犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

中島義道著 『私の嫌いな10の言葉』 第3章より

2009-06-28 00:58:36 | 読書感想文
第3章 「おまえのためを思って言ってるんだぞ!」より

p.95~

ああ、この言葉はとりわけ虫酸が走るほど嫌いです。それは嘘だからであり、自分を守っているからであり、恩を着せているからであり、愛情を注いでいるとかんちがいしているからであり、つまり徹底的に鈍感でしかも狡いからです。こうした台詞は、常識的な価値観にがんじがらめに縛られている人から発せられることが多い。しかい、本人も気づいていない心の底では、「こんなおまえが目障りで厭でたまらない」のです。世間の掟を尊重し、その枠の中に納まってほしいのです。そうでなければ、自分が不安で不安でしかたない。

ここには、そう語る当人が気づいていない1つのたいへんな傲慢な態度がある。つまり、そう語る人は「おまえのために」言ってやるその相手より人間として絶対的に上位にいるという傲慢です。なぜなら、逆にそう言う人に向かって「私もあなたのためを思って言っておきたいのですが」と言いはじめたら、それこそ仰天してしまう。その「反抗的態度」に、怒り心頭に発するのが普通です。

私見では、この言葉が相手の心を打つことはまずない。救いがたいほどの鈍感さと卑劣なほどの狡さがそこにあるからです。「おまえのためを思って言っている」という言葉を吐く人は限りなく鈍感です。こちらの気持ちを正確に察知して言っていることは稀で、自分の気持ちを押しつけているだけなのですから。しかも、「よいこと」をしているという思い上がりがある。権威や体制や伝統を背景に裁く卑劣さがある。


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人々の会話の中で、実際に「おまえのためを思って言ってるんだぞ!」という言葉を聞くことは少ないと思います。しかしながら、もう少しソフトでありながら、実際には同じ意味を表現している言葉は非常に多いようです。例えば、他者の悲しみを目の前にして、「こんなおまえが目障りで厭でたまらない」場合に、「自分を守るため」に述べられる儀礼的な言葉の数々です。「お悔やみの言葉」を検索すると、当たり障りのない実用的な定型句が沢山紹介されています。このようなお悔やみの言葉を覚えて上手く使い分けられるようになるということは、中島氏が述べるところの徹底的に鈍感で狡くなることであり、常識的な価値観にがんじがらめに縛られることに通じると思います。


基本のお悔やみ
「この度は、誠にご愁傷様でございます。心からお悔やみ申し上げます。」

事故の場合
「突然のことで、なんと申し上げてよいか言葉もありません。心からお悔やみ申し上げます。」

急死の場合
「突然のご不幸で、さぞお力落としのことと存じます。どうぞお気をしっかりお持ち下さい。心からお悔やみ申し上げます。」

子どもを亡くした場合
「この度のご不幸、もう胸が張り裂ける思いです。どんなにお辛いことかと思うと、お慰めの言葉もありません。心よりお悔やみ申し上げます。」

夫を亡くした場合
「どんなにかお力落としのことと思いますが、お子さまのためにも、どうぞお気をしっかりとお持ちください。心からお悔やみ申し上げます。」

妻を亡くした場合
「この度は、誠にご愁傷様でございます。長年連れ添った奥様とのお別れ、どんなにかお辛いこととお察しいたします。心からお悔やみ申し上げます。」

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2 コメント

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Unknown (ayaka)
2009-07-05 17:57:48
これ、面白そうな本ですね!

読んでみようかな。
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こんばんは。 (某Y.ike)
2009-07-05 23:57:28
中島さんの本は、きれいごとは一切なく、残酷な真実を容赦なく伝えるという点で、なかなか恐ろしいものがあります。
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