( アクロポリスの丘からリカヴィトスの丘を望む )
アテネ ── 古代ギリシャ語ではアテナイ Athenai。現代ギリシャ語の口語ではアシナ Athinaというらしい。英語ではAthens。
空港の電光掲示板は、英語表記の「Athens」だ。だが、都市アテネは、イギリスという国や英語という言語より、遥かに古い。なれない英語表記にはちょっと抵抗があった。日本語のアテネは、ラテン語からきているそうで、悪くはない。
語感としては、やはりアテナイが良い。知の女神アテナの町だ。
リカヴィトスの丘は、アクロポリスの丘と向かい合うようにそびえ、市内で一番高い。街のどこからでも望むことができた。
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< ミュンヘン空港で >
ルフトハンザ航空が、関空発、ミュンヘン経由のアテネ行きを設定したのは、たぶん、最近のことだ。このルートを見つけたときは、問題が一つ解決した、と思った。
これまで、関空からアテネへ行こうと思うと、深夜発の中東系の飛行機に乗るしかなかった。しかも、乗り継ぎのために、アラビア半島の空港のロビーで、現地時間の深夜から明け方までの数時間を過ごさねばならない。ツアーの一員としてならまだしも、バックパッカーの若者ではないのだから、そういうちょっと危険で、体力勝負の旅はしたくない。
だから、ルフトハンザが関空とアテネを結ぶルートをつくらなければ、今回の旅はなかっただろう。
現地時間で午後1時半。ミュンヘンは小雨だった。肌寒い。日本はこのところ晴天で、5月らしい陽気が続いていた。乗り継ぎ時間は1時間半だ。
空港のWi-fiにアクセスしようとしたら、ミュンヘン空港のほか、ハーウェイが2つも候補に出た。いずれも名前やメールアドレスを登録する必要がある。それで、やめた。
たまたま2、3日前に見たテレビで、メルケル首相が、ハーウェイについては慎重に対応すべきだと言っていた。しかし、続けて登場したドイツの産業界の人物は、中国政府が世界の人々の個人情報を収集しようとしている確たる証拠がない限り、我々は安い方を使う、と言った。それなら、この空港も、ハーウェイと契約しているかもしれない。ハーウェイの側は、法に則ってやるから大丈夫だ、我々は中国政府とは一線を画すと言っているが (それは、そう言うでしょう)、法の上に君臨するのが、昔なら皇帝、今は中国共産党だ。ハーウェイのトップ(元人民軍の大物)以下幹部諸氏が中国共産党員でないという確たる証拠を示さない限り、不安は除去されない。近未来において、世界中の人々の詳細な個人情報が中国のスーパーコンピュータに積みあげられ、習近平に把握されているということになるかもしれない。そうなると、もうSFの世界だが、そういうSFの世界へ向かっているのが現代だ。
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< アテネ到着 >
ミュンヘン空港の出発は40分遅れ、アテネ空港には現地時間の午後7時30分に着いた。日本との時差は6時間だから、日本ではもう日が代わって午前1時半。にもかかわらず、まだ起きて、活動している。旅に出ると、若返らざるをえない。
いつも空港からはタクシーに乗る。重いスーツケースを持って駅の階段を上がり降りしたり、石畳の道路を歩くのは大変だから。
だが、ガイドブックを見ても、ネットの情報を見ても、アテネのタクシーはぼったくりが多いから気を付けろと書いてある。しかも、どう気を付けたらよいかは、書いてない。乗るなら、それを覚悟せよ、ということだ。ギリシャの経済危機が世界に報道され、世界の株価を下げたことは、まだ記憶に新しい。ギリシャはEUの中でも最も貧しい国なのだ。
地下鉄もあるが、スーツケースを持っての乗り降りは大変で、車内もまたスリが多いらしい。現地の人でさえ、被害に遭うという。これはパリも同じだ。
そういうネットの情報の中に、アテネ観光の中心・シンタグマ広場に行く空港バスの切符の買い方、乗り方まで、写真入りで詳しく書いてくれているブログがあった。空港バスはなんと24時間運行し、15分ごとに出発する。終点のシンタグマ広場から、ホテルは近い。しかも、6ユーロというのだから、安い。路線バスと違って、席も確保され、混雑していないからスリも乗ってこない。
コピーしてきたそのブログの指示どおりに行動し、無事、国会議事堂のあるシンタグマ広場に着いた。午後9時。日没は午後8時30分だから、こちらではまだ宵の口だ。
この広場はアクロポリスの丘のすぐ麓で、最も観光客が多いところだ。だから、スリも多い。子どものスリグループもいる。歩いていても気を付けろと書いてあった。これも、パリと同じだ。ただ、今回は大きなスーツケースを押しながらだから、少し気を使った。気を使っているつもりだが、なにしろ長旅の疲れが大きく、頭はぼんやりしている。日本はもう午前3時だ。
アテネで一番の繁華街だから、観光客がいっぱい歩き、レストランやショーウインドウも軒を連ねている。
だが、パリやウィーンのどこかオシャレなレストランやカフェはなく、また、ショッピングに関心のない私でも心が浮き立つような、センスの良いショーウィンドウも並んでいない。
紀元前の古代アテネと違って、現代のアテネは、EU圏のかなり端っこに位置するローカルな町なのだ。その上、経済危機のどん底にある。
広場からホテルまでは徒歩で5分少々。ただし、道に迷ったから、15分ぐらいかかった。道を尋ねると、みんなとても丁寧で親切だった。
( アテネの街 )
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< パルテノン神殿のライトアップ >
ホテルの部屋はネットで入念に調べ、パルテノン神殿を望む部屋を確保した。高級ホテルではない。しかし、こういうこと(ホテルの窓からのビュー)には、多少ならお金を使う。一期一会の旅なのだから。
今までの旅で、ホテルの窓からの景色が最も感動的だったのは、ハンガリーの「ホテル・インターコンチネンタル・ブタペスト」だ。ドナウの川べりに立地するこのホテルの窓からは、ドナウ川に架かるくさり橋と、対岸の王宮と、その右手にマーチャーシュ教会がライトアップされて一望でき、いつまで見ても見飽きないほど美しかった。
パルテノン神殿のライトアップは、そのようなきらびやかさはないが、夜空に自らの存在感を示していた。
( 夜空に浮かぶパルテノン神殿 )