南米留学中の交通事故で高次脳機能障害になった和歌山大教育学部4年西村太助さん(25)(松江市法吉町)が、4年間のリハビリを経て4月、復学する。一時は「会話はできなくなる」と診断されたが、「もう一度学びたい」と願う西村さんを家族らが支え、身体の機能や言葉、専門知識を少しずつ取り戻した。大学側も介助やノートの代筆をする学生を募集するなどして、学生生活をサポートする。
西村さんは、2005年秋から、グアテマラの大学でスペイン語とマヤ遺跡について学んでいた。06年3月、遺跡の発掘調査に向かう途中、バイクにはねられた。あばら骨など5か所を骨折する重傷で、1か月後に帰国した。
頭に負傷はないように見えたが、グアテマラの病院で麻酔注射を受けた際、酸素吸入などの処置が遅れるなどしたため、高次脳機能障害が残ると診断された。日本の医師から「脳が高齢者並みに収縮し、左脳の損傷も激しい。もう話せないだろう」と告げられた。
その後、寝たきりの状態から広島県立障害者リハビリテーションセンター(東広島市)で訓練に取り組んだ。父の敏さん(56)らは、好きだった漫才を聞かせるなどしながら語りかけた。事故から4か月後、赤ちゃんがささやくように話し始め、車いすに乗れるようになった。
07年10月に家族らと中国・陝西省を訪問。兵馬俑(へいばよう)を見に行った時に、西村さんは事故後初めて車いすから立ち上がり、約3時間かけて見て回った。その後、「勉強がしたい」と繰り返す姿に、敏さんは同年、松江市議を辞職し、付き添うことを決めた。
今も、記憶は途切れがちで、漢字が思い出せないなど完全な状態ではない。ものをなくしやすいなどの後遺症もある。しかし、好きだったスペイン語や歴史の知識は相当程度に回復、リハビリによる機能回復が認められ、復学が決まった。
西村さんは「障害者が旅行する環境の整備など、自分にしかできない研究を」と、大学に戻る日を待ち望む。
日本脳外傷友の会(神奈川県)の東川悦子理事長は「西村さんと同じ障害を持ち、学びたいと願う人の希望になる」と期待している。
高次脳機能障害 事故や脳卒中など、脳の損傷によって引き起こされる症状。記憶や言語、注意の障害のほか、怒りっぽくなるなど、感情が不安定になることも。外見からではわかりにくく、「見えざる障害」とも呼ばれる。正確な統計はないが、国立障害者リハビリテーションセンターは全国で約6万8000人が同障害を持ち、年間約2900人が、新たに抱えると推計している。
(2010年3月30日 読売新聞)