1765年にオープンした英国ホテルには、敷地内に劇場や遊技場があったり、旅行用品が揃えられたり、
その他色々ショッピングができる施設があります。馬車の販売・レンタルの店までもあったりします。
主人公は旅行用の馬車を買おうと、ホテルの経営者と交渉しようとしますが、
馬車置場へとホテル内から入れる扉の鍵を、経営者が間違えて、受付へと取換えに戻ってしまい、
主人公は扉の前で一人で待たされる事数分間。
その間に(美しい貴婦人と待っていられるんならいいのに・・・)と主人公が妄想したのか・・・どうかは不明ですが。
交渉を始められたとしても、主人公は経営者のペースに乗せられてしまいそうですが、
果たして希望の額で馬車が買えるのでしょうか?
だって~、最初の最初にこれを持って来ても訳が分からないかと・・・。
主人公は鏡を使って、自分+風景(ドーヴァー海峡から望むホワイトクリフ)をどんなかな?―と見ています。
デジカメもカメラ付きケータイも20世紀末~21世紀初頭までなかったからな~。
絵の左側にいる緑の上着の少年からは何か誤解されて怪しまれているようですけど・・・。
主人公の足元にある荷物は、居眠り用に持って来たらしいです。
お座布の柄が多分布にマーブリングしたヤツなんでしょうけど、
いったいどこで売ってたんかいな?
現代では、画材店にマーブリングセット(2000円位)が売っているので、
それを買ってオリジナルで作れるんですけどね。
第2話からは、最初にカラーページを持って来て予告を付ける予定です。
それは今夜アップしようと思っているので、もしよかったら来週にでもご覧下さい。
一週間の間にご覧になって下さった方々、どうもありがとうございます。
実は先週誤字がありまして、月曜日(5/14)の夜に修正しておきました。m(vv)m
どこなのかというと、ラテン語の ab Ovo を ad Ovo と入力しておりました。
ab は~から、~以来、~によって、~に
ad は~の方へ、~の傍らに、~のもとに、~のために、~により
という意味だと作者が持っているラテン語入門の教科書に書いてありました。
何でこういった本を持っているのかというと、作者は中世~18世紀の西洋宗教音楽の
アマチュア研究家だったからです(現在は黎明期の交響曲を研究しています)。
18世紀のヨーロッパではキリスト教の力が衰えて来てはいましたが、音楽の方はまだまだ沢山作られていました。
英国ではヘンデルが英語で「メサイア」(1741年)他沢山の宗教曲を書いていましたし、
ハイドンはウィーンでドイツ語の「天地創造」(1798年)を初演しましたが、
これは例外の方で、当時はラテン語で歌われる曲の方が圧倒的に多かったのです。
という訳で、ラテン語を少し知っておいた方が、曲を聴いてさらに楽しめるかなと思ったのです。
今回の間違いが起こった事の分析ですが、調査の結果アップした時間がAM11:51でした。
大方お腹をすかして、【卵の方へ】と心が向かってでもいたのでしょう。
その後にスーパーへ行って卵を買ったという記録があるレシートも残っていました。
フロイト博士にとっては全く納得できない分析結果かもしれませんが・・・。
マーシィ君、何かいい案でもあるんですかね?
先週、主人公の性格が悪いと書いたのですが、いい所についても弁護しなくては公平じゃあありませんね。
本当は心が優しい人物なんです。それなのになぜこういうふるまいをするようになったのか―というのが、
この物語の主題の一つなのです。
まだずっと先の話なのですが、過去の主人公に様々な不幸が襲います。
そしてそれはおよそ10年の時を経た将来に、再び繰り返されようとします。
その時に主人公がどうするのかというのが、物語のクライマックスとなります。
実はもっと若い時に、自分の心の中の棚卸しができて、この話が描ければ良かったのですが。
でも、「人生の正午を告げる鐘の音」を聞かなければ、分からない事も沢山あったものですから。
<次回の更新は5月19・20日の予定です。>
次回は第1話完結編&カラーページ&第2話予告編となります。
GW中と今週一週間の間にご覧になって下さった方々、どうもありがとうございます。
L.スターンの書いた話の中で、自伝作家の主人公は、
―for in writing what I have set about,
I shall confine myself neither to his rules,
nor to any man's rules that ever lived.
「―私が取り掛かっている書き物については、ホラティウスさん(古代ローマの詩人・紀元前65-8)のルールにも、
古来よりのどんな方々のルールにも縛りつけないつもりですからね。」
(トリシャン1-4から「ハリソンさん―」作者自身の訳です。既成訳のコピーは著作権とか交渉がめんどうなので自分でやっちゃいました。)
―と書いています。
一方こっちの話でホラティウスさんのab Ovo「卵の初めから」描いていない事については、
2000年も経つ内に作話のルールは変わり続けて来て、今ではもう何でも有りの時代なのでいいとします。
でも普通ヒストリカル・ロマンは主人公が生まれる時か、子供時代から始まりますけどね。
あの中身についてはあまりに過激すぎて、立読戦隊チャレンジャーなど皆無と思われる「令嬢テレジア」でさえも、
物語の冒頭は、後のタリアン夫人が18世紀の後半にスペインの裕福な家庭で、
フランス人とスペイン人のハーフとして生まれたというのを自身がナレーションする出だしですから。
・・・実はこの「ハリソンさん―」って、作者自身が決めたルールは結構沢山あるんですよ。
●登場人物ガ話ス言語ニヨッテ、書体ヲ変エル事。
●登場人物ノキャラクターニヨッテ、アル言葉ニツイテハ、表記ヲ漢字ニシタリ平仮名ニシタリ、送リ仮名モ変エル事。
●オノマトペ(擬音・擬声語)ヲ使用シナイ事(但シ動物ノ鳴キ声ニオイテハソノ限リデハナキ物トスル)。
その他にも幾つかあると思われますが、このページについては、
最後のオノマトペがどうした―というのが適用されています。
オノマトペを使いまくって少年漫画みたいに、もっと大げさで動きがある描き方もできるんですけどね。
今までアップした分だけ見ても、我ながら自分の描いた主人公の性格の悪そぉ~な所に、少し滅入って来ています。
ある女優さんがドラマで、同性に嫌われそうな、実際とても嫌味っぽいヒロインを演じていた事があり、
取材では「そういう人物だけれども、可愛らしく思っていただけるように演じたい。」と言っていた記憶があります。
作者はこの話の全ての登場人物の親みたいなもんですから、
どの人物にも、公平な目で良い所もあれば悪い所もあると、できる限りの(でもあくまでも静かな)
愛情を持たなくてはいけないのに―とは思うのですが。
主人公に限らず、「性格悪ィやん!」な人物はこれから何人も登場しますから、
「今滅入っていてどうするんや!」とも思っています。
・・・本当に主人公を圧倒する性格の悪い人も出て来るんですよ。
そしてそういった人にさえ、私はその人の身になって理解をして行かなくては
ならないんです。一度描いてしまった以上は―。
<次回の更新は5月12・13日の予定です。>
こう見ていると主人公って、かなりの癇癪持ちですわな。
それと頭にいろいろな考えが駆け巡って迷いやすいし。
それが他人の目に、気が変わりやすいとか、気まぐれとか、わがままとか
子供っぽいとかに映ってしまっているのではないかと。
マーシィ君、ムッとして出て行こうとしていますが、
主人公がもう一回、端からはどういう過程でそうなったのかが理解不能な感じで、
気が変わってでもくれなければ、イタリアへは行けそうもありませんな。
しかしねぇ・・・採用された所で、何言い出すかし出すか分からんかもしれない人に付いて行くなんてさぁ、
マーシィ君、おめぇさんできるんかいな?
だって、途中でブチ切れて「やーめた!」なんて言って、リタイアしてカレーに戻るにも、当時は電車も飛行機もないんだし。
・・・仮にあったとしても、ストライキ(仏)とか時間より凄ーく遅れて(伊)来たりしてね~。
また、外国語ページになってしまいました。
主人公は英語、マーシィ君は仏語で喋っています。
でも、英語は中1の教科書に、仏語はNHKフランス語会話の4月のテキストに
載っているような文ですから、訳を付けなくても大丈夫ですよね。
作者ってば実は若い頃、英検で2級まで合格していたらしい事が
この度の自己調査で分かったんですよ(掃除をしてたら押入から賞状が出て来た)。
で、記憶を辿ってみると、試験の時は適当にマークシートを塗りつぶしてたら、
答が合っていたという訳でもなく、正解の所は自信を持って塗りつぶしたんです。
それからかなりの高得点で合格したらしい。
でも現在はかなり忘れてしまっています。
海外に行く用もないし、居住地が外国人の多い所でもない。
仮にいたとしても、最近はみんな日本語で話してくれるし。
―という訳で使う機会もない。
危ないのは年のせいか、会話の途中で日本語すらも思い出せなくなる事です。
特に名詞をド忘れちゃったりとかね。あれは自分でも本当に困っています。
若い頃、母親が物の名前を忘れてしまい、「あれは」とか「それは」とか
言っているのを、「あれやそれじゃあ分からない!」なんて責めてしまいましたが、
自分も同じだわな。
それに実は「英検」と「TOEIC」の違いもよく分かりません。
「英語漬け」をゲーム感覚で時々楽しんでいる程度なのですわな。
主人公、かなりキツい事言ってますが、
髪型はともかくとして服装の事を言うのはちょっとまずかったのでは・・・。
理由はかなり後で分かる事になりますが。
作者は20世紀後半から21世紀初頭の現在まで生きてきましたが、
その間、面接で自分達の都合ばかり言って、
自己主張の強い面接者の会社は断られた方が正解だという知恵を得ました。
面接中に気付いた段階で目を伏せたり、返事に力がないようにした方が
良いのだと。
下手に気に入られて入ってしまったら最後、
多大な犠牲を強いた上で、倒れるまでこき使いますからな。
・・・まあ人によって判断基準や許容のレベルは違うのでしょうが。
あとは世の中で、一見いつも正しい事を言っていて、
品行方正で真面目で几帳面という評価を得ている老若男女は、
意外に周りを不快にしていて、それがしだいに怨念の波動と化し、
結果当人へ不幸という形でフィードバックして来ているという事を
知りました。
主人公はどうなんでしょうね。いったいどういう人なんでしょう。
イタリア語は主人公がローマへ行くのに付いて行くのだからいいとして、
英語は主人公と話す以外に何か役に立ちますかね。
ちなみに1765年当時は、まだアメリカ合衆国は存在すらしていません。