犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

ひろさちや著 『「狂い」のすすめ』

2007-07-24 11:01:57 | 読書感想文
逆説と反語、諧謔にあふれた本であり、その意味で読者を選ぶ本である。ひろ氏いわく、人生の旅には目的地があってはならない。目的地というのは、「人生の意味」や「生き甲斐」である。人生に何かの目的を設定し、その目的を達成するために人生を生きようとするのは、最悪の生き方である(p.80)。目的意識を前提とする限り、その目的が達成されなければ、毎日がつまらなくなる(p.54)。

ありがちなハウツー本に慣れていれば、このような記述に対しては、当然反論が起きてくる。人生が無意味であるというならば、お前はなぜ生きているのか、それでは自殺すればいいではないか、という反論である(p.72)。これに対して、正面から再反論せずに、かつ言わんとしていることを伝えるのはなかなか難しい。ニヒリズムは、それをニヒリズムとして直視することによってしか克服できないからである。この逆説も、やはり逆説としてしか現われない。ひろ氏は、最初は「人生に意味がないとわかっていれば自殺する必要さえない」と応じていたが、そのうちに「私たちはたまたま人間に生まれてきて、生まれてきたついでに生きているだけだ」という言い回しを発見した(p.73)。同じ宗教家でも、哲学者に近い人物と遠い人物とではピンキリであることがわかる。

現代の日本人は、犯罪被害を筆頭に、いじめ、リストラなどといった問題に非常に弱い。自然災害や病気、受験の失敗や破産などにも弱い。年間3万人の自殺者がなかなか減らない原因ともなっている。ここで政府は、例によって実態分析の推進や情報提供の拡充、相談体制の充実などの対策を進め、今後10年間で自殺者の数を約25%減らすことを目指すものとしている。しかしながら、やはり政治的な議論はそれが政治的であるがゆえに、次々と起こる事件に振り回され、表面だけを滑る。犯罪被害者への心のケアの推進という掛け声も、このレールに乗ってしまっている。ひろ氏に言わせれば、それは「生活の危機」と「人生の危機」を取り違えていることに他ならない(p.59)。

交通事故に遭ったときの損害賠償額の算定に用いられるホフマン方式は、被害者の推定年間収入や就労可能年数などによって算出されるものであり、事故に遭う前の稼ぎによって大きな差が出る(p.165)。ここで、賃金センサスの格差を是正しよう、低所得者の権利を守ろうという方向を目指して戦うことは、同じ論理の上での局所的な問題に熱中してしまうという点で、結局は自分の首を締めることになる。現代の社会では、人間の価値は商品価値によって決められており、裁判でも人間を一個の商品として見た場合の価値が算定されるにすぎない。しかし、人間が犯罪被害によって直面する最大の問題は、このような点ではない。人間が人間である以上、最後に直面せざるを得ない問題は、「機能価値」に対する「存在価値」である(p.166)。やはり、思想・哲学というものは、苦しみの現実と闘うための武器になる(p.12)。

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2 コメント

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Unknown (けん)
2007-07-25 00:18:27
昨日は失礼致しました。
いつも、勉強させていただいております。

>人生が無意味であるというならば、お前はなぜ生きているのか、それでは自殺すればいいではないか、という反論

人生が「無意味」であるからこそ素晴らしい、とはならないのでしょうか?
例えば、古東哲明さんなんかはそうおっしゃってたように記憶します。
「意味」「目的」なんかがあったら「遊び」にはならない、と。
一般的には「遊び」=「素晴らしい」とは、なかなかならないということなのかもしれませんが。
それとも、ひろさんは仏教者なのでしょうから(違うのかしら?)「人生は苦」であるという原理(?)から、人生を「遊び」というわけにはいかないのかも知れないですが。
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ありがとうございます。 (法哲学研究生)
2007-07-25 15:34:59
人生が「無意味」であるからこそ素晴らしい、これはその通りだと思います。ただ、これも例によって逆説的な表現ですから、単なる人生訓レベルで捉えられてしまう恐れもありますね。

「無意味」とは「意味」あっての「無」意味ですから、ハイデガーに造詣の深い古東哲明さんの言わんとしているところは恐らく、存在は無化する、存在と絶対無とは同義であるということでしょう。

存在は無でありながら、存在と無の対立を超えてそれらを包摂する。同じように、人生は無意味でありながら、無意味と意味の対立を超えてそれらを包摂する。古東さんもひろさちやさんも、この辺で一致するのかと思います。

全然違うかも知れませんが(笑)
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