慶長遣欧使節関係資料と御堂関白記が国連教育科学機関の記憶遺産登録が伝えられた。文部科学省に19日に連絡があった。機関であるユネスコの3大遺産事業のひとつ、世界、無形文化と並ぶ遺産である。世界各地の貴重な記録、古文書類を保護するため1992年創設、アンネの日記など245点が登録されている。2011年5月時点。ユネスコの国際諮問委員会が韓国光州で開かれ18日に審査結果をまとめた。国内では2011年に福岡県田川市が推薦した、山本作兵衛炭鉱記録画・記録文書が登録されて以来のことだ。遣欧使節は日本とスペインが共同推薦した。2013年は使節が日本を出航してちょうど400年になる。支倉常長の肖像、ローマ市公民権証書など3点である。仙台市博物館に所蔵する47点のうち。御堂関白記は日本政府が推薦した。藤原道長の日記で日本最古の自筆記録で、京都市の用命文庫所蔵である。1000年前の自筆本が残るのは奇跡だとされる。 . . . 本文を読む
日本語教育史(9) ロドリゲス7 日本大文典を、外国人の日本語研究史として副題に持つ、西洋人の日本語発見、その著作より解説するところを学習して、日本語の品詞分類をロドリゲスがどうおこなったかを見る。ひとまずは全体を概観するようなことであるが、文典は体系的記述を続けるものではない。翻訳書の索引が便利であったので、逆引きして読んだことを思い出す。それでもあちこちをめくってみるのが文法書を読むときの楽しみのひとつでもあると言えば不遜であろうか、難解だと感じてから、度の文法理論書もそうするのが文法学説を読みやすくすると思ったものである。日本語の品詞について日本人は品詞を3つに分けると指摘する。ロドリゲス自身が日本文法をこのように把握するときには何に、誰によったものであろうか。それに対して文典ではオーソドックスにと言おうか、ラテン語による分類をしている。それに当てはまる日本語はまた、古典語にふさわしい言語なのであろうと考え込んでしまう。 . . . 本文を読む
日本語誤百科 24 ページ 見解が百八十度違う を、例題にしている。説明の意図するところがよくわからない。その説明は、百八十度違う は 正反対だ の意味でよく使われる、ただよく考えてみると、ここで 違う の主語になれるのは、本来 角度 のはず、比ゆ的に使うとしても 見解 の意味を表すことは難しい、となるようだが、この表題を、百八十度角度が違う とすれば正しいが、見解の角度が百八十度違う、とでもいうべきを比喩にすればよいようで、見解が違う という表現に、百八十度は使えないということのようだ。この例を検索すると、百八十度意見が違う、見解は百八十度違う、百八十度違う見解、というふうに、違いを示す角度として修飾語としての用法があるので、むしろ、そのまままに正反対方向の意味を理解知って使えばよい。 . . . 本文を読む
日本語の形成はこのころかと古事記撰述の時期を考えてみた。歴史が文書による記録を証拠とする限り、歴史事実はその記録からほかにあらわれ出ない。最古の木簡による戸籍が福岡県太宰府市の遺跡から発見されて、それまでの正倉院に伝わるものをさかのぼり、7世紀末のものとみらている。出土した木簡は、701年に、評が郡に変更された、685年に、進大弐の冠位使用が始まったなどを理由に、大宰府市は685~701年の作成とみている、ニュースは伝える。戸籍は670年の庚午年籍、続いて飛鳥浄御原令に従って690年に庚寅年籍が付くられたが、それはいずれも実物を残していない。伝える写真では、国分松本遺跡で見つかった、行政単位の「嶋評」から始まる戸籍の内容を記した日本最古の木簡の表(右)と「進大弐」などと記された裏の赤外線写真(福岡県太宰府市教育委員会提供)、と載せていて、そこに明らかになるのは行政による文字記録である。古事記編 纂のあとに39年をかけた日本書記が720年に作られたのでその時期を681年に見ても、7世紀の後半あたりから文書記録が行われた。 . . . 本文を読む