犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

大阪府熊取町 女児行方不明事件

2008-12-07 17:17:06 | 実存・心理・宗教
大阪府熊取町で平成15年5月、下校途中に行方不明になった当時小学4年生の吉川友梨さん(14)の家族に、「友梨さんを助けた。犯人から奪回した際に費用がかかった」などと持ちかけ、現金をだまし取ったとして、大阪府警と泉佐野署は6日、詐欺の疑いで堺市内の無職・中谷浩気容疑者(39)と川上佳代容疑者(38)を逮捕した。2人は容疑を否認しているが、中谷容疑者らは4年間で友梨さんの家族から総額約7000万円を詐取したとみられ、娘を救い出したいという家族の心情につけ込んだ悪質な犯行とみられている。中谷容疑者らが4年間で吉川さんの家族から詐取した金額は総額で7000万円にも及ぶといい、家族は子供たちの学資保険を切り崩すなどして資金を工面していたという。2人は共謀して、「助けてくれた男の人を紹介する」と持ちかけたり、友梨さんを装って家族に電話やメールをするなどして信用させたり、「友梨さんを助け、今は安全な場所にいる。犯人から奪い返した際に費用がかかった」などと嘘をついて現金の要求をエスカレートさせ、その後も友梨さんの交通費や生活費を名目に金を繰り返し騙し取った疑いが持たれている。

吉川さんの家族は、なぜ4年間にもわたって騙されてしまったのか。それは、何が何でも娘が無事にいてほしいからである。それにしても、なぜ7000万円もの大金を騙し取られてしまったのか。それは、それが親心というものだからである。そうは言っても、このようなでき過ぎた話がおかしいとは思わなかったのか。それは、おかしいと思っても、自らの命より大切な娘の命のためなら、このような話を疑うよりも信じるほうが親として当たり前のことだからである。自分の命に替えても娘が無事で生きてくれるのであれば、お金などいくらでも払う。世間では大金と言われる何千万という金額であろうと、娘のためであれば、高くて払えないなどということは断じてあり得ない。親は娘の生死がかかっている場面であれば、自らの命さえ投げ出すものであり、ましてやお金などいくらでも払う。従って、4年間にわたって7000万円を支払った。親として、人間として、あまりに当たり前の行為である。北朝鮮の拉致問題などを見てみれば明らかであるとおり、これは理屈ではなく、当然に結論が出ている種類の話だと言ってよい。

それにしても、4年もの間、家族は警察に相談することもできなかったのか。それは、そのような選択が親心の表れであり、娘に対する無条件の愛情というものだからである。親が娘に何よりも望むことは、無事に自宅に帰ってくることである。しかし、今すぐそれが無理であるならば、何がなんでもどこかで無事に生きていてほしい。この地球のどこかで生きていることがわかるならば、会えなくても、ただそれだけでいい。無事であることがわかればいい。そして、現に自宅には娘の声で電話がかかっており、両親は現に娘と話をしている(と思っている)。このような状況において、家族が警察に詐欺の届出をすることができるはずもない。寝ても覚めても、願うことはただ1つ、娘が無事で生きていることである。どこかで幸せに生きているならばその幸せが続くことを祈り、どこかで救出を待っているならば一刻も早くその場に駆けつける。比喩ではなく、地の果てに這ってでも娘を捜しに行く覚悟のある者にとって、警察に被害を届け出ることは双方の人生の否定を意味する。何よりも、娘が帰ってきた時に合わせる顔がない。この親心と愛情の深さは、被害者側の過失や落ち度といった安っぽい言葉とは次元を異にする。

それでは、なぜ我々はそのような吉川さんの両親の姿を見て共感し、一刻も早い娘さんの無事な帰宅を祈らざるを得なかったのか。それは、それが人間というものだからである。親がいて娘がいるならば、それぞれの親は別の人間であり、それぞれの娘も別の人間であり、ゆえにそれぞれの親心や愛情も別々である。しかしながら、親である、娘であるということによって、人間は相互にその内容を瞬間的に理解する。それが人間という存在である。これは強制ではない。娘さんの無事を祈る人は祈り、両親の心痛を想像して心を痛める人は痛める。そして、それと同じように、騙す人は騙す。どれもこれも他者からの強制ではなく、自らの人間の品格である。どんなことをしてでも娘の無事な帰宅を実現したいという家族の心情を理解できない者は、その定義において人間の名に値しない。また、そのような心情を理解した上で、それを自らの金銭的欲望のために利用する者は、さらに人間の名に値しない。従って、人間である者は、人間でない者に対して問わなければならない。「お前らはそれでも人間か」。

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