米国で障害者教育のあり方について模索が続いている。米国では障害者も通常の学校に通うのが一般的だが、実際には別々に授業を受けているケースが多く、障害者の教育機会は十分ではないとも指摘される。2011年から可能になった、ダウン症など染色体異常に関する新出生前診断が障害者排除を助長しかねないとの懸念も出るなか、障害者と社会の関わりの深化が求められている。
「ワン、ツー、スリー、フォー」。ボストン近郊のウィリアム・ヘンダーソン・インクルージョン・スクールの5歳児クラス。子供たちは目の前の担任教員に合わせて大きな声で歌いながら、数字の勉強の真っ最中だった。しかし別の教員に付き添われた1人の男の子は歌っている様子はない。手元の冊子を見つめ、手にした棒でページに印刷された文字をうれしそうにたどっているだけだ。
「彼は障害で授業に集中することが難しいけど、印刷された歌詞と棒があれば落ち着くことができる。これが彼がみんなと同じ授業に参加するための一番の方法なんです」。同校のマーク・オコーナー校長補佐が解説してくれた。
同校ではダウン症や自閉症などの障害をもった生徒と障害のない生徒が全て同じ授業を受ける。昨年までは5歳児から5年生までの小学校だったが、今秋からは高校生も受け入れ、生徒数が約660人に増えた。各クラス二十数人のうち5人が障害を持っており、担任教員1人、補助教員2人がチームで授業を進める。タブレット型端末で各自の発達程度にあった読書の教材を選んで使うなど、IT技術も活用されている。
米国では3~21歳の障害者に無償の公的教育が提供される。しかし授業の8割以上を通常クラスで過ごす知的障害者は約18%にとどまる。知的障害者への心理的な壁も高く、知的障害を伴うことが多いダウン症の出生前診断が陽性の場合、夫婦の93%が妊娠中絶を選んだとの統計もある。
米国では11年10月から、母体への負担が少ない血液検査だけで胎児に染色体異常がないことを判定できる新出生前診断が可能になり、障害を理由にした中絶に拍車をかけるとの指摘も出ている。
ボストン市内のマサチューセッツ総合病院でダウン症の研究を続けるブライアン・スコトコ医師は「社会にはダウン症者は不幸な人生を送るという思い込みがある」と残念そうに話す。
しかしスコトコ氏らが12~51歳のダウン症者276人を対象に行った学術研究では、ダウン症者の99%は自らを幸せだと考えていると結論づけられている。
自らもダウン症者の妹を持つスコトコ氏は「ダウン症者が公共の場で過ごす機会を増やして、障害のない人たちにダウン症のことを知ってもらう必要がある。出生前診断が陽性だった夫婦にはダウン症者の家族と会う機会を設けるなど、バランスのとれた情報提供が重要だ」と強調する。
「この教室にいるのは23人だ!」。同校の5歳児クラスでの授業で、各自に配られたブロックを集めて教室にいる子供の数が分かると、障害の有無を問わず全員から笑みがこぼれた。
理解が追いつかない部分で補助教員と1対1で授業を受ける子供がいても、授業に集中しきれずに短時間だけ遊具室で遊ぶ子供がいても、学校全体の調和は乱れない。実際、同校の学習成績は学区内トップで、小学校だけだった昨秋には入学待ちのリストが750人に達していたという。
同校の補助教員、ビクトリア・コンラッドさんは手足のまひや言葉の障害を抱えながら同校で学び、その後、大学まで卒業した。
「全ての子供の能力や個性には違いがある。その違いを受け入れるオープンな心が大切なのです」
インクルージョン・スクール
障害をもった生徒と障害を持たない生徒が同じ授業を受けるシステムを全校規模で採用している学校。専門知識を持った補助教員やコンピューターなども活用し、知的障害、視覚障害、聴覚障害などを持ったさまざまなタイプの生徒を受け入れる。障害者向けの特別学級を設けるケースよりも障害者側の学習意欲が向上するうえ、障害を持たない生徒の側も多様性を受け入れる価値観が身につくとされる。
2014.10.24 17:00 産経ニュース