ひまわり博士のウンチク

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つげ義春『ねじ式』~メメクラゲ

2009年02月14日 | 本と雑誌
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 資料を探しに書庫に入って、つい読みふけってしまいました。
 1960年代の終わり頃、青年向け漫画雑誌『ガロ』のつげ義春特集で初めて出会ってから、一時はすっかりはまっていました。

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 青林堂から出た『つげ義春作品集』(1968年)は、友人に頼んでサイン本をゲット。これがあれば必要ない、ということで、『ガロ』のほうは処分してしまったのが大失敗。今持っていれば大変なお宝でした。


 で、このサインなんですが。

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 右が上の写真の作品集の扉にあるもの、そして左は、同じ年の秋、半年後に幻燈社から限定出版された『つげ義春初期短編集』の扉に書かれたサイン。

 違い過ぎやあしませんか。

 傾斜は逆だし筆跡は全然別もの。どっちかが偽物か、あるいは両方とも偽物ということも。
 両方とも本物だとしたら、サインの意味をなしません。

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 つげ義春の名前を一躍有名にした、代表作中の代表作が「ねじ式」。
 これまで貸本屋向けの漫画本や少女雑誌などにいくつかの短編を書いていましたが、ほとんど注目されることはありませんでした。
 それが、「ねじ式」を発表してからは一気にファンを獲得して、作品の少ないつげ義春は旧作までもが掘り起こされ、日の目を見ることになりました。

 「ねじ式」は非常にシュールな作品で、その抽象的な表現は人それぞれ解釈はさまざま。
 ぼくは、米軍に占領された沖縄を風刺していると思っていたのですが、まったく違う解釈をした人がいました。

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 当時、明治学院大学の講師をしていた、評論家で詩人の天沢退二郎は『作品行為論を求めて』(田畑書店 1970年)に「つげ義春覚書??『ねじ式』における芸術の彷徨」という一文を載せています。
 彼は「ねじ式」を、夢物語ととらえ、生と死、あの世とこの世を表現していると書き、ただでさえ分かり難い作品を、いっそうややこしくしてしまっていました。

 天沢退二郎をはじめ、このころはいわゆる現代詩といわれるシュールな詩がもてはやされ、金井美恵子、鈴木志郎康、入沢康夫ら、理解不能な詩人が多数現れました。
 全共闘世代にも支持されていましたが、中味は社会と乖離したノンポリでした。

 「ねじ式」といえば有名な「メメクラゲ」。もちろん、この世に「メメクラゲ」などという生物は存在しません。

 これは何と、「誤植」!

 つげ義春は最初の場面で少年に語らせる生物の名称を決めかね、「××クラゲ」としていたのを、写植屋が間違えて「メメクラゲ」と打ってしまい、作者もこの誤植を気に入ってそのまま修正せずに出版したという裏話があります。

 「ねじ式」は(天沢退二郎と違った意味で)ぼくは好きな作品ですが、もう一つ好きな作品があります。
 主人公の「ぼく」が引っ越して来たボロ屋に、いつのまにか家族四人で居着いてしまった朝鮮人家族の話で、「李さん一家」。
 独身男のアパートに大家族が侵略して来る、安部公房の「友達」のように暴力的ではなく、なんかのんびりしています。邪魔と言えば邪魔、しかし追い出すのも面倒くさい。

 そして、「ぼくの風雅な生活を侵害したこの奇妙な一家がそれから何処へ行ったかというと」

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 「実はまだ二階にいるのです」

 なんというオチのなさ。
 これで終わらせるなんて、よほど勇気がなければできることではありません。

 温泉好きで若い頃からの温泉巡りをまとめた『つげ義春の温泉』(カタログハウス 2003年)が、ぼくが持っているもっとも新しい著作で、作品としては1987年の『別離』を最後に、その後一切発表されていません。

 つげ義春の作品は、ちくま文庫をはじめ、たくさん出版されています。

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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
つげ義春、大好きでしたが、モーコンナモノハイラ... (齊藤)
2009-02-15 01:02:00
つげ義春、大好きでしたが、モーコンナモノハイラヌと叫んで処分してしまいました。『ねじ式』は永遠の名作ですね。解釈せずに、イメージからイメージを喚起させるのみでした。「ちくしょう眼医者ばかりではないか」「先生シリツをしてください」・・・思い出すだけで腹が捩れそうです。シュールさと人情味が渾然一体となった作品群もいいですが、後期の、『必殺するめ固め』『夜が・・・』(タイトル忘れました。窓から夜がにゅうっと攻めてくる作品)とか、『夏の思いで』とか、もう戻れないところまで行ってしまったような作品も忘れられない印象があります。
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そういえば先日、北井一夫さん(つげ義春の取材に... (齊藤)
2009-02-15 01:05:11
そういえば先日、北井一夫さん(つげ義春の取材に同行して写真を撮っている)とお話した際、つげさんのカメラ好きの件(2人が写っている写真では、つげさんが2台もカメラを下げている)なんかも話題になりました。さあ最近はどうしているのだろうね、ということでしたが。
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齋藤さん (ひまわり博士)
2009-02-15 01:51:18
齋藤さん

ぼくも一時は「モーコンナモノハイラヌ」という気になりかけたこともありますが、捨てきれないで今になっています(笑)。

「こんな真夜中に窓をあけたまま寝ていたら、夜が入って来るじゃないか」ってあれは、「夜が掴む」ですね。
結婚してからの作品はだんだん荒っぽくなっていって(特に奥さんらしき人が登場する作品)、奥さんが亡くなってからは創作意欲も減退してしまったようです。
ほんとうに、今はどうしているのか。

『つげ義春の温泉』にはいい写真が多数掲載されていて、たしかにカメラ好きだということがわかります。

しかし齋藤さん、いろいろな人をご存知ですね。
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そういえば、竹中直人『無能の人』は、ホームドラ... (齊藤)
2009-02-17 00:01:21
そういえば、竹中直人『無能の人』は、ホームドラマに成り下がっていて最悪でした。あれがトラウマとなり(?)、『ゲンセンカン主人』も『ねじ式』も映画を観ていません。
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齋藤さん (ひまわり博士)
2009-02-17 00:18:53
齋藤さん

映画はBSで一通り見ましたが、別物ですね、あれは。つげ義春ではありません。
つげ作品を実写の映画にしようというのが、そもそも無謀なことのように思えます。
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