健康楽園。

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散るぞ口惜しき!!

2006-10-02 | Weblog
散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道

新潮社

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8月15日・敗戦記念日には多くのドキュメンタリーがテレビ放映されました。
硫黄島も、その一つでした。火炎放射器で焼き尽くされていく、日本軍の悲惨さが、乾いた涙を誘いました。
先日の、NHK・BS、週間ブックレビューで、作者・梯久美子さんのインタビューが放映されていました。
硫黄島総指揮官・栗林中将が、最後の総攻撃の前に大本営に向って打った電文・辞世の苦が改ざんされていて、それを知った時、硫黄島の悲劇を伝えたい、私でも書けるという気持ちで取材を始めたとおっしゃっていました。
手にとって読んでみると、5日で占領できるとふんで上陸したアメリカ軍と二ヶ月以上に渡り、矢玉尽きるまで戦い続け、死傷者総数ではアメリカが上回ってしまった戦闘でしたが、2万人弱の日本兵はほとんど全滅、いまだに遺骨さえ収集されていないという無念さを感じるとともに、歯軋りするのは当時の大本営の無能さです。
ノモハン・ミッドウェー・ガダルカナル・インパール・レイテ、皆・負けるべくして負けた、無能さを晒すばかりです。
栗林中将だけが、この勝つ見込みの全く無い戦闘で、従来日本軍の水際作戦(上陸してくる敵兵を海岸で叩く)ということごとく失敗してきた作戦を修正した闘将でした。
海岸線にトーチカや部隊を配置しても、艦砲射撃でことごとく破壊・全滅させられて、上陸を許すという繰り返しでした。栗林中将は、本営の指示に異議申し立てし、八ヶ月に渡って後方斜面に地下陣地を掘り続けました。
第一条・10倍の敵打ちのめす堅陣とせよ!から第十一条・一人でも多く倒せば遂に勝つ、名誉の戦死は10人倒して死ぬるのだ。第十二条・負傷しても頑張り戦え虜となるな!最後は敵と刺し違え。と、すさまじい「兵の戦闘心得」が全兵士に行き渡っていました。
武器・弾薬も尽きて、水さえも枯渇・勝つことを目的としていない戦闘の最後が来ます。
戦いの惨状とともに、兵の健闘を讃え、最後の電報。
「国の為、重きつとめを果たし得で、矢玉尽き果て散るぞ悲しき」・この万感の思いを込めた辞世の句を大本営は、信じられない改ざんをして新聞発表します。
「散るぞ口惜し」となってしまいました。
ここまで、真実を隠し、美化・虚飾の報道をし続けたとは!!
この大本営の姿勢が、決断を遅らせ、どれだけ無駄な戦死を招いてしまったか。ゾーーーッとするばかりです。
コメント (2)
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