離婚に苦しむ人へ

今、苦しんでいるあなたに寄り添って。

オープンマインドで

2012-04-27 23:22:05 | 日記
こんばんわ。

今日は、2連載ですが。。。(笑)

もっともっと、

こころをオープンにしてみませんか?

辛い、苦しい、気が狂いそう。。。

恨んでる、憎しみ、

それでいいんです。

悲しい、不安、孤独だ・・・・

夜も寝れない

お酒が止められない

もうなにがどうなっているんだかわからない

自分が自分でないようで


ぜーんぶ、ふつうです。

だから、隠す必要も

それを押さえつけて、違うんだと否定することも必要ない。

離婚して、自分の人生と向き合って、

格闘し、もがき、のたうちまわり

どん底を経験して、這い上がってきた人は

みんな知っています。

それが自分にもあった感情だと。

あなたは、子供の親であるかもしれません。

あなたは、立派な会社での地位があるかもしれません。

あなたは、きれいで美人で、すてきな女性かもしれません。

あなたは、かっこよくて、イケメンかもしれません。

あなたは、両親に育てられた理想の息子や娘かもしれません。

それでも、やはりあなた自身としての

一個人なんです。

そんなに、いつでも理想の人間ではないし、立派でもない。

かっこ悪いときもあるし、臆病で弱いときもある

そんなただの一個人なんです。

不安に震え、眠れず、酒で紛らわす

うつうつとした気分で化粧もできない

そのイライラを子供にぶつけてしまう

でも、やはりあなたという一個人なんです。

そう、自分の感情に、行動に良いとか悪いとか決めないで

こころをオープンにしましょうよ。

それを、私のブログのコメントに書きなぐってください。

愚痴でも、不安でも、絶望でも、なんでもいいのです。

そのためにこのブログがあります。

あなたが不安に打ちひしがれている、ひとりでもがく夜

絶望とともに目が覚める早朝

仕事も家事も手につかない昼間

そんなとき、まるで自分の日記に書きなぐるように、

コメントに書いて見てください。

いつだって、私はコメント見ています。

あなたは少なくとも、この世でひとりではない。

そう感じてもらえたら十分です。

少なくとも、あなたの気持ちの少しでも理解できる人がここにいる。

そう思えたら、意味があります。

そして、コメントを書かなくても、

毎日200人を超える方がこのページを読んでいます。

それだけ辛い想いで、耐えている人がいるのを知っています。

ともに、同じ時代を生きる中で、どこかでつながっている

その感覚。

あなたのこころをオープンに。

ちょっとだけ、今より広げてみてください。


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苦悩を乗り越えたら

2012-04-27 22:37:47 | 日記
こんばんわ。

先日あるカウンセラーの会合でお話した人がいます。

私よりも10歳以上は上かもしれません。

自己紹介でお互いに離婚経験があることを話ましたが、

カウンセラー同志、すぐにわかります。

苦悩を乗り越えて来た人なのか、

自分に甘えて生きてきた人なのかは。

言葉でかわすことなくても、お互いにわかりました。

そんなとき言葉は不要です。

目を見れば、その人の言葉を聞けばわかります。

生きる苦悩を乗り越えて来た人には、ほかの人にはないものがあるからです。

よく病気の辛さは、経験した人でないとわからないと言いますが、

私もそのとおりだと思います。

どんなにすばらしい感性があっても、経験にまさるものはないのです。

離婚も同じです。

経験した人でないとわかりません。

ただ離婚については、病気の経験と少し違うところがあります。

自分の向き合うべき人生の課題から目をそらし、

逃避し、相手に責任をおしつけてきた人は

たとえ離婚して、もちろん辛いとは思いますが、ちょっと質が違います。

その経験から得ているものの質が完全に違います。別物なのです。

その辛さは、自己への愛着だけであって、自己憐憫であって

生きるという本質への問いにはならないのです。気づいていません。

どちらでもその人の選択であるし、それも流れのひとつですから

良い悪いではありませんが。

本当の意味で苦悩を乗り越えるには、

そして以前お話したパーソナル・パワーに変えるには、

逃げるのだけはお勧めできません。

もちろん、絶望しているとき、まずは逃げてもいいのです。

お酒を飲んだっていいし。愚痴ってもいいし、暴れてもいい

でも最後には、ちゃんと自分に戻る。

ただそれだけです。

そもそも、逃げ出すくらいでなければ、

お酒でも、なんでも制御できないくらいでなければ、

絶望とは言えないでしょう?? 制御できるなら、余裕ありすぎです!(笑)

そしてそれは弱さではないのです。

人間はそんなに強くないというだけのことです。

もちろん、他人を傷つけない前提ですよ。

はじめにお話ししたように、

苦悩を乗り越えてきた人たちは、目を一瞬合わせたらわかります。

話したら確実にわかります。

それは年齢でもなく、男女でもなく、

肩書きや、財産でもなく、

本当の意味で、どう生きているかが、その人に現われるからです。

そしてそんな出会いは、起こるべくして常に起こります。

そんな出会いを経験してみませんか?

それを楽しみに乗り越えてみませんか?

もがくしかないんです。それ以外に方法はありません。

ひたすらもがくしかありません。

気が狂うほどに、のた打ち回るほどに、

もがきつづけた先に、見えてくる本質があるはずです。

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疲れませんか?

2012-04-26 21:49:28 | 日記
こんばんわ。

このブログを読んで下さる方は、

離婚を考えている

離婚をした後で、苦しんでいる

そんな方が多いでしょうね。

毎日、100人を超す方が見てくれています。

最近、テレビや、雑誌を見ていて思うんですね。

どうして日本はこんなに上を目指すのだろうかと。

どうしてこんなに周囲と同じ行動をしたがるのだろうかと。

以前勤めていた会社、業界ではトップメーカーでした。

でもね。

入社したら、彼女はいるの?

30歳になれば、結婚は?子供は?

初対面てあまり話すことないと、お天気の話なんかしますよね。

それと同じ感覚です。

離婚した人間には辛い話題でしたね。

それに、どうしてみんなその価値観なんだろうと思いました。

いい大学出て、いい会社入って、30歳には結婚して、40歳には子供が二人、

そんなことが一番いい人生みたいな価値観です。

カウンセラーをしていると、

そんな偏った見方からは離れていますし、周囲もそうですけれど、

日本は、まだまだそうなんですよね。まだまだ。

何かにつけて資格、資格。

幸せになるには、何か上を目指さないといけないような。

何かの資格がないと、収入が安定しないような。

そんな生活、人生、疲れませんかね?

もちろん、収入がゼロなら、生活が成り立ちませんから

必要なんですけれども、

少なくとも、価値観がそうなってしまうとどうでしょうね。

離婚を経験したあなたは、珍しくはない。

いまどき、多くの人が経験しています。

でも、あなた個人にとっては、つらく、厳しく、絶望する出来事であることに

変わりはありません。

そのとき、私は、絶望しました。

人生の本質を理解しました。

マスコミや、社会や、親が教えてくれて、

自分が疑いもしなかった人生に対する、生きるということに対する価値観が

180度変化しました。

あなただって、そういう気持ちもあるでしょう。

ならば、世の中とは少し離れて、

あなたらしい、生き方をしてみませんか?

誰に認められなくても、

自分で自分を認められる生き方をしてみませんか?

私だってできているのか、正直わかりません。

でも伝えたいことがあるので、こうやって書いています。

私と出逢った人が、何かひとつでも気づけることがあり、

自分の人生に反映されたら、それでいいのです。

自分自身に嘘はつけないのです。

だから、自分で納得できる、責任をもつ人生を生きましょうよ。

昨日のゲシュタルトの祈りのように、

自分のための人生を。

親のためでも、子供のためでもなく、

まして友達や、会社のためではなく、

ほんとうの自分のための人生を。

まずは自分を満たすことから。

そうでなくて、どうして自分の周囲を満たすことができますか?

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他人から理解はされない

2012-04-25 22:53:39 | 日記
こんばんわ。

さて、GW近くなっているこの頃、

世間では、海外だとか、帰省だとか盛り上がり出すでしょう。

子供の日もありますしね。

でも、離婚を考えていたり、

離婚されたばかりの方にとっては

ある意味で試練の時期です、

世の中での記念行事

クリスマス、正月、バレンタイン、ひなまつり、子供の日、海の日、、、、

これに加えて、結婚記念日などというものもあり、

過酷な精神状態で耐える必要があります。

私の場合には、

半年くらいしたときから、

両親からは、いい加減に立ち直りなさい!

いつまでそんなことしているのか!

そんな容赦ない声が飛び交いました。

たかが離婚で!!!と。

でも、その個人にとってはとても大きなイベントです。

私が離婚したことがあるからといって

あなたの苦悩がすべてわかるわけではないように、

まして離婚したことのない人間には、とうてい理解不能です。

だから杓子定規に、

もう半年もしたのだから、

もう一年たったのだから、

また次を考えればいいとか、

自分の責任でしょう??

周囲は言い放ちます。

それが当人にとってはどれだけ辛いことか。

ただ世間というのはそんなもの。

学んでいない人たちの方が多いのです。

カウンセリングや、グリーフセラピーを学んだ私には

基本的ともいえるNGワードや、行為を

まるでそれが当然、世の中の常識というような感じで行います。

だから、理解はしてもらえないと 覚悟した方が気が楽です。

多くの人は、自分が病気になってはじめて

まさか自分が。。。。などというのはよく聞くでしょう?

それと同じです。

理解などしてもらえるはずもないし、それを責めることもできないのです。

逆に自分もその側にいたら、そうしたのですから。

つまり、あなたの苦しさ、苦悩、辛さ、鬱な気分など

絶望感などというものは、

他人からは理解してもらえないのだ。

そう覚悟することの方がいいのです。

それを理解してくれないだとか、

どうしてそんなに嫌味をいうのか、

などと考え出すと、自分のほうが疲れてしまう。

そして何も理解はしてくれないということにかわりない。

ある意味でひとつの悟りなのです。
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この詩をあじわってみてください

2012-04-23 22:33:45 | 日記
こんばんわ。

心理学やカウンセリングを勉強された方は

ご存じの方もいるでしょう。

F・パールズという、大心理学者の詩

「ゲシュタルトの祈り」

とても有名です。

そしてこれを理解するのはとても時間がかかる。

表面的にはわかるでしょう。

でも、本質的に、人が人生を生きていくということを

この詩は教えてくれます。私もこの詩の本質を理解するには時間がかかりました。

人によっては、冷たい印象を受けるでしょう。

しかし、名作として残り、多くの教科書やカウンセリングのセミナーで

使用されるこの詩は、やはり本質なのです。

ふつうはなかなか理解できませんし、理解したくもないかもしれません。

でも、離婚を経験した、つらく、絶望の淵を経験したあなたには、

ぜひ知ってほしい。

そして、その本質的な意味が、完全に腑に落ちるまで

手帳に貼ってでも、あじわってほしい。

これが腑に落ちたとき、あなたの価値観は大きく一歩進む。

そして、普段、私が伝えようとしていることの理解も進むはず。

自分を責める必要もなく、

相手を責める必要もなく、

恨んだり、憎しむことも必要なく、

どんな束縛や制約からも自由に

そして、究極的には独りで自分の生きる道を生きていく。

人生の大いなる流れに従い、

身を任せて生きていく。


では、ゆっくり味わってください。


====================

「ゲシュタルトの祈り」 F・パールズ


わたしはわたしのことをやり

  あなたはあなたのことをする。

わたしはあなたの期待にこたえるために

  この世にいるのではない。

あなたはわたしの期待にこたえるために

  この世にいるのではない。

あなたはあなた、わたしはわたし。

もし偶然出会えば、それはすばらしいこと。

もし出会わなければ、

 それはいた仕方のないこと

====================

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とらわれない

2012-04-22 22:03:00 | 日記
こんばんわ。

いつも私は言いますよね。

人生という川の流れに身を任せようと。

そうすれば、すべてはうまくいくと。

こだわりを捨てるとうことです。

たとえば、

自分はこうならないといけない。

これから、がんばらないといけない。

泣いている場合じゃない。

もっと強くならないといけない。

前に進まないといけない。

自分の親はこうでないといけない。

相手がこんなことを言うのは不当だ。


・・・・・


つまり、すべては、こだわりなのです。

そんなこだわりいらないのです。

あるがままにいくということは、

どんな状況も、自分も受け入れるということ。

立派な親でなくても、

立派な上司や部下でなくても、

ときには、くじけてしまっても

ときには、途方に暮れても

すべては、どうでもいいのです。

立派であってもなくても

あなたはあなた。

誰に何と言われても、自分が自分を認めていればそれでいい。

とらわれをひとつずつ捨てていけばいいんです。

でもそれは、あなたの決断だけは必要です。

そう決断すればいいのです。

そして究極的には。

決断してもしなくてもいいのだ。

それくらいの ゆるさ がちょうどいい。
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辛さは半端ではありませんよ

2012-04-20 22:25:38 | 日記
こんばんわ。

さて、いつも書いていますが、

離婚を決めたり、

離婚したりした後の

絶望感、どん底感 は相当です。

おそらく、子供の死や、大きな病気をされたり、事故の経験がある方以外は、

かなりの衝撃的なダメージを受けるでしょう!

ただ、それには実は条件があります。

それは、あなたが真面目に人生に取り組み

誠実に生き、

相手のことを必死に思いやり、考え抜き、

自らと厳しく対峙した場合に限ります。

これもいつも書くことですが、

相手の責任にして、自分は逃避し、

物事の本質を考えずに、

目の前の感情や、出来事のみに執着し、

そもそも、自分と向き合うこともしない人では、

本当の意味の

私がいうような絶望感とは違います。

あなたはどうでしょうか?

ただもし、自分も逃げてしまった!と今気づいたのなら、問題ありません。

これからがスタートともいえます。

このことは、良い知らせでもあり。悪い知らせでもあります。

あなた次第です。厳しい言い方ですが、真実です。

良い知らせは、あなたが生き方を変える唯一に近い最大のチャンスだということ。

悪い知らせは、この状況でも、生き方をチェンジできなければ、

おそらくそのまま生涯を終える可能性が高いということです。

そして、今をさりげなく通過したつもりでも、

死ぬまでに、もう一度、かならず試練を受けることになるだろうということです。

覚悟してほしいと思います。

恋人のとき、結婚したときを思い出せば、

語り尽くせぬほどの、悲しさがこみ上げるでしょう。

どうしてそうなってしまったのか、

どうしてこうなのか、

何が間違っていたのか

どうしたらいいのか

さんざん考えてきたと思います。

いやおうなく押し寄せる現実の苦難に

立つこともできないこともあったかもしれません。

私は、上野駅で3時間は記憶がないことがありました。

あまりのショックに茫然として、どこにどういたのかわかりませんでした。

ひざがガクガクして、体の震えが止まりませんでした。吐きそうなくらい胃腸がおかしい状態でした。

まさか自分にこんなことが起きるなんて、信じられない気持ちでした。

まるで自分のことではないかのようでした。

首都高速で、カーブで何度もアクセルを踏みました。

どうでもいいと思いました。

生きている心地すらしませんでした。

寝ることもできず、仕事も手につかず、

食べることすらどうでも良いという状況でした。

このことは、またゆっくり書こうと思いますが、

半端ではないどん底を経験しました。

だから、今のあなたがどんな状況にあっても、私は断言できます。

必ず立ち直れると。

新しい生き方に気づくことさえできれば。

そして、このブログはそう願い、生き方を探し、迷うあなたのために

書いています。

だから、コメントは大歓迎です。

即日お返事は書けませんが、必ず書こうと思っています。

対面でのカウンセリングというようにはいきませんが、

できるだけ伝えたいと思います。少なくとも、私がもてるものはすべて提供します。

そして、あなたに必要なトピックで、このブログを更新していくことも可能です。

みなさんのコメントを読んで、今、何を書いたら、

あなたに少しでも届くのかを考えて書いています。



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どれだけの虚しさか

2012-04-18 21:43:49 | 日記
こんばんわ。

さて、つらい毎日をおくられているあなたに、

おすすめなのは、ノート、日記をつけることです。

とはいっても、毎日は辛い。

だから、いつでもいい、

人に話したくなるときや、モヤモヤするとき

つらく悲しいとき、ノートに書きなぐろう。

日付入りのではなく、いつでも持ち歩ける程度のサイズの

メモ帳が一番いい。

パソコンでタイプしまくってもいい。

私は離婚した直後、毎日、パソコンでA4用紙で5-6枚分を

毎日のように、徒然なるままに書いていた。

正確には、それくらいしかできなかった。

仕事など手につかなかった。

今、読めば、支離滅裂だが、当時の心の状態であったといえよう。

書くことは、自分の心に貯めないためのひとつの方法として良いと思う。

さて、その過去のノートから、

当時、離婚して、およそ5か月程度たったときの状態をここに書いてみたい。

今でこそ、カウンセラーとして、わかったかのように、

偉そうなことを言うこともあるが、

けしてそんな立派でもなく、等身大でやはり苦しんだ。

5か月しても、虚しさはとめどないことがわかる。

だからこそ、今があるともいえるのだが。

ここからは、過去のノートからの一部抜粋だ。

========

もう、何もわからない。

信じられない。。。 生きること自体が虚しく、

これまでの自分がすべて崩れた。。。。

この先、どこに向かうのか、何のために自分だけが苦しむのか、

あんなに信じていた相手に、裏切られた。。。

正直、生きること、すべてのことがむなしい。

自分は、できる限り誠実に生きてきたし、

けして人に恥じるようなことをしたこともない。

どうして自分が、こんな。。

不安でしょうがない、

ひとりで、さびしい、孤独だ、

自分のこれまではなんだったのだろうか。

この先、どうなるんだろうか。

もう元にはならない。

・・・・

==========


とまあ、切りがないが、こんな調子で何ページも、何日も繰り返される。。。

生きていく上での一ページである。

当時、こんな調子であった私が

今は、こうやってブログを書いている。

そして、カウンセラーをしている。

人生はどうなるのか、ほんとうに人智を超えているのだ。

わからない。

死ぬ以外はすべてかすり傷。

人生は、最後までわからない。

そしてどう生きたっていい。

こうしなければいけない人生などひとつもない。

だから、今は苦しくても、一緒に進もう。

立ち止まってもいい、でも前を向いて止まろう。

休みながらでもいい、ゆっくり一歩ずつ。


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自分の制限を外すための方法

2012-04-16 01:00:00 | 日記
こんにちは。


先日、多くの人が制限によって縛られている。

それにすら気づいていない。。。

もちろん、カウンセリングや、コーチング的な

テクニックもありますし、

なかなか自分ではわかりづらいので

プロに助けてもらうことは可能です。

でも、そこまでしなくても

いつも思うのは、

もちろん、制限していることに気づかないからなおさらですが、

自分への情報インプットが少なすぎるということです。

自分では気づかずに、いや気づいていても、

ある範囲の情報、つまり人間関係、テレビ、書籍、ネット、、、、

にしか、アクセスしていないということです。

たとえばサラリーマンは、サラリーマン同志だし、

個人事業主はやはりその仲間、

理系は理系、

文系は文系

主婦は主婦、

ママ友はママ友

そんな感じて、同世代や、同じ境遇の人との接触が

きわめて多いのです。

それでは、ある一方向の見方しかできないのは

ある意味で当然ですね。

もっといろんな人と接し、話をして、情報を入れる。

まずはそこからです。

社長は自分の相手などしいてくれないとか、

自分より若い人とは、話が合わないとか

逆に、年上の人とは話しづらいとか

そんなことすらも制限ですから、

どんどん、興味のあるところを広げていきましょう。

そうすると、

今まで自分の考えていた枠は、ひとつの枠ではあるけれど、

大したことでもなく、その枠の外にも無限の世界があることを知るでしょう。

情報インプットをすると、今度は自分の内部に情報があふれだしますから、

アウトプットしたくなるんですね。

そうすると、今度はアウトプットするための場や、人間関係をまた探す。

そうやって、連鎖して広がっていくと、

これまで思いもしない、自分の興味あることや、人間関係に出逢うでしょうし、

制限が実体験として外れてきます。

離婚をすると、当分の間は、だれとも話したくないし、

引きこもりがちになるでしょうが、それはそれでよいのです。

ただ、少しでも興味が出てきたら、少しずつ、無理なく動きだしてみましょう。

動き出したからといって、もう休めないわけではないのですから。

疲れたら、休めばいいし、またひきこもってもいい。

それくらいに考えるほうがいいですよ。

自分に制限があると、気づけたあなたは、

もうすでに一歩進みました!!

次は、それをどう外していくかですね。
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不安でふつう

2012-04-15 01:00:00 | 日記
こんにちは。

離婚する前、した後

けっこう長い時間付き合うのが

不安という感情

何が不安かというと

漠然としたものから、

ひとりで生きていけるだろうか

この先、あたらしい出会いがあるだろうか

ふたたび、人を信じれるだろうか

生活していけるだろうか

いろんなものがあるでしょう。

これまでの状態から別の状態へ移るのですから

不安で当然ですよ。

不安になってる場合じゃない!!

がんばらなきゃ!

自分はそんな意気地がないのか!

意地でも!

とにかく進まなければ!!

そんな形で抑圧してしまうと、

そのときはよくても、あとで問題となる可能性があります。

ちなみに、離婚ではなく、死別ですが

同じ喪失体験としての例になりますが、

旦那さんと死に別れたときは子育てもあったりと忙しく

とにかくそれに集中して乗り切ったのだけれど、

20年もしたとき、ふと子供が巣立ったとき

はじめて旦那さんと別れた辛さを感じ

カウンセリングに通われたという方がいます。

(守秘義務の点で多少細部は変えています)

20年です、それくらいたっても

自分の心の底には未消化の感情が残っているもんです。

だから、今、不安な感情を味わいきるほうが良いのです。

もちろん、つらいです。しんどいです。叫びたくなります。

それでもです。

いつも、人生の流れに身を任せる! って言いますけれど、

本当に実践することは難しいのです。

私も日々実践中なんです。

ときには、目先のことに完全に頭をもっていかれ、

ときには、苦悩し

ときには、不安になります。

なんというのでしょうか。

ある思想を軸として生きると決めた時点で

そこに戻れる道があるんですね。

自分の生きる軸の思想、考え方、

先日書いた、Power of Being を呼び覚ます軸。

その軸をよりどころとして、

右往左往するのが、人間であると割り切り、

不安であるのがふつうであると知り、

その上で、自分でできる最大に

崇高というか、悟りに一歩でも半歩でも近づいた生き方を志向してみる。

浄土真宗で有名な親鸞さんも

どこかに人間としてのあきらめを抱えていて、

そして、もう 「他力本願」

とにかく念仏唱えて、自力を捨てて、他力で生きていこう!

そう決断されたんです。

私のいう、人生の流れに身を任せるというのも

オリジナルでもなんでもなく、

昔から多くの人たちが、そして今も多くの人たちが

苦悩の末にたどり着いたひとつの答えです。

それだけだとは言いません。

キリストに救われる方もいるでしょう。

なんでもいいのです。

この、不安 を乗り切るために

ひとつの軸をもつことは大切なことです。

そして、不安でもいいじゃないですか!

不安なことが悪いことではないし、

抑える感情でもないんです。

そう!!抑える必要のない感情なんです!

死ぬ意外はすべてかすり傷です。

人生はゲームのようなものです。

思い通りになるルールはありません。

だから、状況を最高に楽しむ!そんなゆとりを持てると

少しだけ前に進めます。
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出逢うべくして出逢う

2012-04-14 00:02:27 | 日記
こんにちは。

離婚したとき、

どうして、孤独になりやすいのでしょう?

結婚して

子供でもいればなおさらですが、

だれだれの旦那さん、奥さん

だれだれのお父さん、お母さん

夫婦同士でのホームパーティー

家族ぐるみでのおつきあい

多くがこの単位で生活が成り立つんですね。

だから、自分ひとりで友達に会うなんてのは

一年で何回か。

職場でも、趣味の集まりでも、

話題といえば、旦那、奥さん、子供、学校。。。

日本人の多くは、結婚した瞬間に

個人がなくなってしまう。。。

本来は個人があって、家族なのに、逆転してしまう。

だから、

離婚して一人になれば、

これまでの区分からはみ出してしまう。

もう家族同士ではつきあえないし、

呼ばれることもない。

そして疎遠な友達とも今更。。。。

だから、

こんなとき、もう過去の友人や、知人などどうでもいいのです。

そこにしがみついたり、元の独身のときの関係に戻ろうとかいうのが

そもそも執着です。

あなたに必要な友人なら、つらい今も一緒のはずです。

だから、自分を冷たい人間だとか思う必要もないし、

自然に任せればいいんです。

本当に自分のことを思ってくれている人ならば、

かならずどこにいてもつながりますから、心配ご無用。

ただ、この苦難を乗り越えた先には、

人間として成長したあなたにふさわしい、

まさに、心の友達ができるはず。

今はわからないかもしれませんが、信じてください。

あなたが乗り越えた先にある

もっと大きな世界、これまでと違う世界に

たくさんの人たちが生きています。

思いやりの心をもち、

相手を尊重し、

いたわり、

そして自分自身を大切にして生きる人たちが。

それは、恋愛にはならないかもしれない、

でも、とても大切な仲間なのです。

ここでいう仲間とは、ふつうに言うのとは違います。

この2012年に、大きな宇宙の、大きな人類の歴史のなかで、

100年しかない人生をともに歩んでいる同志です。

会えば、わかるんです。

いやすでに会っているのに気付かないかもしれない。

この人と出逢えてよかったと思える相手。

出逢うべくして、ようやく出逢えたと思える相手。

もうずっと前から知っていたような、

はじめて会ったとは思えないような、

そんな仲間に巡り合うチャンスをあなたはもっていますよ。

出逢って結婚するわけでもないかもしれない、

恋人にすらならないかもしれない。

それでもお互いがとても大切な相手であると

無条件に認めるような相手と

出逢えると思いますよ。

そんな相手に出逢えたとき、

あなたは、自分の人生の意味を知るはずです。

どうして、あなたがこんなつらい苦悩をして

それを乗り越えて来たのかを。

オカルト的でも、宗教的な話でもありません。

たしかに、科学的でもありません。

いわば、過去から引き継がれた経験則でしょうか。

人生でそんな人と出逢えると思うだけでも

わくわくしてきませんか?

もう少し、つらさに耐えてみようと思いませんか?

そう、出逢えます。

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制限は自分がつくっている

2012-04-12 01:00:00 | 日記
こんにちは。

世の中では多くの人が

自分自身に制限をつけて生きています。

いまさら、言われなくても知っている!という声が聞こえてきそうですが、

知っていることと、

自分が制限を外せるということは異なりますよね。

離婚について考えてみましょうか。

離婚が確定したとき、

多くの人は考えるはずです。

「もう自分のイメージしていた人生とは異なってしまった。」

「もう人を愛するなんて、信頼するなんてできないかもしれない。」

「収入もない、子育てはある、どうすればいいかわからない。」

人によっては、

「もう未来に何の希望もない、生きていくのも辛い・・・」

たしかに、それほどの衝撃が心に加わるのが離婚というイベントです。

けして珍しくないというか、多くの人がそのように感じます。

芸能人のように、前向きに。。。なんていうのはあくまでマスコミ向け

いや仕事としてのコメントであって、

一個人としては、ほんとうにつらい思いをされていると思います。

先日、離婚後に、菊池桃子さんがあるニュース番組でコメンテーターとして

出ていたのを拝見しましたが・・・・。

テレビ用の顔を作られてはいましたが、

カウンセラーの視点でみると、完全に憔悴していました。

カウンセラーは、その人の目の動き、口角、呼吸のひとつまで観察して

クライエントの内面の動きを見ていきますから、

創った表情はすぐにわかります。

ちょっと脱線しました。。。

さて、制限についてですが、

ほとんどの人は、自分の考えのどこに制限をしているかということすら知りません。

いつもいうように、自分が幸せいっぱいのときに、そんなこと考える必要もないし、

気づける人は少ないのです。

人間は逆境といわれる状況、絶対絶命、どん底、

これ以上自分のこれまでの価値観では再起できない状況にでもならなければ、

価値観を転換することなどできないでしょう。

だから、末期がんから生還された方や、障害を受けた方の多くに

人間としてはとても尊敬に値するような人間性が現れるのですね。


さて、あなたは離婚した後のことについて、またこれからのことについて

どのように考えていますか?


離婚したら、もう○○○するなんてできない。

離婚したら、もう○○○なんて考えられない。

離婚したら、○○な状況になるに決まっている。

離婚したら、もう○○するしかない。


このように、自分が考えているものを書き出してみましょう。

そして、そのひとつひとつのことに対して、


「それは、120%本当であると、断言できますか?」

「断言できるなら、それはなぜですか?明確な証拠は? そうならない場合は見たことがない?」


を確認してみてください。

多くのことは、自分の思い込みや、価値観の塊であって、

例外がないわけではないし、

自分が絶対そうだ!!と思い込んでいることを、

軽く超えて、生きてる方々がいることは、わかると思います。


そして、その制限を作っているのは、あなた自身です。


今のその確信や、思い込みは、あなたがこれまで生きてきた人生で

確立してきたものですので、良いも悪いもありません。

ただし、自分の考えを制限している限り、そこから飛び出すことはできませんよ。

次に、こう質問してみてください。


「もし、その制限がなくなって、思いどおりの生き方ができるとしたら、

 それはどんな気分でしょう?」


ありありと、まさに現実のように将来の最高に輝く人生を生きている自分を

イメージして、そのとき自分はどう感じているか? をゆっくりと感じてください。


これは、カウンセリングでもよく使われる制限を外す効果の高い方法です。


もう一度、言いますね。


制限は自分で作っています。もともと制限など必要ないのです。

人間は最後に死を迎える瞬間まで、好きなように生きればいいのです。


○○しないといけない人生など存在しません。


私たちは、世の中の慣習、常識というものに生まれたときから支配され、

○○して、△△して、□□に生きるのが、良い生き方 であると教わっています。

社会もそう誘導します。


でも、そんなことはひとつもありません。

40歳で死を迎えたとしても、その人が最高といえる人生ならよいのです。

たとえ、80歳まで生きても、自分の人生を生きないなら、何のための人生でしょう。


人生は自分が源泉です。 

もちろん、家族や、子供も大切かもしれませんが、

自分の人生は自分が源泉です。

それは伴侶や、子供も例外なくそうなのです。

だから、まず、あなたがどういう人生を生きたいのか?

そこがはじまりなのです。


そのためには、これまでの制限は一度取り外しましょう。

ほんとうは、制限などないのに、あるように思わされてきたのです。


赤ちゃんを見てみればわかるでしょう?

周りのことなど考えず、自分のやりたいようにしますね。

自分の感情を思いっきり出しますね!

そして疲れたら、寝ますね。


あのかわいい赤ちゃんが、自分に制限などもっているように見えますか?


誰でも生まれたときはそうだったんですよね。例外なく。


わたしたちは、挫折したり、悩んだり、成功したりしてきて、

自分で自分に制限を作ってきてしまいました。


制限のない最高の人生をおくりませんか?

そして、その制限から飛び出すのに必要なのは、

自分の人生という流れを信じきること、

そして、今までで最高レベルの勇気を出すことです。

誰でも制限から出るのは怖いのです。不安なんです。

だから、多くの人は、離婚しても、何をしても結局、今までと同じように生きていきます。

これまで制限を作って自分で安心の輪を作ってきたのです。

その方が楽ですが、長い人生を考えたときにどちらがいいのか?

せっかく離婚というつらい経験をして悩み、苦しんでいるんですから、

もう怖いものなどない! それくらいに勇気を出しましょう。

それができるのは、あなた自身しかありません。





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あなたは離婚をどう力にできるか?

2012-04-10 01:00:00 | 日記
こんにちは。

先日、ある方の講演会を聴講していて、

まさに!!と思うフレーズがありましたので

ご紹介します。

これは、私のブログを読んで下さる方には、

ぜひお伝えしておきたいことです。

いくつかの話の流れはあるのですが、

それは別の機会にするとして。

お伝えしたい言葉!!

「Power of Being」
 パワー オブ ビーイング

日本語で言うならば、

「存在の力」      となります。

また、別の言葉でいうなら

Personal Power

パーソナルパワー

まさに、その人の潜在的な力です。

人が人生を生きていく上で、もっとも大切なものです。

イメージとしては、

底力、這い上がる力、生き延びる力、まさに生命エネルギー というところでしょうか。

そして、この 「存在の力」を養うのに必要な、食べ物があります。

何だかわかりますか?

いつも私が言うのと通じています。

この「存在の力」を養うのに唯一の方法、食べ物とは、


「破綻(はたん)」です。


人は人生の数々の場面でこの破綻を経験します。

離婚はその中でも、最も過酷なもののひとつかもしれません。

人生における破綻です。

いわば絶望的などん底です。


この破綻は、諸刃の剣ともなります。


多くの人が、この「破綻」を経験することで、

絶望し、歪んだ認知をし、敵視し、

さらには、病理 つまり、鬱や、自殺、精神疾患へ陥ります。

表面化しなくても、

トラウマとして心に残り、人生に大きな影響を及ぼします。


この「破綻」を経験して、

生き延び、乗り切り、再起したとき、

この「存在の力」「Power of Being」は強まります。


この「破綻」を乗り切れば、乗り切るほど、

もうどんなことが起きても、ビクともしない

動じない 生きる力が養われます。


離婚はその最高の機会となります。


ほんとうにつらい経験です。

絶望します。

価値観が崩れます。

もう何の望みもないようにも思います。


でも、この危機、まさに生存の危機、自分の人生経験の中での最大の危機を

乗り切ったとき、その先にあるのは、

そのつらさに匹敵する強い生きる力です。


この「諸刃の剣」


だれでも持っているものではないのです。


挫折知らずの人、裕福な人、しあわせな人

うらやましいかもしれません。

でも、人生はそんな簡単に生き切れるものではありません。


ここまで読んで、気づいていますでしょうか?


離婚で辛いあなたは。


今、この瞬間に、この「諸刃の剣」を

望もうが、望まないだろうが、

すでに、あなたの手に渡されました。

あなたはすでに、この剣を手にしています。

手放すことはできないのです。

手放すには、いずれにしても、使うしか方法はありません。


どう使うかは、あなた次第です。


正解はありません。


「存在の力」を強めて、前に進むこともできるし、


トラウマや、病理へ落ち込むこともできます。


どちらが良い悪いではなく、

すべては、あなたの人生における選択です。


いつも言うように、

人生の流れに、完全にゆだねるならば、

その答えはすでに、あなたの中に存在しています。


すべての価値観を放り出して、

流れに乗りましょう。


この離婚という「大きな破綻」を超えたとき、


あなたの人生を見る視点は大きく変化しているでしょう。


そこには、「存在の力」を手に入れた


今とは違う「あなたがいます」

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自分の価値観を見直してみる

2012-04-09 01:00:00 | 日記
こんにちは。

さて、離婚して直面するのが、

自己価値観の崩壊です。

多くの人がこの経験をしています。

つまり、あなたは結婚したということは。

少なくとも、相手のことを好きになったのだし、

相手も自分のことを好きになったし。

ずっと一緒にいたいと思ったのだと思います。

そのとき、自分は価値ある存在だと

自分で自分を認めていたと思うのです。

言われてみなければ、意識すらしないかもしれませんが、

幸せなときは、自分で自分を認めています。

でも、離婚に直面すると、

まるで自分に価値がないかのような気分になります。

多くの人が結婚しているなかで、どうして自分だけがうまくいかなかったのか。。。

どうしてこんな相手と。。。

周囲の見ず知らずの人までが、自分をあざ笑っているかのような感じ。

いろいろな感情の変化から、

自分に価値がないかのような心境になりやすいのです。

離婚したとき、そしてこれからしっかりと立ち直るに際して、

人生の価値観を再構成する必要があります。

病気でもしないかぎり、日常で考えるような人は少ない。

気づいたら、生まれていたのだが、何のために生まれたのだろうか?

そもそも人生というのはなんだろうか?

死とはなんであろうか?

今まで自分が正しいと思ってきたことはなんだったのか?

世の中に、正しいとか間違いとかそんなのがあるのだろうか?

そもそも結婚とはなんだろうか?

大学を卒業して、仕事して、子育てして、そして定年、、、
それが自分が生まれた意味だろうか?価値あることだろうか?

そうやって、これまで生まれたときから、周囲の親、先生、友人から得てきた価値観を

ひとつずつ再検証していく作業です。

ふと、人生っていうのは、世の中の多くの人が考えているようなものではないのではないか?

世の中で、道徳的、常識だと言われていることは、そうでもないのではないか?

人生で起こるすべてのことに意味があるのではないか?

そうやって考えていかないと、自分の今の辛さや、苦しさ、絶望は

何のためなのか説明がつかないし、納得がいかない。

この離婚というつらい出来事は、起きてしまった。

望んではいなかったけれど、事実なのだから、受け入れるしかない。

でも、最大限に学ぶために、

自分のこれまでの価値観をゼロから考え直してみませんか?

正しいと思えば、それはそのままでいいし、

ちょっと違っているんではないかと思うなら、変更、修正すればいい。

人は幸せなときはそんなことを考えることはありません。

いや、幸せとはなにか? そのことすら考える必要がありますが。

あなたにとって、生きるとはどういうことですか?

あなたにとって、人生とはどういうものですか?

私にとっては、人生とは経験する場であり、学びの場であり、

起こることに良いも悪いも、正解も不正解もなく、

ひとつひとつを超えていく、障害物レースのようなもの。

障害物レースで障害があって文句を言うのは、筋違いですよね。

この限られたたかだか80年くらいの中で、

どのみち、死ぬときには、何一つもっていくことはできないと知りながら、

何を目指して、何がほしくて生きているのか?

考えてみる良い機会になるかもしれませんよ。
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犯人捜しはほどほどに。

2012-04-07 21:07:12 | 日記
こんばんわ。

離婚したとき、

誰でも、どうしてこうなったのか考えるでしょう。

誰が原因なのか?

どこが原因なのか?

何が悪くて、何が正しい。

相手を責めたり、自分を責めたり、

犯人さがしは、なかなか止まりません。

冷静でないのが、離婚したときです。

冷静になれ!と言っても無駄です。

とうてい冷静になれるものではないです。

だから、はじめは、いや数か月くらいは

多くの人が、この犯人捜しをすることになるでしょう。

ただ、それを長々と、6か月でも、1年でもしている人も見かけます。

そうなると、話は少し別です。

悲嘆からの回復のプロセスの視点でも、あまり良い方向性ではないようです。

仮に、悪いのが相手100%だとしても、

それをそう決めても、もう相手に言うチャンスもないし、

言ってみたところで、相手が納得するはずもない。

逆に、自分の責任だと後悔して、自分を責めても、

過去のことは修正しようもありません。

自覚して、内省することは大切ですが、適量があります。

またもし仮に、本当にあなたに原因があるならば、

すでにあなたは周囲から嫌というほど、非難され、指摘され、責められたはず。

自分で、自分を責めるのだけは止めたほうがいいですよね。

自分くらいは、自分自身の味方になってあげないと、自分がかわいそうです。

そして、この犯人捜しをしている限りは、

立ち直れないということを知ってください。

相手の責任にして、自分の気持ちが少しは晴れたとしても、

心には残ってしまうんですね。

相手を憎み、恨む心があるのに、その状態で自分の気持ちが落ち着くはずはありません。

逆に、自分を責めれば、ますます自分の価値観が低下していくでしょう。

だから、そのどちらも、ある程度したら、止めてしまいしょう。

この止めるということは、あなたが選択できます。

あなた自身が、犯人捜しはもう止めた!! と決断し、行動するしかないのです。

これを決断した瞬間から、あなたは一歩進みます。

犯人捜しも、ひとつの執着です。

こんな執着は不要なんです。

執着は手放してしまいましょうよ。

でも、なかなかできないものです。

そこで、ひとつ自分に質問してみてください。

もし、犯人が決定したら、本当にあなたは満足ですか?

それであなたの心は落ち着きを取り戻せますか?

自分の心の深い部分に確認してみてください。

離婚することは、成功でも失敗もない。

正しいことでも、間違いでもない。

そこにあるのは、愛情関係が終わったというひとつの結果にすぎません。

ほんとうに、ただそれだけです。

事実は簡単なことです。

そこにいろいろとごちゃごちゃと意味を与えているのは

あなた自身だし、この社会や、周囲の人たちです。

そのことに気づけば、犯人捜しなど意味のないことだと気づけると思います。

何ひとつとして、あなたに力を与えてくれるようなものではないということに。




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