カツラの巨木を後にして、更に上流へと進む。
地形図でも判る通り、両岸の勾配は緩やかになり、谷間はゆったりとした空間が広がり出す。
緑が深くなってきた。
斜面には下草や潅木が無く、地面が剥き出しになっているのは多雪地帯だからだろう。
木々も密集せず、一本一本のテリトリーが広い。
それでいて大きな木が多いから、緑が疎らな印象は無い。
特にカツラの大木は次から次へと現れる。
見上げた斜面上にはトチの大木が多い。
トチの実は大きいので、地面に落下してくる度に、パキッとそれなりに大きな音を立てる。
こちらもその都度、クマか!? と思って振り向いてしまう。
トチも多いが、やはりカツラの方が圧倒的な存在感を放つ。
太さもそうだけれど、他の木には無い表情を持っていて、武骨な、陰翳の深い姿に見入ってしまう。
巨樹の向こうにも巨樹。
一部の登山者の間で、「トチとカツラのワンダーランド」と呼ばれているようで、なるほどとも思うが、私は横文字での表現はあまり好きでは無いので、ほかに何か的確な表現は無いものかと思案する。
結局、陶然とするばかりで何も浮かばない。
ここも、巨樹と巨樹と巨樹。
カツラには水辺がよく似合う。
これも大きい。
ここもまた、巨樹の向こうに巨樹。
クマへの不安は付き纏うものの、夢見心地にさせられる。
幹だけでなく、その根もまた逞しい。
こんな森が、地図にも載らず、何の保護指定も受けず、あるがままに残っているのは不思議なくらいだ。
これもまた、一、二を争う大きさ。
だが、もうどれが一番大きいとか、そんなことはどうでもよくて、この環境がいつまでも残ってほしいと願うばかりだ。
水と、木漏れ日の調べ。
叢生する幹に、命の漲る様。
苔や、羊歯や、その他、多くの植物をも育んでいる。
たぶん、目に見えない微生物や、気づきもしない昆虫たちも養っているのだろう。
やがて谷が大きく左へカーブするところで、左岸から支流が流れ込んでくる。
巨樹の森は、だいたいこの辺りで終わる。
もっと遡っていけば、今度はブナの森に逢えるようだが、私はそこまで行く気力も無いので引き返すことにする。
往きは出来るだけ水際を進んだが、帰りは出来るだけ踏み跡を辿ることにする。
途中、茂みの中からイノシシが飛び出して肝を冷やしたが、向こうが逃げてくれて助かった。
鹿の声も、まだ時おり聞こえてくる。
横谷川まで戻る。
往きとはまた違った表情になっていた。
美しい石が多く、写真のように青いものや、緑色を帯びたもの、それから、石英の白い石が谷のあちこちに散らばっている。
途中、雨で三時間近いロスがあったとはいえ、もう谷間に西日が差し込む時間になっていた。
往きは雨で撮らなかった吊り橋も、明るくのんびりした雰囲気になって、重い筈の足も軽くなる。
林道に出て、駐車場所に戻ると、朝に見た風景が嘘みたいに穏やかで長閑な場所になっていた。
視野の隅で黒いものが動いたので、「クマか!?」とまた焦ってしまったが、二頭の黒毛の牛がのんびり草を食んでいるのだった。
撮影日時 100921 11時半~15時40分