犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

湊かなえ著 『告白』 を題材に 刑法の答案を書く

2009-02-28 23:33:19 | 読書感想文
問題: 下村直樹、渡辺修哉、森口悠子の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く)。

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1 下村直樹の罪責

(1)森口愛美に対する罪責
 下村直樹は、森口愛美に尻餅をつかせようとして、同人に電流が流れる財布を触らせ、同人を数分間失神させているので、暴行罪(208条)が成立する。
 その後、下村は愛美が生きているのを確認しながら、同人に殺意を抱き、同人が泳げない状態にあることを知りつつ、プールの水の中に投げ込み、同人を殺害しているので、殺人罪(199条)が成立する。

(2)コンビニエンスストアに対する罪責
 下村は、自己の手を剃刀で切って血を出し、その手でコンビニの所有にかかる商品を次々と触って回り、それらの商品を売り物にならなくしているので、威力業務妨害罪(234条)及び器物損壊罪(261条)が成立する。

(3)母親に対する罪責
 下村は、母親をナイフで刺して殺害しているが、この行為は殺人罪(199条)の構成要件に該当する。しかし、母親は下村を殺害しようとして目の前までナイフを突き立てていたことが認められ、下村が自己の生命を防衛するため、やむを得ず抵抗して母親を刺したことも認められる。従って、この行為は正当防衛(36条1項)により違法性が阻却され、不可罰である。

(4)罪数
 森口愛美に対する暴行罪は、近接した時間における一個の人格の発現行為であるため、混合的包括一罪として殺人罪に吸収される。コンビニに対する威力業務妨害罪と器物損壊罪は観念的競合(54条1項前段)となり、この罪と殺人罪とは併合罪(45条前段)となる。
 なお、下村は14歳に達していないため、刑事罰は科されない(41条)。


2 渡辺修哉の罪責

(1)森口愛美に対する罪責
 渡辺修哉は、事情を知らない下村直樹を利用して、森口愛美を感電死させようとして、同人に電流が流れる財布を触らせたが、同人は数分間失神するに止まっている。この行為は、下村を利用した間接正犯による殺人未遂罪(203条・199条・43条)に該当しないか。
 思うに、行為当時、一般人であれば認識し得た事情及び行為者が認識していた事情を基礎にして、一般人を基準に結果発生の危険性が認められる場合には、未遂犯が成立すると解すべきである(具体的危険説)。
 これを本件についてみると、確かにこの財布の殺傷力は不十分であった。しかし、渡辺は財布のかなりのパワーアップに成功していたのであるから、一般人を基準に考えれば、死亡結果発生の危険性は十分に認められる。よって、渡辺の行為は、下村を利用した間接正犯による殺人未遂罪(203条)に該当する。
 さらに、愛美はプールに落とされて死亡しているため、結果的に渡辺の殺意は実現されている。そこで、渡辺に殺人既遂罪(199条)は成立しないか。途中経過が当初の見込み大幅に異なっているため、因果関係の錯誤の処理が問題となる。
 思うに、客観的な因果関係については、行為の際に一般人の予測しえた事情と、行為者の予測していた事情を判断の基礎事情として判断すべきである(折衷的相当因果関係説)。そして、因果関係の錯誤についても同様の基準で判断すべきである。
 これを本件についてみると、愛美がプールサイドにおいて感電したならば、その衝撃で水中に転落して死亡することは、一般人において予測可能である。また、愛美が感電によって死亡しなかった場合に、下村が愛美を水中に投げ込むことも、一般人において予測可能である。よって、渡辺には殺人既遂罪(199条)が成立する。
 この点、下村にも単独犯による殺人罪が成立しており、単独犯が2つ成立するのは奇妙とも思える。しかし、これは錯誤論適用の結果であるから、不当ではないと解する。

(2)孝弘に対する罪責
 渡辺は、自己の小指を噛んで血を出し、孝弘の顔に血を塗っている。これは、人の身体に対する不法な有形力の行使にあたるので、暴行罪(208条)が成立する。

(3)綾香に対する罪責
 渡辺は、自己の血だらけの手で綾香所有の携帯電話に触り、物理的、感情的に本来の目的で使用できなくさせ、携帯電話が本来持っている機能を損なわせているので、器物損壊罪(261条)が成立する。

(4)北原美月に対する罪責
 渡辺は、北原美月の首を絞めて殺害しているので、殺人罪(199条)が成立する。また、同人の遺体を大型冷蔵庫に隠しているが、これは社会通念上の埋葬方法に反しているため、死体遺棄罪(190条)が成立する。

(5)瀬口教授、八坂准教授らに対する罪責
 渡辺は、不特定多数の生徒を殺害しようとして、中学校の体育館に爆弾を仕掛けたが、その爆弾はK大学理工学部で爆発し、瀬口教授、八坂准教授らを殺害している。この行為は殺人罪(199条)の客観的構成要件に該当するが、故意が認められないのではないか。具体的事実の錯誤における方法の錯誤の処理が問題となる。
 思うに故意責任の本質(38条1項)は、規範に直面しつつそれを乗り越えた反規範的人格態度に対する道義的非難にある。そして、規範は構成要件として与えられているので、認識した犯罪事実と発生した犯罪事実が構成要件を同じくする場合には、故意が認められるべきものと解する(法定的符合説)。
 よって、渡辺には殺人罪(199条)が成立する。

(6)罪数
 瀬口教授、八坂准教授らに対する罪については、死亡した人間の数だけの殺人罪が成立するが、これはスイッチを押すという1個の行為によってなされているため、観念的競合(54条1項前段)となる。そして、この罪と他の殺人罪2罪、暴行罪、器物損壊罪、死体遺棄罪は、すべて併合罪(45条1項)となる。
 なお、渡辺は14歳に達していないため、刑事罰は科されない(41条)。


3 森口悠子の罪責

(1)下村直樹、渡辺修哉に対する罪責
 森口悠子は、下村と渡辺をHIVに感染させて殺害するため、同人らが飲むはずの牛乳に、HIV感染者の血液を混入している。しかし、実際にこの方法によって感染する確率は低く、しかもその牛乳パックは桜宮正義によって事前に取り替えられている。そこで、森口には殺人未遂罪(199条)が成立するか。未遂犯と不能犯の区別が問題となる。
 思うに、前述の通り、行為当時、一般人であれば認識し得た事情及び行為者が認識していた事情を基礎にして、一般人を基準に結果発生の危険性が認められる場合には未遂犯が成立すると解すべきである(具体的危険説)。
 本件では、一般人を基準に考えれば、その牛乳によってHIVに感染する確率が皆無ではなく、牛乳パックが事前に取り替えられたのも偶然に基づくものであるため、死亡結果発生の危険性は十分に認められる。よって、森口には殺人未遂罪(203条)が成立する。

(2)瀬口教授、八坂准教授らに対する罪責
 森口は、K大学理工学部電子工学科第3研究室に爆弾を仕掛け、瀬口教授、八坂准教授らを殺害している。この行為は、建造物侵入罪(130条前段)及び渡辺を利用した間接正犯による殺人罪(199条)に該当する。
 この点、渡辺にも単独犯による殺人罪が成立しており、単独犯が2つ成立するのは奇妙とも思える。しかし、これは錯誤論適用の結果であるから、不当ではないと解する。

(3)罪数
 下村と渡辺に対する殺人未遂罪は、社会通念上1つの血液混入行為によってなされているので、観念的競合(54条1項前段)となる。また、瀬口教授、八坂准教授らに対する罪については、死亡した人間の数だけの殺人罪が成立するが、これは爆弾を置くという1個の行為によってなされているため、観念的競合(54条1項前段)となり、建造物侵入罪とは牽連犯(54条1項後段)となる。
 そして、これらの2つの罪は併合罪(45条前段)となる。


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刑法的評価の観点から人間の行為を見ると、人物が恐ろしくノッペラボーになる。しかも、一度こう見えてしまうと、元の顔が永久に戻らない。怖いことだ。

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2 コメント

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Unknown (七誌)
2011-09-28 12:01:58
古い記事にコメントして申し訳ありませんが、
罪責について、共犯論が抜けていませんか?
下村と渡辺は共犯関係にあったはずです。
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七誌様 (某Y.ike)
2011-11-13 23:50:20
仕事のほうが忙しく、お返事が大変遅くなりました。すみません。
読んで頂いてありがとうございます。おっしゃる通り、共犯論の論証が完全に抜けてますね。試験なら大減点です。
私がこのような暇な(下らない)ことをやろうと思ったのは、構成要件・違法性・責任という思考を経た後で、この小説の読後感の悪さ(疲労感・嫌悪感・不快感など)に至ることができるのか、自分で試してみたかったからです。
私が得た答えは、「永久に至れなくなる」でした。
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