現代日本語百科   けふも  お元気ですか

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詞と辞の語    日本語の文法について  その51

2013-06-30 | 日本語文法
詞と辞の語    日本語の文法について  その51  日本語は語という全体のまとまりを示す。語とは語ることであり、そこには語る内容が時間によって実現する。ただ声を発して言うというのは言のことである。したがって、語を使うのには言うことの全体のまとまりをとらえ、そのうちに内容に筋道を見る。言語は日本語の音と論理をしめす。語はことばとして分析すると詞をもつ。詞には辞がある。詞と辞とは同じではない。詞を使うときに辞が現れる。 詞は意味のまとまりをもつひとつひとつになる。それをそのまま用いて詞であるものが辞とともに使われることによって語となる。それを単語ということができる。語の分析はそれを最小の単位にするときに形態を見ることで詞と辞のつながりで自立した形態とそれに付属する形態とに分けることになる。繰り返すと、単語は詞と辞からなり、その形態は自立する形態と付属する形態にさらに分けられる。 . . . 本文を読む

広める視点 日本語教育史(14)  

2013-06-30 | 日本語教育の歴史
日本語教育史は歴史である。歴史には歴史観がある。歴史には視点がある。歴史は記述するものと記述されることがある。歴史は文献による記録である。歴史の文字記録が事実を証明する。すると歴史は始まりがあり、それはそのときを過去とし現在まで続くものである。歴史が過去だけであるなら遺物となってそれは事実記録に過ぎない。歴史があるから現在があるとはその時間の流れに沿っていままで続いているということである。日本語教育史は教えるものと学ぶものがいて双方の歴史である。そこに一つ付け加えるなら日本語を伝えるもの広めるものの歴史、それはまた日本語研究となる歴史れもある。日本語教育史は留学生によって現われた。留学僧、留学派遣者である。その流れは途絶えることがあって、留学生となり留学を受け入れることになる。戦後賠償留学生と呼ばれた人たちに新たに捉えられる。その留学生たちによる、日本語教育の主たる学びであるとするなら、日本語教育は留学生ととtもにある。その一方で、海洋に取り巻かれた地域的特性は海外への広がりを奇しくも漂流民たちによる日本語教育という形で日本語を広めた事実を認めることになる。 . . . 本文を読む

JPG 続

2013-06-30 | 日本語百科
JPG 続  それで、日本語教育文法とは何か。これには学習用文法、学校文法、規範文法など、その側面をとることがある。学習用文法は用法の便宜的な説明ということになる。学校文法は日本語教育現場で学校ならその学校が採用する日本語文法である。そして規範文法は現代日本語文法に例外を持つという説明の文法の本質である。ただ規範はだれがいつどのように決めるかということもあるので、成り立たない。 しかし、それは多く教科書の文法になる。日本語教育の学習現場で少なからず必要とすることがあって文法解説をしなければならないときに、規範にのっとった説明のようになるわけである。それは教科書に付属する文法解説書を説明することでもある。このように規範という側面を取ってみても日本語教育文法は教科書の数だけあって、現場で説明されるのは一つとはなり得ない。 . . . 本文を読む

ランキング3261位になりました!

2013-06-30 | 日記
アクセス数の報告です。ランキング5000越えを果たしました。たずねてくださって、まことにありがとうございます。それも一気に3000番台になりましたので、189万ブログの中で訪問者数が200超になると境界線があるようです。600分の一ということです。ちなみにはるか雲の上の、さらに上方の数字は、トップで 72,494、続いて 34,176 25,056 14,341 14,259 となります。第9位になると、1万、第10位で8000人台の数字です。第100位が2200人ぐらいです。キリ番とか流行った時代があって、踏み番号を記録したりして、訪問者に感謝をしたものでしたが、いまや桁違いの様相ですね。話題もタイトルもそれなりに意識しますが、書くのはかなり気ままに文章のスタイルも独りよがりです。読みにくいことこの上ないかもしれませんが、工夫していくつもりです。よろしくお願いします。  . . . 本文を読む

170  時間差攻撃

2013-06-30 | 日本語新百科
日本語誤百科 28 ページ  時間差で来る を、例題にしている。時間差攻撃を使いはじめという。そうだとすると、いまでは時間的きなずれ と解説するのは少し意味内容が異なる。用例にあるかどうか、時間差で渋滞を避ける というふうに便利に使えるというのはいかがなものか。時間差で渋滞は避けられないのは、渋滞が時間のずれで起こるという感覚なのだろうけれど、渋滞の流れは一定で移動していくもの、そこにまきこまれると、時間差で避けられない。その渋滞列の頭に出るか、これは不可能だし、尾にくっつくか、渋滞の流れの時間をずらして走行すると言うのだろう。時間差攻撃はそういうものではない。辞書に採用したいというが、すでに時間差攻撃とという項目で採用が見える。もっともバレーボルの攻撃法を記述しているので、時間差をどのように捉えるかは、フェイントをかけるなどの瞬間のことであるので、わずかな時間をタイミングとすると理解している。現象では日付変更線で知る時間が、衛星放送や、インターネットンの回線で音速のずれを日常的に意識することができるようになったので、時間差の感覚は、音の発生と実際に聞こえる時間として意識できるようになった。 . . . 本文を読む