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ケンミジンコのうた

平和な日々の暮らしを綴った日記です

与える仕事

2020-07-04 | 仕事
最近、仕事が忙しくなってきて、仕事がプライベートの時間を侵食するようになってきました。
サビ残も多いし、お休みの日にも、仕事を持ち帰って家でやっている状態です。

私は、仕事がプライベートな時間に食い込むことが、とても苦痛です。
プライベートな時間は、丸々とっておきたいタイプなのです。
武装解除して、ありのままの自分に戻る時間がとても大切です。

ただ、仕事は打ち込めば打ち込むほど成果がでることが分かっています。
仕事で成功している人は、仕事に費やしている時間がとても長いのです。
求められている以上のことを、好んでやっている人たちなのです。

また、中途半端に仕事をするより、自分でも納得のいく仕事をして、
人に喜んでもらえた方が、気持ちがいいのも確かです。

仕事というのは、自分ではない、人様のためにすること。
人様のために汗を流して、その対価としてお金をいただくのが仕事です。

仕事のためにプライベートの時間を費やすのは、
人様のために、自分の時間を差し上げているのと同じです。

人様の笑顔のために、自分の生きる時間をどれだけ与えることができるのか。

自分の生き方が試されているように感じています。


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命が燃える瞬間

2020-06-28 | 仕事
*この記事は合唱曲「COSMOS」をBGMにしてお読みいただくことを推奨いたします
少なくとも執筆時の私の脳内BGMはCOSMOSでした(笑)

諦めだのストレスだの、ぐだぐだと書いてきましたが
私が人生に何を求めているのか、わりと明確なので、書いておきたいと思いました。

それは、タイトルのとおり、命が燃える、熱い瞬間です。

普段の私の生活は、灰色で、モノクロのぼんやりした世界なのですが、
長く生きてきて何度か、そのモノクロの世界が、ぱっと鮮やかに色づく瞬間というのがありました。

それは、振り返って思えば、私がやりたいこと、私が価値があると信じていることに、
力を注いでいる時間でした。
仕事であったときもありますし、人間関係であったこともありました。

「自分は人の役に立っている、世の中をよくする流れに乗っている」
と信じられた時間でもありました。

私はもう一度、その熱い時間を味わいたいと思います。
私を取り巻く世界が、鮮やかに色付いて見える、その瞬間に身を置きたい。

今の私は十分、幸せかもしれませんが、
ぼんやりした感じがします。
青春をもう一度、ではないですが、
残された力を振り絞って、もう一度、熱く生きる時間を追求してみたいと思います。

ミジンコも、熱く生きたいのです!
自分の命を燃やして輝きたいのです!


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イルカの話

2020-06-28 | 仕事
ちょっと切ないお話。

野生のイルカを捕獲して水族館に連れてきても、
イルカは、なかなか芸を覚えようとしないそうです。

人間が指図をしている内容は理解できているのに、
その指図に従おうとしないそうなのです。

そして、「ああ、ここからはもう逃げられない。ここで生きるしかない。」と分かると、
イルカは覚悟を決めて、芸をするようになるそうです。

(話はずれますが、私は水族館に行くといつも切ない気持ちになります。
動物園もそうですが、野生の動物を狭いスペースに押し込めて展示するのではなく、
彼らが生きている環境を保全して、彼らが彼ららしく生きている姿を観察できるスタイルが
もっと広まっていくといいなあと思っています)

私は最近、自分がこのイルカのように感じるときがあります。
まだ覚悟が定まらない、芸を覚えようとしないイルカです。

何かというと、仕事のことです。
自分がやりたい仕事に、なかなかありつけないのです。
自分が与えられている役割が、自分がやりたいことと、大きくずれているのです。

覚悟を決めて、自分が今、求められていることに、集中できるようになるといいのですが。
でも、そこには、一種の諦めが伴うかもしれません。


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衝突しない

2020-06-28 | 仕事
私はまた4月から新しい職場で働いているのですが
そこにも例に漏れずウマが合わない人がおりまして、
その人と接するたびに私の心はすり減っていくのであります。

ただ、私も何十年も生きているので、この手のストレスの私なりの対処法が分かってきました。
今までの阿呆な私は、こういう人を見ると我慢が抑えられなくなり
中途半端な攻撃をしかけた挙句に倍返しされ、ストレスが倍増するという悪循環に陥っていました。

今の私は、この痛い失敗例を糧にして
「ともかく距離を保つ、なるべく接触しない、
そして無駄な衝突はしない」
ということに徹しています。

賢い人は割と早い段階でこの結論に達すると思うのですが
私は何度も地雷を踏み、痛い思いをしてようやくこの境地に至りました。

ストレスはゼロにはなりませんが、なんとか凌げるくらいにはなっています。

ウマが合わないとき、救いになるのは、
自分と同様に感じている他者に出会い共感してもらうことなのですが
(そして、この他者が複数いれば、集団を形成して優位に立てるのですが・・・この集団における優位を利用して嫌がらせをするのがいじめ)
私は集団においては常に少数派なので、この他者に出会う確率がとても少ないです。

そして、よくあるのが、私が我慢できない、許しがたいと思っている点が、
他者にとっては、それほど気にならず、受け入れられていることです。
「まあ、確かによくないけど、ほかにもいいところあるしね」という感じなのです。

そういうとき、一人で怒っても、浮いてしまうだけで、誰も味方をしてくれないのです。

そしてもう一つ、今まで私が犯してしまった阿呆な反応が、
「この人は嫌なところがあるけど、嫌だと感じるのは私が人として未熟だからだ。
この嫌さを乗り越えて、成長しよう。仲良くなれるよう、努力してみよう。」
という考え方でした。
そして、ウマの合わない人にも果敢に接近し、自分でストレスの傷口を広げていました。

私は大切なことに気付いていなかったのです。
自分が嫌だと感じている場合、大抵、向こうも嫌だと感じていること。
そして、仲良くなるには、こちらが一方的に思ってもダメで、向こうも仲良くなりたいと思っている必要があること。

なので、嫌だと感じる人がいたら、接触機会を減らし、衝突しない、これに尽きます。

もしかしたら当たり前のことを延々と書き連ねてしまったかもしれません。
でも、これは、ようやく私が学ぶことができた「大人の対応」の一つです。


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「もう辞めよう」の先に

2020-06-04 | 仕事
私は自分ではとても真面目な人間だと思っているし、
真面目な人間は一つの物事をやり続けて、途中で放り出したりしないものだと思っているが、
私の仕事人生、振り返ってみると、いずれも数年で放り出してしまって
転職を繰り返すはめに陥っている。

そんな訳で、今回も4月からまた新しい職場で働いているが
いつもいつも、初心者からリセットする繰り返しが、いい加減嫌になってきた。
若い初心者ならいいが、年老いた初心者は色々と痛いのである。

私は真面目なのに、どうして仕事が長続きしないのかなと考えると、
仕事に完璧なやりがいを求めすぎていて、
「ここではないどこか」を探し続けてしまうからだと思った。

どこにもいない「青い鳥」を、探し続けてしまうのだ。

そして私の目から見ると不思議なのだが、
同じ職場で、同じ仕事を何十年も続けている人がいる。
(身近な人でいうと、私の夫がそうだ)
よく飽きないなと思う反面、夫を見ていると、
長年、同じ仕事をしてきただけに、その仕事にはすごく詳しくなっているし、
ある程度、自由な裁量があり、自分の好きなように仕事を進めることができているように見える。

それは、長年、同じ職場で、同じ仕事を続けてきたからこそ、
得られたものだと思う。

「転がる石に苔むさず」と言うが、私もそろそろ転がるのをやめて
苔を生やしてみようかと思う。

なので、今の職場も、色々と不満な点はあるが、
(そしてもう辞めてやれと思ってもいるが)
ちょっと踏ん張ってみて、この先にある風景を見てみようと思う。

その風景は、私がまだ見たことがない風景だと思う。


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