漫画/ハリソンさんはカノ紳士 Mr.Harrison is THE GENTLEMAN ― フランス通過編 ―(前半)

18世紀欧州が舞台の歴史ロマン。アヴィニヨンの薬屋小町クレールとハリソン&マルセル主従との運命の出会い。

第31話「闇祓いの聖戦士マルティヌス」のあらすじ  

2024年12月30日 16時01分54秒 | 物語の続きのあらすじ
  

 フランス、
アミアンの町で貧しい男に ▲
自分のマントを切って
与える軍人時代の
マルティヌス。
この方が実はイエス様だと
夢の中で知る事に。



 1765年11月10日
サン・マルタン
(聖マルティヌス) の
祝日の前夜、
オテル・ヌーベル・
パペで起こった事の
続き。

 古代ローマ時代。
キリスト教信仰
公認 (西暦313年)
後のパンノニア
(現在のハンガリー辺り)
で軍人の子として生まれた
マルティヌス。

 一時期、
自身も軍務に服しますが、
除隊後はキリスト教の
聖職者へと転身。
数々の奇跡を起こし、
殉教する事も無く
ガリア (現在のフランス)
で長寿の一生を終えます。

 ローラン神父は
この聖者マルティヌス
の生涯に影響を受けた
事を仲間達に語るの
でしたがーー。

 一方、
ハリソンさんは
12話に同じく、
31話には全く登場せず、
宿泊部屋でデノワ氏と
静止画状態のまま
宙ぶらりんで
32話の始まりを
待っていましたとさ。


【サブタイトル一覧】

31-1 ありのままで悪魔出現!
30-2 お前の仲間の内の一人が
息絶えるだろう…
30-3 あの人がいない!
30-4 私はコレで役者を辞めました!
30-5 そんな事ある訳ゃ無いでしょっ!
30-6 森の捜索
30-7 今あなたを失う訳には
30-8 話を改変してますよね?
30-9 何であの人だけ助からないんだ?
30-10「人気がある登場人物の死」
に納得できない人達
31-11 女子供の顔色伺って
話をかえるんですかぁ?!
31-12 そんな死に方あんまりだ!!
31-13 私も光も影も描く派だぜ!
31-14 本当はどこかに
婿入りしたかった人
31-15 それぞれ波乱万丈
31-16 精神 (こころ) の子孫
31-17 そうですね、
確かにそうでした!
31-18 「星」と言ったら何て返す?
31-19 「探愛紀行」への
月星 (みちしるべ)
31-20 そして民達も
ガヤガヤと集まって来た
31-21 素晴らしき哉 (かな)
聖者マルティヌス
31-22 末永く聖 (きよ) き
人生を送られますように
31-23 どっちに分岐しても
結果は同じだった


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「ハリソンさんはカノ紳士
フランス通過編(後半)」
→ カテゴリー → 第31話
闇祓いの聖戦士マルティヌス


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宗門改め in Xmas おととい私はチューチェディに 謁見(えっけん)していた?!🍢

2024年12月26日 22時28分39秒 | 積年の謎解きジャーニー
  


 そこは
とある都市の
駅近にある
広大な公園。


  


 喧騒を離れて
町の人達が
くつろいでいたり、
かつてここで
過ごしていた人々の
日々を偲んで
観光客が訪れています。


  


 公園の周りは
堀に囲まれ、
鯉が人を見れば
何かもらえるかと
ウジャウジャ
寄って来ます。


  


 園内の一部では
発掘調査が行われていて、
そこからは雪を被った
富士山の頂 (いただき)
が見えていました。


  


 そして、
その近くに一体の像が
あって、
陽のある間は人々が
絶える事無く訪れ、
その像を見上げ、
写真を撮って
帰って行くのです。

 これが、
今日の日本にある
「チューチェディと
呼ばれていた事が
あった」者。

 例えキリスト教の
敵 (かたき) ではあっても
日本人にとっては
尊き神の君。

 The Prince of Peace
である方
の像なの
でした。🙏


⛩️ 第1部完 
次は「春の桜祭り」目指して
来年に続く!


「あの場所」に行っても 答えは降って来てくれなかったん?🌞

2024年12月25日 21時50分02秒 | 積年の謎解きジャーニー
  


 アーネスト・サトウ氏、
英国ビクトリアン紳士ながら
あの新幹線も旅客機も
まだ無い明治時代に
私よりも日本国内の
様々な場所へと出かけて
いる
のでした。

 お伊勢参りもして、
奈良と京都、
大阪にも行っている。

 富士登山もしているし、
江の島や八丈島にも行き、
古い写真に写っている場所、
日光詣も明治5年と10年、
それから17年にも
していました。


 日本人が学校の行事で
行っていそうなポイントは
みんな押さえている
上、
それ以外の場所も通り抜け、
旅行日記を残して
いるのです。

 そして、
沢山の日本人達と
話をしていて、
中には伊勢神宮の
大宮司もいたりする
ので、
その人に何か聞いたん
じゃないか?
そして、
それが根拠になってる?
と、揺らいで来て
しまうのでした。

 でも、
これだけ日本の聖域に
行って回ってても、
もしかしたら
「降りて来なかったんか?」
とも思えるのでした。

 タイのバンコクにも
行ってるんだよな〜。
それでも閃かな
かったんかいな〜?
とも。


⛩️ And then
遂に第1部完結編。
「宗門改め in Xmas
おととい私はチューチェディに
謁見(えっけん)していた ?!🍢
に続く!!




「言葉遊び」の道で迷ってみるという手もある?🌞

2024年12月16日 19時42分04秒 | 積年の謎解きジャーニー
 アーネスト・サトウ氏、
この方は
英国ビクトリアン紳士
なので、
イメージ的には
言葉遊びしてて
「分かったぞ、
分かっちゃったぞ〜!
ffffffff…f ⁸」

…とか、
腹よじって忍び笑い
していたようには
…とても思えない。😅


  

 
 天はテンチェダイの「テン」の部分。
 大はテンチェダイの「ダイ」の部分。

 
 …で、中の「照」の所は?
音読みだと「ショウ」なので、
shou (or sho) の s→c に置き換え、
choとcheでは
chまで共通だから
ま…同じでいっかな?
…とかか?

 それとも、
ここだけ訓読みで
「テ」として
発音しにくいから
テ→チェと崩したのか?

 こんなんしていたら
20世紀末に大流行した
ノストラダムス超絶解釈
みたいになって
し・ま・う〜ッ!!

 でも、
でもでもでもでも…
サトウ氏は
日本語の習得については
もの凄く努力をして
「堪能」レベルまで
到達していたのだそうです。

 ひょっとしたら
並の日本人より
日本語が上手で
並々ならぬ位
日本文化に詳しい人
だったのかも?
だから、
ちゃんと理由や根拠があって
天照大神=チューチェディ説
を唱えている可能性もある!?

それを私がまだ探し
出せてないだけ?

 私も私なりの解答には
既に到達しているのですが、
こういう歴史上の評価が
定着している人に
対抗するには
実に気後れしてしまって
いるのです。

 幕末に鎖国を解いた
日本が諸外国と不平等な
通商条約結ばされてる
時の日本側代表者達の
ような気持ち。

 サトウ氏本人が目の前で
言い張ったら絶対
「そちらの方が正しいかも…」
と、気迫に押されて
言っちゃいそう
…な。


⛩️ And then
「あの場所」に行っても
答えは降って来てくれなかったん?🌞
に続く


音読みしただけ? でも…こういうの結構スキだ!🌞

2024年12月04日 19時37分24秒 | 積年の謎解きジャーニー
  【 関係者の相関図 】

  


 チューチェディの綴り、
ロバート・バートンの
「恋愛憂鬱症の解剖」では
Teuchedyとなってて、
それを翻訳者・斎藤美洲氏が
チューチェディ
したらしいです。

 バートンは
サミュエル・パーチャス
という牧師から編集者に
転身し、
1613年〜1625年に
出版した旅行記シリーズ
「パーチャス廻国記」
で大人気となった人物の
同作品からチューチェディの
話を知った
ようです。

 そして、
パーチャスはこの話を
ジョン・セーリスの
「日本渡航記」

元ネタにして書いたのだと
いいます。
そこでのチューチェディ
の表記は
Tenchedayでした。
読みは翻訳者・村川堅固氏
によるとテンケダイ。

 で、
ジョン・セーリスは
ウィリアム・アダムズ
(三浦按針)とテンケダイ
についての話をしていて、

「テンケダイに捧げられた
若い女性がどうなったかは
アダムズ氏にも分からない」と
「日本渡航記」に書いて
いるのでした。

 その渡航記の校訂・注釈を
したのが幕末〜明治の
日本で活躍した外交官で、
上記の4人に同じく英国人の
アーネスト・サトウ氏です。

 サトウ氏は
チューチェディの事を
天照大神だと
推測している
のでしたが、
今の所、
私にはその理由が
よく分かりません。

 が、
ひょっとしたら
天照大神
(アマテラスオオミカミ) の
「天照大」
の部分だけ取って
音読み振ってみた

だけな気もーー。


 ⛩️ And then
「言葉遊び」の道で迷ってみるという手もある?🌞
に続く

小泉八雲に肩透かし食らったので未完作品 (?) に強引にオチを付けてやった🐉

2024年12月01日 14時42分48秒 | 積年の謎解きジャーニー
 ラフカディオ・ハーン、
またの名は小泉八雲。
知名度高い昔話、
「雪女」「耳なし芳一」
ーーが収録されている
「怪談 (KWAIDAN)」の著者。

 明治23年に来日して
日本人女性と結婚したので、
その事が来年度後期朝ドラの
元ネタだという事です。

 八雲氏は来日する前、
既にベイジル・ホール・
チェンバレンという
言語学者が訳した
英語版「古事記」を読んで
いたようです。


 日本神話に興味が
あったというし、
チェンバレン氏と
サトウ氏は交流が
あったようなので、
その導線から八雲氏からも
何かチューチェディ情報
得られないかな?

と思いましたが、
無理そう。

 「怪談」の中にも
そういう話は無かったです。
図書館で借りた本は
八雲氏の英語作品の
日本語への訳し戻しで、
インパクトNo.1は
あの「耳なし芳一」でした。
 
 2番目に心に残ったのが
「鏡と鐘」という話。
寺の鐘の鋳造のために
鏡を差し出した若い女性が
後悔と執着と屈辱の中、
命を落とします。

 遺書には
「鐘を叩き割った
者へと霊力によって
大金を与える」と
あったため、
人々が続々と
寺の鐘を鳴らしに。
困った寺側は鐘を
沼に沈めてしまう
のでした。

 雰囲気変わって
その後の話。
お金に困った挙句、
沈んだ鐘の代わりに
手近な物を鐘に見立て、
「金が欲しい」
と叫んで叩いていたら
大金が得られた
という者が現れます。


  


 更にはそれを真似た
放蕩者の農夫が
白装束の女人から壺を
受け取るのでしたが、
八雲氏は壺に何が
入っていたかは
「私には言えない」と
ハッキリ教えてくれないで
ジ・エンドしてしまうの
でした。


 本体部分とは違い
ユーモアを漂わせてる
らしいので、
結末は「糞尿だった説」
があるようです。
その場合、
怠け者がラクして
儲けようとしたら
ギャフンな結末
あるある
です。

 しかしまあ、
これを肥やしとして
売ればそこそこお金は
得られるだろうし、

または、
それを期に心を入れ直し、
肥やしを使って
畑仕事に打ち込めば

いい作物が採れて
儲かり路線に乗れる
かもよ!

 だとしたら、
ある意味これも
「金」だった
という事に
なりますね〜ってか?!


⛩️ And then
音読みしただけ?
でも…こういうの結構スキだ!🌞

に続く