monologue
夜明けに向けて
 



私的カウントダウンアルバム「水面に書いた物語 収録曲の今週のアクセス聴取ランキング
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11月7日(金)~11月14日(金)
ヒット数: 1,495件中
    
順位( )内は前週の順位< >内は前々週の順位 


第1位(4)<10>ときめきFALL IN LOVE
第2位(1)<1>水面に書いた物語
第3位(2)<2>ごめんなさい
第4位(8)<4>女優(スター)
第5位(3)<3>あやかしのまち
第6位(12)<5>ラスト・ランデヴー
第7位(5)<7>軽々しく愛を口にしないで
第8位(6)<6>はるかなるメロディ
第9位(13)<15>Stay with me
第10位(7)<8>オーロラの町から
第11位(11)<13>素顔のマスカレード
第12位(14)<9>マイ・スィート・ライフ
第13位(16)<2>Sentimentallady”M”
第14位(9)<17>わかりあえる日まで
第15位(9)<14>恋すれば魔女
第16位(10)<11>それってⅨじゃない
第17位(17)<19>NEVER GIVE UP!
第18位(18)<16>しあわせになれる
第19位(15)<18>まことのひかり


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  突然、「ときめきFALL IN LOVE」が首位に就いた。なにがあったのだろう。だれかが驚かせてやろう、と画策したのか。もしそうだったらちよっと成功。 ご愛聴感謝。

【業務連絡】ご要望の多い「隠居と六」シリーズは連載中の「カリフォルニア・サンシャイン」シリーズに区切りがつけば再開したいと存じております。よろしくお願いします。
fumio


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 「昨夜、ワシントンから電話があったの。ハズバンドが働く病院がみつかったのよ。あなたも一緒に来てくれる」と奥さんが訊く。家族でもないのについて行くのはおかしい。学校で友達に相談する。すると一緒にホームスティ先探ししたひとり、エイブが日本人学生数人で一軒家をシェアしているので来い、という。なんだか一家に悪い気がしたがワシントンに行きたくないので医師が帰って来る前に慌ただしく奥さんに別れを告げた。壁はまだ全部は塗り終えてはいなかったがかなりきれいになっていた。すこしは値段が上がるかもしれなかった。逃げるようにしてハリウッドヒルをあとにして落ち着いたのは西南区の黒人が多い地区だった。夜、5人ほどの同居仲間に挨拶してステレオをセットしてラジオをつけた。するとラジオの音をかき消すようにヘリコプターの音が聞こえる。みんなで飛び出して探照灯が照らし人が集まっている方へ走る。すると発砲音がして通りの黒人が倒れた。パトカーが集まってきて警官が倒れた黒人の死を確かめていた。夜の捜査線のひとつの結末らしかった。
路上に溢れた血液を見て、このあたりでは夜飛び出すと危ないことに気づいた。
fumio




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アルバム「ホテル・カリフォルニア」からは先行シングルとしてまず「ニュー・キッド・イン・タウン」 がリリースされてヒットしていた。「ニュー・キッド・イン・タウン」はフミオのことね、とこの曲は奥さんのお気に入りだった。翌年にはヒットチャートのトップグループに入るほどになった。ところが第二弾シングルとして「ホテル・カリフォルニア」がラジオから流れ始めると奥さんの表情が曇るようになった。聴くのをいやがるのだ。なぜかわからなかった。「わたしは、こんなところ来たくなかった。ニュー・ヨークは良かった。窓から外を見てるだけでも毎日なにかがあって楽しかった。ここにはなにもない」と嘆き出す。こんなに素敵な所、という歌詞の内容に反発を感じているらしい。そういえば近所づき合いはないし、ゴミを外に出すときにも人に見られるのを嫌がる。「カリフォルニアは嫌いなの。ニュー・ヨークに帰りたい」と訴える。それを毎日ベッドルームで夫に言い続けているらしかった。「今度、ワシントンにハズバンドが仕事見つけに行くの。ここ以外で暮らしたいから頼んだの。あなたに壁を塗ってもらうのはこの家をきれいにして高く売るためなのよ。親に援助してもらって25万ドルで買ったの」。意外だった。カリフォルニアが嫌いとは…。そのうちに本当に夫は車でワシントンに仕事探しに出かけていった。病院巡りをしているらしくなかなか帰ってこない。この家には長くいられないらしいと感じた。
fumio


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 そろそろ世間の家庭でクリスマスツリーが飾られだしたことが報じられだした。みんな、この季節になるとマーケットの庭に並べられる樅の木を買って帰って居間に飾るらしい。もうすぐわたしのホームステイ家庭でも樅の木を買ってクリスマスツリーを飾るのかとアメリカの家庭で経験する初めてのクリスマスを楽しみにしていた。子供がふたりいるのでデコレーションに凝るだろうし手伝おうと思って待っていた。しかしいつになってもそれらしい気配はない。「うちはジューイッシュなので、クリスマスは祝わないの。」とある日奥さんが言う。それでユダヤ家庭にはクリスマスが無関係なことを知った。「そうかといって、わたしたちの世代はユダヤ教の儀式もしないの」そういえばこの家には宗教的なものがなにもないことに気づいた。人種としてはユダヤ人であっても無宗教で暮らしているらしかった。実際に一緒に生活すると映画や本でみるユダヤのイメージでは測れないものがあった。こうしてこの年のわたしの米国生活初のクリスマスは期待に反したものになった。
「でも、そのかわり、よく働いてくれるからプレゼントを買ってあげるわ」と車で丘を下りてZODYSと称する雑貨マーケットに連れて行ってくれた。そのとき白いコットンパンツとイーグルスのアルバム「ホテル・カリフォルニア」を買って帰った。コットンパンツの裾上げを自分でして縫っていると「ミシンがないからどうしようかと思ってたの、そうなの自分でできるの」と奥さんが驚く。日本で小学校の家庭科の時間に針と糸の使い方ぐらいは習ったから当たり前だった。アメリカではミシンがなければ裾も上げられないらしいことにこちらのほうが驚いた。このとき、手に入れた「ホテル・カリフォルニア」 はこの日から計り知れない夢を与え続けてくれた。ドン・フェルダーがマリブの海に沈む夕陽を眺めながら紡ぎだした永久の回転を思わせるあのギター進行。理解できそうでできない歌詞、それらがわたしをとりこにした。わたしは文字通り「ホテル・カリフォルニア」の囚われ人となろうとしていたのだ。
fumio

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 わたしはアメリカのクリスマスに興味があった。盛大に祝うのだろうと期待していた。家庭では七面鳥を焼いて食べるのだろう。日本とどんなふうに違うのだろうと。
12月に入ってしばらくすると学校でクリスマスパーテイがあった。
アルコール類はなかったがダンスしたりパンチを飲んだり談笑していると先生たちがみんな若いことに気づいた。20代後半から30代の女性が主で校長と副校長ぐらいが50代だった。パーテイの最後あたりにしつらえられたにわかステージに登ってギターを抱えて、リクエストに応えて当時のヒット曲を歌った。一番受けたのはヒットチャート1位を走るロッド・スチュワートの「トゥナイツ・ザ・ナイト」 だった。若い先生達も一緒に手拍子して首をふりコーラスする。うれしかった。文化はすべての壁を破る。パーテイが終わると女の先生達が一斉にやってくる。「あなたレベルCクラスの生徒でしょ。どうしてレベルCなの。Aでしょ」ワイワイがやがやうるさく質問してくる。歌は発音をコピーして何度も稽古するのでほとんどそのまま歌える。その歌手が南部訛ならその発音のまま歌う。ビートルズも自分たちで喋るときは英国リヴァプール訛だったが歌うときは米国南部訛が多かった。先生達に答えようとすると言葉がうまく繋がらず、やっぱりレベルCであることが判明した。めでたしめでたし。
fumio

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私的カウントダウンアルバム「水面に書いた物語 収録曲の今週のアクセス聴取ランキング
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10月31日(金)~11月7日(金)
ヒット数:1,538件中
    
順位( )内は前週の順位< >内は前々週の順位 

第1位(1)<1>水面に書いた物語
第2位(2)<4>ごめんなさい
第3位(3)<2>あやかしのまち
第4位(10)<9>ときめきFALL IN LOVE
第5位(7)<11>軽々しく愛を口にしないで
第6位(6)<8>はるかなるメロディ
第7位(8)<12>オーロラの町から
第8位(4)<3>女優(スター)
第9位(17)<16>わかりあえる日まで
第10位(11)<14>それってⅨじゃない
第11位(13)<10>素顔のマスカレード
第12位(5)<6>ラスト・ランデヴー
第13位(15)<19>Stay with me
第14位(9)<7>マイ・スィート・ライフ
第15位(18)<17>まことのひかり
第16位(12)<5>Sentimentallady”M”
第17位(19)<18>NEVER GIVE UP!
第18位(16)<15>しあわせになれる
第19位(14)<13>恋すれば魔女


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「水面に書いた物語」が首位を続けている。。めぼしいところは第15位にあがってきた「まことのひかり」。マコトの光はなかなか気づきにくい。 ご愛聴感謝。

【業務連絡】mixi(ミクシイ)の『ARIONが好き』コミュに「隠居と六」シリーズを移動してスサノオやニギハヤヒの登場を預言したのですが実際に鬼として登場して真実を語り始めると人々は怖れて排斥してしまいました。嵐の神ですからアラシと判定されることはしかたないのですが残念でした。参加された方やROMされた方、ありがとうございました。「隠居と六」シリーズはそのうち折を見てこちらで再開したいと存じております。よろしくお願いします。


fumio


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  医師夫婦は仲が良くて子供達との喧噪の夕食後、わたしにギターの弾き語りを所望する。最近の曲がいいか、と訊くと「ラヴ・ミー・テンダー」がいい、という。それでギターを抱えて歌い始めると、抱き合って踊りだした。西洋人の年はわかりにくいがまだ30代前半で恋人気分が残っているらしかった。そしてある日奥さんが日本の歌も聴かせてよ、という。それで日本のカラオケのレコードをバックにしてわたしが歌ったカセットテープをかけた。ふーん、これが日本の音楽、とやはりあまり反応はかんばしくなかったがカスバの女 に大きく反応した。「これはジューイッシュ・メロデイよ。聴いたことがあるわ、どうして日本にユダヤの歌があるの」と訊く。わたしは返事のしようがなかった。ただなぜか最後の「外人部隊の白い服」という歌詞で映像が浮かんできて胸が迫る思いがするので選んで歌ってみただけだったから。この曲のもつ切ないともエキゾチックともやるせないともなんとも表現のしにくい雰囲気はジューイッシュ・メロデイだからなのか、と思った。

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 授業で自己紹介の時自分の星座を言わなければならないのでアクエリアス と言った。蟹座はキャンサーと教わった。ホームステイの話題が出た時、ユダヤの家庭だけには入りたくないという人が多かった。ユダヤの家に入るとこき使われるぞ、という。ユダヤについての知識はそういえばシェークスピアの「ベニスの商人」の強欲な商人がユダヤ人だったな、とか「アンネの日記」に代表される第二次世界大戦中のホロコーストの被害者ということぐらいだった。入りたくないといってもだれがユダヤ人かという見分け方も知らないし、わたしは漠然とそんなものかと思っていた。

 毎朝、6時頃起きて、裏のハリウッドサインを見上げると、たまになにか飛行機のようでそうでないような飛行体が上昇していった。この裏あたりがUFOの基地になっているのかも…、と思ったりした。黒かった壁に白いペンキを塗っていると奥さんがハズバンドはキャンサーという。初めは授業で習った蟹座のことかと思った。しかしそれは癌のことだった。かかっているのではなくUCLAの癌科の医師だったのだ。大変な職業だと思った。
可愛い息子がふたりいて食事中、叫び声が絶えなかった。夜、わたしが疲れて椅子にもたれて眠っていると足に小便してゆく。それに気づいた奥さんが「オー・マイ・ロード」と嘆声をあげる。いつもなにかあると「オー・マイ・ロード」だった。テレビや街では「オー・マイ・ゴッド」を聞くことが多かったので不思議だった。訊いてみると「うちはジューイッシュなので、『オー・マイ・ロード』というのよ」という。それでこの家はユダヤ人家庭なのだ、と初めてわかった。
fumio


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連絡先を学校の電話番号にしておいたのでロサンジェルス・タイムスの広告に反応して翌日から学校の事務所に電話が入るようになった。そのたびに三人で面接にでかけた。ビバリーヒルズの大邸宅だったりダウンタウンの普通の家庭だったりいろいろだったがみんな断られた。なかなか決まらないものだと感じたが、そのうちにハリウッドヒルをかなり登ったハリウッドサインのそばあたりの大きな家に面接に行った。「この家のペンキを塗ってほしいの」と奥さんがいう。三人のうちだれがいいか、と訊くとわたしを選んだ。それでその家のペンキ塗りとしてホームステイすることになった。
とにかくこれで家賃から解放される、この国にすこしは長く滞在できそうになった、と思った。
fumio

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 わたしはアパートを早く出よう、と思っていた。家賃が高いので貯金があまり長くもちそうもなかったのだ。
そんなとき、上のクラスの生徒がふたりやってきて一緒にホームステイ先求むの新聞広告を出そうか、と誘う。そのうちのひとりが 上田好久だった。
わたしたちはどんな文面が良いか考えながら ロサンジェルス・タイムス社に向かった。社に着いて広告部で説明すると文面を簡単に作成してくれる。費用は三人で出し合って翌日の紙面を待った。
fumio

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 前日、筆記試験に受かった仲間で試験場にやってきた。
まず日本で運転免許を持っている生徒が実地試験を受けた。日本でも運転経験があるからきっと大丈夫と幸先良い報せを期待して待つ。試験場から街路に出て行くのをみんなで見守っていると途端に停まった。どうしたのかと思っていると、それでテストは終わりらしかった。みんなのところへ帰ってきて落ちた、という。反対車線に入ってしまったのだ。日本で運転に慣れていたのが徒(あだ)になった。車は右側通行なのに左に入ると対向車と正面衝突してしまう。その時点でテストはうち切られるのだ。どうなることかと思う。次の生徒は無事に進行していった。帰ってくるまでどきどきして待つ。しばらくして帰ってくると試験場の横に静かに停まった。採点表をもらって見せてくれた。手書きでfと書かれ落ちていた。安全確認でかなり減点されていた。わたし以外はそれぞれ運転経験がある男達だったのにと不安が大きくなる。もう一人がテストを受けているときわたしの番がきた。昨日稽古した車で待っていると横に試験官が乗り込んできた。東洋系のアメリカ人だった。タイかな、と思った。日本人に対して好感情をもっているようで態度が丁寧だった。とにかくこれから初めて街に出るのだ。おそるおそる進行して行くと当たり前だけど他の車が走っていた。なにも知らないということは強いもので試験官は平気でわたしに指図する。わたしはとにかく安全確認の動作をこれでもかと大きくアピールした。なににもぶつからず試験官のいうままに進んでいると大きな信号にやってきた。多くの車が停車している。汗が吹き出る。命知らずの試験官は「ターーン・レフト」と命ずる。ここを大きく廻って車の流れに入るのだ。わかっていてもあせった。小さく廻りすぎて後ろのトラックにあおられてびびったけれど試験官は「オーケー・オーケー、ゴー・ストレイト」とあまり気にしてないようで機嫌よさそうだった。縦列駐車もなんとかこなし試験場にたどり着くと試験官はその場で採点してくれる。「76点、あまりうまくないけれど、ぎりぎり合格。事故を起こさないように運転してね。わたし日本大好き、Have a nice day!」。
おかげで車に乗れることになった。たった数ドルの費用で運転免許証が手に入ったのだ。
待っていた先輩はわたしが受かったことに驚いて「半年ぐらい運転するなよ」と言った。
fumio

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私的カウントダウンアルバム「水面に書いた物語 収録曲の今週のアクセス聴取ランキング
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10月24日(金)~10月31日(金)
ヒット数:1,724 件中
    
順位( )内は前週の順位< >内は前々週の順位 

第1位(1)<1>水面に書いた物語
第2位(4)<2>ごめんなさい
第3位(2)<3>あやかしのまち
第4位(3)<6>女優(スター)
第5位(6)<7>ラスト・ランデヴー
第6位(8)<4>はるかなるメロディ
第7位(11)<7>軽々しく愛を口にしないで
第8位(12)<8>オーロラの町から
第9位(7)<10>マイ・スィート・ライフ
第10位(9)<11>ときめきFALL IN LOVE
第11位(14)<16>それってⅨじゃない
第12位(5)<5>Sentimentallady”M”
第13位(10)<9>素顔のマスカレード
第14位(13)<12>恋すれば魔女
第15位(19)<15>Stay with me
第16位(15)<13>しあわせになれる
第17位(16)<14>わかりあえる日まで
第18位(17)<18>まことのひかり
第19位(18)<19>NEVER GIVE UP!


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「水面に書いた物語」が首位を続けている。この曲の主人公の伴侶との邂逅の切なさを自分自身と重ねる方が多いのだろう。。ご愛聴感謝。

【業務連絡】mixi(ミクシイ)に月さんによって先日開設されたコミュニテイ『世紀末フォーラム(同窓会) 』がこのたび、『ARIONが好き』と改称されました。活動に興味のある方はどうぞお寄り下さい。新たなる発展のために多くの人々のご参加をお待ちしております。
fumio







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