幻の詩集 『あまたのおろち』 by 紫源二

幻の現在詩人 紫源二 の リアルタイム・ネット・ポエトリー

道端に咲いていた美しい花

2022-02-14 20:20:00 | Weblog
 
たとえば、誰も歩いていない山道を一人で歩いていると、道端に綺麗な花が一輪咲いているのを見つけたとしよう。
なんでこんなところに、こんなに綺麗な花が咲いているんだろうと思う。頭で理論的に考えれば、きっとこの山のこの場所が、まさにこの植物が花を咲かせるのに最も適した環境なのだろうと推論する。だからこんなに綺麗な花がここに咲いているのだ。
でも彼は、どうして僕は今、この花を見ているんだろうと不思議に思う。まるでこの花が「私を見て」と僕に言っているみたいだ。もちろんそんなことはない。この場所に適した花が一輪咲いていて、たまたまそこを僕が通りかかっただけだ。
彼は頭をふって、そしてまた花を見つめる。

でもこの花の美しさを自分のものにしたい。

そう思って写真を撮る。
でも、撮った写真を見るとまるで別のものだ。
実物の花が誇らしげに微笑んでいるのが写っていない。
この花の誇らしげな表情は写真には写っていない。
この花の誘うような微笑みは写真には写っていない。
ただのありきたりの花にしか見えない。

そこで、どおしてもこの花を自分のものにしたくて、近くに落ちている木の枝を拾って花の周りの土を掘り、根ごと引き抜いて持ち帰ることにした。

家に帰って植木鉢に土を入れて、花を植えた。水をかけて倒れないように針金で茎を補強した。
なんとか花はまだ咲いている。

花は下向きになってしまったが、なんとかまだ咲いている。

彼はじっと花を見つめた。そして心の中で花に話しかけた。

「ごめんね。きみをどうしても僕のものにしたかったんだ。
 きみはあの山の道端で咲いていた方が幸せだったかもしれないね。
 あそこなら、いろいろな人がきみの傍らを通り、きみの美しさを見て驚嘆しただろう。
 でも僕はきみを独り占めにしたかった。
 だから僕はきみを引き抜いて家に持って帰ってきた。
 もしきみがあそこにいたら、きっと蝶がやってきてきみにとまって、きみを受精させたかもしれないね。
 きみは花びらを閉じて、種を生んだかもしれないね。
 でも僕はきみを引き抜いて家に持ってきてしまった。
 ここには蝶も飛んでいない。
 僕にはきみを受精させることはできない。

 ごめんね。

 でもどうか、ずっと永遠に咲いていておくれ。
 ずっと永遠に。」

針金で茎を支えられた花は下を向いたまま、今にも萎れてしまいそうになりながらも、彼の願いに応えることもなく、まだかろうじて咲いていた。


(追記)

あるいはその花が、車が頻繁に通る道端に咲いていたとしよう。
彼は「こんなところに咲いていたらいつ車に轢かれて死んでしまうかもしれない」と思って、親切にも花を掘り返して家に持ち帰ったとしよう。
はたしてその花は、前より幸せになったと言えるだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



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