ケンミジンコのうた

平和な日々の暮らしを綴った日記です

諦めて生きる その2

2020-10-28 19:45:23 | 仕事
(過去の記事はこちら→諦めて生きる

私は今、二つの職場を掛け持ちして働いているのですが
周りの人たちとあまり馴染めず、寂しいなと感じることが多いです。

どちらも雑談で盛り上がっている人たちの輪があり、
私もニコニコしながらその話に聞き入ってはいるのですが
その輪に入っておしゃべりをしたり、話を振られたりすることがありません。私は輪の外にいるのです。

どちらも憩いのスペースのような小さな場所があり
よくそこに人が集って話をしているのですが
私はそこに入ることができません。
怖いのです。

そして、少し傷付いていることは、
皆によく話しかける人がいるのに、
私には話しかけてくれないということ。
「話しかけるな」オーラが出ているのでしょうか?
私から頑張って話しかけたことは何度もあるのですが
向こうから話しかけてくることは一切なく、私は心の中で
こっそり落胆しています。

「人の輪に入れない」という悩みは、もう本当に歴史が長く、
私の幼少時の最初の記憶が、砂場で同年代の子供たちからはぶられて
大泣きしている自分の姿だったりします。

このことについては、色々努力も分析もしてきました。
でも、まだ、この歳になって、同じことで悩んでいます。

もう、もう、このことで悩むのは、そろそろ終わりにしたいです。
私には、きっと、人の輪に入るための色々な素質や才能が足りないのです。
足りないものが何かを知るのは辛いし、
知ったところで身に着くわけでもありません。
努力で補えない性質のものだってあるのです。

なので、寂しい宿命は受け入れて、
私は諦めて生きようと思います。

自分のちっぽけで傷つきやすい心を抱えて、
これからも生きていきます。
こんな小さな自分にもできることはきっとあると思うし、
できることに目を向けて生きていこうと思います。

明日、寂しい思いをするのが辛くて、こんな記事を書きました。
諦めて生きる。
多くを期待しない。
淡々と働く。

それを続けるだけ。


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心を守る工夫

2020-10-23 20:52:30 | 仕事
今日は検査でとても嫌な思いをしました。

検査を受けたくなかった人だったらしく、不満たらたらで私に挑戦的な態度を取り続けました。自分の不満を私にぶつけて解消しようとしているようでした。

精神分析系の人たちはこういう事態を「(感情を)投げ入れる」と表現するようですが(違ったらごめんなさい。まあここを見てないと思いますが)、今日の人はまさに嫌な気持ちをたくさん私に投げ入れてきました。私の心はゴミ箱ではないのに…

私は心の中で「ATフィールド!!」と連呼して自分の心の防御に努めましたが、うまくいきませんでした。ネタが古かったのかもしれません。

今度、同じような事態に遭遇したら、「水の呼吸 拾壱の型・凪」で応戦してみようと思います。相手の攻撃を無効化し、相手がひるんだ隙に首を頂戴することにいたします。

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私の愛犬

2020-10-11 14:36:39 | 雑感
先日、久し振りに実家に戻りました。
17歳になる愛犬、ぷうに会うためです。

このところ、ずっと具合が悪いと聞いていたので
命があるうちに会っておこうと思ったのでした。

覚悟はしていたのですが、ぷうは予想以上にボロボロになっていました。
ふっくらとしていた面影は失われ、骨と皮だけになって寝ていました。
体重は元気だったころの半分以下になってしまったそうです。

ぷうと思い出の写真を撮ろうと思っていましたが
とてもそんな気にはなれませんでした。

そんなぷうですが、ときどき、足をバタバタさせて起き上がろうとします。
父はぷうを日の当たる屋外に連れていき、
ヨロヨロと歩くぷうを支えて散歩をさせようとします。

街行く人は、骨と皮だけになった生き物が路上で震えているのを見て
目を丸くしています。
私も、こんな動物が道を歩いているのは見たことがないと思いました。
ぷうを見世物にしたくない、すぐに人の目につかないところに連れていきたい、
そんな思いでいっぱいになりました。

でも、一緒に見ていた夫は、別の感想を持ったそうです。

 生きようとしている。
 自分の足で、歩こうとしている。

自分はまだ生きるぞ!という、強い意志を感じたそうです。
確かにぷうは、震えながらも、一歩一歩、歩こうとしていました。
父はその思いを受け止めてあげていたのだと思います。
人からどう見られるかは気にせずに。

残念ですが、ぷうが虹の橋を渡る日は、そう遠くないでしょう。
生後1か月で我が家に来て、家族みんなにかわいがられたぷう。
最期まで大事に扱ってもらえたぷう。

本当はずっと一緒にいたい。
ごめんね、ぷう。それができなくて。

離れていても、愛しているよ。
心はすぐそばにいるからね。
心はずっと、ぷうのそばにいるからね。


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フリースクール

2020-10-01 16:07:04 | 仕事
先日、縁あって地元のとあるフリースクールを見学する機会がありました。フリースクールとは、何らかの理由で登校できなくなった子供達が学校の代わりに通う場所です。

まず職員室を訪問し、先生方に挨拶をしたのですが、とても親しみやすい穏やかな先生方で、私の緊張は程よくほぐれました。私は今まで二つの小学校で働いたことがあるのですが、ダントツの居心地の良さでした。以前の先生方は、とてもパワーのある方々で、大人しい私は気圧されていたのですが、ここの先生方はエネルギーレベル(?)が自分に近く、自然体でいることができました。

そしてドキドキしながら教室へ…ある程度、予想はしていたのですが、不登校になる子供達ということもあり、やはりエネルギーレベルが私に近く、私はリラックスして溶け込むことができました。

とはいえ私は大人しい性格のため、すぐに子供達の中に溶け込むことはなく、笑顔だけど口をきかない不思議なおばさんのオブジェと化しておりました。私は教室の空気になっているつもりでした。

そんなこんなで午後になり、休み時間に子供達が卓球をするのを私は近くでぼんやり見ていたのですが、ふいに子供が「先生(私か?)も一緒にやろうよ!」と声をかけてきました。私は驚き、そして喜んで参加しました。

普段、運動をしない私が張り切って体を動かしたこともあり、私は足を滑らせ、開始早々、私は派手にひっくり返ってしまいました。「先生大丈夫?」と口々に心配する子供達。子供達に誘われ、心配され、気遣ってもらうことは想定外の展開だったため、私は嬉しくて目頭が熱くなりました。私はそっとトイレに移動し、嬉し涙をこっそりハンカチで拭き取りました。

そのとき私の頭をよぎったのは、目的が定まらず、根無し草のように流されている自分でも、知らず知らずのうちに自分に合った場所に行き着くのではないかという明るい予感でした。もともと私が小学校で働こうと思ったのは、エネルギー溢れる、荒ぶる子供達の相手をするためではなく、どちらかというと繊細で傷つきやすい、昔の自分のような子供に寄り添いたいと思う気持ちがあったからでした。そう思うと、偶然の巡り合わせのようでいて、実はこの場所に私は呼ばれたのかもしれないと思いました。

思いがけず実りの多い日になったので、ここに記しておこうと思いました。


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