AKB48の旅

AKB48の旅

「AKB48とは指原莉乃のことである」

2019年04月30日 | AKB
秋元康氏、卒コンに贈る言葉「AKBとは指原莉乃」

「AKB48とは高橋みなみのことである」と言ったことがあります。決して、器用ではない高橋みなみが夢のためにただひたすら努力する姿が、まさにAKB48のコンセプトだったからです。そして、今は「AKB48とは指原莉乃のことである」と言えるでしょう。引きこもりで落ちこぼれだったアイドルヲタクの少女が一念発起して自らがトップアイドルになり、後進を育てるプロデューサーになったんですから。

指原莉乃はなぜ、逆境からここまで上り詰めたのでしょうか? 彼女と一緒にいると、いつも、歌を口ずさんでいることに気づきます。AKB48グループだけでなく、その時のお気に入りのアイドルの曲を口ずさんでいるんです。辛い時も悲しい時も寂しい時も、もちろん、楽しい時も。彼女にとってはアイドルが全てなんです。“自分が好きなものをずっと好きでいたい”。そんな単純なことが彼女をここまで頑張らせた原動力だと思います。

指原莉乃はAKB48グループを卒業しますが、彼女は生涯アイドルです。お疲れさまでした。そして、これからも頑張れ。


御意ということで、過去ログいろいろ探したけど、適当に以下リンク。2013年かぁ。

日経電子版のコラムが素晴らしい

2 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-05-31 05:23:32
旅の終わり
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長年の御礼、そして垂れ流し (るか)
2019-06-04 13:48:14
ブログ主様
あれからすっかり更新されず。やはり旅程を降りられたのだと思います。
一介の指推しの一人として、推しの活躍を折に触れ分析・評価していただき、時折道しるべにさせてもらった身として深く御礼申し上げます。

主がたびたびいまどきの日本文化の典型としてAKBGを比定されていましたが、その特徴の一つ、「最終責任者の不在」「ほぼ存在しない組織構造」がいま最も不幸な形で露呈したように思います。

そもそも現在のAKBGは客寄せ看板の秋Pが執行責任を待たず、グループの仕組みをFC、というよりはボランタリーチェーン的に委譲・横展開する以外の強靭な構造をもちません。
あとはそこに放り込んだメンバーとファン、メディアが偶発性を含めて関係性を自己生成させる。それをある程度晒すことでファンとの距離感を詰め、公演に握手会にコンサートに動員する。
そのぜい弱さ、決まりごとの無さは例えば張り子でしかない「恋愛禁止」を破る事態が発生したときの個別対応のバラバラ加減(峯岸坊主事件以降もう対応自体をあきらめた部分もありますが)にすでに露呈していたこと。
3.11以降明らかに内向きに、ピーダ―マイヤー的に変化する日本人の嗜好に、性善説的・ヤンキー的な猥雑さを内在させる元気なAKBの少女たちの進路が乖離しはじめたときの修正はことごとく失敗し、また大場チーム4(=島崎エース)構想、三銃士、みーおん当たりまで一貫して育成したエース候補を潰し続ける本店(それ以前に大組閣やペナントレースには失笑せざるを得ず、ロットの拡大で糊塗しようとした支店増加もHKT以降軋みが露呈する)。
そして襲撃事件を被って以降、グループの動的なダイナミズム生成(いや当時はまゆゆを神輿に「正統派アイドル型AKB」という新たなトライアルを始めようとした矢先だったっけ)に重く足枷がかかったような印象があります。
以降AKBGは明らかに鈍重で、世間に閉じた、只の「握手会型アイドル集団」に既存ファン、運営ともに望んで成ってしまったように思います。因果は逆転しますが今年総選挙を開催しないのもそれに拍車を掛けていますね。
本店も支店も、スタッフもメンバーも集団の成員が組織全体の行動理念を共有していない、組織理念の下にエマージェンシーに対処するマニュアルも当然ない。規模が増えることで集団維持のリスクが不可逆的に高まるにもかかわらず、ブーム時の成功体験に引きずられてか、また京楽との関係など大人の事情の介在なども介在したのか、数百人の少女を擁するタレント(候補生)集団として、時代要請に合わせ自己組織化し内外のリスクから自律するそぶりを全くとらなかったようにも思います。
いまやAKBGは偶然性とグループの持つ運を頼りに見守り楽しむ対象ではなくなったのだと思います。そんな関係性の許容される時代じゃなくなったといってもいい。
で、山口さんの事件が露呈したとき(発表1カ月前)にグループが優先して守るべきもの・矢面に立ち伝えるべきことの順番と手順が存在しなかったことによる後手に次ぐ後手、そして世間医しれて以降続く決定的悪手。
ブーム、ムーブメントとしては前田卒業以降歯欠けを埋められず崩壊する一方のグループを、曲がりなりにもファンの支持という形で支えてきた山本、そして内には自ら組織構造の一端をにない(これは支配人という意味ではなく)、外には常にスポークスマン役を負い続けた指原がいなくなった。咲良もまた現場不在のまま。
それを計ったかのようなタイミングでそのぜい弱さと魯鈍さを世間に看過されたAKBGがどう再生するのか。スモールビジネス化させて軟着陸するのか。
果たして秋Pはその時何を語るのか、やはり語らずそっとパージしムーブメントを閉じるのか。
他方秋Pの提示したよりシステムを純化した坂道シリーズ。秋Pはまだ勝ち逃げの余地を残したことで良しとするのか。

ともあれ、推しが卒業してなおし愛を注ぎ続けるという座礁した船が、また航路を見つけ漂うことを望んでやみません。

ここまで長年の論述に改めて感服し、感謝いたします。

NMB経営権譲渡、兒玉卒業の報を聞いた日

るか
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