父の姉である伯母と、弟である叔父がいる。
戦後復員してきた叔父はしばらく我が家の居候になっていた。
その居候先の我が家へ伯母が訪ねて来た。
深刻な食糧難時代である、お茶一杯、芋一本が貴重品で、
いつも誰もがお腹をすかせていた時代である。
外地から引きあげてきた弟を案じた伯母が、
どこで手にいれたものか、貴重なチーズ持参で会いにきた。
母にこれを手渡すとき、「シュクに食べさせてちょうだい」と言ったので、
母がカチンと来た。
たださえやりくりが大変で、我が子にさえひもじい思いをさせながらの叔父の居候である。
あなたも大変ね、少しだけど、みんなで分けて食べて頂戴……とでもいうのが、
母の期待した挨拶であったろう。
シュクに食べさせてと言われたのがよほど腹がたったらしい。
ずっと、根に持って、後々私たちが成人したあともなにかのときにはこれを聞かされた。
衣食足りて礼節を知るというが、いまどきの飽食の時代なら、
なあんだ、チーズかあ、叔父さんチーズ好きなの、で済んだ話であろう。