ケンミジンコのうた

平和な日々の暮らしを綴った日記です

この大学院で本当に良かった

2017-06-30 08:49:21 | 雑感
先日、同じ大学院の人達と一緒にお昼を食べる機会があった。

私は言った。
「この大学院で本当に良かった」

言いながら感じていたこと。

本当は、本当は色々と不満もある。100%満足している訳ではないけど、
そんな自分の小さな悩みを、「良かった」と公言することで覆い隠したかった。

そして、「満足している」と公言できる自分は、幸せだと、
幸せであることが強さであり、誇りであると、自覚していた。

さらに…
大学院に不満を持っている人の気持ちを、きっと踏み付けてしまっている。
私が「満足している」と言うことで、
その人は、不満であることを、少なくともこの場では、言い出しにくくなるだろう。

誰かの小さな不満を、私は押さえつけているかもしれない。

「満足している」と言いながら、私は人を踏み付ける痛みを感じた。

私はSNSをやっていないけれど、
巷にはきっと、幸せに満ちた写真やコメントが溢れているんだろう。

「私は幸せ」と公言するって、
こういう感じなのかな。

私は、本当の幸せは、公言する必要はないと思っているけど、
今回、自分でやってみて、そこに潜む密かな暴力性を我ながら感じた。



にほんブログ村
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キジバトのリレー

2017-06-23 16:19:43 | 雑感
キジバトは独特の鳴き声を持っている。

子どもの頃は、どこからともなく聞こえてくるその音が、
何なのか分からなかった。
異世界から響く不思議な呪文のようにも思えたし、
私にしか受信できない秘密の暗号かもしれないと考えたこともある。

鳥の、しかもキジバトの鳴き声だと分かったのは、
かなり大人になってからのことだ。

近くの公園にはキジバトが数羽、住みついており
耳を澄ますと独特の鳴き声が聞こえてくる。

そして、私は思った。

私が子どもの頃、ということは、今から40年ほど前(!)、
キジバトが鳴いていた。
私が今、耳にしている声の主は、
子どもの頃にいたキジバトとは別の個体だ。

でも、40数年もの間、キジバトは、命をつないで、
生き長らえてきた。

40数年もの間、独特の鳴き声を響かせながら、
何世代も何十世代もかけて、命のリレーをつないできたのだ。

私は、キジバトという種が、滅びることなく、
命をつないできた密やかな偉業に、心を打たれた。

私が生きている間、そしてこの世を去った後も、
キジバトには、そのリレーをずっと続けてもらいたいと思う。
キジバトが滅びることのありませんように。

そして、キジバトだけではなく、
この世を生きる多くの種が、命をつないでいけますように。

神様、彼らをお守りください。



にほんブログ村
コメント (7)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夫の言葉

2017-06-05 08:28:10 | 
私の夫は40代後半に差し掛かりましたが
未だに子供のような心を持っていて
悲観的な私の気持ちを柔らかく、ほぐしてくれることがあります。

例その1

剪定された植え込みを見て

私:「太陽に向かって生きたいと伸びているのに
その都度、非情に刈り込んでしまったら
植物は生きる気力を失うんじゃないかな・・・」

夫:「散髪してスッキリしたと思っているから大丈夫だよ!」

私:(散髪かあ・・・)

例その2

家族に看取られて逝くご老人をドラマで見て

私:「この人は家族に温かく囲まれて昇天したけどさ・・・
私の最期はどうなるんだろう。
誰もいない病室で、心拍停止を知らせるピーっていう音だけが長いこと無機質に響いてて、
看護士さんがやってきてスイッチをバチッと切って終わり、
そんな死に方、私、嫌だなあ・・・」

夫:「キジバトが窓辺に集まってきて、讃美歌を歌ってくれるから大丈夫だよ!」

私:(キジバトの讃美歌・・・それもいいな)

心配性の私に呑気な夫。
妙な組み合わせだけど、夫には随分、助けられています。



にほんブログ村
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする