都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
2019年 私が観た展覧会 ベスト10
年末恒例の私的ベスト企画です。私が2019年に観た展覧会のベスト10をあげてみました。
2019年 私が観た展覧会 ベスト10
1.「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」 DIC川村記念美術館
「箱」の作品で知られるコーネルの、ただし「箱」だけに留まらない、多様な制作について紹介した回顧展でした。国内の美術館のコレクションの「箱」、及びコラージュ、日記から構想ノート、さらには知られざる映画までを網羅していて、コーネルの精神や思考を垣間見るかのようでした。おそらく国内で望みうる最高のコーネル展ではなかったのではないでしょうか。
2.「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」 国立新美術館
現代美術家、ボルタンスキーの過去最大スケールでの回顧展でした。新旧のインスタレーションによって構成された空間は、まるで異界へと繋がる洞窟のようで、深く潜り込んでは霊魂と向き合うかのような独特の鑑賞体験を得ることが出来ました。なお同展は全国3巡回し、先行した国立国際美術館も評判を呼んでいましたが、私は見ることが叶わなかったため、国立新美術館での展示を推したいと思います。
3.「没後90年記念 岸田劉生展」 東京ステーションギャラリー
岸田劉生の初期から晩年の作品を集めた回顧展で、意外なほど変化する画家の作風を丹念に追うことが出来ました。単発的には作品を見る機会の多い劉生ですが、ともかく全貌を網羅していて、公式サイトに記載された「珠玉の劉生展を目指しました」との言葉も、あながち誇張とは思えませんでした。
4.「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」 国立新美術館
2011年秋、東京国立近代美術館で開催された「イケムラレイコ うつりゆくもの」以来、久しぶりとなる大規模な個展でした。「生命の循環」を起点に、全部で16のセクションに及ぶ展示は、まるで人間や動物、神、そして宇宙に大地、さらに生と死を巡る一大叙情詩を辿っているかのようで、ずっしりと心に染みるような静かな感動を得ることが出来ました。これほど深い余韻をもたらす現代美術展もあまりないかもしれません。
5.「カミーユ・アンロ|蛇を踏む」 東京オペラシティアートギャラリー
第55回ヴェネチア・ビエンナーレ(2013年)にて銀獅子賞を受賞したカミーユ・アンロの日本初の大規模な個展でした。実のところ、私自身、この個展で初めてアンロの作品を見知りましたが、受賞作の映像「偉大なる疲労」はもとより、インスタレーション「青い狐」などは、複数の学問を横断しつつ、高度な思考実験を伴いながら、生命や世界の理に迫っていて、壮大な天地創造の物語を目の当たりにするかのようで圧倒されました。
6.「コートールド美術館展 魅惑の印象派」 東京都美術館
今年に見た西洋美術では最も心を惹かれる作品の多い展覧会でした。作品数は約60点ほどと必ずしも多くはありませんでしたが、チラシ表紙を飾ったマネの「フォリー=ベルジェールのバー」などのコレクションはいずれも粒揃いで、特に10点ほど出展された質の高いセザンヌには舌を巻くものがありました。また漫然と作品を並べるのではなく、画家の言葉や時代背景、それに技法などに着目した構成も良かったと思いました。
7.「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」 森アーツセンターギャラリー
近年、メディア等で露出の多かったバスキアを、日本との関わりにも着目しながら、約130点もの作品で辿る回顧展でした。1980年代のアメリカのアートシーンを席巻したバスキアですが、作品には強い批判的態度も感じられて、当時の社会の様々な問題が浮き彫りになるような内容でもありました。また絵画の重層的な質感、特に絵具の筆触には躍動感があり、事前に図版で見知るのとは迫力がまるで違いました。
8.「岡山芸術交流2019」 前編(旧内山下小学校、林原美術館) 後編(岡山城、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館)
今回で2度目の開催となった岡山芸術交流に初めて行くことが出来ました。「もし蛇が」とした謎めいたタイトルしかり、コンセプチャルな作品も目立ちましたが、芸術祭全体があたかも1つの大きな有機物のようで、生命科学の問題など考えさせられる内容の多い展示でした。また岡山城界隈に広がる展示エリアも程よいスケール感で、街歩きとしても楽しめました。
9.「石川直樹 この星の光の地図を写す」 東京オペラシティアートギャラリー
世界各地を写真に撮り続ける石川直樹の視点を追体験するような展覧会でした。また実際の装備品や道具、さらには愛読書までも紹介していて、石川の冒険の軌跡を臨場感のある形で見ることが出来ました。中でも途中で断念した「K2」では、石川自身の体験が克明に記録されていて、どれほど苦難であったのかがひしひしと伝わってきました。
10.「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」 ポーラ美術館
ポーラ美術館では開館以来、初めてとなる現代美術とのコラボレーション企画で、同館の西洋、東洋美術コレクションと、国内外の12組の現代美術家の作品が、さながら音楽を奏でるように響きあっていました。また実際にも音をモチーフにした作品が少なくなく、特に屋外の「森の遊歩道」に展開したスーザン・フィリップスのサウンドインスタレーションは、風が樹木を揺らす音や鳥のさえずりなどを取り込んでいて、森に囲まれたポーラ美術館ならではの鑑賞体験をすることが出来ました。
次点.「Meet the Collection ―アートと人と、美術館」 横浜美術館
開館30年を迎えた横浜美術館の全館スケールでのコレクション展でした。中でも束芋、淺井裕介、今津景、菅木志雄のゲスト作家が、自作とともに作品をセレクトする展示が面白く、元々、常設展においても意欲的な企画が多い横浜美術館による、新たな取り組みを示したような展覧会でした。
なおベスト10以外で特に印象に残った展覧会は以下の通りです。(順不同)
「メスキータ」 東京ステーションギャラリー
「インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史」 埼玉県立近代美術館
「シャルル=フランソワ・ドービニー展」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館
「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」 東京国立近代美術館工芸館
「青木野枝 霧と鉄と山と」 府中市美術館
「山沢栄子 私の現代」 東京都写真美術館
「窓展」 東京国立近代美術館
「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 横浜美術館
「やなぎみわ展 神話機械」 神奈川県民ホールギャラリー
「現在地:未来の地図を描くために」 金沢21世紀美術館
「目 非常にはっきりとわからない」 千葉市美術館
「カルティエ、時の結晶」 国立新美術館
「ハプスブルク展」 国立西洋美術館
「桃源郷展―蕪村・呉春が夢みたもの」 大倉集古館
「黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部 -美濃の茶陶」 サントリー美術館
「伊庭靖子展 まなざしのあわい」 東京都美術館
「ロイス・ワインバーガー展」 ワタリウム美術館
「加藤泉 – LIKE A ROLLING SNOWBALL」 原美術館
「大竹伸朗 ビル景 1978-2019」 水戸芸術館
「原三溪の美術 伝説の大コレクション」 横浜美術館
「円山応挙から近代京都画壇へ」 東京藝術大学大学美術館
「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館
「特別展 三国志」 東京国立博物館・平成館
「ジュリアン・オピー」 東京オペラシティアートギャラリー
「没後50年 坂本繁二郎展」 練馬区立美術館
「食の器」 日本民藝館
「遊びの流儀 遊楽図の系譜」 サントリー美術館
「マンモス展」 日本科学未来館
「クリムト展」 東京都美術館
「宮本隆司 いまだ見えざるところ」 東京都写真美術館
「トム・サックス ティーセレモニー」 東京オペラシティアートギャラリー
「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」 東京ステーションギャラリー
「世紀末ウィーンのグラフィック-デザインそして生活の刷新にむけて」 目黒区美術館
「福沢一郎展 このどうしようもない世界を笑いとばせ」 東京国立近代美術館
「百年の編み手たち-流動する日本の近現代美術」 東京都現代美術館
「ラファエル前派の軌跡展」 三菱一号館美術館
「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」 東京国立博物館・平成館
「メアリー・エインズワース浮世絵コレクション-初期浮世絵から北斎・広重まで」 千葉市美術館
「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」 府中市美術館
「The 備前―土と炎から生まれる造形美―」 東京国立近代美術館工芸館
「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」 東京ステーションギャラリー
「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」 サントリー美術館
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」 東京都美術館
「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」 渋谷区立松濤美術館
「ルーベンス展―バロックの誕生」 国立西洋美術館
「マイケル・ケンナ写真展」 東京都写真美術館
「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」 国立西洋美術館
「ギュスターヴ・モロー展―サロメと宿命の女たち―」 パナソニック汐留美術館
「キスリング展 エコール・ド・パリの夢」 東京都庭園美術館
「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」 ちひろ美術館・東京
「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」 三菱一号館美術館
「日本の素朴絵」 三井記念美術館
「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s」 アーツ前橋
「生誕100年 飯塚小玕齋展―絵画から竹工芸の道へ―」 太田市美術館・図書館
「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」 国立新美術館
「ミュシャと日本、日本とオルリク」 千葉市美術館
「ゴッホ展」 上野の森美術館
「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち ―悳俊彦コレクション」 太田記念美術館
例年同様に絞りきれず、たくさんの展覧会をあげてしまいましたが、私にとって2019年は明らかに現代美術に心が引きつけられる一年となりました。
ベスト10以外では、心象世界の向こうにロマンを垣間見た「マイケル・ケンナ写真展」(東京都写真美術館)、あたかも美術館に住む住人のごとくに彫刻が並んだ「加藤泉 – LIKE A ROLLING SNOWBALL」(原美術館)、利休の見立てを現代に再生したような「トム・サックス ティーセレモニー」(東京オペラシティアートギャラリー)、ビルと都市の並び立つ熱気に呑まれた「大竹伸朗 ビル景 1978-2019」(水戸芸術館)、そして作家の人生そのものが作品として体現したかのような「塩田千春展:魂がふるえる」(森美術館)などが特に印象に残りました。
また会期末に向けて人気を集めた「目 非常にはっきりとわからない」(千葉市美術館)も、チバニアンに着想を得つつも、改修中の美術館の場を効果的に用いていて楽しめました。それに現在、開催中の「窓展」(東京国立近代美術館)も、「窓」を切り口にした現代美術が多く展示されていて、とても面白く見られました。その他にも「山沢栄子 私の現代」(東京都写真美術館)では、具象と抽象を行き来する作品の魅力はもとより、山沢のチャレンジングな生き方そのものにも共感を覚えました。
日本美術では、まず「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」(東京国立近代美術館工芸館)に魅せられました。メトロポリタン美術館の竹工芸コレクションが里帰りした展覧会で、先だって観覧した「生誕100年 飯塚小玕齋展―絵画から竹工芸の道へ―」(太田市美術館・図書館)の飯塚小玕齋の優品などが多数並んでいて、竹の本来のしなやかさと繊細な意匠に大いに目を奪われました。
「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」(府中市美術館)と「日本の素朴絵」(三井記念美術館)も、徳川の将軍の描いた絵画や庶民向けの大津絵など、ヘタウマや知られざる作品に焦点を当てていて、日本美術の新たな魅力に接することが出来ました。この他、創意工夫に溢れた現代の備前にも引かれた「The 備前―土と炎から生まれる造形美―」(東京国立近代美術館工芸館)や、衰退したとされる明治以降の浮世絵にあえて着目した「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち―悳俊彦コレクション」(太田記念美術館)も興味深く見られました。
西洋美術では、2つのクリムトに関した展覧会、「クリムト展」(東京都美術館)と「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」(国立新美術館)が充実していました。特に後者はクリムトのみならず、世紀末ウィーンの文化全体までを網羅するような構成で、作品と資料も多く、大変に見応えがありました。さらに「世紀末ウィーンのグラフィック-デザインそして生活の刷新にむけて」(目黒区美術館)もクリムト、シーレ、ココシュカから、オットー・ヴァーグナー、カール・モルなど、約300点もの作品を紹介していました。2019年はクリムトを中心としたウィーン世紀末が1つのトレンドでもあったかもしれません。
「ミュシャと日本、日本とオルリク」(千葉市美術館)も忘れられません。日本でも人気のあるミュシャだけでなく、同じチェコ出身で来日経験もあったオルリクの制作を紹介する展覧会で、同国におけるジャポニスム受容、及び日本への影響関係などを丹念に検証していました。
今年は数こそ少ないものの、東京以外の地域へ何度か遠征して来ました。そのうち近場では、根府川の江之浦測候所が大変に印象的で、あたかも古い社か古代の遺跡へと迷い込んだかのような空間は、まさに杉本博司の美意識を体現したかのようで圧倒されました。また北陸では、常設展示のスケールに驚かされた福井県立恐竜美術館、そしてエルリッヒのプールでも知られ、多くの観光客で賑わっていた金沢21世紀美術館へもともに初めて行くことが出来ました。
また西日本方面では、ベスト10にあげた「岡山芸術交流」をはじめ、まだブログにまとめきれていないものの、現代アートの聖地とさえ呼ばれる直島へも旅することが出来ました。1日で回る行程だったため、直島限定となりましたが、ベネッセハウスミュージアム、李禹煥美術館、地中美術館から家プロジェクトなど、一通りのアートスポットを周遊しました。芸術祭期間中ではないのにも関わらず、国内外から多くの観光客が集っていて、改めて直島の人気を感じさせるものがありました。
見に行ったのにも関わらず、今年もブログに感想を書ききれない展覧会が多々ありました。(ベスト10にあげた展覧会でも、コーネル展とコートールド展の感想を書きそびれてしまいました。)来年はもう少しアウトプットに力を入れたいとは思いますが、当面は週3回程度の更新となりそうです。
最後になりますが、皆さまは今年一年、どのような美術との出会いがありましたでしょうか。このエントリをもちまして年内のブログを終わります。今年も「はろるど」とお付き合い下さりどうもありがとうございました。それではどうぞ良いお年をお迎え下さい。
*過去の展覧会ベスト10
2018年、2017年、2016年、2015年、2014年、2013年、2012年、2011年、2010年、2009年、2008年、2007年、2006年、2005年、2004年(その2。2003年も含む。)
2019年 私が観た展覧会 ベスト10
1.「ジョゼフ・コーネル コラージュ&モンタージュ」 DIC川村記念美術館
「箱」の作品で知られるコーネルの、ただし「箱」だけに留まらない、多様な制作について紹介した回顧展でした。国内の美術館のコレクションの「箱」、及びコラージュ、日記から構想ノート、さらには知られざる映画までを網羅していて、コーネルの精神や思考を垣間見るかのようでした。おそらく国内で望みうる最高のコーネル展ではなかったのではないでしょうか。
2.「クリスチャン・ボルタンスキー – Lifetime」 国立新美術館
現代美術家、ボルタンスキーの過去最大スケールでの回顧展でした。新旧のインスタレーションによって構成された空間は、まるで異界へと繋がる洞窟のようで、深く潜り込んでは霊魂と向き合うかのような独特の鑑賞体験を得ることが出来ました。なお同展は全国3巡回し、先行した国立国際美術館も評判を呼んでいましたが、私は見ることが叶わなかったため、国立新美術館での展示を推したいと思います。
3.「没後90年記念 岸田劉生展」 東京ステーションギャラリー
岸田劉生の初期から晩年の作品を集めた回顧展で、意外なほど変化する画家の作風を丹念に追うことが出来ました。単発的には作品を見る機会の多い劉生ですが、ともかく全貌を網羅していて、公式サイトに記載された「珠玉の劉生展を目指しました」との言葉も、あながち誇張とは思えませんでした。
4.「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」 国立新美術館
2011年秋、東京国立近代美術館で開催された「イケムラレイコ うつりゆくもの」以来、久しぶりとなる大規模な個展でした。「生命の循環」を起点に、全部で16のセクションに及ぶ展示は、まるで人間や動物、神、そして宇宙に大地、さらに生と死を巡る一大叙情詩を辿っているかのようで、ずっしりと心に染みるような静かな感動を得ることが出来ました。これほど深い余韻をもたらす現代美術展もあまりないかもしれません。
5.「カミーユ・アンロ|蛇を踏む」 東京オペラシティアートギャラリー
第55回ヴェネチア・ビエンナーレ(2013年)にて銀獅子賞を受賞したカミーユ・アンロの日本初の大規模な個展でした。実のところ、私自身、この個展で初めてアンロの作品を見知りましたが、受賞作の映像「偉大なる疲労」はもとより、インスタレーション「青い狐」などは、複数の学問を横断しつつ、高度な思考実験を伴いながら、生命や世界の理に迫っていて、壮大な天地創造の物語を目の当たりにするかのようで圧倒されました。
6.「コートールド美術館展 魅惑の印象派」 東京都美術館
今年に見た西洋美術では最も心を惹かれる作品の多い展覧会でした。作品数は約60点ほどと必ずしも多くはありませんでしたが、チラシ表紙を飾ったマネの「フォリー=ベルジェールのバー」などのコレクションはいずれも粒揃いで、特に10点ほど出展された質の高いセザンヌには舌を巻くものがありました。また漫然と作品を並べるのではなく、画家の言葉や時代背景、それに技法などに着目した構成も良かったと思いました。
7.「バスキア展 メイド・イン・ジャパン」 森アーツセンターギャラリー
近年、メディア等で露出の多かったバスキアを、日本との関わりにも着目しながら、約130点もの作品で辿る回顧展でした。1980年代のアメリカのアートシーンを席巻したバスキアですが、作品には強い批判的態度も感じられて、当時の社会の様々な問題が浮き彫りになるような内容でもありました。また絵画の重層的な質感、特に絵具の筆触には躍動感があり、事前に図版で見知るのとは迫力がまるで違いました。
8.「岡山芸術交流2019」 前編(旧内山下小学校、林原美術館) 後編(岡山城、旧福岡醤油建物、岡山県天神山文化プラザ、岡山市立オリエント美術館)
今回で2度目の開催となった岡山芸術交流に初めて行くことが出来ました。「もし蛇が」とした謎めいたタイトルしかり、コンセプチャルな作品も目立ちましたが、芸術祭全体があたかも1つの大きな有機物のようで、生命科学の問題など考えさせられる内容の多い展示でした。また岡山城界隈に広がる展示エリアも程よいスケール感で、街歩きとしても楽しめました。
9.「石川直樹 この星の光の地図を写す」 東京オペラシティアートギャラリー
世界各地を写真に撮り続ける石川直樹の視点を追体験するような展覧会でした。また実際の装備品や道具、さらには愛読書までも紹介していて、石川の冒険の軌跡を臨場感のある形で見ることが出来ました。中でも途中で断念した「K2」では、石川自身の体験が克明に記録されていて、どれほど苦難であったのかがひしひしと伝わってきました。
10.「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」 ポーラ美術館
ポーラ美術館では開館以来、初めてとなる現代美術とのコラボレーション企画で、同館の西洋、東洋美術コレクションと、国内外の12組の現代美術家の作品が、さながら音楽を奏でるように響きあっていました。また実際にも音をモチーフにした作品が少なくなく、特に屋外の「森の遊歩道」に展開したスーザン・フィリップスのサウンドインスタレーションは、風が樹木を揺らす音や鳥のさえずりなどを取り込んでいて、森に囲まれたポーラ美術館ならではの鑑賞体験をすることが出来ました。
次点.「Meet the Collection ―アートと人と、美術館」 横浜美術館
開館30年を迎えた横浜美術館の全館スケールでのコレクション展でした。中でも束芋、淺井裕介、今津景、菅木志雄のゲスト作家が、自作とともに作品をセレクトする展示が面白く、元々、常設展においても意欲的な企画が多い横浜美術館による、新たな取り組みを示したような展覧会でした。
なおベスト10以外で特に印象に残った展覧会は以下の通りです。(順不同)
「メスキータ」 東京ステーションギャラリー
「インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史」 埼玉県立近代美術館
「シャルル=フランソワ・ドービニー展」 東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館
「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」 東京国立近代美術館工芸館
「青木野枝 霧と鉄と山と」 府中市美術館
「山沢栄子 私の現代」 東京都写真美術館
「窓展」 東京国立近代美術館
「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」 横浜美術館
「やなぎみわ展 神話機械」 神奈川県民ホールギャラリー
「現在地:未来の地図を描くために」 金沢21世紀美術館
「目 非常にはっきりとわからない」 千葉市美術館
「カルティエ、時の結晶」 国立新美術館
「ハプスブルク展」 国立西洋美術館
「桃源郷展―蕪村・呉春が夢みたもの」 大倉集古館
「黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部 -美濃の茶陶」 サントリー美術館
「伊庭靖子展 まなざしのあわい」 東京都美術館
「ロイス・ワインバーガー展」 ワタリウム美術館
「加藤泉 – LIKE A ROLLING SNOWBALL」 原美術館
「大竹伸朗 ビル景 1978-2019」 水戸芸術館
「原三溪の美術 伝説の大コレクション」 横浜美術館
「円山応挙から近代京都画壇へ」 東京藝術大学大学美術館
「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館
「特別展 三国志」 東京国立博物館・平成館
「ジュリアン・オピー」 東京オペラシティアートギャラリー
「没後50年 坂本繁二郎展」 練馬区立美術館
「食の器」 日本民藝館
「遊びの流儀 遊楽図の系譜」 サントリー美術館
「マンモス展」 日本科学未来館
「クリムト展」 東京都美術館
「宮本隆司 いまだ見えざるところ」 東京都写真美術館
「トム・サックス ティーセレモニー」 東京オペラシティアートギャラリー
「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」 東京ステーションギャラリー
「世紀末ウィーンのグラフィック-デザインそして生活の刷新にむけて」 目黒区美術館
「福沢一郎展 このどうしようもない世界を笑いとばせ」 東京国立近代美術館
「百年の編み手たち-流動する日本の近現代美術」 東京都現代美術館
「ラファエル前派の軌跡展」 三菱一号館美術館
「国宝 東寺―空海と仏像曼荼羅」 東京国立博物館・平成館
「メアリー・エインズワース浮世絵コレクション-初期浮世絵から北斎・広重まで」 千葉市美術館
「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」 府中市美術館
「The 備前―土と炎から生まれる造形美―」 東京国立近代美術館工芸館
「アルヴァ・アアルト もうひとつの自然」 東京ステーションギャラリー
「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」 サントリー美術館
「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」 東京都美術館
「終わりのむこうへ:廃墟の美術史」 渋谷区立松濤美術館
「ルーベンス展―バロックの誕生」 国立西洋美術館
「マイケル・ケンナ写真展」 東京都写真美術館
「ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代」 国立西洋美術館
「ギュスターヴ・モロー展―サロメと宿命の女たち―」 パナソニック汐留美術館
「キスリング展 エコール・ド・パリの夢」 東京都庭園美術館
「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」 ちひろ美術館・東京
「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」 三菱一号館美術館
「日本の素朴絵」 三井記念美術館
「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s」 アーツ前橋
「生誕100年 飯塚小玕齋展―絵画から竹工芸の道へ―」 太田市美術館・図書館
「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」 国立新美術館
「ミュシャと日本、日本とオルリク」 千葉市美術館
「ゴッホ展」 上野の森美術館
「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち ―悳俊彦コレクション」 太田記念美術館
例年同様に絞りきれず、たくさんの展覧会をあげてしまいましたが、私にとって2019年は明らかに現代美術に心が引きつけられる一年となりました。
ベスト10以外では、心象世界の向こうにロマンを垣間見た「マイケル・ケンナ写真展」(東京都写真美術館)、あたかも美術館に住む住人のごとくに彫刻が並んだ「加藤泉 – LIKE A ROLLING SNOWBALL」(原美術館)、利休の見立てを現代に再生したような「トム・サックス ティーセレモニー」(東京オペラシティアートギャラリー)、ビルと都市の並び立つ熱気に呑まれた「大竹伸朗 ビル景 1978-2019」(水戸芸術館)、そして作家の人生そのものが作品として体現したかのような「塩田千春展:魂がふるえる」(森美術館)などが特に印象に残りました。
また会期末に向けて人気を集めた「目 非常にはっきりとわからない」(千葉市美術館)も、チバニアンに着想を得つつも、改修中の美術館の場を効果的に用いていて楽しめました。それに現在、開催中の「窓展」(東京国立近代美術館)も、「窓」を切り口にした現代美術が多く展示されていて、とても面白く見られました。その他にも「山沢栄子 私の現代」(東京都写真美術館)では、具象と抽象を行き来する作品の魅力はもとより、山沢のチャレンジングな生き方そのものにも共感を覚えました。
日本美術では、まず「竹工芸名品展:ニューヨークのアビー・コレクション」(東京国立近代美術館工芸館)に魅せられました。メトロポリタン美術館の竹工芸コレクションが里帰りした展覧会で、先だって観覧した「生誕100年 飯塚小玕齋展―絵画から竹工芸の道へ―」(太田市美術館・図書館)の飯塚小玕齋の優品などが多数並んでいて、竹の本来のしなやかさと繊細な意匠に大いに目を奪われました。
「へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで」(府中市美術館)と「日本の素朴絵」(三井記念美術館)も、徳川の将軍の描いた絵画や庶民向けの大津絵など、ヘタウマや知られざる作品に焦点を当てていて、日本美術の新たな魅力に接することが出来ました。この他、創意工夫に溢れた現代の備前にも引かれた「The 備前―土と炎から生まれる造形美―」(東京国立近代美術館工芸館)や、衰退したとされる明治以降の浮世絵にあえて着目した「ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち―悳俊彦コレクション」(太田記念美術館)も興味深く見られました。
西洋美術では、2つのクリムトに関した展覧会、「クリムト展」(東京都美術館)と「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」(国立新美術館)が充実していました。特に後者はクリムトのみならず、世紀末ウィーンの文化全体までを網羅するような構成で、作品と資料も多く、大変に見応えがありました。さらに「世紀末ウィーンのグラフィック-デザインそして生活の刷新にむけて」(目黒区美術館)もクリムト、シーレ、ココシュカから、オットー・ヴァーグナー、カール・モルなど、約300点もの作品を紹介していました。2019年はクリムトを中心としたウィーン世紀末が1つのトレンドでもあったかもしれません。
「ミュシャと日本、日本とオルリク」(千葉市美術館)も忘れられません。日本でも人気のあるミュシャだけでなく、同じチェコ出身で来日経験もあったオルリクの制作を紹介する展覧会で、同国におけるジャポニスム受容、及び日本への影響関係などを丹念に検証していました。
今年は数こそ少ないものの、東京以外の地域へ何度か遠征して来ました。そのうち近場では、根府川の江之浦測候所が大変に印象的で、あたかも古い社か古代の遺跡へと迷い込んだかのような空間は、まさに杉本博司の美意識を体現したかのようで圧倒されました。また北陸では、常設展示のスケールに驚かされた福井県立恐竜美術館、そしてエルリッヒのプールでも知られ、多くの観光客で賑わっていた金沢21世紀美術館へもともに初めて行くことが出来ました。
また西日本方面では、ベスト10にあげた「岡山芸術交流」をはじめ、まだブログにまとめきれていないものの、現代アートの聖地とさえ呼ばれる直島へも旅することが出来ました。1日で回る行程だったため、直島限定となりましたが、ベネッセハウスミュージアム、李禹煥美術館、地中美術館から家プロジェクトなど、一通りのアートスポットを周遊しました。芸術祭期間中ではないのにも関わらず、国内外から多くの観光客が集っていて、改めて直島の人気を感じさせるものがありました。
見に行ったのにも関わらず、今年もブログに感想を書ききれない展覧会が多々ありました。(ベスト10にあげた展覧会でも、コーネル展とコートールド展の感想を書きそびれてしまいました。)来年はもう少しアウトプットに力を入れたいとは思いますが、当面は週3回程度の更新となりそうです。
最後になりますが、皆さまは今年一年、どのような美術との出会いがありましたでしょうか。このエントリをもちまして年内のブログを終わります。今年も「はろるど」とお付き合い下さりどうもありがとうございました。それではどうぞ良いお年をお迎え下さい。
*過去の展覧会ベスト10
2018年、2017年、2016年、2015年、2014年、2013年、2012年、2011年、2010年、2009年、2008年、2007年、2006年、2005年、2004年(その2。2003年も含む。)
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