monologue
夜明けに向けて
 



 「今度入った日本娘きれいだぞ、フミオ、」イスラエル軍のパイロットだった生徒がある日、ニヤニヤする。その娘はわたしの後ろの席に座った。それが一生の伴侶との邂逅の瞬間だった。今もそのとき覗いた瞳の輝きを鮮やかに覚えている。いろいろ学校のことや英語のことを尋ねてくる。わたしは隣に移動する。妹夫婦の結婚式に喚ばれて式に出席したのだがせっかくアメリカに来たのだからしばらく滞在して英語を覚えたいから入学したという。授業が終わるとサンタモニカのアパートへ車で送った。サンタモニカ方面の道はヘビー・トラフィックで慣れていないので運転初心者のわたしにはとてもこわかった。
 それから現在までかの女は毎日、わたしとともに過ごすことになった。 昼休みには車で食べに出た。一番頻繁に通ったのは学校に近かった<ラ・ブレア・タールピッツ にある美術館博物館群のひとつLAカウンテイ・ミュージアム のカフェテラスだった。その頃まだアメリカには余裕があってそれらの施設の入場料はタダだった。画学生たちが名作の前で何時間も模倣している。世界最高級の美術品をじっくりゆっくり堪能できた。そのカフェテラスのサラダは一人前をふたりで食べても食べきれないほどの量があった。やがて当然のようにマリポサ通りのアパートを借りてふたりで暮らし始めた。
 そのうち、ふたりが結婚することは学校中の衆知の事実のようになった。ある日、クラスにふたりで帰ってくると突然先生も生徒もみんなでサプライズ!コングラチュレーションズと叫ぶ。サプライズパーティが始まったのだ。贈り物やカンパの金を渡され、なにか歌えと所望される。それで「♪恋が計算通りにできるなら、こんな女(男)に惚れたりしなかった。あれこれ迷ってそろばん 弾き、それでもやっぱりこいつに決めた~」と日本語だったけれどふたりで自作の歌を披露した。。今にして思えばあのイスラエル軍パイロット出身の男はキューピッドだった。名前はもう忘れてしまったが今頃どこでどうしていることだろう。わたしたちの名前も忘れてしまっただろうか。そう、縁結びの神は海外出張して多くの糸の中からふたりを選り分けて結んでくれたのだ…。
fumio

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