家づくり、行ったり来たり

ヘンなコダワリを持った家づくりの記録。詳しくは「はじめに」を参照のほど。ログハウスのことやレザークラフトのことも。

古い家の修飾語を検討してみる

2007年07月27日 | 家について思ったことなど
古屋を残した私は、古い家全般の世間的評判を高めたいと思っている酔狂な人間だ。
関連エントリ↓
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先日、そんな目論見に役立ちそうなヒントを得た。
仕事関係で取引先と会食した折、イギリス事情に詳しい人物が笑いながら発したのが、次のような言葉。
「あの国では、自分の家を『ビクトリア朝時代(1837-1901)の建物なのでまだそんなに古くはない』とか謙遜(?)したりしている」

「ビクトリア朝時代の建物」――歴史的風格を感じさせる表現だ。
これだ。このような表現が出来れば古い家を卑下しないですむ、と思った。

で、日本においてはどう表現したらいいのだろう。

「江戸時代の建物」くらい古ければ、風格が漂ってくるが、そんな個人住宅はめったにないし、あれば黙っていても地域の文化財としての呼称がつけられるだろう。

近代だと言葉の響きがイマイチである。
「明治時代の建物」「大正時代の建物」――悪くはないのだが、「時代遅れ」のようなムードも付随してくる。それに江戸時代の建物よりは数があるものの、やはり極少なく既に文化財化していることが多い。
「昭和」になると、近すぎて「時代」と呼ぶのに抵抗があるし、言葉のイメージにたいした風格はない。だけど、このあたりの真っ当な古い家になんとかスポットを当てたい。
「昭和の建物」――多少のレトロ感は付随するものの、時代遅れ感とか煤けた感じが強い。だいたい対象数が多すぎて希少性が感じられない。
もう少し細分化してみる。
「昭和初期の建物」「戦前の建物」――古いというより、古臭い感じがしてしまう(笑)。

「歴史」を意識させる言葉、そうだ、「世紀」を使ったらどうだろう。
「20世紀前半の建物」―― 思わず、「19世紀ならよかったのに」とつぶやいてしまった。19世紀と20世紀では数字の大台が異なり、言葉の響きのうえでも大きな断絶を感じる。そして、ちょっと前まで「21世紀」は未来を指し、「20世紀」は現代を表していた。

少し昔の文化をクローズアップして評価するとき使われる「’s」はどうか。
「1940’s住宅」「1950’s住宅」――カルさがあって、古さを評価するムードは感じられない。だいたい人に紹介するときどう発言するのだ。「フィフティーズ住宅」だなんて口に出したとたん「欧米か」ってツッコミが入りそうだ(笑)。

思いつきはよかったと思ったが、難しいものである。

カッコいい「古い家の修飾語」求ム。

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
時空を超えて佇む家 (shufuku.com)
2007-07-28 06:23:28
ガライカさんごぶさたしています。
震災があると悪者にされがちな「古い家」だけど、
本当は手入れされていない家が、やられているというべき。人が住まなくなった家、土蔵は大壁構造だから、柱の腐朽が気付かぬうちに進行。
やっぱりメンテ可能な家が一番ですね。
例えて言えば、最新のハイブリッドカーより
40年前のカローラかサニー。
おとうさんが車の下にごそごそ潜って手を入れられる、あれがいい。
住宅もいたずらにいじらずに、高機能に走らない
シンプルな家。これがいちばん。

オッと、はずしてしまいました。・・・で、修飾語。
歴史を語る家、時代と向き合う家、時代の生き証人、
うーーーん。ぼくは「時空を超えて・・・」っていうのが好きかな? でもいまいち?
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毎度、思い付きです (asazuma)
2007-07-28 11:47:33
どうも!朝妻です。

・誰々さんが、いついつに建てた家

・アポロが月に行く何年前に建っていた家

・マッカーサーのジープを二階から見下ろした家

・白黒テレビが・・・

・高度経済成長とともに・・・

・東京オリンピックが・・・

・ジーちゃんとバーちゃんが・・・

全然ダメですね。



そもそもgaraikaさんが思い付かないないものを
私に出来るわけがないと書いてから気がついた。
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言葉 (garaika)
2007-07-29 22:45:26
長谷川さん、朝妻さん

コメントどうもです。

時代を表現するのに、美しい響きを持った言葉が用いられていれば、それを当てはめるだけでいいのですけどね。

後世からみれば、現代は美しい時代に映るのでしょうか。
どうもそうでない気がしてしょうがない。




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