1977年、「話の特集」発行の和田誠によるパロディー本です。
和田誠は本の装釘や新聞のコラムで頻繁に見かける有名イラストレーターであると同時に、エッセイストとしても軽妙洒脱な作品を多数発表しています。
実はこの本、発行された当時すぐに購入して持っていたのですが、だれかに貸したらそのまま返ってこなくなりました。
寂しい思いをしつつ、しかし、わざわざ買い直すほどでもないと思っていたところ、ささま書店の105円コーナーに出ていたので、「ラッキー!」と速攻で購入。
何十年ぶりかの再会です。
和田誠がその描写力と文章力を駆使して、他人の作品をさらにまた他人の作品に作り替えています。
赤塚不二夫のマンガのキャラクターをサルバドール・ダリ風やパブロ・ピカソ風に、ジョン・レノンやポール・マッカートニーの肖像を、それぞれシャガール風や写楽風に描いたりしています。
ディズニー風やピーター・マックス風で「谷岡ヤスジ」の鼻血ブーをやってます。
圧巻はこれ。この本のメインをなすもので、川端康成の「雪国」の文章を、大江健三郎、五木寛之、井上ひさし、野坂昭如、笹沢佐保など、さまざまな作家の似顔絵とともに、文章を似せて書き換えているのです。
たとえば、原作の「雪国」は次ですが、
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が上った。
向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん」
明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。
もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。
「駅長さん、私です、御機嫌よろしゆうございます」
「ああ、葉子さんじやないか。お帰りかい。また寒くなったよ」
「弟が今度こちらに勤めさせていただいておりますのですってね。お世話さまですわ」
「こんなところ、今に寂しくて参るだろうよ。若いのに可哀想だな」
「ほんの子供ですから、駅長さんからよく教えてやっていただいて(後略)新潮文庫より
これをSFショートショートの大御所、星新一風に書き直すと次のようになります。
国境の長いトンネル。そこを抜けると雪国の筈だった。信号所に汽車が止まる。どこからともなく一人の娘が立って来て、エヌ氏の前の窓を開けた。なまぬるい空気が流れこんだ。娘は窓からからだを乗りだして叫ぶ。
「駅長さーん、駅長さーん」
明りをさげてやって来た男は、おどろいたことに顔も手足も緑色だった。そして緑色の唇から声が出た。
「ジフ惑星へようこそ」
エヌ氏はけげんな顔で言った。
「わけがわからん。私は上野から汽車に乗った。それなのにここは地球ではないのか」
緑色の宇宙人は説明をした。
「あのトンネルが宇宙空間のひずみにはいりこんでしまったらしいのです。しかしご安心下さい。ここは友好的な惑星です。地球のみなさんを歓迎します」
エヌ氏をはじめ、乗客たちはほっとした。
「ところで地球には帰れるのでしょうか」
「もちろん帰れます。あのトンネルを逆に戻ればいいのです。しかし、今度は時間にもひずみができます。みなさんがお帰りになるのは三千年後で、私たちの計算では地球から人類は消滅しているでしょう」
なんとまあ、駅長さんが宇宙人になってしまいました。
そして、トンネルをくぐったら三千年後!
それにしても、実に良く特徴を捉えているので、これは相当な読書量なんだろうと感心してしまいます。
しかし、最近は本を読まない人が多いので、このパロディーは通じにくくなっているのかもしれません。
「ササザワ サホ? 知らな~い」「イケナミ ショータロー? 誰それ、昔の人?」
それ以前に「雪国」を読んだことがなければ、お話にならない。
通じない人のことはおいといて、こんな楽しいパロディーがぎっしり詰まっているこの本は、残念なことに現在は絶版。
古いものなので、美本は期待できませんが、古書店で見つけたら買っておきましょう。
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『原爆詩集 八月』朗読You TUbe
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