ、主導権を握れず、大統領と不仲になっちゃったらしい。

元ポップ歌手の大統領は、やる気も人気もあって結構なんだけれど、

内閣でも主導権を握ろうとしすぎて首相の役割までやっているとの噂もある。

まあ実際のところはわかりませんが。

 

ということで、またこれから仕事が幾分か滞ります。

がーーーーーん。

ちょうど、契約切れる前にやること、ハイチに残していくことの構想を描いて、

だだだーーーっと走り始めたところだったのに。

ちょうど来週も教育大臣とドナーとの会議があるんだけれど、中止か。

大臣がいなくなると、いろんなことに署名がされなくて困るのだ。

そうすると私たちがいろんな国の皆様から頂いている資金の期限が刻々と近づいてきちゃうのだ。

こういうことが原因で、お金を使い切れなくなっちゃうこともあるのだ。

一番かわいそうなのはハイチ国民だ。

 

私の目下の関心は、次の教育大臣は誰かということ。

あの人だといいのに・・・♥

 

ハイチに来てから物事が進まないことが当たり前になっている。

地震からの復興、と思ったら、コレラが来て、豪雨とハリケーンでキャンプも吹っ飛んで、

大統領選の暴動があり、

大統領選出後の沈黙があり、

やっと決まったと思ったら、

またこれの繰り返し。

もうすぐハリケーンの季節がやってくる。

全然前に進んでいる感がない。嗚呼。

しかし嘆いている暇などないのである。

作戦の練り直しだ。

ビーチにでも行こ。。。


Top 10 places you don't want to visit in 2012

2012年02月22日 | haïti

 

「2012年の世界で一番最悪な場所トップ10」という記事

ソマリアのモガディシュ、アフガニスタンのカンダハルに次いで堂々3位にランクインした

ハイチのシテ・ソレイユ

実は写真のゴージャス・ビーチからの帰りにちょこっと通っていたりするという

私たちの住む何というコントラストの世界!

 

トップ10に連なる場所は

私にはごくごく身近な場所で

私はシテ・ソレイユしか行ったことがないけれど

ほとんどの場所に現在も在住、もしくは住んだことがあるという知り合いがいる

「一番行きたい場所トップ10」も興味は尽きないけれど

その逆の方が親近感があるわー

 

確かにこれらの場所は危ない

シテ・ソレイユは80年代くらい?には世界で最も危ない場所とされていたというし

つい最近も外国人国連職員が誘拐されていて

私たちも怖くて近寄らないところ

でも誘拐された人はバイク・タクシーに乗っていたんだから

言い方は悪いけれど自業自得っていう人もいる

 

要はちゃんとした情報を持っていて

避けなければいけないところを熟知していて

危険を踏まえてどのように行動したら良いかをきちんと判断していれば

危険はある程度防げると私は思っている

それでも防げない危険もあるところにはあると思うし

モガディシュやカンダハルはどれだけ人権が侵害されていても

お金を積まれても

今の状況では絶対に行かないと思う

 

でも

それ以外の場所だったら

良い仕事と人間関係と最低限の生活環境があれば

どこでも行けるし

楽しめると思う

ハイチもこんなぐちゃぐちゃで汚いけれど

息を飲むような素晴らしいビーチがある

楽しくて愉快な友人たちがいるし

私はゴージャスな家に住んでいる

レストランの質が悪かったら家でパーティするし

お洒落がしたくなったらハイヒールを履いて

安いドレスを着てパーティに繰り出す

どこに居ても楽しむ工夫をするし

まだ誰も発見していない隠れた自然の美しさを自分たちで開拓しようとする

何よりも人に触れて

目の前で進歩を確信する仕事のやりがい

これを手放す気には今はなれない人生の過程なんです

 

だからたまに「大変なのによくやるなあ」とか

「がんばってるね」と言われても

全然私には当てはまらない

全然しんどいと思わないし

逆にものすごい楽しんでいる

例えば今ニューヨークとかジュネーブに万が一行ける機会があったとしても

全然そそられないのです

よっぽど仕事が面白くないとね

でも面白い仕事があるとは思えない

 

そんなわけで

危険を上手に避けながら

世界の辺鄙な場所をワイワイと渡り歩いています

あまりにも奔放すぎて多少申し訳なく感じたりもするので

もっともっと仕事をがんばろうと

自分を戒めながら

 


美白断念

2012年02月20日 | haïti

日曜日。

朝から車を走らせて、たどり着いた人気のないビーチ。

美白なんて、もう無理です。

あとで後悔するけれど、仕方ない。

太陽がこんなに気持ちいいんだもの。

 

This is Haiti.

パラダイス。


お昼のよくある出来事

2012年02月15日 | haïti

今日スペイン人同僚と一緒に仕事場(ログベース)のレストランに到着したとき

階段を上がろうとしたら

前からぞろぞろと自衛隊の方々が降りて来たのを見て

同僚に

「日本語で何て言ってるかよーく聞いていて」と言って

私はとことこ階段を上がる

一人ずつ

「こんにちはー」

と会釈

あとから着いてくる同僚

一通り過ぎ去ったあと

同僚が私に聞いてきた

 

「『ニホンジンダ』ってどういう意味?」


7時間ハイク

2012年02月05日 | haïti

山登りは続く。

 

だいたいこんな山道で、どうやって建設資材を運ぶって言うんだ?

ロバも馬も通れない道もある。

人は元気にひょいひょいと上っていく。

時折裸足で、頭に物を乗せて。

ゴツゴツの岩も、雨で濡れた泥だらけの道も、動物の糞もへっちゃら。

でもこちらとしては糞から感染し得るコレラが怖いんですが。

新鮮な空気が清々しい。

こんなに長いハイキングはいつぶりだろう。

私の体力、まだまだいけますな。

フラットシューズもジーンズも泥まみれ。

運動靴で来れば良かった。

いくら歩いてもまだ着かない。

歩けば歩くほど、人々の側を通り過ぎる度、気持ちが押される。

アクセス困難なこの土地に、良い教育の機会の手助けをして、

よりよい生活を営めるように。

 

教育指導官は泣きそうになっている。

道中ずっと「しんどいしんどい」と弱音を吐いている。

でも川では必ず手を引いてくれて、

泥だらけの困難な山道では手を差し伸べてくれる。

私の貴重な水を勝手に鞄からとって飲みやがったけど。

最初は、こんな太ったおじさん捕まえて、こんな大変な視察を強いて、

水もないし、この人心臓発作か糖尿病かなんかでいきなり倒れたらどうしよう、私の責任だ、と思ったけど、

足が痛いだけみたいだから、そのまま歩いてもらいました。

こういう山の中の学校を訪れるのも彼の仕事なのに、こうでもしないと行かないから・・・

 

歩くこと計4時間、やっと見えたーーー。

 

今までひとつも学校がなかった村に昨年10月に作られた学校。

全部コミュニティの手作り。

ここに350人。

外にも溢れ出る。

雨が降ったら中止。

 

この子も、

この子も、

この子たちも、

4人の子どもがいるこのお母さんも、

村に初めての学校ができたことが嬉しくてたまらない。

初めて学ぶことが嬉しくてたまらない。

この子たちには学ぶ権利があるし、

明日を担う人間になってもらわなくてはならない。

校長先生。

他の4人の先生たちは、みんな資格もないし、初めての教師体験。

1週間研修しただけ。

6歳から16歳まで、みんな1年生。

黒板もノートもない。

ここの先生たちもまだ給与未納。

それでも未来があるという。

 

すべての人々に教育の機会を。

教育は基本的人権。

問題だらけで目を覆いたくなる現状だけれど、

ハイチは少しずつ変わっていっている。

 

さて、我が事務所は建設を決行できるのだろうか。

以前読んだ Three cups of tea という本を思い出す。

アメリカ人が、パキスタンの山奥に学校を作る話。

村人が長い山道、資材を運んで、

何年もかかってやっと作り上げた。

私たちにそんなリスクを負えるか。

お金も今年末までで期限切れになる。

これができたら、たぶん人生でも重要な出来事になる。

駄目だったらけなしてください。


山の中の学校

2012年02月04日 | haïti

ハイチの北県に出張に来ています。

今回で5回目か6回目。

前回も予約をしなくて、すさんだホテルに泊まらざるを得なくて泣きを見たくせに、

結局今回も、5日前くらいにアシスタントくんに頼んだけれど、予約はされなかった。

これからは自分でやるべきだ。

ホテル7件回って全部空きがなく、結局街中の国連指定外のカラオケボックスみたいなホテルに泊まる。

自分の大きな乳房を触っている金髪女性のポスターがいきなり張ってある。

どんなホテルや。

シャワーは相変わらずお湯は出ないし、ヘッドがなくてホースみたいな出方するけれど、

この際あまり考えないで寝よう。

 

今回の出張、任務はいろいろあるんだけれど、一番の目的は、今度建てるかもしれない学校の下見。

それがとても遠いらしく。

山の上らしく。

そのくらいの情報。地図もちゃんとしたのがなくて。

「だいじょぶ、だいじょぶ。行こう」と何も考えずに言う私。

怪訝そうな同僚と学校指導官。

この後の展開をまったく予期せず、よくわからないうちにスタートしました。

写真満載でお送りします。

 

まず道中で朝ご飯の腹ごしらえ。

これ何?

 

マニョック。

ジャガ芋に近い。

あまり味はないけれど、すごい弾力で歯ごたえが良い。

 

ボコボコ道をドライブすること2時間。ここからは車が入れない。

いきなり川越え。

 余裕の笑顔。気持ちいい~

転ばないようにそろ~っとわたる。

慣れている地元民たちはさすが。

日々の生活の一部。

 

 

 緑の蜘蛛を発見。

 

川を越えながら山道を1時間半くらい歩いて、

一つ目の学校に到着。

土曜日だから学校はお休み。

それにしても何もない。

生徒数は500人。

新大統領の教育無償化政策で新しく作られたけれど、

昨年10月から先生たちはまだお給料が支払われていない。

それでも今まで教育の機会を与えられなかった子どもたちは、

毎日嬉々として山川を越えて来る。

先生たちは無給で、椅子も黒板も教科書もノートもない教室で、教鞭をとる。

 

アセスメントを終えたところで、次の学校に行くかどうかの会議。

次の学校はここから2時間程度、さらに山を奥深くてっぺんまでのぼる。

時間的にも厳しい。

「今日がだめなら明日か明後日また来る」と私。

でも次の学校に行くということは、今来た道をまたもう一度来るということ。

どうやら私が本気なことにようやく気がついたらしい同僚と学校指導官。

ものすごく行きたくなさそうな顔をしながら、本日決行を決意。

 

あまり状況をわかっていなかった私は、帽子と日焼け止めを忘れただけでなく、靴もフラットシューズという準備のなさ。

さらに水も少ししか持って来ていなくて、学校指導官に沢山飲まれちゃってもうない。

喉が渇いた・・・。

これから2時間さらに山登りするというのに・・・。

しかし周りに飲める水はありませぬ。

 

さて、ここで「うるるん」的問題です。

こんなとき、村の人たちは何をくれたでしょうか?

 

 

 

 

ヤシの実じゃないよ。

探したけれどこの辺にはないみたい。

 

 

 

 

答えは・・・

 

 

 

 

 

 

 

さとうきび。

 

ハイチで一番の農業生産品のさとうきび。

甘いだけじゃなく、実はすっごく水々しい!

そうかー この液体部分がラム酒になるのか。

砂糖も、天然ですっきりの甘さ。

これをずーっとしがみながらその後の山道を歩きました。

 

続きは次回。


生きることは 旅すること

2012年02月01日 | mexico

お正月明けのデング熱を煩いながらの悪夢の旅の、明るい部分を少しアップデート。

同じ寮で数年お世話になった、6つくらい?上の先輩とカンクンで再会した。

先輩はカンクンでもう14年くらい?滞在されていて、旅行会社で働いていらっしゃる。

↑ デング熱真っ最中に会ったので、高熱で少し意識が朦朧としている私。

本当は久しぶりだからキラキラしている自分を見せたかったのに、最悪の事態になってしまった。

ちなみに写真の私の目は完全に充血している。痛かったな・・・。

当時はまだデング熱だと思っていなかったので、アイクリームが間違って目に入ったのだと思っていたけど(笑)。

 

そんなことはさておき、先輩は素敵なメキシコ人の旦那様と家族も築き上げて、すっかりこの地に根をおろしている。

しかも痩せて小さくなっていて、幸せオーラが漂ってる。

相変わらず、優しい。

寮でも際立って一番優しい先輩だった。

当時中1でぺーぺーの私から見たら、日本一にもなっていた雲の上の大先輩なのに、少しも偉ぶったところがなく、ほんとーに優しかった。

寮は気の強い選手が多かったから、そうじゃないと強くなれないのかと思っていたけれど、先輩がソフトで速いのはちょっと不思議だった。

 

数えてみると先輩が引退されて寮を出てからなんと20年以上ぶりの再会。

感激。

デング熱のせいか、あまりにも久しぶりなせいか、何だかあまり沢山話せなかったけれど・・・

その後先輩はグアテマラに海外青年協力隊で赴任され、スペイン語を習得し、立ち寄ったカンクンに一目惚れし、住み着いちゃったらしい。

メキシコ人の素敵なダーリンを見つけ、お子さんももう小学生。

あの優しい穏やかな先輩のどこに、こんな行動派な部分が隠されていたのだろう。

それに比べて私は行動派のくせに、何だかフラフラしているのはなぜだろう。とふと思ったりした。

 

ちなみに私の両親は先輩に連れていっていただいたメキシコ料理やさんを大いに楽しんだ。

大きなグラスのマルガリータを初めて飲んでもらい、

私の大好きなメキシコのチーズや、シーフードとお肉も堪能し、

さらにマリアチェが歌ってくれる歌に目を細める。

 

マリアチェは日本語の曲を上手に歌ってくれた。

先輩のリクエストでこんな曲が突然・・・

 

知らず知らず歩いて来た

細く長いこの道

振り返れば 遥か遠く故郷が見える

でこぼこ道や 曲がりくねった道 

地図さえない それもまた 人生

生きることは 旅すること 

終わりのないこの道 

愛する人 そばに連れて

夢探しながら雨に降られて

ぬかるんだ道でも 

いつかは また 晴れる日が来るから

ああ 川の流れのように

ゆるやかに

いくつも時代は過ぎて

ああ 川の流れのように

とめどなく

空が黄昏に染まるだけ