地球散歩♪

いもとなおこのBLOG

モザンビークの楽園編。

怒る人

2011年08月12日 | haïti

自分で言うのもなんだけれど、私は怒らない人である。

最近すごく頻繁にそう思うのは、きっと周りに怒りっぽい人が多いから。

今までいろんな国に住んできたけれど、

こんなに南ヨーロッパの人が多い環境は初めて。

ここはフランス語圏なので、フランス人とイタリア人、あとはベルギー人とかスペイン人、カナダ人、ラテン・アメリカからもちらほら。

アジア人は滅多にいない。

国や地域で一般化するつもりはないんだけれど、

地中海の人たちは特に血の気が多いと気がついた。

昔はアメリカ人やイギリス人がそうかと思っていたけれど、

比べる土俵が違う。

で、なんでそんなにかっかするのかと観察しているんだけれど、

日々の生活の中で怒る要素の地雷がうじゃうじゃ埋まっている。

毎朝の交通渋滞とか、

ハイチ人の超横暴な運転とか、

誰かが仕事を間違えたとか、

誰かに何か言われたとか、

コンピューターが動かないとか。

 

そして言葉はストレート。

言わないと気が済まない。

がしゃーんとガラスが割れたみたいに感情をぶつけてくる。

そのリアクションが、

日本人の、無言で、礼儀正しく、「自分を律する」「我関せず」「空気読め」の文化とは正反対で、

いちいち面白い。

最初は「この人たちはなぜこんなに憤っているのかしら」と首をかしげていたんだけれど、

最近は「おお また蒸気上がってる」と観察を楽しむ。

で、10分するともうケロリとしている。

そこがさっぱり。

私は一度喧嘩なんかしたものなら、何日も忘れられないタイプ。

 

こういう怒りっぽい人たちが、

国連という頭でっかちでプライドが高くてかつ政治的な人が多い環境にいると、

これまた大変。

ここには階級による、「カースト制度」と私が呼ぶシステムも存在する。

そんなものクソクラエ、の血の気の多い人たちは、

ああ、その人にそんな態度は、とヒヤヒヤすることを、

わかっているのかわかっていないのか、

日々やっちゃっているのです。

「だって私は黙っていたくない。許せないことを何で我慢するの。言った方が気持ちがいいじゃない」

とケロリというイタリア人の私の同居人が、私は大好き。

 

そしてふと思うのは、

私たち日本人は、

怒ることを好まない、

穏やかな人たちである。

よく怒ってる人もたまにいるけど、

怒りをまき散らすタイプは滅多にいない。

人を不快にさせることを好まないからからか、

怒っている自分はみっともないからか、

本当に物事を伝えたいときは、

冷静に言った方が伝わるってわかっているからか、

渋滞でも、

行列でも、

満員電車でも、

ぶつかられても、押されても、

怒りを抑えるよりも、

もともと怒りを感じにくい。

 

省エネで、生きるのが楽だから、

私のルームメイトに「禅」エネルギーをわけてあげたいけれど、

多分オリーブオイルとパスタに怒り要素が入っているんだ。