三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

クレーマーは社会の鏡

2010年03月06日 | 政治・社会・会社

苦情処理をしていると時々、「何年お客様対応をしているのか」と聞かれます。
聞いてくるのは大抵の場合、小さな苦情を針小棒大に言ってくるタイプの人で、従業員に睨まれた、どういう教育をしているのか、店の隅をネズミが走った、駅ビルの店舗なのに考えられない、どういう衛生管理をしているのか、などといった取るに足りない苦情であることが多いものです。しかしこういう取るに足りない苦情が実は一番厄介でして、こんな些細な苦情を臆面もなく言ってくる人は世界の中心に自分の感情があるタイプの人なので、簡単には許してくれません。極端な言い方をすると、相手が死ねばやっと納得するくらいの自己中心的な感情の持ち主です。相手が会社ならトップが記者会見を開いて謝罪するくらいじゃないと許せないタイプ。実際に、社長の記者会見やホームページ上での発表を要求してきたクレーマーもいました。こういう人たちは、人間的な優しさの欠片も持ち合わせておらず、カポーティの「冷血」の主人公も真っ青なくらい血も涙もありません。自分の子供を折檻死させる親などがこのタイプの典型と言えばわかりやすいでしょう。他人の痛みを想像する能力が欠如しているので、どんなひどいことも平気です。自分が快適であることがどんなことよりも最優先なので、自分がほんの僅かでも不快な思いをしたら怒り狂います。自分の子供を殺すくらい朝飯前の話でしょう。だから、このタイプの人が苦情を言ってくると、本当に厄介です。

さて、「何年お客様対応をしているのか」という質問に対して、「もう3年以上やっています」と答えると、十人が十人とも「3年以上もやっていてこんな対応しかできないのか」と言います。恐らく、経験を積んだ担当者は苦情客を満足させる回答を用意できると勘違いしているのだと思います。苦情処理の担当者も企業に雇われている従業員ですから、当然のことながら企業の利益のために働きます。もし企業の不利益になることをしたら叱責されますし、場合によっては懲戒処分になります。苦情処理の仕事においても、どうすれば企業の利益になるかを考えて言動を決定します。だから苦情客が満足する対応にならないことの方が多いのです。そこが分かっていない。自己中心的にしかものを考えられない人には理解できないことなのかもしれません。

苦情はそれ自体が企業にとって不利益ですから、担当者は苦情を大きくしないようにします。苦情を物理的な側面と、感情的な側面に分けて、まず相手の話をとことん聞くことによって感情的な側面の鎮静化を図り、それから物理的な側面の解決に向かうやり方です。その過程の中で、様々な要求をしてくる苦情客もいます。正当な要求には可能な限り応えるように努力しますが、過度な要求、不当な要求に応じることはありません。
苦情処理担当者の目的は二つで、ひとつはいいお客にまた利用してもらえるようにすること、もうひとつは悪い客をシャットアウトすることです。悪い客に対しては、悪い客であることを自覚させることも考えて対応します。不当な要求があればその要求が不当であることを説明し、また客であることの優越的な立場を利用した暴言や人格否定などがあれば、ひとつのパワーハラスメントの事例として民事の被告になりうることも説明します。そしてもうこれ以上の対応がないことを宣言して、一切の接触や連絡を拒否して終了します。

苦情処理をはじめたばかりの頃は、すべての苦情客を同等に扱っていましたから、毎日がとても苦しかったのですが、警察や暴力追放センターの人たち、弁護士などと連絡を取り合ううちに、不当要求に対しては断固たる対応をしてもいいのだと分かってから、気持ちが楽になりました。楽にはなりましたが、世の中に自己中心的で傲岸不遜、傍若無人な人格破綻者が本当にたくさんいることに改めて気づいて、呆然としました。こんなにひどい人間ばかりがいるこの国に、未来などあるはずがないと確信しましたね。

しかし「3年もやっていてこんな対応?」と毎回驚かれるので、もしかしたらもっと上手な対応があるのかもしれないと考えてしまうこともありました。しかし罵詈雑言をまくし立てたり不当要求をしてきたりするこれらの苦情客に対して、彼らが満足するような方向で対応したりすると、ますます彼らを増長させてしまいます。不当要求を繰り返す本物のクレーマーになってしまうのです。
商業施設の担当者と一緒になって苦情処理をしたときに、意見が食い違うことがよくありました。私がそこまでの要求に応じる必要はないので突っぱねるべきだと主張するのに対し、担当者は、お客様に逆らう訳にはいかないといった考え方を述べて、要求に応じるように求めてくるのです。苦情客と、施設の担当者と私との関係は、次のようです。施設に対してテナントで出店しているのですから、大家さんと店子の関係で、大家さんが優位、客と店舗は客が優位ということになります。私はテナントで出店している会社の従業員ですから、施設の言うことを聞かなければならないと考えています。このあたりの関係性については、どのディベロッパーも同じように考えています。特に百貨店系は大家さんの優位が当然であるかのように、上から物を言ってきます。そして客に対してはどこまでも下手に出ます。

これは実はクレーマーを自ら育てているようなもので、商業施設は、考え方を改めるべきなのです。法の下の平等は憲法で謳われている訳ですから、客も従業員も同じ人権を保障されていますし、対等の関係なのです。この関係性の認識が変わらない限り、クレーマーは増加し続けるでしょう。そしてもっと怖いのは、クレーマーの精神構造は、自分の子供を折檻死させる親の精神構造に等しいことです。その精神構造は、秋葉原の無差別殺人や家族殺しの犯人にも共通しているのです。

悪い客をシャットアウトすることができない社会は、人を殺しても平気な人を量産する殺伐たる社会なのです。なんとか商業施設の担当者にそれをわからせたいと思うのですが、たぶん無理でしょうね。