パリの中心部のホテル代は、高い。
何も、高級なホテルに泊まろうというのではない。苦学生が泊まるような窮屈な部屋でも、1泊3万円。朝食別の、部屋代だけの値段である。
世界中から観光客がやってくる花のパリだから、仕方がないとは思う。モノの値段が需要と供給の関係で成り立つのは、自然で健全なことだ。それに、…… パリに泊まるとしたら、セーヌ川のそば、ノートル・ダム大聖堂にもサン・ジェルマン・デ・プレにも散歩できる界隈に泊まりたい、などとこだわるからでもある。
それでも、戦後の、食べる物もない時代に育った世代には、始末して生きなければならないという思いが染みついていて、3万円は高すぎるだろう、他の都市なら、5つ星ホテルの値段だ!!
… などと、パソコンで「ホテル・ドット・コム」を開いて、あれこれとホテルを探しているうちに、「では、ジュネーブから入ろう」という考えが浮かんだ。関空からパリ経由でジュネーブまで飛んでしまう。ジュネーブに泊まれば、フランス・ブルゴーニュ地方へは、パリから入るのと時間的に変わらないはずだ。ジュネーブも国際都市だが、パリのホテルほど高くはないだろう。
それに、…… 20年前、初めての海外旅行(研修)で、ドイツ→ジュネーブ→フランスと回ったときの感動がある。
あのとき、ジュネーブからフランスに入りパリへ向かったTGVの車窓風景は、本当に素晴らしかった。ジュネーブは、あれ以来だ。
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5月23日(土)、現地時間の午後5時。パリのシャルル・ド・ゴール空港のホール2Eに到着。ジュネーブ行きはホール2Fから出る。
パスポート検査を受け、係員の横の通路を出たとき、「しまった。今のはトランスファー(乗り換え)用の検査場ではない」、と気付いた。人の流れにぼんやりと乗ってしまった。これでは、空港の外に出てしまう。
そのとき、フランス航空の客室乗務員の制服を着た女性が通りかかったので相談したら、「私に着いてきて」と言ってくれた。それから、一旦、ホール2Eの到着ロビーに出て、ホール2Fまで、長い距離を歩いた。途中、「自分のために、申し訳ない」 と謝ったら、「私も同じ方向に行くのだから、気にしないで」 と笑顔で答えてくれた。お蔭で、無事、ジュネーブ行きに乗れた。
何度も降りたり、乗り継いだりしたことのあるこの空港で、こういう失敗をするのは、旅慣れてかなり気が緩んでいる……。
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30分遅れて、ジュネーブ空港に到着した。現地時間の午後8時。日本時間なら、午前3時だ。日本にいたら、自分の布団でゆっくり眠っている時間だ。何をすき好んで…とも思う。
空港の手荷物を受取るロビーの発券機で、ジュネーブ市内の公共交通が90分間無料というチケットをゲットした。これから列車に乗って、空港からジュネーブ市内へ行くのだが、スイスフランの持ち合わせがない、という旅行者にはありがたいサービスだ。
翌日、ジュネーブのホテルでも、ローザンヌのホテルでも、市内交通一日乗車券をもらった。さすが世界一の観光立国である。しっかり観光してもらって、お金を落としてもらう、そのための一助というわけだ。
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日本も、この2、3年、突如押し寄せるようになった外国人観光客を、どう受け入れ、満足して帰ってもらうかということについて、しっかり対策を立てる必要がある。日本経済復活のための一助となるのだから。先日も、大阪城に孫を連れて行ったら、大阪城公園には観光バスが何台も停まり、お濠の周りを歩いている沢山の人も、あのレプリカのお城に入るために行列を作っている人も、圧倒的に外国人だった。
文楽の補助金を削るのではなく、オペラのように字幕を出して (今日は英語の日、明日は中国語の日とか)、 外国人観光客を大いに呼び込んだらよろしい。その方が大阪府の財政にとっても良いはずだ。予算を削ることを考えるのは素人、プロフェショナルは税収を増やす手を考える。「国姓爺合戦」などの出し物をやれば、台湾のお客さんは大喜びするだろうし、日本にも一層愛着を感じてもらえるに違いない。
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ジュネーブ空港の到着ロビーから列車の空港駅まで行く途中、スイスフランも少しはもっていないと今夜の飲み水も買えないと思い、地下通路にあったスイス郵便局のATMに、長年愛用してきた銀行カードを入れて操作しようとした。ところが!! カードが「呑み込まれて」しまった。
何回も海外旅行に出かけていると、目的の空港に到着したけど飛行機に預けた荷物が出てこなかったとか、凱旋門の地下道で見事にスリにやられたとか、『地球の歩き方』の注意事項に書いてあるような大抵の「不幸」に遭遇してきた。これは初めてだ。
いろいろやってみて、また、後からやって来て同じATMを使ってお金を引き出した男性も、親切にも、ATMを設置した郵便局の事務所に行ってくれたりなどしたが、なにしろ土曜日だから郵便局も閉店で、月曜にならなければ如何とも仕方がない、と言う。しかし、月曜日にはジュネーブにいない。仕方なく、カード発行元の日本の銀行の24時間対応に電話して、カードが悪用されないよう、ただちに廃棄処分してもらった。
なぜ呑み込まれたのかわからない。ATMには「PLUS」のマークも付いているから、okのはずだ。カードが仮にこのATMには通用しないものであったとしても、人のカードを没収してしまうとは乱暴な話ではないか。精密時計のスイスのイメージが、ガタガタとくずれた。
とはいえ、ほとんど初めての国で、初めてATMを操作するときの緊張感、用心深さに欠けていた。パリの空港の失敗と言い、慣れ、マンネリは良くない。
そんなこともあって、汗をかき、くたくたに疲れて、予定よりかなり遅れて、ホテルに着いた。