ナシ助詞 日本語の文法について その50 無助詞という。あまり好きな用語ではない。無資格と言ってなにがわかるだろうか。資格があるから有資格となると無資格はその対比で何もないので本来その表現が成り立たない。するとそれはまた有についての無であることになってその有資格者とはなんであるかが議論されていなければならない。話を戻して無助詞も有助詞というのがあってのことであろうから助詞ということだけにして無助詞を使えない。
松下文法が合説、分説、単説と言ってすでに指摘があるような解説が多い。これを、も は そして、何もない とみる人がないのは、平説に、が をみているにかかわらず、単説にあるべきものとしての、が を当ててみようとするからである。題目に下位分類する松下学説は単説と平説を区別しているのであるから、それを聞きわけ見分けようとしない議論に無助詞という言い方が現れる。 . . . 本文を読む
日本語教育文法を知ったのは、日本語教育を始めてすぐだった。Japanese Pedagoic Grammar という語であった。ペダゴジーpedagogyと言う難しい言い回しに、ギリシャ語からの借用語で、少年を導くの意から、というよなことを知った。教育学を意味していたので、知らなかったことを恥ずかしくも思ったが、日本語教育文法があるのだろうかとも思ったことは確かである。しかし、すぐにも気づいたのは日本語教師になって日本語を教え始めると、日本語文法に意識が向くと、それは国語の教科目文法では通用しないことであった。使っていたテキストのその説明があるので、教科書の解説がすなわち日本語教育文法であった。教科書は、JFTで文法解説を読みながら自修できる中級学習までを視野に入れたものだった。その日本語文法が非常にわかりよかったので、学習者は困難をかかえながらも、授業のオーラルアプローチにしたがって学習成果を上げていた。 . . . 本文を読む
告白る
2013-06-29 | 日記
こく・る【告る】 [動ラ五]《若者言葉》(愛を)告白する。「彼女に―・ってふられた」 [補説]「告白る」とも書く。
提供元:「デジタル大辞泉」 という語を連想して、告知する、この語の意味を思う。コクる小学生の話があって5人もの相手がいるそうで、こくりまくっているような、いそがしい話だった。そうか、告白るというのは、一生に一回のことかと思っていた、それほどそういうこともないだろうかと思いはしたが、考えてみれば、それほど罪なく行われるものかもしれない。それが告知となると、そうはいかない。ネットを検索していると医師の思いをつづるものがあって胸が打たれる。告知をする方も、それを受ける方も、なみのことではないような、たたかいがある。おもえば、あれはやはり、この文章にある研修医のようなことであったかと思い合せる。若き医師の勇気に感謝する日がやってくる・・・ . . . 本文を読む
日本語誤百科 27 ページ 値引きさせていただきます を、例題にしている。させていただきます と言う、丁寧表現の表題である。もとは、値引きします 値引きいたします のように、丁寧な言い方か、自分の行為についての謙譲とするいいかただろう。その表現で十分であるが、それは相手がどう聞き届けるかと、さらに付け加えようとして表現を変えることになる。それは、する という言い方に、させる となる使役の言い方があって、させろよ という命令形になる。これだと、自分がすることを相手からの命令を受ける言い方になるので、させてください という言い方になる。この、させてくれる については、させてもらう という言い方と表現が対になって、くれる もらう というやり取りがある。それで、行為の授受表現になり、させろ の言い方から、つまり、自分の一方的な行為について相手の許可を求める、させてくれる になる、それをまた一方的に、させてもらう のような言い方にして、それを敬意表現にして、させていただく となっている。 . . . 本文を読む